選択
翔太は、眉を寄せた。
「何だって?落ち合うのは夕方だって話だろう。オレ達はオレ達で情報収集してるんだ。夕方まで待て。宿ももう探してある。」
すると、慎一郎の声は言った。
『そんなことはいい。こっちは帰還の方法が分かるかもしれないんだ。明日の朝、シーラーンへ旅立つ。準備をしたい。宿は、ここの駐屯地の中を貸してもらえるようになった。』
それを聞いたカールが、横で顔色を変えた。
「なんだって…軍?!やめた方がいい、十数年前に軍と一緒にシーラーンへ向かった奴は、誰一人として戻って来なかった!連絡も全くつかない!」
その声を聴いた慎一郎の声は、少し怪訝そうになった。
『誰の声だ?それは帰って来ないだろうな、皆あっちの世界へ帰ったんだ。連絡なんかつくはずがないだろう。』
しかし、亮介が翔太や玲の顔色を窺いながら、疑い深い顔で割り込んだ。
「それは…本当のことなのか?帰ったんならそれで説明はつくが、死んでいても同じだぞ。本当にそいつらは、帰ったのか?」
カールは、何度も首を振った。
「絶対に違う!あいつらは、オレを置いて黙って帰るような奴らじゃなかった!だからこそ、シーラーンへの旅の途中もしょっちゅう通信してくれたんだ!それが、何も言わずに帰ってしまう訳はない!」
慎一郎の声が、少し迷うようになった。
『オレを置いて…』と考えるように途切れてから、続けた。『そこに居るのは、以前来た奴らの生き残りか。』
翔太は、見えないのを承知で頷いた。
「そうだ。他は今話したようにシーラーンへ行ったり、ここの住民に紛れて暮らしたりしていてもう帰る意思が無かったり、行方不明だったりするんでぇ。慎一郎、とにかくそんな話は受けられねぇ。頭から信じるなんて、お前らしくねぇぞ。一回しっかり考えようや。それから判断しても遅くはねぇ。少なくとも、オレは今シーラーンへ行くつもりはねぇ。」
慎一郎は、少し黙った。そして、しばらくしてから、また声が返って来たが、その声は、今まで以上に無機質なものだった。
『わかった。お前達のようなことをしていたら、いつになったら帰れるのかわからん。オレは、シーラーンへ行く。お前達はいいようにすればいい。だが、行く気になったら、明日の朝軍駐屯地まで来い。』
翔太は、グッと眉を寄せた。
「何を言ってる!オレは行かねぇ!調べて安全性を確かめてからでないと、こんなわけ分からねぇ土地でどうするんでぇ!」
ブツ、と嫌な音がして通信が切れた。翔太は、派手な身振りで思いっきり腕輪をした方の手を振り下げた。
「クソ!あいつはどうしちまったんでぇ!ここ最近の独裁ぶりは目に余ってたが、まさか勝手にこんなことを決めてきやがるなんて!」
玲が、同じように憤って頷いた。
「同じ仲間だ。あいつの命令ってのにもまあ、新入りだから従ってたが、あれじゃあオレも従えない。どこまで独断で決めやがるんだ!」
亮介が、腕を組みながら言った。
「新入りというならオレこそだが、だがオレは従わないぞ?」皆が亮介を見る。亮介は驚いたように言った。「あのな、命が懸かってるのに、そんなこと他人任せに出来ないだろう。オレは行かないことを選ぶ。あいつが一人でも行くと言ってるんなら、行ってくればいいじゃないか。それはあいつの判断だ。おれはあいつに命を預けるほど、まだあいつを知らないんでね。」
美夕が、おろおろと皆を見ていたが、言った。
「でも…いくらレベル99でも、聡香を連れてなんて。真樹はレベルが90に上がったって聞いたし、自分で自分のことは守るだろうけど。あの山は、レベルの高い魔物の温床なんじゃない?」
翔太と玲が顔を見合わせた。しかし、亮介は言った。
「それでも行くと決めたのはあいつだろう。ああいえば、オレ達がそう思って絶対に来ると思っているのかもしれないが、それは甘えってもんだ。これが遊びなら付き合ってやってもいい。だが、今はマジもんの命を懸けてる。オレは行かない。君達が行くなら仕方ないが、オレはここまでだ。」
亮介は、両手を軽く上げた。ここで亮介が抜けてしまったら、この土地での戦いは不利になる。それでも、翔太と玲なら道を切り開いて行けるだろうが、美夕はそんなリスクを負ってまで、一方的な決定に従うべきなのかと考えた。このままでは、全滅するかもしれないのに。
「…翔太が決めて。私は、翔太と一緒に行く。」
美夕が言うと、翔太はじっと厳しい顔で固まっていたが美夕を見た。そして美夕のことをまじまじと見ていたが、ひとつ、頷いた。
「オレは、行かねぇ。」と、玲を見た。「こんなお荷物背負ってのるのに、何かあって守り切る自信がねぇ。もっとよく考えてから進む道は決める。それでいいか?」
玲は、頷いた。
「ああ。オレも同感だ。情報は慎重に選んだ方がいい。ここは、クトゥに残ろう。」
カールが、ホッとしたように言った。
「どうなるかと思ったが、良かった。だが、その仲間はもう、恐らく無理だな。」
それを聞いて、翔太がカールを見る。
「どういうことだ?」
カールは、首を振った。
「軍に知られてしまった。軍は、オレ達のような戦闘員を密かに探しているって聞いている。もう住民になっちまってる者達はいいが、まだ甲冑を着て魔物退治なんかをしていたら、軍に居所が知れるだろう。だからといって、どうするのか知らないが、しかしそれで、戦闘員達がどこかへ消えてしまうのも確か。ここへ数週間前に到着した幽霊船から降り立った、戦闘員達もすぐに居なくなった。オレが情報を掴んで港へ走った時にはもう居なかった。みんな、今回と同じようにシーラーンへと行ったのだとしたら…仲間が言うように、異世界へ帰っていたらいいけどな。もしもどこかに幽閉されているか、殺されているんだとしたら…知られた君らの仲間は、シーラーン行きを断ったとしても、居なくなる運命だとオレは思う。」
美夕と、翔太と玲、亮介は顔を見合わせた。
そんな…聡香も、真樹も一緒に居るはず。じゃあ、みんなまとめて逃れられないの?いったい、軍は何をするために、戦闘員を探しているんだろう。
「どうしよう…聡香と真樹が。」
翔太は、頷いた。
「あいつらはどうするつもりだろうな。」
美夕は、不安そうに下を向いた。
「多分…聡香さんは行くんじゃないかな。慎一郎さんに恩義を感じてるみたいだし。」
亮介は、険しい顔で言った。
「真樹は恐らくこっちへ来るんじゃないか。しまったな、港で二人でどっちへ行くと言った時、真樹は翔太達と行きたそうだったんだ。だがオレも、慎一郎とはそりが合わないからこっちへ来たかった。別にこっちの人数が多くても良かったじゃないか。こっちへ連れて来てれば、知られることも無かったのに。」
翔太は、首を振った。
「後から言っても仕方ねぇ。真樹がこっちへ来るならそれでいいんじゃないのか。」
「尾行が着いてると見た方がいい。」カールが言った。「密かに探してるって言っただろう。仲間に接触すると見て、真樹が動いたら相手に知れる。」
美夕の胸がどきどきと激しく打った。どうしよう…怖い。狙われてるのか。
翔太が、頭を抱えた。
「それでも、真樹を見捨てることは出来ねぇ。オレ達は街中をこの恰好でうろうろしちまったし、ここへ来るのに何人の人に道を聞いたことか。最後の人は、ここまで案内までしてくれた。」
カールは、一瞬黙った。
「…それは、どんな奴だった?」
四人は、固まった。
「普通の…50代ぐらいの良くしゃべるおばさんだが。」
カールは、立ち上がった。
「来い!」と、腕輪の袋を引っ掴むと、駆け出した。「早く!ここを出るんだ!」
ここは四階だ。
部屋から出る寸前、窓の外がチラと見えたが、制服のようなものを着た男達が、駆け込んで来るように見えた。
「階段は駄目!誰か上がって来るわ!」
美夕が叫ぶと、カールが階段とは反対側の方の窓へと走った。
「ここだ、非常階段!ここから裏通りへ出る!ついて来い、見失うなよ!」
四人は、カールについて非常階段を駆け下りた。
後ろから何が追いかけて来るのかも、追いかけて来ていないのかも確認する暇もないほど必死に、カールを加えた五人は、通りを抜けて走ったのだった。




