依頼人
カールは、遠い目をした。
「オレは、あっちの世界じゃドイツ人だ。15年ほど前にVRヘッドセットを手に入れたオレは、それを装着してその当時唯一のVR対応のネットゲームだった、シーラーンというRPGに夢中だった。仲間も出来て、毎日寝る間も惜しんで楽しんでたよ。それが、遊び始めて三カ月ぐらい経った後、あるイベントに参加した時のことだった。」
翔太は、表情を険しくした。イベント…三カ月。自分達と、共通なことが多かったからだ。
カールは、それに気付いているのかいないのか、先を続けた。
「船に乗って、島へ行くというイベントだった。かなり攻略が難しいとかで、レベルはあの当時マックス99だったが、60以上でないと入場を許可されなかった。その特別感が良くて、オレも嬉々として船に乗り込んだ…だが、途中でお決まりの事故が起こり、オレ達は気を失った。演出だと思っていた…だが、気が付くとオレ達は、みんなアバターの仮の姿じゃなく、現実の姿になっていたんだ。こりゃあバグったなと戻ろうとしたが、戻れない。デジタル機器は、腕輪以外一切使えなかった。みんな運営の対応に任せようと言ったが、オレと仲間達や、あと十数人の他のパーティは、船を降りた。そこはシアラという街だった。」
美夕は、息を飲んだ…私達と、全く同じ。
カールの顔は、険しくなった。
「数人は森へと向かってゲームオーバーを目指したが、生き残った者の話では壮絶な死体を残して死んだとのこと。ゲームでは、死んでも死体など残らない。瀕死でも、傷一つなく復活した。だが、ここでは違う。傷も手当をしないと残るし、手当をしても跡は残る。食べ物を食べることが出来る。眠っても、目覚めたらこの世界。どう考えても、これは夢じゃない。オレ達は、別の世界へ来てしまったんだと実感したんだ。何しろ、全てがリアルでね。」
翔太は、頷いた。
「オレ達はもっとリアルだ。バーチャルスーツを着込んでいるから、ヘッドセットだけじゃねぇ。だから、これが現実だと認識するまでに時間が掛かった。」
カールは、驚いたような顔をした。
「さすがに技術の進歩だね。オレ達だって、ヘッドセットだけとはいえ、現実だと認識するまで時間が掛かったさ。それに…」と、困ったような顔をした。「言葉だ。オレ達は日本語なんかこれっぽちも分からない。いいとこ英語でないと、オレ達は理解出来ないんだ。街の住民に何とか身振りで知らせて、仕事をもらったりして、食いつないだよ。そのうちに、言葉を覚えた。ここには魔物が多いから、魔物を倒せるオレ達は重宝された。それは良かったんだが…オレ達は、どうしたらここから出ることが出来るのか、全く分からなかったんだ。」と、がっくりと肩を落とした。「頼みの綱の乗って来た船は、いつの間にか居なくなっていた。漁師に聞いたら、沖で沈んだ見慣れない船があったと聞いたが、それがそうだったかは分からない。でも沈んだんなら、みんな死んだんだと思う。オレ達は、ここに取り残されてしまったんだ。」
美夕は、不安になって翔太を見上げた。この人は、もう15年もここに居るのだ。もしも美夕がここで15年も居たら、その時にはもう37歳になっている。翔太は、カールから目を離さずに言った。
「お前は、何歳なんだ、カール?他の仲間は?」
カールは、フッと笑った。
「オレは42歳だ。歳を聞いて分かったと思うが、他の仲間だってみんなそんな歳。死んだ奴も居るが、みんなここで生活するうちに、住民達と親しくなり、結婚して、家庭を持った。もう、帰る気なんかない。まだ帰ることを考えて、方法を探しているのは、知ってる限りもうオレだけなんだ。」
玲は、頷いた。
「フリッツも、その一人なんだな。」
カールは、頷いた。
「そうだ。最初に1、2年は一緒に島を旅して回って、帰る方法を模索したが、そのうちに一人減り、二人減り、みんな腕輪を手放して、普通の住民として暮らし始めた。最後に残ったフリッツは、みんなの腕輪をオレに預けて、自分の物も渡そうとしたが、オレは拒否した。フリッツは、何も言わずに腕輪を全部持って、シアラへと去って行った。それから会ってないが、フリッツは時々手紙を送って来ていた。最初、みんなでここに狭いながら住んでいたから、住所は知ってるからな。まだ言葉も分からない時に、フリッツが助けたパーマーっていうじいさんから、空いてる部屋に格安で住ませてやろうって言われて転がり込んだアパートだったから。」
美夕は、口を押えた。
「だから402号室。」
カールは、苦笑した。
「言葉が分かるようになって、何が嫌われるのか知ったよ。だが、オレは別に気にしない。そもそもオレの母国語は日本語じゃないし、実感がないからな。」カールは、息をついた。「お前達を見て、腕輪を見て、フリッツはオレを思い出したんじゃないか。だから、これを持って行くように依頼したんだ。オレに、お前達と会わせてやろうと思ったんだろう。オレがまだ、帰るのを諦めてないのを知っていたから。」
亮介が、息をついて椅子の背に寄りかかった。
「だが、他は?カールが言っているのは、自分の仲間だけだろう。他の船を降りた奴らはどうなった?」
カールは、急に厳しい顔をして、首を振った。
「分からない。軍からスカウトがあったとか何とか言って、ほとんどのパーティが首都シーラーンの王城へ向かった。国では、軍人の数が足りなくて困っているとか聞いた。それで、オレ達の噂を聞いて破格の待遇で取り立ててくれるとかで。自分達の国へ帰りたいと思っているのを知ると、情報収集を手伝ってくれるとも言われた。」
翔太は、眉根を寄せたままカールを見た。
「それなのに、お前達は行かなかった?」
カールは、頷いた。
「その時には結婚してる奴も居た。数も減ってたし、街に執着する奴らが多かったから、誰もオレが行こうと言っても乗って来なかったんだ。」と、更に厳しい顔をした。「オレは仲間と離れるつもりは無かったし、断念した。だが…行かなくて良かったと思った。」
美夕はそれを聞いて、ジワリと背中に汗を感じた。なんだろう…また言いようのない不安が…。
玲が、身を乗り出した。
「どういうことだ?そいつらのその後は分からないんじゃないのか。」
カールは、玲を見上げた。
「そうだ。全く分からないんだ。オレ達は同郷だから、違うパーティでも交流はあったんだ。腕輪の通信はこの土地でも健在で、オレ達はそれを使って話をしてたんだが、出発してしばらく、ぷっつりと連絡が途切れた。」
美夕は、微かに震えながら、言った。
「それって…シーラーンに行く途中に、魔物に倒されたとか…?」
カールは、首を振った。
「いいや。みんな腕利きだった。それに、一つのパーティで行ったならまだしも、5つのパーティが、軍隊と一緒に向かったんだぞ?魔物などひとたまりもないだろう。」と、息をついた。「あいつらのことが気に掛かって、その後何度も通信したが繋がることは無かった。軍人を見つけたら、あいつらのことを聞いてみたりしたが、誰もそんなことは知らない、の一点張り、あいつらを招集した事実まで無かったことのように言われていた。オレ達は怖くなった…もしかして、この世界にはオレ達をどうにかしようとしている者達が居るんじゃないかって。その頃から、仲間は一人減り二人減り、ついにオレ一人になってしまったってわけだ。」
美夕は、震えたまま隣りの亮介を見上げた。亮介は、硬い表情をしていたが、美夕に気付いて、無理に笑顔を作ると、ぽんと頭を叩いた。
「大丈夫だ。帰ればいいんだから。」
翔太はそれをチラと見てから、カールを見た。
「お前はまだ帰るのを諦めてないんだな?」
カールは、頷いた。
「ああ。オレは帰る。これが最後のチャンスだと思ってる。お前達でも駄目なら、腹をくくるよ。」
翔太は、頷いた。
「よし。一緒に来い。戦えるなら力にもなるだろう。とにかくオレ達は、他の仲間にもこのことを知らせなきゃならねぇ。一緒に来てくれ。」
その時、腕の通信機がピピと鳴った。慎一郎からの、通信だった。




