情報収集
玲が、慌てて自分の腕輪も開いた。
「何を言って来たんだ、皆に知らせるために?」
真樹は、頷いた。
「読むよ。『軍の将軍であるロマノフについてクトゥからシアラ方向へと川を運ばれ、そこから山を川を遡って来て、川辺の砦のような場所に居る。最初は丁寧だったが、今の扱いはまるで囚人だ。本音を聞いたからだと思うが、あれらの本音はこの国の住民達を惑わせる、オレ達が邪魔だからさっさと送り返したいということらしい。どこまで本当かは分からないが、オレ達が邪魔だということは間違いではないようだ。全て集めてシーラーンへと送りたがっている。オレ達が魔法を操って自分で戦って道を切り拓いて行く様を見た住民達が、自分達にも出来ると甲冑を着けて街道へ出た結果、死ぬ事例が増えているからだそうだ。それは15年前の出来事らしいが、同じように今、大量に到着した船に軍は危機感を募らせている。少々強引な方法を使ってでもオレ達の仲間を集めようとしているように思う。このまま行くと、オレ達はシーラーンへと運ばれる。そこからまた情報を流そう。なので、それまでに逃れられるなら逃れろ。オレ達も、もしも逃げられるのなら、逃げるつもりだ。軍は必ずしも、オレ達を帰す方法を知っているとは限らない。ちなみにこちらが把握しているのは到着した船は、メジャルに2隻、シアラ6隻、クトゥ1隻、パージ3隻。』だって。慎一郎は、始めから情報収集のために行ったんだ!」
「聡香を連れてか?」翔太は顔をしかめて言った。「あり得ねぇ。オレ達にも来いと言ってたじゃないか。皆を巻き込むつもりだったんだろうが。一緒に行ってたら途中で逃げることも出来るとか思ったのかもしれねぇが、甘い。囚人扱いならどこかに閉じ込められるんだろう。その上、回りが魔物の森じゃあどうしようもない。いくら何でも逃げるのは無理だ。あいつらのことは、諦めるしかねぇ。今から助けるったって、オレ達にはその場所も見当もつかねぇし、その間にシーラーンへ到着しちまう。今のオレ達に出来ることは、他の仲間を探して情報を集めることだ。パージにも3隻着いてるなら、それなりの数が降りてると期待しよう。」
真樹は、頷きながらも納得していないようだった。慎一郎が、こうして皆に情報を流そうとしている事実が、真樹には心につかえているらしい。それでも、翔太は厳しい顔でこの土地の二つの月を見上げた。
生き残らなければ。生き残って、皆と帰る方法を見つけなければ、全ては無になる。自分達がこうして必死に帰ろうとした事実も、死んで逝った仲間も、苦しんでいる人達のことも、全てが誰にも知られないまま、現実世界で忘れ去られて行ってしまう…。
皆それぞれに考えながら、短い休憩を終えて五人はまた歩き出した。
目指しているのは、パージ。船が3隻着いているという情報は手に入った。そこに降りている、仲間を探そう。
慎一郎は、書き込んでからそこに、真樹の書き込みがあるのを初めて知ってそれを読んだ。やはり、追われていたようだった。無事に逃げ切っているようだったが、詳しいことは書かれていない。まだ、追われているからだろう。
…なら、他の船の仲間を探して他の港を目指しているだろう。
慎一郎は、自分の地図を見た。クトゥから逃れたのだから、普通に考えたらアデリーン、パージと進んでいるはずだった。川があるので、軍がもしパージに当たりをつけて追っていたら、徒歩の翔太達は立ちどころに追いつかれてしまう。それを考えているだろうかとまた、暗号ででも警告をしようとベッドの横になって画面に触れると、急に外から大きな音がした。
「?!」
慎一郎が飛び起きると、隣りのベッドの上からも、聡香が起き上がった。
こんな粗末な布団なので、聡香も慎一郎も、服を着替えることもせず、着ているコスチュームのままで甲冑だけを解いて横になっていたのだが、外の音が何度も続いているのを聞いて、慌てて甲冑を着けた。
「何があったのか、見て来る。」
慎一郎が、ドアへと向かう。しかし、そのドアは押しても引いてもびくともしなかった。
「くそ、外から鍵を掛けられているのか。」
そのドアは、重い金属でできていて、とても破れそうにない。魔法技で弾き飛ばそうにも、この狭い部屋のどこで放てばこちらへ影響なく破れるのか、わからなかった。何しろ、この狭い中に聡香も居るのだ。
外からの音は、ますます大きくなっていた。
何かを破壊するような、バキバキという音と兵士らしき男の叫び声までが聞こえて来る。窓からは真っ暗な空しか見えない。
何かが燃えているような匂いがその窓から漂って来るが、それが松明の炎の匂いだけなのか、それとも他の何かが燃えているのか全く分からなかった。
「杖を。何かが襲撃して来ているような気がする。」
男達の声に混じって、何かの動物の声もするような気がする。聡香は、頷いて杖を構えて慎一郎の後ろに控えた。慎一郎も、窓を破って来るなり、ドアを破って来るなりした魔物か兵士に対応するために、剣を抜いて構えた。
「うわあああ!」
慎一郎は、ドキリと肩を震わせた。ドアの真ん前からの声だ。
ドアの前には、恐らく見張りの兵士が立っていたのだろう。剣の打ち合う音が聴こえ、慎一郎は剣を固く握りしめた。
聡香を先に外へ逃がすためには、ドアを背にしなければ無理なのに。
まだ、窓の方から襲撃されていた方が良かった。だが、襲撃相手がそんなこっちの都合など考えてもくれないだろうことは、分かっていた。
聡香が、背後で身を固くする。攻撃魔法は尽く不慣れな聡香なので、加勢は期待出来なかった。
「自分の身を守ることだけ考えるんだ。隙が出来たら、とにかく外へ。何が起こっているのか分からないが、ロマノフは少なくとも君を殺そうとは思っていないだろう。あいつを探すんだ。」
聡香は、怯えたように言った。
「でも、慎一郎様は…?」
慎一郎は、イライラしたように言った。
「言っただろう、自分のことだけを考えろ。オレだって、君を見捨てて逃げるかもしれんのだ。とにかく逃げろ。余裕が出来たらオレのことを考えたらいい。オレは自分の身は自分で守れるんだ。君は無理だろうが。」
そんなことを言いながら、私を逃がそうとしてくださるのに。
聡香はそう思ったが、何も言わずに頷いた。すると、それと同時にドアが、ガアンと大きな音を立てて勢いよく開いた。
聡香をぐいと後ろへ押して構えた慎一郎の目の前には、甲冑姿の男と、同じ甲冑姿の女が立ってこちらを見ていた。
そして、警戒して構えている慎一郎と聡香を見ると、男の方が慎一郎を見て剣を持っていない方の手を差し伸べた。
「お前、あっちのゲームのプレイヤーだろう?来い、シーラーンへ行ってはならん。」
慎一郎は、眉を上げて構えを解いた。
「どういうことだ?」
隣りの気の強そうな女がイライラと言った。
「あたし達もあんたらと一緒だって言ってんの。早く来なよ。行かないならそっちの子だけ連れて行く。」
女は、ツカツカと寄って来て聡香の腕を掴んだ。聡香がびっくりして慎一郎にすがるような視線を向けると、慎一郎は急いで聡香と女の間に割り込んで、二人を引き離した。
「わかった、一緒に行く。」
男が、頷いて剣を持った手を廊下の方へ振った。
「来い、急げ。魔物をここへ追い込んだがもうすぐ軍が殲滅する。」
男が、走り出した。慎一郎は、聡香に頷きかけて、その背を追った。聡香の後ろから、女が聡香の背を押して言った。
「急いで!あなたその服動きづらいでしょうが。もっと裾の短いのかパンツタイプにしなさい!あたしのを後であげるから。」
聡香は、ぐいぐいと押されて転びそうだが、何とか足を絡ませないで必死に走っている。
慎一郎は、そんな聡香を背中に感じながら、男の背を追って建物の外へと駆け出した。




