それぞれの考え
慎一郎と聡香は、軍の兵士らしき男達に回りを囲まれ、シアラの港から船で川を遡っていた。
ロマノフが言うには、途中から魔法で推進力を強化しても登れないほど急流になるため、山の中腹で船を降り、そこからは歩いて登らなければならないらしい。
たった二人の自分達をシーラーンへと送るのに、十数人の兵士達が付き添っているのを不思議に思った慎一郎は、船の後方で魔法を詠唱しつつ船を走らせる兵士達を横目に見ながら、ロマノフに言った。
「我々二人に、この人数が付くのは山が危険だからなのか?」
ロマノフは、頷いた。
「いくらあなた達が優秀な戦闘員でも、山の魔物を一人や二人で倒すのは無理なのだ。兵士達は魔法に長けているが、それでもこの人数を揃えないと山を登るのは難しい。なので、他ににも居るのなら出来れば一度に連れて行くのが望ましいと言っていたのだ。人助けでも、我々も暇ではないのでね。」
慎一郎は、頷いた。
「それは分かるが、あなた方はどうしてオレ達を助けようとしてくれるのだ。こうやって人手も取られて面倒だろう。」
ロマノフは、フッと笑った。
「その通りだ。人手を取られるのは今の軍には面倒なのだ。何しろ、いろいろと住民の安全のために軍は出て行くことが多い。余所者の世話などしている暇はないのが正直なところ。だが、余所者にうろうろされるのは、もっと面倒なのだ。」ロマノフの言葉には、嘘が無いのはこの瞬間は間違いないと慎一郎は思った。気どったような感じが消えたからだ。だが次の瞬間にはそれが消え、ニタリと笑ってロマノフは先を続けた。「この国には、この国のやり方があってそれでうまく回っている。だからこそ、帰りたいと言うのなら帰ってもらうのが都合がいいのだ。変に住民を危険に晒すことが無いように、陛下も心を砕いておられる。何しろ、あなたがた戦闘員と来たら、確かに戦闘能力は高いかもしれないが、変な希望を住民に持たせてしまう。住民は力もない弱い存在。それなのに、あなた方を見て自分達も強くなれるような錯覚を起こす。あなた方の真似をして、結界のない街の外へと勝手に出て行った住民を知っているか?皆魔物のエサになった。救出に向かった兵士達にも負傷者が出た。そんなことがあちこちで起こり始めて、やはり君達と我らは相容れないのだと陛下は思われたのだ。だからこそ、15年前にここへ戦闘員が現れた時、全員をシーラーンへと集めて帰す方法を探したのだと聞いている。君達はここの住民にとって、災いをもたらす者でしかないのだ。」
慎一郎は、表情を変えずにそれを聞いていた。聡香は、そんな慎一郎を見ながらも、不安そうな顔をしている。慎一郎は、軽く頷いた。
「始めからそう言えば良かったじゃないか。そうすれば、オレと一緒に居た奴らも一緒に来た可能性がある。喜んで助けるなんて、そんな都合のいい話があるものかと皆猜疑心を持ったのだ。オレは、果たして何が真実なのか見極めてやろうと思ったから来ただけ。帰れると言うのなら、今すぐにでも帰りたい。皆同じ気持ちのはずだぞ。騙そうとしても、オレ達はバカじゃない。どこかおかしいと気取るんだ。本当に全員を帰したいと思っているなら、下手な小細工は使わず、『邪魔だから帰って欲しい。方法を教える、シーラーンへ来い』とだけ言え。そうしたら、皆信じるだろうよ。」
ロマノフは、ふんと鼻を鳴らした。
「そんな物分かりのいい奴らばかりじゃない。それに、やっと情報が入り始めたが、シアラにはかなりの数の船が着いた。他の港からも続々と情報が入り始めた。住民はこちらが探らねばなかなか情報を渡さんので我々も把握が遅れるのだ。私があなたから聞いて、やっとメジャルからも情報が来た始末。それによるとメジャルに2隻、シアラに6隻、クトゥに1隻、パージに3隻。まだあるのかは不明だが、分かっているだけでも12隻もの船が着いているのが分かった。我らは過去最大の面倒に巻き込まれている可能性があるのだ。」
慎一郎は、それを聞いて船が間違いなく分散されて港へ到着しているのを知った。ということは、あと3隻…。船は、全部で15隻のはずだからだ。どこかで沈んでいない限り、あと3隻がどこかへ着いている。まだ、軍にも把握されないまま。
「そんなに船が来ていたんだな。」慎一郎は、分かっていたが答えた。「過去最高と言うと、前に来たとかいうのは、数が少なかったということか。いったい、なぜこんなことになっているんだ。」
ロマノフは、横を向いた。
「私はまだ下士官の時のことだ。詳細は知らん。だが、ここまでの数が来たというのは聞いていない。何が起こっているのか、こちらが聞きたいぐらいだ。」と、踵を返した。「戯言で時を過ごしている暇はない。一時間ほどで中腹へ着く。そこからはあなた方にも戦ってもらう。今のうちに休んでおくのだな。」
ロマノフは、さっとその場を離れて行った。慎一郎は、その背を見送りながら、じっと考え込んでいた。
翔太達は、もうクトゥは離れたはず。だとしたら、旅立ったシアラに戻るはずはないので、逃れているとしたらアデリーンの方角のはず。あいつらならば、無事にディーン街道を進んで到着することが出来ただろう。だが、軍も恐らくは同じことを考えて追っているはず…。
慎一郎は、心ならずもシーラーンで会うことにならねばいいが、と思いながら船の外を流れる景色を眺めていた。
美夕が頭を抱えているのを見て、翔太は少し考えて、レナートを振り返った。
「…レナート。それなら、オレ達は少しでも多くの戦闘員を探して、仲間になる必要がある。」レナートと共に、他の仲間もこちらを見た。翔太は続けた。「オレ達には戦闘能力がある。一人二人なら勝てないが、集まったら軍に対抗することが可能だろう。オレ達が固まっていたら、恐らく軍は直接手を出すことが出来ない。ある程度、交渉する必要があるということだ。騙されないように気を付けさえしたら、うまく情報を引き出すことも可能だろう。今のままでは、あっちが提示して来た条件を飲まないと、無理やりにでもシーラーンへと連れて行かれて、その後どうなるかわかったもんじゃねぇ。オレ達は、力を合わせなきゃならねぇんだ。」
レナートは、考え込むようにしながらも、困惑したように頭に手をやった。
「…確かに、あんたらの力は馬鹿には出来ない。今のままなら数で押して来られたらあんたらが不利だが、集まったら軍も簡単には手を出せんだろう。だが、どうするんだ?他の仲間って言っても、分散してるんだろう。どこに仲間の船が着いたかもわかってない。どうするつもりだ。」
翔太は、フッと息をついた。
「…腕輪だ。」と、軽く自分の左手を上げた。「これは登録している者同士でないと会話出来ないが、掲示板と言って、何かを誰かに頼む時に書き込む場所があるんだ。こんな異世界へ来ても、腕輪の機能は失われちゃいねぇ。シアラでオレ達が乗って来た船に同乗していた仲間の内、船を降りた奴らから何かあったらここに書き込みがある。何度か暮らしのことについて問い合わせて来たりしてたんで、返してやったりしてた。これに、軍を警戒しろってことと、どこかへ集まるように知らせることが出来る。だが…諸刃の剣だ。」
玲が、何度も頷いた。
「そう、もう捕まっていたり、信じてついて行ってる奴らにも、それが読めるってことだ。」
レナートが、眉を寄せた。
「軍を信じてる奴らが、上手い事口車に乗せられて皆が集まる場所を漏らしちまったら…。」
翔太は、頷いた。
「そう、どうにもならん。オレ達も含めて待ち伏せされて、次々に連れて行かれる可能性がある。」
レナートは、首を振った。
「やめた方がいい。軍は統率力だけはある。あんたらが寄せ集めで、あっちが訓練された多数でって、そりゃ不利だ。」
それでも、真樹が言った。
「だったら、軍を信じないように発信することは出来るよね?追いかけまわされた事実と、連れて行かれた仲間のことを知らせよう。そうしたら、みんな馬鹿じゃないんだから、軍の言うことは信じないし、どこかへ逃げることを考えるだろう。オレ達の居場所を聞いて来るだろうけど、それはここには書けない、連れて行かれた仲間にも見えるから、と伝えて置けばいいんじゃないかな。」
亮介が、大きくため息をついて椅子へともたれ掛かった。
「あー面倒だな!SNSも携帯電話も無いんだからどうしようもないじゃないか!シアラの奴らだけでも連絡先を聞いておけば良かった。」
「腕輪の掲示板があるからって思ってたしな。実際それで連絡はついたし。」
真樹は言って、腕輪を開いた。そして、画面を押して操作する。そして、顔を上げた。
「じゃあ、書くよ?早い方がいいだろう?」
翔太は、頷いた。
「ああ。警告だけでもしておいてくれ。いずれどうにかして招集しなきゃならないが、その方法が見つかるまではどこかに潜伏しててもらわないとな。」
真樹は、早速腕輪に取り掛かった。美夕はそれを見ながら、いったい何に巻き込まれているのかと不安でひたすらに震えて来る体を自分で抱きしめていた。




