逃走
美夕は、真っ暗な中を亮介が放つ光の魔法だけを頼りに、地下水道の中を走っていた。これを辿って行けば、街の外へと出られるはずだった。
しばらく走ってから、玲が振り返って言った。
「…結構来たな。翔太を待たないと。」
亮介は、ふっと息をついた。
「ほんとに体を使うってのは疲れる。この歳になると余計に堪えるね。」
美夕は、後ろを気遣わしげに見ながら言った。
「翔太は?真樹が来たのに、どうして出て来たの?」
カールが、苦笑した。
「ほんとに君は一人だったらすぐ捕まるな。翔太だってあれが真樹だって気付いた。だから、オレ達に行けって言ったんだ。真樹には、まず絶対に尾行が着いているだろう。」
美夕は、あ、と口を押えた。
「つまり…もう追手が間近に居たってこと?!」
玲が、頷いた。
「そうだ。もっと慎重にならないと。自分で分からないなら、こっちが言うことには必ず従ってくれた方がいい。でないと、足手まといになる。わかったな?」
美夕は、今更ながら怖くなって、身震いした。本当に、不注意だ…私一人だったら、確実に捕まってる…。
美夕は小さくなって、じっと翔太が来るのを待っていた。
「どこだ?!」
店へと駆け込んで来た制服の男達は、辺りを見回した。誰も居ない。いや…店主が、槍で壁に打ち付けられている。
「ちょうど良かった、助けてください!!」
店主は叫んだ。
「なんだ、お前生きてるのか?!」
店主は、頷いた。
「あんたらに情報を売ろうとしたのがバレて、壁に拘束されちまってたんですよ!どうしてくれるんです、あんたらに協力しようとして、危うく死ぬとこだ!」
制服の男は、うるさそうに言って槍を引き抜いた。
「ああ、この欠けた槍なら弁済金を入れてもらうからうるさく言うな。で、どっちへ行った。あいつら、何か言ってたか。」
店主は、首を振った。
「なんだか物騒な奴らでね。軍が居るならシーラーンへ行って腕試しでもするかとか、そんなことばっかり言ってたんで。冗談だかなんだか、見分けもつかない。」
制服の男達は、息をついた。
「山か…だが奴らなら行くかもしれんな…。」と、表の方へと足を向けた。「また情報があったら知らせろ。」
店主は、わざと大声で叫んだ。
「ちょっと!お金はどうなるんです?!」
男達は、面倒そうに言った。
「ああ、確かに支払ってやる!」
そうして、出て行った。店主は、息をついて倒れた椅子や机を起こし、店を片付けた。確かに、あの人達ならどこへでも行くんでしょうて。
店主は何かせいせいした気持ちになって、軽快に店の掃除をしたのだった。
真樹は、翔太に腕を引っ張られて走りながら、叫んだ。
「ちょっと待ってくれよ!なんだってあんな…あの店の人は何も悪くないじゃないか!」
翔太は、暗い中必死に小さな炎の魔法を頼りに走っていた足を、急に止めて真樹を振り返った。
「ああ悪かねぇ!お前がノコノコやって来るから、ああするよりなかったんじゃねぇか!あのまま逃げちまったら、あいつは裏切り者だとオレ達を匿った罪で牢屋行きだ!分かってんのか、お前はつけられてたんだよ!」
真樹は、ショックを受けた顔をした。
「え…でも、追手はまいたと思って…。」
翔太は何度も首を振った。
「お前な、そんな赤の目立つ甲冑でどうやって隠れられると思ってんだ!そもそも、パーティ登録解除したのになんで分かったんでえ!」
真樹は、戸惑うように言った。
「電話の後で、オレもすぐ慎一郎に腹が立って別れて…位置を確認したら、最初は別の所だったのに、歩いてるうちに物凄いスピードで移動し始めて。何事かって見てたら、みんなグネグネ蛇行してたから、これは何かから逃げてるって直感したんだ。途端に、もしかしてオレも、って怖くなって。そしたら、制服の人がいつもどこかにチラチラ見えて、尾行されてるのに気付いて。翔太達が一箇所に留まったのを見てから、あっちこっちお店をハシゴして、逃げてないフリをしながら時間を潰してたんだよ。見たら、翔太達はパーティから消えてるし、オレも慌てて抜けて、制服の男達が見えなくなってからあの店を訪ねたんだ。まさか、まだ尾行されてるなんて、思わなくて…。」
しゅんとしている。真樹は真樹なりに、考えて頑張ったのだ。
翔太は仕方なく真樹の頭をぽんと叩いた。
「もういい。考えたらお前を探す手間が省けて良かったのかもしれねぇ。置いてけないと美夕はうるさいし、どうしたもんかと思ってたんだ。だが、オレ達は軍から逃れて陸路でアデリーンへ行く。魔物が多いぞ。頑張れるな?」
真樹は、顔を上げた。
「任せて!頑張るよ!」
そうして、また二人は玲達を追って地下水道を走って行った。
「来たな。」
玲が言う。遠く暗闇の中に、ぼうっと赤い炎が見える。その炎に照らされて、翔太の顔が微かに分かった。
「よし。」
亮介が、光の魔法を再開した。
辺りが光に照らされて、一瞬ビクッと立ち止まった翔太と真樹だったが、すぐに亮介と玲、カール、美夕を見とめて、こちらへ走って来た。
「何とか見られずにここへ入って来れた。追手も居ないようだ。」
翔太が言う。美夕が、真樹を見てホッとした顔をした。
「良かった…真樹くん、大丈夫だった?軍の駐屯地へ行ったんでしょう?」
真樹は、困ったような顔をした。
「それが、ただ豪華な屋敷って感じで、全然軍っぽくなかったんだ。ロマノフ将軍って人と会ったよ。悪い人には見えなかったけど、なんか権力者って感じて、オレには信用出来なくて。あっさり信じる慎一郎の方が、オレには信用出来なかった。」
翔太が、険しい顔で言った。
「やっぱり、聡香は残ったんだな。」
真樹は、頷いた。
「聡香ちゃんだって胡散臭いと思ってたみたいなのに、慎一郎が行くからって。慎一郎があっさりオレを行かせたのは、オレまでこっちへ来てしまったら、向こうに何かあった時困るのは分かり切ってるじゃないか。だから、みんなの気持ちに賭けたんじゃないかって思う。心配なら、きっと来るって。」
しかし、亮介があっさりと首を振った。
「それはない。考えてもみろ、ゲームの中なら助けもする。だが、これは命が懸かってるんだぞ。命は一つしかないんだ、見るからに胡散臭い場所に、ほいほい行くほどオレはお人好しじゃない。お前らだって現実の慎一郎が、どんな男が知らないんだろう。オレもそうだがゲームの中では、自分のキャラに酔ってヒーロー然としたふるまいをするもんだ。だが、現実はこんなもんだ。あいつがそうでないと、どうして言える?」
翔太は、黙っている。真樹も、そちらをチラっと見てから、渋々頷いた。
「…うん。確かにそう。オレも正義のヒーローにはなれない。だって、生きて帰りたいから。オレも将軍を信じてたら別だよ。自分で決めたことだもの。でも、行くべきじゃないって思ったんだ。オレもオレの命のために、逃げるよ。」
玲が、それを聞いて頷いた。
「それでいい。自分の命は自分で守るんだ。その判断は、後悔しないように自分で決める。そうでないと、こんな所で人知れず死んで、誰にも知られることなく向こうの世界では行方不明にでもなってるのかもしれないんだからな。一緒に逃げよう。」
美夕はまだ震えていた。そんな覚悟は、まだ出来ていない。何しろ、美夕は自分のことを全く信じていなかった。
翔太が、顔を上げた。
「じゃあ、行くぞ。長居は無用だ。」
そうして、集まった五人と、新たに加わったカールは、地下水道を抜けて、夕闇が辺りを包むのに紛れ、クトゥの外の街道へと向かったのだった。




