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クトゥ2

そこは、並んでトレーを持って注文して、商品を乗せて自分の好きな席へと向かうタイプのカフェだった。

パン屋も兼ねているらしく、たくさんの種類の焼きたてパンが並んでいる。中から、白い服を着たコックらしき人が、焼けたパンを持って来ては並べて行くのを見て、美夕は胸が高鳴った。

どれにしよう…。

美夕は、わくわくしながらパンを選んだ。翔太も後ろから同じようにして歩いて来たが、そこの店員の男に話しかけられていた。

「ああ、珍しいな。もしかして、旅の戦闘員の方々ですか?」

相手に言われて、翔太は驚いたように視線を上げた。

「ああ…そうだが、オレ達を知ってるのか?」

相手は、微笑んで何度も頷いた。

「ええ、もちろん!ひと昔前には結構な人数が居て、ちょっと街から出る時とかに重宝したんですよ。外へ出たくても、軍にいちいち頼まなければならなくて、私達は結構不便ですからね。そうかあ、また来てくださったなら、この街の戦闘員になってくださるんですかね?」

翔太は、首を振った。

「いや、探しもんがあって立ち寄っただけだ。それに、シアラで頼まれ物があってな。まあしばらくは居るから、その間だったら仕事の相談には乗るが…だが、どうしてわかった?甲冑を着ている住人もたまに見かけるが。」

相手は、笑って手を振った。

「そんな設えのいい甲冑を着ている住民はここには居ませんよ。みんな魔物と戦うのはとっくの昔に諦めてるんです。軍でないと無理、殺される率の方が高かったんですからね。甲冑を着ている住民は、ただファッションとして着ていたり、それとも軍の兵隊が里帰りして来てるのか、どっちかです。でも…そう言えばお客さん、今来たばかりなのに、言葉が流暢だな。」

翔太と隣りの玲が、顔を見合わせた。

「…どういうことでぇ。」

相手は、手を振った。

「いえ、あのひと昔前のお話をしましたよね?あの時に来た旅の戦闘員達は、みんな最初は言葉が通じなくてね。変わった言葉を話してましたよ。一緒に暮らすうちに、みんな言葉を覚えてましたけどね。」

美夕は、それを聞いてじっと固まっていた。そういえば、自分達はここで何不自由ない。今話している言葉は、何の疑いもなく、日本語。

「ふーん。」翔太は、何げなく言った。「まあオレ達の世界にはいろんな言葉があるからな。それより、そっちの肉が挟まってるヤツをくれ。」

相手は、慌ててそれに従って皿へと乗せ、翔太に差し出した。

「申し訳ありません、つい話し込んでしまって。でも、また滞在中にはよろしくお願いします。どちらのホテルにいらっしゃるんですか?」

翔太は、首を振った。

「まだ決めてねぇ。どれぐらい滞在するか分からねぇんで、出来たら安い方がいいんだが、どこかいい宿知らねぇか。」

相手は、満面の笑みで、何度も頷いた。

「でしたら三軒となりに長期滞在にうってつけの宿があります。ばあさんが一人でやってる宿なんですが、一階はばあさんの住居で、二階三階を貸してるんです。朝食はつけてくれますよ。口コミでしか泊めないんで、空きはあるはずです。お食事をなさっている間に、私が聞いてきましょう。」

翔太は、美夕や玲、亮介のことを見て、皆頷いたので、相手に頷いた。

「よろしく頼む。」

相手は嬉しそうに頷いて、さっさと四人分の会計を済ませると、店の外へと駆け出して行った。


玲が、パンを齧りながら言った。

「どこへ行っても、オレ達のことを旅の戦闘員っていう呼び方をするな。前にも、ここへ同じような奴らが来たってことだろうか。」

亮介が、頷いた。

「ひと昔前って言っていた。今はその奴らは、どこへ行ったんだろう。みんな帰ったのか死んだのか…知りたいよな。」

美夕は、おいしいパンに癒されながらも、考え込んでいた。言葉が違うと言っていた…何も違和感を感じて居なかったのだが、考えたらこの異世界で、みんなが日本語を話しているのはおかしいのだ。

「ここって、思えば日本語だよね。ゲームの中なら当たり前のことだから、意識してなかったけど。そう考えると、やっぱりここは、ゲームの中って事になるのかな。」

亮介は、うーんと唸った。

「いやーそうなるとオレ達の現実の体がヤバイだろう。もう死んでてもおかしくないぞ。だけどオレ達は問題なく生きていて、ここで飯を食ってるし、排せつだってしてる。ここで日本語なのは、ここへ最初に来た奴らが日本語を話していたからだろう。もしかして、誰か現実からここへ飛ばされちまってここで暮らしてた奴らが居たのかもしれない。それで、日本語なのかもしれないし。」

翔太が、コーヒーを飲みほして息をついた。

「想像してたって始まらねぇ。早く帰って何とかしないと、オレ達の生活は立て直しがきかなくなるかもしれねぇぞ。ここで暮らして行くしかなくなったら、困るだろうが。出来る限り、真実を調べて行こうや。」

玲は、頷いて持っていた袋をぽんと叩いた。

「まずはこれを届けてからな。預かりものだと思うと落ち着かない。」

そうしていると、さっき出て行った男が、走って帰って来た。

「ああ。お客さん!いけましたよ、空いてました!話はつけておきましたんで、一泊1000でいいそうです。」

今まで250で泊まっていたのだ。翔太は顔をしかめた。

「ちょっと高くないか?」

相手は、不思議そうな顔をした。

「え、一部屋ですが…高いですか?ベッドは四つ有ります。」

安い!朝ご飯付きなのに。

美夕が思っていたら、翔太は頷いた。

「ならいい。二部屋あるか?」

相手は頷いた。

「有ります。今は誰も泊まっていないので。お仲間ですか?」

翔太は、頷いた。

「ああ。じゃあ頼む。直接行けばいいか?」

相手はまた頷いて、自分の名刺を出した。

「これを持って行ってください。私の名刺です、ダリル・コナー。」

え、名前は外国仕様だ。

美夕は思ったが、確かに見た目は外国人だ。翔太はそれを受け取った。

「ありがとう、ダリル。オレは翔太。じゃあ、用がある時は呼んでくれ。」

そうして、四人はそこを出て三軒隣りの宿の場所を確かめてから、玲の依頼先を探して街中を歩いて行ったのだった。



一方、翔太達と別れた後、慎一郎と聡香、真樹の三人は別の通路から街の方へ入って行っていた。

そちらも綺麗に整備されていて、リゾート地らしく道幅は広かったが、商店などは見当たらない。

おそらく、こちらは海岸線を望む公園などがある場所らしかった。

「…こちらの方は、この時間に来る人は居ないようだな。」

慎一郎が、イライラという。思えば、船に居た時からそうだった。早く帰らないと、皆体が無事である保証もないと、船の中でも聡香に力説していた。聡香は、それを聞いていたので、慎一郎が焦っているのは分かっていた。

それでも、聡香は複雑な気持ちだった。

いつも、リーリンシアをプレイしている時でも、自分は慎一郎に庇われてばかりだった。現実の体が弱すぎるため、しばらくプレイすると苦しくなって休憩を入れなければいけなくなる。

そんな聡香を面倒がることもなく、慎一郎はずっと世話をしてくれた。

だが、今の聡香は、ここが現実で何であれ、とても体が楽だった。味わったことが無かった肉のおいしさも知った。長距離を歩いて、体を動かすのがとても清々しいということも知った。喘息発作が出ないのが、これほどに楽なのかと、聡香はこの世界での自由を楽しんでいたのだ。

しかし、慎一郎の焦りも分かる。

聡香は、なので自分のこの気持ちを言えずに居た。

真樹が、何やら重い雰囲気を払拭させようと言った。

「だったら、みんなが起き出すまでそこら辺でお弁当にしようよ。朝ご飯食べて、力を付けないと。」

すると、聡香がそれを聞いて真樹に微笑んだ。

「まあ、確かに。ちょうどベンチもあるし、公園で朝ご飯もいいですわね。」

しかし、慎一郎が首を振った。

「いや、あいつらは商店が並んでいるのが見える方向へと歩いて行った。今頃は何か聞き出してるかもしれない。こっちもゆっくりはしていられない。もう少し奥へ歩けば、誰か居るかもしれない。」

真樹が、立ち止まって慎一郎を見た。

「あっちだって朝ご飯食べてるかもしれないじゃないか。そうじゃなくても、同じパーティなのに向こうが情報を掴んでくれてるんだったら、こっちはその間に休憩したらいいと思うよ。向こうが休憩してる時は、こっちが情報を探せばいい。協力したらいいじゃないか、何を張り合ってるんだ?」

慎一郎は、真樹を睨んだ。

「別に張り合ってなんかない。オレは腹は減ってないし、時間を無駄にするのが嫌なだけだ。」と、足を踏み出した。「じゃあ、お前達はここで飯食ってろ。オレはもう少し先まで見回って来る。一時間ほどで戻る。」

聡香が、慌てて言った。

「ちょっと待って、一人離れるのは良くないですわ。知らない土地ですのに。」

慎一郎は、もう歩きながら言った。

「オレは大丈夫だ。それより、真樹はしっかり聡香を守れよ。」

そう言い置くと、慎一郎はこちらを振り返りもせず歩いて行った。

真樹と聡香は顔を見合わせて、不安げに慎一郎を見送ったのだった。

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