山道を
シアラから船で軍と一緒に遡っていた慎一郎と聡香は、河がいきなり急流になっている場所の前へと到着していた。
そこは、小さな港になっていた。兵士が何人か駐屯している建物が建っていて、回りには高い塀が囲んでいて、その外には森が広がっている。
村らしいものは見当たらず、聞いていた通り、この辺りは住める状態ではないらしい。船から降ろされると、ロマノフが言った。
「今夜はここに一泊して、日が昇ったらシーラーンへ向けて山を登る。夜の山は魔物が多くて我々でも危なくて立ち入れない。この砦から出たら大型の魔物がウロウロしているので、君達も安易に塀の外へ出ようなどとしない方がいいぞ。」
慎一郎は、息をついた。
「こんな大層なものが建っているのに危険がないなどとは思わない。それにしても首都なのにこんなに民が行きづらい場所にあるなんて、この国はどうなっているんだ?」
すると、ロマノフは不機嫌に眉を寄せて慎一郎を見た。
「お前達がクトゥなどへ来たからではないか。メジャルからなら正当なルートがあるのだ。川も緩やかで山も切り拓かれていて、シーラーンへ普通の民でも軍に見守られて普通に行ける。こっちは拓かれていない山道だし、魔物が多いので危険なルートなのだ。本当ならこっちから登るのは緊急時だけなのだ。」
慎一郎は、知らなかったことに片眉を上げてロマノフを見た。
「そうなのか?知らなかった。何しろ、我々は地図こそ持っているが詳しいことが分からないのだ。街の場所しか書いていないので、そこからどんな道があってどういう風に皆が通行しているかなど、全く分からない。メジャルにだって行ったことがないのだから首都への道が開かれた都市だという認識はなかった。」
ロマノフは、少し顔をしかめた。要らない情報を与えてしまったと思っているのか、無駄な話をしたと思っているのか分からないが、どちらにしろ知らなかったのならわざわざ教えてやることも無かったと思っているように慎一郎には見えた。
「…まあシーラーンへ着いてしまえば分かることだ。」ロマノフは答えて、踵を返した。「部屋へ案内させる。今夜はそこでおとなしくしているといい。」
そう言って、振り返りもせずにロマノフは出て行った。聡香が、不安そうに慎一郎を見上げるが、慎一郎はそちらを見なかった。聡香に、依存心を持ってほしくなかった…たった二人しかいない今、恐らくは何かあればお互いを見捨てなければ生き残れないような場面にも遭遇するかもしれない。そんな時に、一人でおろおろして欲しくないのだ。
ロマノフの態度は、慎一郎に本心がバレてから格段に悪くなっている。それに合わせるように、回りも自分達を遠巻きにしていて丁寧に扱うことが無くなった。この感じだと、歓迎されているような状態ではないのは慎一郎にも分かる。ロマノフ自身も言っていた通りに、厄介者だから、首都へ連れて行って、帰せるなら帰すつもりだろうし、そうでないならあまり良い待遇は期待出来ない…監禁・軟禁、最悪の場合は殺そうとしている可能性だってあるのだ。
兵士に連れられて行った先には、あっさりとした石の部屋があった。窓は高い位置にあるので、外は見えなかった。入って両脇の壁につける形で二つの粗末なベッドがあり、申し訳程度の布団が乗っていた。どう見ても、囚人が閉じ込められるような部屋にしか見えなかった。
二人が一緒にその部屋へ入ると、兵士が後ろから言った。
「後から食事を持って来る。」
そして、ドアを閉じると離れて行った。
聡香が、足音が遠ざかってから言った。
「慎一郎様…これはもしかして、逃げ出さないようにとのことでしょうか。」
慎一郎は、頷いてベッドへどっかりと座った。
「窓には格子こそないが、あんな高い位置にあるんだ、恐らくここは閉じ込めておくための場所だろうな。隣りもその隣りも同じような造りになっていると見ていいだろう。ここの廊下は、ずっと横並びになった部屋のドアが並んでいた。同じように連れて来られてここで寝泊まりした者達が居たとしても、オレは驚かない。」
聡香は、ショックを受けたようで口を押えて黙った。慎一郎は、ため息をついた…このまま、首都へ行って様子を見ようと思っていた。自分ひとりなら、何かあっても逃げ切る自信があったからだ。聡香のことは、翔太達が逃げた時、出来たら合流させたかった…翔太達が、逃げる前に慎一郎に危険を冒してでも意思の確認に来るものだと思っていたのだ。だが、来なかった。自分達の身が危ないからこそ来られなかったのか、それとも誰かに追われていたから来られなかったのか、今となっては分からないが、そこが慎一郎には誤算だった…聡香を逃がすことに、間に合わなかったのだ。
だからといって、あんな場所に聡香を放り出しておくわけにも行かずに一緒に来たが、このままだと自分はともかくとして、聡香は恐らくかなり危ないだろう。
茫然とベッドに座って考え込んでいる聡香をしり目に、慎一郎は腕輪を開いた。インターネットにつながるはずのないこの地でも、まだこの腕輪が使えている事実には疑問が残るのだが、それでもこれは、まだ仲間達に繋がる。ただ、仲間登録が外れてしまっている現在は、直接に連絡を取ることは出来なかった。
それでも、掲示板という便利なツールがある。
慎一郎は、静かな部屋の中で、そこへ黙々と文章を打ち込み続けた。
パージへ向かった翔太、亮介、玲、真樹、カールの五人は、やっと海風の激しい地域を抜けて、砂嵐に打たれることから逃れていた所だった。
この真っ直ぐにパージへと繋がる道は、途中河を跨ぐ景色のいい道だった。
それでも、本当に何も無かった。普通なら、街道の途中に小さな村が点在しているもので、そこで旅人や商人達の小隊が休んだりするものなのだ。
だが、村も何もなく、文字通り人っ子一人居なかった。それが、景色が美しいだけにとても不気味で、ここが美しい見た目で人を誘い込んで食べてしまう、子供の頃に聞いた怪談の場所だと言われても信じてしまいそうなほどだった。
空には、二つの月が出ている。真樹が、フッと息をつくと、翔太がそれに気付いて振り返った。
「疲れたか?もう半分ぐらい来ているし、ここらでちょっと休むか。」
真樹は、翔太を見上げた。
「ううん、疲れてないけど、でもなあ。美夕が心配で。聡香はまだ慎一郎が一緒だから…。美夕は、たった一人じゃないか。きっと不安だろうなあって思うと居たたまれない。」
翔太は、顔をしかめる。亮介が、後ろから言った。
「仕方がないんだよ。お前だって同意したじゃないか。あの子には緊張感が無さすぎるし、あのまま連れて来たら本人もつらい。オレ達を巻き込んで全滅の可能性があるんだぞ。迎えには行くんだから、いつまでもあの子の事を心配してないで、自分のことを心配しろよ。またどこから何が出て来るか分からないんだからな。」
真樹は、頷いた。玲が、気を遣って言った。
「一度ここで休もう。ずっと歩き続けだったしな。水を飲んで休憩だ。」
五人は、側の岩陰へと入った。並んで座ると、カールが言った。
「オレも15年前に来たばっかりの時はそうだったが、最初は死ぬ恐怖とか無くて簡単に考えてしまうものだ。必死に生き残ろうとした者達だけ生き残って、そうでない者達は死んで逝った。だから、あの子を置いて来て正解だよ。あのまま連れて来ていたら、皆の目の前で殺されていたぞ。そうなったら、きっと一生後悔する。後悔しても、戻って来ないんだ。」
カールは、そう言って視線を落とした。それを見て、真樹はカールには目の前で仲間を亡くした経験があるのだと知った。それに言及するのも失礼な気がして、真樹は何げなく腕輪を開いた。翔太が、横から言った。
「オレも、あいつのことは守り切れなかったと思うから、置いて来て正解だったと思ってるよ。オレはまだ死にたくねぇ。もしオレが身を投げ出してあいつを助けたとしても、あいつは生き残れないだろう。そんなものに、命を懸ける意味がねぇ。だから、あいつには待っててもらうのが一番なんだ。本人が一番つらいと思うからな。」
カールは、頷いた。
「そうだ。死ぬ時に謝られたりしたら、どうしたらいいのか分からないぞ。こっちは救えなくてすまない、だが、あっちは足手まといでごめん、で死んで逝くからな。もう救いがない。戦いは甘く見ない方がいい。」
皆、黙った。真樹は、腕輪を見ている。そして、言った。
「…さっきの、警告だけど、結構な人数が読んでるな。」
カールが、眉を上げた。
「読んだ人数が分かるのか?」
真樹は、頷いた。
「そう。ここに閲覧人数ってところがあって、累計アクセス数と人数が出るんだ。同じ人が二回来ても、人数の所は一人にカウントだし、これで何人が正味来てるのか分かるんだけど、今見たら48人が見てるってことになってるんだ。つまり、最低でもそれぐらいはどこかに降りてるってことだ。」
亮介が、驚いたように真樹を見た。
「それはすごいな。オレ達みたいにグループの誰かが見て話してたら、見てない奴も居るだろうし、もっと降りてるかもしれない。この島に、それだけの人数が散らばってるってことか。」
真樹は、頷いて指で画面をスクロールした。
「…もうシーラーンへ向かってる人達も居る。ほら、メジャルに到着した人達も居るらしいって言ってたじゃないか。そっちは船に乗せられて移動しているらしい。でも、隙を見て逃げる、と打って来てるよ。メジャルでは二グループの10人が降りたらしいな。シアラに置いて来た一緒に降りた7人は…」真樹は、じっとその文字を見て、暗い顔をした。「…まずいな。もしかしたら、何かあったのかもしれない。」
横に座っている翔太が、腕輪を覗き込んだ。
「…どれ。」
そこには、ひらがなだけでこう書かれてあった。
『まずい。いましった。にげられない。どうなるかわからない。』
亮介が、同じように画面を見ながら言った。
「まずいな。真樹の書き込みに気付いたのが、もうシーラーンへ到着した後だったんだろうか。その後書き込みが無いんだろう。やっぱり、奴らについて行ったらまずいのか。」
カールが、険しい顔をした。
「言った通りだっただろう。何があったのか分からないが、みんな帰って来なかったんだ。」と、亮介の腕輪をとっくりと見た。「それにしてもこれはまた多機能だな。オレ達の頃のとは雲泥の差だ。あれから技術はどれだけ進歩したんだ。通信機能なんて、決められた言葉ぐらいしか送れなかったのに。」
亮介は、苦笑した。
「オレ達だってどうしてこれが機能しているのか分からないんだ。インターネットで繋がってるはずなのに、それが明らかに無いここで普通に機能してるのが分からない。金だって使えるし。その事実が、まだオレ達をゲームの中に居るんじゃないかって思わせるんだよな。」
翔太は、水を飲みながら言った。
「それでも使えるもんは使わなきゃな。これは現実だ。死にたくなかったら変な希望は捨てろ。情報を集めて何とかここから出なけりゃな。」
真樹が、突然ハッと息を飲んだ。声が出そうになったのを、無理に押さえた感じだ。それに気付いた皆が、一斉に真樹を見た。
「…なんだ?」
隣りの翔太が言うと、真樹は顔を上げて、小刻みに震える指で画面を指した。
「見て。今出た。」
翔太が怪訝な表情でそれを覗き込む。
そこには、慎一郎のゲーム内の名前であるマーリンからの書き込みが、長々と現れていた。




