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バグ

「なんだ、みんなどこへ行った?!」

アストロの声がする。

美夕は、薄っすらと目を開いた。何があったんだっけ…そうだ、場面転換があって、気を失う設定だったんだ。それにしても、いつもなら気を失ったって設定だけで、本当に気を失うことなんてなかったのに。

美夕が、重い瞼を無理に開いて見ると、まだ船の上だった。

回りには、とりどりの甲冑やらコスチュームやらを身に着けた男女が折り重なるように倒れている。

だが、なんだかいつもと違う…色が、足りない気がする。みんなの髪の色が、黒いみたいな。

美夕がそんなことを思いながら体を起こすと、アストロとそっくりの甲冑を身に着けた、それでもアストロより幾分小柄な男が、回りを見てうろたえていた。

「いったい…どうしたんですか?」

美夕が声を掛けると、その声にビクッと相手は反応した。そして、怪訝な顔をしてじーっと美夕を見たかと思うと、眉根を寄せたまま言った。

「お前…今の声…みっくすべりーか?」

美夕は、びっくりして胸を押さえた。

「え、知ってるの?!」

相手は、やっぱり、と驚愕の顔をして頷いた。

「知ってるも何も、お前、自分の顔を見てみろ!全っ然似ても似つかない顔だぞ、甲冑の中で胸も泳いでるしよ!」

え?!

美夕は、失礼な男に言い返そうとしたが、そう言われてみれば甲冑の胸がスカスカする。見下ろすと、はち切れんばかりだった美夕のアバターの胸は、現実の自分の体と大差ないほどになっていた。

「ええ?!バグ?!」

相手は、何度も頷いた。

「バグか何だか知らねぇが、オレだってこれは現実の体だ!アストロだよ!」

「アストロ~?!」

美夕は、思わず叫んだ。その声に、回りの者達も起き出して来て、各々自分の姿に仰天している。中には、甲冑のサイズが合わずにはち切れてる者まで居た。

美夕は、ハッとした。そうだ、マーリン様は。

「う…」

マーリンの甲冑を着たその人物が、体を起こそうとしている。美夕は、思わず駆け寄ろうとして、自分の姿を思い出して固まった。そうだ…マーリン様は、あの可愛い私をみっくすべりーだと思ってるのに…。

すると、龍騎の赤い甲冑の体が先に動いた。

「いてて…なんか変な恰好で寝たみたいな。どうなったんだ?まだ船?」

起き上がった龍騎は、目が大きくて切れていて、どこかのアイドルグループの一人だとしても驚かないカッコいい外見だった。髪は薄っすらと茶色で長めで、身長は180センチは行かないだろうな、というぐらい。どう見ても、イケメンの類だった。

「龍騎…あなたも現実の顔になってる?」

龍騎は、そう言われて慌てて顔を触った。そして、慌てて傍のガラス窓に自分の顔を映して見た。

「げ!顔思いっきり出てるじゃないか!ゲームはいいけど素性はバラすなって言われてるのに!」

アストロが、慌ててまるるを起こしている。

「まるる?平気か、どっか打ってないか。」

まるるは、大義そうにアストロに掴まって起き上がりながら、首を振った。

「ええ。寝違えたみたいな感じがするけど、平気ですわ。」

美夕は、その顔に息を飲んだ。

まるるは、真っ直ぐで艶やかな黒髪に、大きな吊り気味の瞳、小さな形の良い鼻、まるで赤ん坊のような美しい白い肌の、びっくりするほどに美しい女だったのだ。

コスプレのような衣装も、それは似合っていて違和感もなかった。

アストロは、それに気付いて慌てて腕を離して、照れたように横を向いた。耳まで赤くなっている。まさか、まるるがこれほどの美人だなんて、思わなかったのだろう。それは、美夕も同じだった。なんて綺麗なんだろう…こんな子と、競っていたなんて。

アストロが、ハッとしたようにマーリンの方を見た。

「マーリン?」

マーリンは、観念したように起き上がった。そして、こちらに背中を向けたまま言った。

「…バグか。」

アストロは、頷いた。

「恐らくは。だが、オレがスタート画面を呼び出そうとしても反応しねぇんだよ。」

マーリンは、しばらくそのままで何かしていた。恐らく、同じようにスタート画面を呼び出そうとしていたのだろう。

だが、やはり出来ないのか、肩で息をついて、頭の甲冑を取ると、こちらを振り返った。

「じゃあ、このまま行くしかないってことか。」

美夕も、まるるも、いやそこに居た仲間も全てが言葉を詰まらせた。

マーリンは、身長は同じぐらいの180センチぐらいで、体形もがっちりと筋肉質だ。30代で、それなりの整った顔だったが、それを感じさせない絶対的なものが一つ、あった。

てっぺんの髪が、かなり薄くなっていたのだ。

「え、ええっと」アストロが、少し戸惑って言った。「ま、マーリン?」

マーリンは、覚悟したように堂々と頷いた。

「そうだ。だがまあ、その名前はあの姿の時だけなんで、今は本名で呼んでくれ。田村 慎一郎っていう。」

すると、まるるが真っ先に立ち直って言った。

「では、私は如月(きさらぎ)聡香(さとか)と。よろしくお願いします、慎一郎様。」

アストロも、横から慌てて言った。

「ああ、じゃあオレも。安村翔太だ。翔太って呼んでくれ。」

観念したような龍騎が、肩をすくめて言った。

「本当は事務所に売れるまで余計なことはしてくれるなって言われてたんだけどなー。アイドルの卵っていうか、まあアイドルになる予定で今は雑誌のモデルやってる松本 真樹(まさき)。真樹って呼んで。」

皆の視線が美夕の方を向く。美夕は、慌てて我に返って言った。

「あ、あの、私は佐々木 美夕(みゆ)。普通の会社員なの。IT関係の会社だけど私は経理担当。」

翔太が、難しい顔をした。

「なんだ、職業も言うのか?オレは土木関係だけど、アルバイトでね。今は小さい劇団で俳優やってる。だから体づくりは欠かさねぇのさ。」

アストロの時の体と変わらないその筋肉質な腕に、美夕はなぜか安心感が湧いてきた。

「だからなのね。よかった、このまま戦うにしても、翔太は強そう。」

翔太は、豪快に笑った。

「ああ、力はあるぞ。ま、だが運営がこのまま続行するのかどうかだがな。」と、回りで騒ぐ者達を見回した。「みんな動揺しちまってるしよ。まさか、こんなところで本体をさらけ出すなんて思ってもいなかっただろうしな。オレは良いが、ショックな奴らも居るだろう。」

美夕が回りを見ると、確かに何やら、ギクシャクとしてそうなグループもあった。皆の距離が、なんとなく遠くなっている。

慎一郎が、また息をついた。

「どうなってるのか分からないからな。どうも、体がおかしい。バーチャルでもある程度はどこかオブラートに包まれてるような感覚は残ってたのに、今はまんま自分の体みたいだ。それがバグのせいなのか何なのか、オレにも分からない。一応オレもIT関係の個人事務所持っていてな。普段は画像編集とかそんなことで食ってるんだが、このゲームのことも自分の視点からの実況動画とか上げている。それで視点とかいろいろ仕組みを調べて、限界とか知ってるんだよ。」と、ぐるりと回りを見回した。「今は、それをみんな超えてしまってる。オレから見たら、これは間違いなく本体だ。」

美夕は、口を押えた。

「ちょっと待って、じゃあ体がこっちへ来てるってこと?それはおかしいんじゃ。」

慎一郎は、頷いた。

「そう、おかしいんだ、あり得ない。だからこそ、分からないだよ。調べてみなきゃな。」

慎一郎は、翔太に頷きかけた。翔太は頷き返して、そして二人でまだ騒がしい船の中を前の方へとサッと歩き抜けて行った。

残された、三人は黙り込んだ。

何しろ、まるる…聡香はこんなに綺麗だし、龍騎…いや真樹はこんなにイケメンだ。二人とも、今のコスでも充分に似合っている。そんな二人に圧倒されて、口を開けずに居たのだ。

真樹が、そんな空気を察したのか、言った。

「ええっと、美夕ちゃんだっけ?美夕ちゃんも甲冑が似合ってるよ。そんな、隠すようにしなくてもいいんじゃないか?」

言われて、美夕は自分が自分を抱きしめるようにして、必死に縮こまろうとしていたことに気付いた。そして、幾分力を抜いて苦笑した。

「ありがとう、気を遣ってくれて。真樹くんは、本当にそのままって感じだよね。まさかそんなにイケメンだとは思わなくて、びっくりしちゃった。」

真樹は、言われて慣れているのか、照れもせず言った。

「ここでだけは見た目とか関係なく友達も出来るし、オレものびのび出来てたのにな。」と、聡香を見た。「聡香ちゃんは、女優さんか何か?」

美夕は、やっぱり目が肥えた芸能人の卵から見ても聡香は綺麗なんだ、と思いながら、そちらへ視線を向けた。だが、聡香は首を振った。

「私は…あまり表に出ることが出来なくて。本ばかり読んでいました。それじゃあストレスも溜まるだろうと、父がこのゲームをするためのスーツを買って来てくれましたの。ゲームなんてしたことも無かったので不安でしたけど、思い切って来てみたら、マーリン…慎一郎様が助けてくださったの。それで、ここまでいろいろ教えてもらいながらやって来れました。何しろ体力が無いので自分なりに考えて…皆さまの足手まといにならないように。現実では叶わないような、旅がたくさんできて楽しくて。」

真樹は、微笑んだ。

「そうか…聡香ちゃんは体が弱いんだね。」

聡香は、はかなげに微笑んだ。

「弱いというか…小さな頃から重度の喘息ですの。ここに居たら発作も出ないし、とても楽で。体に負担が掛かったら、ベッド脇のモニターがすぐに知らせるので美佐さんが来て私をゲームから呼び戻して、薬をくれるので大丈夫。」

美夕は、首を傾げた。

「美佐さん?」

聡香は、微笑んだ。

「ええ、小さい頃からついてくれているうちの看護師です。」

うちの看護師。

美夕は、一般人からそんな言葉を聞いたことがあまりなかった。ということは、聡香の家は看護師を常駐させることが出来るそれなりに大きな家で、彼女は俗にいうお嬢様なのかもしれない。

真樹も同じように思ったのか、二人で絶句しているところに、翔太と慎一郎が戻って来た。

そして、小声で言った。

「乗組員は居ない。この船はどこかの港に着いて係留されている。甲板から見た限り、普通の街っぽいのが見えるんだ。遠くに高い山があって、大きな滝が離れてるのに見えてる。」

それを聞いた真樹が、さっきの地図を出した。

「もしかして…」と、真ん中辺りを指した。「これが見えてるってことか?」

その位置には、『命の大滝』と書いてあった。

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