不安
道具屋では今の甲冑以上の物は見つからなかった。
仕方なく今の剣より数段攻撃力が強い武器を買い、隣りの鍛冶屋で甲冑を強化し、申し訳程度の強化をした。まさか今回のイベントが、そこまでガチなものだとは思いもしなかったので、よく調べもしないで参加しようと皆を誘った事を早くも後悔していた…ただ、ここのところ集まらなったパーティの皆と、楽しくダンジョンを回れたら、ぐらいに思っただけだったのだ。
クリスマスイベントの時は、結構簡単にクリアしたのだ。レベル20以上推奨のものだったからかもしれない。
美夕がまたアストロに文句を言われると幾分がっくりと戻って行くと、三人は何かの黄ばんだ紙のようなものを手に話し合っていた。
「お、戻ったか?ほら、君の分だ。」
龍騎に渡された紙を手に取ると、それは羊皮紙に描かれた地図だった。
「今回はデジタルじゃないの?」
いつもなら、地図は視界の隅に呼び出す事が出来るのだ。マーリンが、首を振った。
「今回はデジタル系は一切使えないらしいぞ。手持ちの道具は袋に入れて抱えて行くよりない。持ち切れない分は置いていくよりないらしい。」
美夕は、口を押えた。昨日集めたアイテム…。
「…回復グミとかなら軽そうだけど、命のボトルは?私、昨日たくさん手に入れちゃって…。」
龍騎は、苦笑した。
「持って行くか置いていくかは自分で決めたらいいよ。」
まるるが、足を踏み出した。
「私は回復は出来ても反魂術はまだ出来ないから、命のボトルは必要ですわ。もし持ちきれないなら、私も手伝います。」
五人は、側の台に腕に巻いている腕輪を翳した。するとそこには、山ほどアイテムが現れた。
「まあこれぐらいなら運べるしな。」
アストロが、さっさと肩に掛けている袋に自分のアイテムを放り込んでいる。アストロは体が大きいので、いくらでも持てそうだった。
美夕は少し困ったが、それでも意を決して自分の腰に3つも着いている、いつもは飾りぐらいにしか思って居なかったポーチにアイテムを詰め始めた。
思った通り、グミは軽かったが、ボトルの類はかなり重かった。というか、命のボトルって結構デカい。瓶のコーラほどある。瀕死の時にこれ飲み干せるかな。
それよりも物理的に自分のカバンに押し込むのが不可能かと悩んでいると、まるるが言った。
「幾つか持つわ。」
美夕が助かった、と差し出そうとすると、それを横からアストロが奪うようにとった。
「え?」
美夕が戸惑っていると、アストロはフンと横を向いた。
「まるるは体力がねぇのに、負荷はかけられねぇだろうがよ。オレは持てる。」
そして、さっさと残りのアイテムも自分のカバンへ突っ込んだ。意外だったので美夕が呆然としていると、アストロは怒ったようにこちらを見た。
「…なんだよ。」
美夕は、遠慮なしにアストロを見ていたのに気付いて、慌てて視線を反らして首を振った。
「ううん、あの、意外だなって思っただけ。」
アストロは、愛想無く横を向いて大きな袋を担ぐと、言った。
「オレは現実世界でも毎日ベンチプレスで100キロ上げてるし、50キロ担いでスクワットしてる。少々負荷が掛かっても影響はねぇ。今日だって朝からジムでやって来た。準備はばっちりなんだよ、誰かと違ってな。」
美夕は、藪蛇だったと思ったが、それには顔をしかめただけで何も言わなかった。
ここ最近は、このゲームも楽しむ派とガチ派に分かれて来ている。美夕は間違いなく楽しむ派だが、マーリンやアストロはガチ派だった。まるるはマーリンとセットなので必然的にガチ派になり、龍騎はどっちつかずだった。だが、仲間がガチのこのパーティを出たくないと思っているらしく、龍騎は絶対に皆の足手まといならないようにと考えて、事前準備は怠らず、しっかりついて行っているので美夕のように煙たがられることは一度も無かった。
だが、美夕はどうしてもついて行くことが出来なかった。見た目がかわいいのを重視して、現実の自分では着られないような物を選び、アバターも可愛くした。そんな仲間ばかりのパーティだってたくさんあるのだから、合わないなら他のパーティへ行けばいいのだが、このパーティにはマーリンが居る…最初に、自分を助けて仲間になってくれた、マーリンが。
だから、美夕はどっちつかずの気持ちのまま、このパーティを抜けられずに居たのだ。こんな中途半端な状態なのだから、アストロに嫌味を言われるのも仕方ないと言えば仕方ないのだ。パーティの最大人数は5人と決められていて、美夕が抜けない限り新しいガチ仲間を募ることも出来ないのだから、どうしても他のパーティより戦闘能力は下がることになるのだ。イライラも募るだろう。
美夕がそんなことを考えているとは知らずに、まるるはため息をついた。
「私がもっと一人でも戦えればいいのだけれど。もっとレベルを上げたら、反魂術も覚えてこんなに命のボトルを持って行く必要もないのだし。マーリン様について歩いても、結局マーリン様だけに戦わせてしまって、私のレベルは上がらなくて。」
マーリンが、自分のカバンにアイテムを押し込んで振り返った。
「君はそれでいいと思うぞ。後ろで死なずに回復さえしてくれたら、オレ達は前で戦える。今回は一緒に行動するから、それで君のレベルの上がるだろう。」
まるるは、息をついた。
「手を出す暇もないほどの圧勝だったら、今までと同じで私にはポイントが入りませんしレベルは上がりませんわ。」
しかし、アストロは、首を振った。
「事前に調べて来たと言ったろう。今回はオレ達でも無傷じゃクリア出来ない。何しろ…出て来るモンスターは未公開、地図も今まで未公開、これには道だって書いてないのに何をしたらいいのか、ミッションすら未公開なんでぇ。ただ、出て来るモンスターが半端なくレベルが高いって知らされてるだけで。」
龍騎が、横から頷いた。
「夕方先に島へ入った奴らからSNSでいつもみたいに情報が入るかと思ったんだが、ただの一つも無くってな。あいつら、一回中断したら絶対書き込む癖に。ということは、島へ着いてまだ、中断しようと思えるような状態にならないって事だろう?それなりに経験も積んでてアストロやマーリンみたいなのがゴロゴロ居るのに、誰一人としてまだ、何も出来てない可能性が高いんだ。」
美夕はそれを聞いて、不安になった。船の中には、リーリンシアのロゴと、その上にこのイベントの煽り文句が躍っている…『リーリンシア史上最高の難関!あなたはこの謎の答えを見つけられるか?本物のRPGへようこそ!』。
場違いだった。
美夕は、本気でそう思った。だが、もう船に乗ってしまったのだ。
波を切って進んで行く船に揺られながら、美夕は不安と後悔の気持ちのまま先を見つめた。視線の先には、まだ何も見えてはいなかった。
美夕が無口になって行先を見つめていると、マーリンが寄って来て言った。
「みっくすべりー。静かになったな。」
美夕は、惚れ惚れするほど良い声だなと思いながらマーリンを見上げた。声は、現実の自分の声を使っているので間違いなくこれは、マーリンの声なのだ。美夕は、力なく微笑んだ。
「なんだか、場違いだなって。よく調べもせずにクリスマスイベントと同じ感じのノリで、みんなを誘ってしまったから。まさか、そんなに大変なイベントだなんて思いもしなくて。」
マーリンは、苦笑してため息をついた。
「そうか、こんなガチなイベントに誘って来るから、てっきり君も本気になったのかと思ったんだがな。まあ、港でその甲冑を見た時、そうじゃないことは分かったが。」
美夕は恥ずかしくなって下を向いた。いつもは、見て見てとマーリンには堂々とポーズを取ってみたりするのに、今日は隠せるものなら隠したい。
マーリンは、うなだれた美夕の頭をぐちゃぐちゃと撫でた。
「来てしまったものは仕方ない。いつまでも引きずってないで、せめてオレ達が敵を倒し切るまで、自分のことは自分で守れるように頑張れ。アストロとも話したんだが、恐らく現実世界でも体を鍛えてるのはオレとアストロだけだろう。持久力がないと、普通のゲームじゃないこのリーリンシアはクリア出来ないんだ。体力を残さないと。飯は食ったか?」
美夕は、あ、と思った。そう言えば、昼から何も食べていない。夕飯も、急いでここへ来るのに、食べずに来てしまった。
その表情を見て、マーリンは息をついた。
「ま、とにかく頑張ってくれとしか言えないな。オレ達がこれを超えられなくて夜が明けるようなことがあったら、君は戦闘で死んででもこれから離脱して現実世界で飯を食え。でないと現実の体が死ぬぞ。」
命のボトルも使わず、帰れって言うんだ…。
美夕は落ち込んだが、仕方なく頷いた。これで、次のイベントからは呼んでもらえないかもしれない。いや、もっと悪くしたら、みんながパーティから抜けてしまって、他で再結成でもして、美夕だけが置き去りにされてしまうかもしれない…。
せっかく見つけた、現実逃避出来る居場所を、美夕は失いたくなかった。
「足手まといにならないように頑張ります!」
美夕は、そう言った。マーリンが何かを答えようとしたその時、突然に船がガタガタと揺れ出した。
「わあああああ!」
回りの他のパーティの人達が、声を上げる。美夕も驚いて思わずマーリンにすがろうとすると、マーリンは慌ててまるるの方へと駆け寄った。
「こっちへ!何かが起こるのかもしれない!」
美夕が一人きりにされてしまって茫然と立ち尽くしていると、アストロが乱暴にその腕を掴んだ。
「何ぼーっとしてんだよ!始まったんだよ、あのイベントが!」
船は、ガタガタと音を立てながら小刻みに揺れ、そして大きく波に翻弄されるように左右に揺れた。マーリンとアストロと龍騎は、まるると美夕を中に円になって回りを囲み、起こる事態に備えている。何しろ、このイベントでは何が起こるか分からないのだ。この前のクリスマスイベントでも、急に飛行機から落とされて気が付くとどこかの山奥に倒れていた、という設定だったからだ。
「今度はどこかに流れ着くのかしら?」
まるるが、不安そうに言う。美夕は、頭を抱えて言った。
「もう、ほんとこんな感じやめて欲しい!」
まるるも、身を固くして頷いた。
「同感ですわ。」
途端にバシッという音と共に船内の灯りが消え、皆の悲鳴が上がる。そして、何かにぶつかったような衝撃が伝わり、真っ暗な映像と共に、美夕は、そういう設定ではなく、本当に気を失ったのだった。