クトゥ3
慎一郎は、静かな公園の遊歩道らしき場所を抜けて、建物の方へと歩いた。
出来るだけ、人が居そうな場所を探していたのだ。
しばらく行くと、遠くまるで宮殿のような形の建物が見えた。とても広い敷地のようで、低い黒い金属の柵が申し訳程度回りを囲んでそれを区切っているのだが、奥の建物まで丸見えだ。なので、私邸ではないな、と慎一郎は思った。
それでもホテルでもないようで、その近くには何の表示もない。人影も、早朝のせいか全くなかった。
着いた時間が悪かったか。
慎一郎は思った。ここは、この建物以外もう、めぼしいものは見つからない。この建物を横に見て遊歩道上を行けば、街中へと入るようだったが、公園の途中で置いて来た、聡香と真樹を置いてこれ以上進むのはさすがに気になった。
一度戻って連れて来るか、と慎一郎が踵を返そうとすると、遠く目の前の建物の扉が、急に開いた。そして、そこから何やら身なりのいい白髪の男が出て来たかと思うと、こちらへと真っ直ぐに向かって歩いて来た。
何事かとそれを見ていると、相手は慎一郎と目が合う距離まで来て、丁寧に頭を下げた。
「旅の戦闘員の方でいらっしゃいますか。」
慎一郎は、ためらいながらも頷いた。
「ああ。今朝ここへ着いたばかりで、見回っていたところなのだが。」
相手は、頷いた。
「我が主が、是非にお話をしたいと。お仕事のお話など、大変にそちらにとっても有意義なことかと思いますが、いかがでしょうか。」
慎一郎は、後ろの建物へ視線をやった。あそこから、見えたのか。
「…それはいいが、こちらもいろいろ聞きたいことがある。この土地のことなどだが、それは答えてくれるだろうか。」
相手は、頷いた。
「はい。主はとても力のあるかたでございますので。何なりと、お聞きになられたらよろしいかと。」
慎一郎は少し考えて、腕輪を上げた。
「仲間をここへ呼ぶ。待ってくれ。」
そうして、腕輪で通信して聡香と真樹を呼び寄せると、慎一郎はその大きな建物の中へと入って行ったのだった。
一方、翔太と玲、亮介と美夕は、通行人が増えて来た通りを、番地を探してうろうろしていた。
示された住所を見て、あっちこっち聞いて回るものの、脇道へ入ると裏路地はかなり狭くて入り組んでいた。聞いても、三つめの通りを右、一つ目を左、そこから四つ目を右とか、それは細かく言われるので覚えきれずに分からなくなる。
そんなこんなでもう三時間、ほとほと困っている所へ、通りかかった初老の婦人が声を掛けて来た。
「あら?もしかして戦闘員のかたじゃない?」
美夕は、力なく答えた。
「はい。でも、今は荷運びの最中で、家を探しています。」
婦人は、美夕の様子に頷いた。
「お仕事なのね。ここはとても複雑だから、知ってる人でも難しい時があるのよ。私は昔からここに住んでるから、大丈夫。」と、もはや口も利かずに居る玲が持っている地図を見て、一つ、頷いた。「ああ、パーマーさんの所ね。こっちよ、案内するわ。」
四人は、ホッとした。これで、これ以上歩き回らずに済む。
美夕は、少し元気になって言った。
「パーマーさんってかたの住所ですか?」
婦人は、微笑んだ。
「いいえ、これはパーマーさんが持っているアパートの住所よ。さすがに住民の名前までは知らないけど、このアパートは四階建てで部屋は二階から二つずつ、六つあるわ。」と、住所を見た。「これは402号室だから四階ね。でも、402だなんて不吉な数字。多分家賃は他より安いと思うわ。」
美夕は、ふーんと感心した。そうか、こっちでもそういう細かい所は現実の世界と似ているんだ。
「そういう細かいところは気にしない人なんでしょうね。」
美夕は、話を合わせておいた。それからもその婦人はとても話し好きなようで、通りがかる場所で何か目につく度に、ここはゴミ出しのマナーが悪いだの、ここは入れ替わりが激しいだの、どうでもいい情報をたくさんくれた。
分かったことは、ここの生活は現実とそう大差ないということだった。
無事にパーマーさんのアパートとやらに到着し、美夕が何度も頭を下げてお礼を言う中、他の三人は美夕に任せっきりで口を開くこともなく、その婦人とは別れた。扉を開いて隣と接近したとの細長い建物へと入ると、正面にいきなり上へと上がる階段があり、翔太から順に上がり始めた。
「ちょっと」美夕は後ろから上がって行きながら言った。「みんなどうして黙ってるのよ。私ばっかりあのおばさんの相手してたじゃないの。」
前を行く翔太が、顔をしかめた。
「いいじゃねぇか、こんなことぐらいしか役に立たないんだからよ。オレはあんまし、ああいうのは苦手なんでぇ。」
玲も、美夕の後ろから上がりながら言った。
「同じく。弾丸のようにどうでもいいことをしゃべるのにつき合わされるのは無理だ。」
最後尾の亮介も、手を上げた。
「オレは別れたカミさんを思い出して無理だ。」
それには、全員が亮介を振り返った。
「え、離婚してるの?」
結婚していたことあるのか。
美夕が驚いていると、亮介は苦笑した。
「人生、一発で決めるなんて無理だろうが。子供は居ない。姪っ子を可愛がることでそこは満足してる。別にいいじゃないか、今は独身だよ。」
みんな複雑だなあ。
美夕は思いながら、自分が単純なのが少し恥ずかしかった。人生、何かイベントがあってもいいじゃない。
そして、思った。これが、そのイベントか。
自嘲気味に笑っていると、先頭の翔太が言った。
「お、四階だぞ。」
階段を何度も折れて上った先には、くすんだコンクリート打ちっぱなしの壁に、不似合いな明るい木製の扉が二つ、見えた。
「ええっと…手前が401、ってことは奥か。」
皆でぞろぞろと奥へと歩いて行く。確かに、そこには402の表示があった。
「せめて403に出来なかったのかね。」
亮介が言う。翔太が肩をすくめた。
「ま、本人が気にしてないならいいんじゃないか?」
玲が、進み出て、呼び鈴らしきものがないので、扉を叩いた。
「届け物だ。シアラからフリッツって男の荷物を持って来た。」
しばらく沈黙。
「留守か?」
「もう一度ここへ来るのはきついぞ。」
翔太が言うのに、玲がもう一度扉を叩こうとして手を上げると、何の前触れもなく、いきなり扉が開いた。
びっくりしていると、向こうはドアのチェーンが掛かった状態でその隙間からこちらを見ていた。明るい茶色の髪だが、白髪がチラホラ見える。青い目で、明らかに白人の男性だった。
「…シアラの、フリッツからか?」
玲は、頷いて預かった袋を差し出した。
「ああ。頼まれてね。」
と、ドアの隙間から入れようとすると、相手はバタンといきなり扉を閉めた。何事かと焦っていると、ガチャガチャと音が聴こえて、また扉は開いた。
「すまない、入ってくれ。」
玲は、ためらった。
「いや、荷物を渡せたらそれでいいんだがな。」
相手は、首を振った。
「いや、話が聞きたいんじゃないのか?」玲が驚くと、相手は笑った。「オレは、カール。カール・バッヘム。立ち話もなんだ、入ってくれ。」
玲は、翔太を見た。翔太は、軽く頷く。
そうして、玲を先頭に、四人はその男の、アパートの部屋へと足を踏み入れた。
そこは、とてもじゃないが小奇麗だとは言えない部屋だった。
それでも、天井はそれなりに高いし、窓も大きなのが一つついている。暗くはなかった。
カールは、欧風なカウチを指した。
「ま、そこらへ腰かけてくれ。狭いんだが、ここは他より安くてね。」
カウチ一つに、玲、亮介、美夕の三人がぎゅうと押し詰まって座った。翔太は体が大きいので、仕方なく側のスツールへと腰かける。カールは、窓際の机にある椅子を引っ張り出して来て、それをこちらへ向けて座った。
「報酬を払おう。500ゴールドだったな?」
玲は、頷いた。すると、男は机の引き出しからこちらの腕輪とそっくりな物を出して、開くと、玲の腕輪へと翳した。ピッと音がして、腕輪が光る。領収した証拠だった。
翔太が、それを見て目を丸くした。
「腕輪…あんたがどうして、それを持ってる?」
ここの住民は、皆他のカードのような物を持っていて、それで支払いをしているのを見たことがある。
だが、誰も腕輪は持っていなかった。
カールは、笑った。
「オレも、あんたらと同じ、あっちの世界から来たからさ。」と、玲が持って来た荷物を、目の前の小さなテーブルへとぶちまけた。「フリッツは、オレのためにあんたらをこっちへやってくれたのさ。」
そこからは、六つの腕輪がゴロゴロと出て来た。美夕は口を押えた…つまり、この人はあっちの世界の人なの?!
四人が絶句していると、カールは息をついて口を開いた。
「話そう。オレ達のことを。君達のような奴らが来るのを、オレはずっと待ってたんだ。」
カールは、これまでのことを話し始めた。




