不穏
朝日が昇って来る頃、翔太達五人はパージを望む丘へと到着していた。
さすがに真っ直ぐに向かうと目立って危ないだろうと思った五人は、途中方向を変えて、森へと向かい、そちらをいつでも逃げ込めるようにと右に見ながら、パージへと近づいていたのだ。
「どうだ?」
翔太が、亮介に言った。亮介は、じっと目を閉じて集中していたが、首を振った。
「この距離だと千里眼の魔法も完全には届かないな。だが、物々しい雰囲気は感じ取れた。甲冑の音も聞こえたような気がする…」
玲が、眉を寄せて言った。
「つまり、軍が先に到着してるんだな。」
亮介は、目を開いて頷いた。
「この感じはそうだな。このままパージへ近づけば、オレ達も捕まる。あの数だ、いくら何でも逃げ切るのは無理だろう。」
真樹が、心細げに言った。
「でも、そろそろ何か補充しないと、食べ物が少なくなって来たよね。次の街って言うと、ライデーン。ここから行くなら二日は掛かるんじゃないかな。地図を見ても河ももうないし、どこかに湧き水でも出てたらいいけど、水も残り少ない。もたないんじゃないかな。」
翔太が、立ち上がった。
「それでも、行くしかねぇ。ここじゃ補充は無理だ。無理して街へ入って、捕まったら元も子もねぇしな。」
真樹は、それに合わせて立ち上がって訴えるように言った。
「でも!戦い通しになるよ!水も食料も無く、二日の工程を戦いながらなんて、そっちの方が無理だよ!」
玲が、真樹をなだめるように言った。
「落ち着け、真樹。無理は承知だ。このままじゃ結局慎一郎と一緒だろう。捕まってシーラーンへ送られる。オレ達は逃げて来たんだ。それぐらいの危険は冒さないと逃げきれない。」
翔太は、真樹を睨んだ。
「お前、逃げるって決めたんじゃねぇのか。今更弱音吐いても遅えんだよ。それなら、お前も美夕と二人でアデリーンで待ってたら良かったじゃねぇか。オレは行く。パージで食料を補充したいんなら、一人で行きな。」
翔太は、歩き出した。亮介も、玲もカールもそれについて歩き出す。だが、真樹は動かなかった。
「真樹?」
亮介が振り返ったが、真樹は首を振った。
「オレは残る。ここで夜を待って、食料を買ってからライデーンへ向かう。甲冑を脱いだら、軍にだってオレの顔は分からないはずなんだ。だから、ライデーンに先に行っててくれ。」
亮介は、慌てて言った。
「何をいってるんだ!夜になっても軍は警戒を解く事なんてない。顔を知らないなんて、どうしてそう思うんだ!」
カールが、同じように頷いて言った。
「そうだぞ!ロマノフは確かに慎一郎と一緒に行っただろうが、リュトフはどうだった?あの屋敷へ行ったなら、リュトフが居たんじゃないのか。」
真樹は、少し頑なな表情を緩めた。
「リュトフ?」
カールは、何度も頷いた。
「ロマノフに付き従ってる男だ。一見執事に見えるが、あれは狡猾な軍人だ。オレ達を追うのに、あれを差し向けてる可能性は高い。リュトフに顔を見られてないか?」
真樹は、息を飲んだ。もしかして、あの中年の紳士に見えたあれだろうか。
「…もしかして、中年の細い人?」
カールは、頷いてそれ見た事か、という顔をした。
「やっぱりリュトフを見ているな。あれは、見た感じ軍人には見えないが、かなりの手練れだぞ。あれにかなりの人数が捕まったはずだ。君の顔が見られてるなら、やめた方がいい。来ている可能性が高いぞ。」
亮介が、言った。
「それに、君は散々クトゥで付け回されていただろう。そいつらに顔を覚えられてる可能性は高い。リュトフだけのことじゃあない。」
真樹は、唇を噛んだ。翔太が、歩いていた先から言った。
「放って置け。そいつは今更に臆病風に吹かれて逃げ出したくなってるんだろうよ。シーラーンへ送られた方が、三食ついててゆっくり寝られるとでも思ってるんじゃねぇのか。オレは行かねぇ。何のために慎一郎たちを見捨てて逃げたのか分からなくなっちまう。」
亮介が、ためらうような顔をした。カールが、気遣わしげに真樹を見る。
「マサキ、行こう。食料なんかどうにでもなる。途中山ほど出る魔物を捌いて焼いて食ったらいいじゃないか。お前達がおいしそうに食べてた肉だって、魔物なんだからな。大丈夫だ。」
亮介は、それはそれで驚いたが、黙っていた。真樹は、じっと下を向いていたが、顔を上げて首を振った。
「いい。オレは臆病だと言われようと何だろうと無謀な旅になんか出ない。準備をするよ。行けばいいじゃないか。オレはオレでやる。ここにも仲間は居るはずだから。」
「真樹!」
亮介が咎めるように言うが、翔太はふんと前を向いた。
「勝手にしろ。食わなきゃ戦えねぇなんて言うやつを連れて行くリスクったらない。行くぞ!」
翔太は、ずんずんと森の中をライデーン方向へと向けて歩いて行く。
玲はその翔太に黙って付き従って行ったが、亮介とカールは顔を見合わせた。それから、真樹に言った。
「…無理はするな。リュトフが居たら、絶対に近付くなよ。助けには行けない。それを念頭に置いておけ。」
そして、真樹を振り返り振り返り、二人は前を行く翔太へと合流して行った。
真樹は、一人取り残されて、その場にポツンと座り込んだ。
亮介が、翔太に追いついて行った。
「翔太、もう少し待ってやってもいいじゃないか。あいつはまだ子供だ。君ほどにも戦えない。一人で何も出来ないことは、本人が一番わかってるはずだろう。根気よく説得したら、きっと渋々ながらでも一緒に来たはずなのに。」
翔太は、険しい顔をして前を見たまま言った。
「…そんな時間はねぇ。慎一郎はもうシーラーンに近付いている。あそこで何があるか分かったもんじゃねぇ。少しでも早く帰る方法を見つけて何とかしねぇと、助かるものも助からねぇだろう。オレ達がしようとしてることは、どう考えてもここでは受け入れられねぇことだ。ってことは、命の危険が伴うんだよ。覚悟のないヤツは来ても簡単に命を落とす。お前達だって美夕の時嫌ほど言ってたんじゃなかったか。真樹は、甘い。あいつもこのまま一緒に来たら、間違いなく巻き込まれて命を落とすだろう。オレには助けられねぇ。ここに居た方がいい。」
玲が、横から控えめに言った。
「確かにそうだが…あいつが本当にパージに行ったらどうする?軍が引き上げるまで待てばいいが、一人になった不安で何をするか分からないぞ。」
翔太は、眉根を寄せた。
「臆病なヤツが一人で何が出来るってんでぇ。だが、行くなら行けばいいだろう。捕まったら、恐らくあいつもシーラーンだ。慎一郎が居るなら、何とかなるかもしれねぇ。後は、オレ達が帰る方法を見つけるまで、そこで踏ん張ってもらうしかねぇな。」
亮介が、驚いたような顔をした。
「翔太…お前まさか、慎一郎も助けるつもりで?」
翔太は、まだ前を見たままだった。だが、何も言わない。亮介と玲は、顔を見合わせた。翔太は、始めからそのつもりだったのだ。帰り方を見つけて、慎一郎と聡香を助け出し、ここを脱出する。最初から、見捨てるつもりなど無かった。
しばらく歩いてから、翔太は言った。
「…時間がねぇ。」そして、足を一段と速めた。「早く帰る方法を見つけないと…シーラーンでは、一体何をされるんだ。」
その呟くような声は、他の三人の心にも重くのしかかった。
先が見えない、暗い道を歩いている。
そんな気分を、改めて味わっていた。




