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出港

暗くなってから街中を歩くのは初めてだ。

あちらこちらには、酒場の灯りが漏れていて、中からは男の人の笑い声などが漏れ聞こえていた。

中には、軽快な音楽が聴こえて来る酒場もあった。どうやら、そこで生演奏しているバンドがあるらしい。といっても、現実世界のアイドルグループのような音楽ではなく、カントリー調の軽快なバイオリンやピアノの演奏だった。

「なんだろう、テーマパークに来た感じがするね。」

美夕が翔太に言って微笑むと、翔太は顔をしかめた。

「お前と二人で?夜に?ないない。」

翔太はいつも真っ正直なので、これが思ったことそのままなのは分かっているが、それはそれで傷ついた。

「そんなにキッパリ否定しなくてもいいじゃないの。」

美夕はしゅんとした。別に翔太が好きでも何でもないが、ここまではっきり言われたら沈みもする。

翔太は、特に気にするでもなく横を歩いていたのだが、チラと美夕を見て、ズシンと暗い表情の美夕に気付いた途端、少し顔をしかめた。そして、少し歩いてから、回りをチラチラと見て誰も居ないか確認してから、美夕の手をぐいと握った。

「ほら。別に嫌だってんじゃねぇよ。落ち込むな。」

美夕は、びっくりして翔太に握られた手を見た。しっかり手をつないだ状態で、翔太の手が大きいので自分の手が見えない。

手、繋いでる…。

そう自覚した途端、美夕は真っ赤になった。どうしよう、そんな意味じゃなかったのに!

翔太は、美夕が急に真っ赤になったので、そっちもびっくりしたようで慌てて手を放した。

「なんだ、何事だ?!なんかのアレルギーか?!」

美夕は、慌てて何度も首を振った。

「な、な、なんでもない!ごめん、気を遣わせて!」

美夕は自分の赤くなった顔を隠そうと、必死に下を向く。

怪訝そうな顔をした翔太と、微妙な空気になってしまったが、二人はそのまま、食料の買い出しをしたのだった。


買い出しを済ませて翔太の買い換えた大きなリュック型のカバンへと詰めて宿へと戻って来た美夕は、急いで自分の荷物をまとめた。聡香と亮介が、夕飯の残りでサンドイッチを作って紙に包んで皆の分をカバンへと詰めてくれていた。玲と慎一郎は装備の具合を試してから行くので、港で落ち合おうと連絡が来ていたので、真樹が会計を済ませて、時間まで下の酒場で過ごして5人は宿を出た。

二週間も居たこともあり、出る時には深夜に関わらず、宿の主人も妻も見送りに出てくれた。最初は不愛想に見えた二人だったが、最後の方には結構親しげにいろいろなことを教えてもくれたし、気を遣ってもくれた。美夕は、別れるのがとても寂しいように思って、手を振る二人を何度も振り返っては手を振り続けた。

真樹が、微笑んだ。

「あの二人はほんとにいろいろ助けてくれたよ。オレも、服が破れたりした時奥さんのアンさんにつくろってもらったりしたんだ。旦那さんはケインって名前だったんだよ、知ってた?」

美夕は、驚いて首を振った。

「知らなかった。旦那さんの方はよく、アン、って呼んでたから奥さんの名前は知ってたけど、旦那さんの方は聞かなかったから…。」

真樹は、苦笑した。

「会計の時、またこの街へ来た時は泊まってくれって言ってくれたよ。代金もまけてくれたし。帰る前に、もう一度シアラへ来たいなあってオレは思った。」

翔太が、それを聞いて真樹を見た。

「まあ普通の旅ならそうだろうな。でも、オレ達は明日の自分もどうなるか分からねぇ状態なんだ。とにかく帰ることを考えろ。例え、もう二度とここの住民に会えなくてもな。」

翔太の顔は厳しい。

その顔を見た時、美夕は得体のしれない不安を覚えた。どういうこと…最悪、ここから出れなくても、こうして生きて行くことは出来るんじゃ。例え何年経っても、帰ることを諦めない限りいつかは帰る道が見つかるんじゃ…。

翔太の厳しい顔は、そんな美夕の思考を否定するようだった。聡香も、何かを悟ったのかじっと黙って歩いている。亮介が、そんな様子にため息をついた。

「翔太の言うことも分かる。帰ることは諦めずに行こう。だが、こんな状況だからこそ、楽しみだって見つけて行かなきゃ弱いヤツはメンタルからいかれてしまうぞ。確かにもう、オレ達の現実の体が生きてる保証もない。だが、希望は持とう。いい方に考えて行かないとな。」

真樹が、急に真面目な顔になって小さく頷いた。美夕も、頷く。本当に、今自分達はどうなってるんだろう。その答えを、くれる人はこの世界のどこかに居るんだろうか…。



シンと静まり返った港へ着くと、背中に丸めた布のようなものを幾つも担いだ玲と慎一郎がもう、待っていた。

5人が寄って行くと、二人はこちらを向いた。

「ああ、30分前だ。早かったな。綺麗に引き上げて来たか?」

慎一郎が言うのに、真樹が頷いた。

「少しまけてくれた。また来てくれって。」

慎一郎は軽く頷いた。

「それは出来たら叶えたくないが、そうなるかもしれないな。」

聡香が、口を開いた。

「つまり、向こうで帰り道が見つかればってことですの?」

慎一郎は、頷いた。

「出来たら船に乗ったら出発した港に帰れたって展開だが、ありそうにないしな。急がなければ、何が起こるか分からない。」と、船へと顎を振った。「タラップがある。手続きはしておいたから、乗り込もう。」

桟橋から伸びた階段に、美夕はホッとした。さすが客船だけあって、きちんと乗り降りできるようにしてくれてあって良かった。

船に乗り込んで行くと、その船が自分達が乗って来た船ととても似ているのが分かる。

少し不安になりながらも、7人は二週間を過ごしたシアラの街を後にした。


船室へ入ると、広い場所に作り付けのテーブルとイスが置いてある仕様になっていた。

皆思い思いに荷物を下ろし、椅子へと座る。聡香が、キョロキョロと見ました。

「ここには、乗って来た船のように店はありませんね。ほら、道具屋とか鍛冶屋が。」

美夕は、頷いた。

「確かに。ただ客室だけだものね。」

真樹は、あちこちウロウロしている。玲が言った。

「あっちに水を飲む場所だけはあったがな。」

と、よっこいしょ、と何かの包みを足元へと下ろした。美夕が、それに興味をしめした。

「それは?外で調理する器具か何か?」

玲は、首を振った。

「いいや、これは依頼だ。仲介屋でもらった仕事なんだが、クトゥへ行くと言ったら、これを運んでほしいと言われてね。あまり重い物でもないし、受けた。」

慎一郎が横で頷く。

「移動するんだから、タダでは行けないよな。荷運びがあったならラッキーだ。」

「後払いだけどか?」玲は言って、苦笑した。「報酬は持って行った先で貰えってさ。その男からの注文で、仲介屋も終わってから払い込まれるらしいんだ。絶対持って行けと言われたよ。」

亮介は、声を立てて笑った。

「なんだ、半分でも先払いなのが普通なのに、よくそんなのを受けたな。ま、相手が見つからなかったら、その荷を売ったらいいじゃないか。何を運ばされてるんだ?」

玲は、首を傾げた。

「さあ。そう大きくもないし、重いわけでもないんだが、幾つか入ってるみたいだな。そこは覗かないのがエチケットだろう。何でもいいさ、少しでも金になれば。」

船の中を探索して来たらしい真樹が戻って来て言った。

「あっちに寝ころべるスペースがあるよ!明け方まで寝てる?」

皆が顔を見合わせた。

慎一郎が、先に立ち上がった。

「じゃあ、ちょっとでも寝ておこうか。あっちへ着いたら、すぐに行動できるようにしよう。早朝だが漁師なんかは漁から戻ってる頃だろう。話を聞いて回れる。」

聡香が、スッと立ち上がって従う。美夕も、そんなに疲れたわけでも眠いわけでもなかったが、皆に従った方がいいだろうと思って、それに倣った。亮介もそれにつられて歩いて行く。だが、翔太と玲は、椅子に座ったままだった。

「あら?二人は行かないの?」

美夕がそれに気付いて言うと、翔太が軽く手を上げて言った。

「ああ、オレはいい。玲も居るし、交代で見張りに立つよ。船の上でも何が起こるか分からないからな。気を抜いちゃいけねぇのさ。」

玲も、頷いて長椅子へと寝転がる。

「この二週間でこの世界の危なさは充分に知ったからな。オレ達が見張ってるから、ゆっくりして来い。」

美夕は二人が気になったが、それでも慎一郎は何も言わないし、仕方なく隣りにある、広い寝転がることが出来るようなスペースへと移動したのだった。

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