ディーン街道の魔物
暗く月明りしかない中、亮介が放った光の玉が宙に浮き、その魔物周辺を照らしていた。
真樹が、さっと後方へと来てまだ半分袋に入ったままの美夕を引きずり出し、腕輪を開いてその魔物に向けた。
「…ミガルグラント。レベル70。炎に弱い!」
そして、美夕を背後へとドンと突き飛ばすと、自分も剣を構えた。小山のような大きな体で、背中には小さな羽があったが、飛べるのかどうかは分からなかった。
「さっさと始末しねぇと、他のが気付いて寄って来るかもしれねぇな。」と、足元へと走った。「亮介、援護頼む!」
「任せろ!」
言うが早いか亮介の杖の先からは大きな炎が渦になって飛び、ミガルグラントを襲った。
「ギュエエエエエエ!!」
前に居たドラゴンよりも、声は幾らか低い。美夕はそのド迫力な様に、動くことも出来ずに真樹に突き飛ばされたまま、尻餅をついてそれを遠目に見ていた。
玲と翔太が、必死に足元で剣を炎に変えて切りつけていたが、幾らか足踏みをして嫌がっているものの、あまり利いてはいなかった。後ろで亮介が放つ魔法はひっきりなしにミガルグラントを襲い、それが特に嫌なのか、亮介が移動する方向ばかりを向いて、そちらへと爪を振り下ろしていた。
カールは、亮介に意識が向いている間にと、背後から同じように炎の魔法を放っている。亮介ほどの速さではないものの、それでも十分に利いているようだった。
真樹は、ただひたすらに最後方で回復術を放っている。どうやら、これの詠唱だけは倣って来たようで、自分の今の位置はここだと決めたようだった。
美夕はそこでハッとした…そうだ、私も術が放てるのに。
美夕は立ち上がると、震える足を叩いてしっかりさせながら真樹の横へと並んだ。
「私も回復するわ!」
美夕は、必死に術を唱えた。真樹は翔太と玲を優先させている。じゃあ私は亮介さんとカールさんを…!
それは、思った通りに飛んだ。
ここから遠い翔太や玲までなら飛ばなかったかもしれないが、亮介とカールの位置なら美夕の力でも術は飛ぶ。
回復術が皆に行きわたるようになったお陰で、亮介は攻撃だけに術を絞ることが出来るようになった。
間近で切り付ける翔太と玲は物理攻撃を必死に避けながら、ひたすらに炎の力を込めて剣を振っていた。
どれぐらい、そうしていただろう。
気が付くと、ミガルグラントの巨体は、周囲に地響きを起こしながらもんどりうって倒れた。その瞬間、翔太と玲が一目散に後方へと走って来た。
「まだ他のヤツが来るかもしれねぇ!逃げるぞ!」
そして、美夕の腕を掴むと、引きずるように全速力で走り出した。
そこに居た皆がそれに倣い、暗い道を一刻も早くその場から立ち去ることだけを考えて、6人は走りに走ったのだった。
夜が明ける。
慎一郎は、目を開いた。特に何の問題もなく静かにこの駐屯地の夜は明けた。隣りの部屋の聡香を起こしに行こうかと起き上がって着替えていると、ドアをノックする音が聴こえた。
「そろそろ朝食を済ませてくれないか。出発しようと思っている。」
ロマノフの声だ。
慎一郎はドアへ寄って行って、開けた。
「もう行こうと思っていたところだ。あなたも一緒に行くのか?」
ロマノフは、早朝とは思えないほどすっきりとしたいで立ちでそこに立っていて、頷いた。
「もちろん行く。私の責任で君達をシーラーンへ入れるのだから、部下だけに任せられないからな。」
隣りの部屋のドアが、ためらいがちに開いた。聡香が、こちらを覗いている。ロマノフは、そちらを見て優雅に微笑して、丁寧に言った。
「ああ、あなたも朝食をどうぞ。終わり次第出発しますから。」
聡香は、そろそろと慎一郎の顔色を見ながら部屋から出て来て、慎一郎の斜め後ろへと立った。ロマノフはそれを見て、慎一郎を案内するように歩き出した。
「結局、お仲間はどうした?一緒に行くのでは?」
慎一郎はチラとロマノフを見た。ロマノフは、特に何か他の意図などない顔をしていた。しかし、実際はどうなのかは分からなかった。
「…そもそも、オレ達は一緒にここに迷い込んだだけで、仲間でも何でもないのだ。」慎一郎は言った。ロマノフは片眉を上げた。慎一郎は続けた。「そちらから見たら我々はみんな一緒に見えるかもしれないが、たまたま同郷なだけで、つい最近に出会って一緒に行動していただけ。それほど強い絆もない。みんな自分の考えで動く。だからオレが行こうと提案しても、一緒に来るとは言わなかった。元々知っているのは、この聡香だけでね。」
聡香は、慎一郎の言葉に頷く。元々、見ず知らずの男と軽々しく話すタイプではないのだ。だからこそ、慎一郎が言っていることにわざわざ反論するようなことはしなかった。
ロマノフは、少し考えるように視線を下へ向けると、軽く頷いた。
「…そうか。その一緒に迷い込んだ仲間とはいったい何人ほど居るのだ。もしも帰りたいというのなら、私も何度も行き来するのは億劫なので、まとめて連れて行った方が楽でいいのだがな。」
慎一郎は、首を傾げた。
「何人と言われても…シアラからこちらへ来た仲間は数人だが、まだあちらにも居たしな。メジャルの港にも着いているような噂も聞いた。それぞれが違うルートで帰る道を探そうとしているのだろうが、オレはリーダーでも何でもないし、勝手に行動しているので分からないな。軍は他の港の戦闘員のことについて、把握していないのか?オレ達より知っているのではと思っていたんだが。」
そこで、ロマノフは初めて顔を軽くしかめた。だが、すぐに穏やかな顔に戻ると、言った。
「全部が全部わかるわけではないからな。だが、良い事を聞いた。メジャルやシアラの方へも知らせをやって、そういった戦闘員達の力になるよう触れを出しておこう。」
慎一郎は、黙って頷いた。そこで、一階の食堂へと案内され、そこに準備されてた豪勢な食事を聡香と二人で取ったのだった。
翔太達は、結局あのまま夜通し歩いては走りを繰り返し、ミガルグランド程ではないものの、いくつかの魔物を倒しながら、フラフラになりながらアデリーンが臨める場所まで到着していた。
さすがに体力のある翔太や玲でも、疲れが見える。亮介と真樹はもう、フラフラだった。
翔太に背中から降ろされた美夕は、急いでカバンから出ながら言った。
「ありがとう、大丈夫?街に入る前にここで休む?」
翔太は、どっかりとその場に座って胡座をかいた。
「休む。飯だ飯!なんか食ったら回復する。」
美夕は急いで玲に駆け寄ると、座り込んでいる玲の背中のカバンから、せっせと食べ物を出してみんなに配った。翔太は渡された水を煽り、ガツガツとパンを齧った。
「アデリーンにも追手が来ていたら困った事になるな。」
亮介が、力無く水を口にしながら言う。翔太は、口をもぐもぐさせながら言った。
「甲冑を解こう。中身の服だけで外側から西へ回り込む。西の出口の側だと言っていた。見えてるのは街の南の入口だろう。だいたいこっち側から街に入る奴が居ないだろうから、ここから入ったら目立ってしょうがねえ。」
玲が、頷いた。
「川から来るのが一般的みたいだしな。まああの魔物のレベルと数じゃあ、一般市民じゃ街道を来るのは無理だ。そこから来たとあっちゃあ、警戒されるかもしれんしな。」
翔太は頷いて、見る間にパンを食べ終わると、今度は缶詰に手を出した。
「さっさと飯食って紹介してもらった鍛冶屋のレナートとやらに会いに行こう。そこで話を聞いたら、何か情報が掴めるかもしれねぇ。軍の追手のことを考えると、ゆっくりもしてられねぇからな。」
玲も亮介も、真樹も頷くと急いで手に持ったパンを齧った。
美夕は、もしかして自分が置いて行かれるかもしれない街を遠くに見ながら、不安を募らせていた。




