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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
生きるための旅へ
32/230

孤独な戦い

まだ昼にもなっていない。

それなのに、真樹(まさき)は空腹なのに気がついた。考えたら、ここへ到着してから何も食べていないのだ。

背負っていたバックパックからパンと水を取り出すと、真樹はチビチビと食べた。ゆっくり噛んで食べると、空腹も満たされると思ったのだ。

水は、ペットボトル二本分しか無かった。せめて水が無いと長くは持たないと思った真樹は、立ち上がって辺りを見回した。

この辺りは、森の端に当たる場所で、ここから奥へと入って行けるようだった。だが、魔物と遭遇する危険を考えると、いつでも逃げられる位置に居た方がいいように思った。なので、森の淵に沿うように、北の方角へと湧き水を求めて移動し始めた。

そこは、風景だけならとても美しかった。蝶のような物も飛び回り、花も咲いている。だからと言って、知っている種類の花など一つもなかったが、それでも真樹は、その光景に癒された。

木々が生い茂る間に、フッと開けた広い場所に、岩場が見えた。その岩場からは、ちょろちょろと水が流れ出ている。そして、その下には、三メートルはあるかという大きさの、小さな池のようなものが出来ていた。

…やっぱり湧き水はあった!

真樹が歓喜してそれに駆け寄ろうとすると、何かが目の前を横切った。

「?」

真樹は、目の錯覚かと思った。それとも、鳥か蝶でも横切ったのだろうか。

だが、次に目の前に現れた光景に、真樹は息を飲んだ。

そこには、三体の、ラプトルに似た背丈の、爬虫類を思わせる魔物が立って、こちらを見ていたのだ。

「!!…なんだ、魔物?!」

真樹は、急いで剣を抜いた。そうだった…水場には、どんな生き物も寄って来るんだった!

野生の生き物たちも、命懸けで水を飲むのだと聞いたことがある。水場には、草食獣も肉食獣も来るからだ。そして、水場は肉食獣にとっては、絶好の狩場なのだ。

真樹の脳裏にそんなことが巡っている間にも、三体はまるでチームを組んでいるかのように抜群のコンビネーションでこちらへ向かって駆け出した。

斬るか?!魔法詠唱は間に合わない…!

真樹がそんなことを考えている間にも、三体は目の前に迫った。

真樹は、必死に剣をぐるりと回して振り切った。

「ギャアアアア!」

三体が、叫び声を上げる。だが、当たったのは二体で、残りの一体はそのまま真樹に飛びついて来た。

「うわあああ!」

真樹は、地面に転がってそのカギ爪で肩を押さえ付けられて、叫び声を上げた。そして、牙が並ぶ大きな口を目の当たりにした。

殺られる…!

真樹は、必死になって闇雲に短い呪文を詠唱し、叫んだ。

「フォトン!」

火の玉が、続けて相手の大きく開いた口の中へと着弾した。あまりに間近で放ったので、真樹もその勢いに吹き飛ばされたが、相手の頭も吹き飛んで、その生暖かい血しぶきは真樹にも降り注いだ。

頭を吹き飛ばされた魔物の体は横へとどうと倒れた。真樹は慌てて立ち上がって、傷つきながらもこちらを睨んでゆっくりと足を進めて来る他の二体の魔物の方を見た。

魔法だ…魔法を使わないと!

真樹は、亮介が教えてくれた呪文を必死に詠唱した。魔物は、軽快な足音を響かせて迫って来る。それでも、真樹は焦らなかった。呪文を間違えずに詠唱し直さなきゃならない。焦ったら、それで負けだ!

魔物達が口を大きく開けて迫って来る。そこで、真樹は叫んだ。

「ファイア・ストーム!」

真樹から出た炎は、一直線に二体の体を捕らえて焼いた。

「ギュウアアアア!!」

この世のものとも思えないような鳴き声が上がる。真樹は、必死に炎を放っている手を固定した。炎の勢いで後ろへとジリジリと体が下がり、足元の土をえぐって行く。

自分の体の気を使い切るかもしれない…!

真樹は、まるで自分の血を放っているような感覚に眩暈を覚えた。これが、本当に魔法を使って全力で戦うということなのだ。ただ、電気を使って何かを放っているのとはわけが違う…!

真樹が朦朧となりながら放つ炎の中で、二体の魔物は、気が付くと炭になって草の上へと倒れた。それを見てから、真樹はやっと魔法を止めて、膝をついた。

「…水場、気を付けなきゃ…。」

フラフラとしながらやっとのことで立ち上がると、湧き水の方へと歩み寄ってそこで水を汲んだ。

その小さな泉の水は、今まで見たことも無いほど澄み切っていて、驚くほど綺麗だった。

見ると、水底には何やら小さなピンポン玉ぐらいの大きさの赤い石が埋まっているのが見える。手を伸ばせば届きそうだが、しかし水が澄んでいるので近そうに思うだけで、結構深かった。なので、疲れていた真樹はそれを手にすることは諦めて、ただ水を飲んだ。その水が通って行く喉の辺りがスーッと癒されるような気がして、真樹はいくらでも飲めそうな気がした。貴重な水だが、ペットボトルの数が限られているのであまり持って行けない。

そんなところにも不便を感じながら、ひと息をついて倒した魔物の方へと振り返る。そうだ、肉を持って行く方がいいんだろうか。

だが、振り返った真樹は凍り付いた。

そこには、五体の同じ形の魔物が来て、最初に頭を吹き飛ばした魔物に群がっていた。

そうか…血の匂いが…!

真樹は、ゆっくりとしていたことを後悔した。肉食獣は、血の匂いに引き付けられるのに…!

気付かれるわけにも行かず、真樹がどうしたらいいのか分からずにそこに固まっていると、そのうちの一体が、ふと顔を上げた。そして、血で真っ赤に染まった口をこちらへ向けて真樹を見た。

「…!!」

また戦うのか。

真樹は、消耗した自分の体の中の「気」が回復していることを祈った。いつもなら、皆で分担して戦っているのでここまで自分の体力の消耗を感じることは無いが、たった一人で戦うと、こんなに体が疲れるのだ。

その一体が、小さく鳴いた。

「キィィィィ」

それに呼応するように、他の四体がすっと顔を上げてこちらを見た。魔物が、驚いたことに言語を使っているようなのを知って、真樹は身震いした。ということは、結構な知能の持ち主だということだ。

…戦うしかない。

真樹は、覚悟して剣を抜いた。相手も、それを見てこちらへ向けて足を一歩二歩とゆっくりと進め出す。

相手が駆け出そうと足を速めたのを見て、真樹も術の詠唱を始めた。五体も無理かもしれない。だが、戦わないと死ぬ…!

すると、突然に真樹と魔物の間の地面に向けて、大きな技が立て続けに降って来た。

ズーンという地響きがして炎が上がり、地面が割れる。それが、炎技と地面技の二つの術のコンビネーションだと真樹が理解するのに時間が掛かった。

「こっちだ!早く!」

聞き慣れた声がする。

何が起こったのか分からないまま、真樹はその誰かに腕を掴まれて引っ張られるままに、そのまま走りに走った。

足はもつれて何度も転びそうになりながらも、真樹は前しか見ていなかった。逃げないと。誰か分からないけど、一緒に逃げないと…!

そんな気持ちでいっぱいだった。


必死に走って森の外れまで来て、やっとスピードは緩まった。真樹は、もう走れないとその場へと転がる。すると、意外なことに、自分の腕を掴んで走っていた誰かも同じように転がった。

「ああ…なんだってこんなに、走ってばっかりなんだ…。」

真樹は、その声の主にやっと思い当たり、急いで寝ころんだままそちらを見た。すると、相手は汗だくの顔で真樹を見て言った。

「…なんだ?この借りは必ず返してもらうからな、真樹。で、翔太達はどうした?」

「慎一郎!」真樹は、ガバッと起き上がると言った。「なんで、どうして?!シーラーンへ連れて行かれてるんじゃなかったのか?!」

慎一郎は、体を起こして水を出すと、それを飲みながら言った。

「そこに居る、海斗に助けてもらった。」言われて横を見ると、そこには見慣れない男が居た。真樹は今までそれに気付かなかった自分の驚いた。慎一郎は続けた。「15年前の戦闘員の生き残りだ。聡香は他の戦闘員に預けてある。お前達がパージへ向かうだろうと思って、そこに軍が移動している情報を聞いて、どうしても街へ入らないように知らせようとこちらへ来たんだ。で、質問に答えてないぞ、真樹。翔太達はどうした。」

真樹は、それを聞いて顔を曇らせた。慎一郎は、怪訝な顔をする。それでも黙っているので、真樹は下を向いて、言った。

「…亮介が、千里眼でパージに軍が居ることを見たんだ。それで、翔太達はパージへ入るのは諦めて、そのままライデーンへと向かった。何の補給もなしに。」

海斗が、横から言った。

「まともな判断だ。補給など道筋でどうにでもなる。魔物を食って湧き水を飲んでいればな。」

真樹は、こっくりと頷いた。

「そうなんだけど…オレ、不安になって。夜になってからパージで補給してから行くって言って、翔太達と別れた。」

慎一郎が、驚いたような顔をする。海斗が、顔をしかめた。

「何を考えているんだ、お前は。たった一人で軍が占拠している街へ入るなんて無謀過ぎる。夜は特に警戒が厳重になるぞ。それに、ひとりで旅をするにはこの辺りは危なすぎる。さっきも、オレ達が見つけなければ次から次へと血の匂いに寄って来た魔物に襲われて、死んでたぞ。ここらにはあのメールキンという魔物が、わんさか居るんだからな。」

慎一郎が、眉を寄せた。

「翔太は、お前を置いて行ったんだな?たった一人で。」

真樹は、下を向いたままだった。

「うん…。」

海斗が、フッと息をついた。

「オレでも置いて行ったと思うぞ?どうせ意地を張ったんじゃないのか。若いヤツにはありがちなことだ。」

黙っていたことを見透かされて、真樹は顔を赤くした。それを見た慎一郎は、呆れたようにため息をついた。

「あのな真樹、命が懸かってるんだ。つまらん意地を張って死んじまったらどうにもならん。街ならいざ知らず、街道や森は一人じゃ無理だ。この土地のことを何も知らないのに。これからは、きちんと皆の決定に従うんだ。分かったな?」

真樹は、そこは後悔していたので、頷いた。

「うん…分かった。ごめん。」

海斗が、息をついて森の外を見た。

「じゃあ、ライデーンへ向かうか。他の仲間が向かってるんだろう。もうここからはパージも見えないし、ライデーンへ行く方が近い。森の中を突っ切って結構な距離を来たからな。図らずもショートカットした事になったから、まだ追いつくはずだぞ。」

真樹は、あ、と腕輪を開いた。

「ああ、場所は分かる。だってグループ登録しているし。」

と言ってから、慎一郎に気付いてバツが悪そうな顔をした。そうだ、慎一郎との登録は外してしまって…。

慎一郎は、それに気付いてふんと鼻を鳴らした。

「まあそれが妥当だったろうしな。自分の考えも説明せずにお前達に押し付けたせいだとオレも分かってるさ。とにかく、翔太達の居場所が分かるなら早いとこ合流して、ライデーンへ向かおう。」

真樹は頷いて、腕輪で翔太達の光の点を見て場所を確認しながら、海斗と慎一郎と共に再び歩き出したのだった。

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