パルテノンの護りの教え
ショーンを連れてラファエルが居る部屋へと入って行くと、その後ろからそれに気付いた翔太がついて来て一緒に入って来た。
ラファエルは、チラとショーンを見たが、その赤い瞳にハッとしたような顔をして、急に表情をハッキリさせた。
「…ショーンか?」
ラファエルが言う。ショーンは、頷く。
「そうだ。お前がラファエルか。」と、何も言わなくても、腕に巻き付いた白い蔦のような物をじっと見つめて、グッと眉を寄せた。「…それ、もしかして白い枷じゃねぇだろうな。」
ラファエルは、首を振った。
「白い枷とはなんだ。朝、出て参ろうと歩き出したら急にこれが巻き付いて来て。激痛に気を失っておったら、目が覚めた時には力を失っておった。」
ショーンは、じっとその説明を聞いていたが、フッと肩で息をついた。そして、その場に胡坐をかいて座ると、言った。
「『白い枷は着けられた者が改心することで外れ、黒い枷は術者が死ぬことで外れる。術者の心が枷に反映されるのであり、白い枷は心が白い者によって作られ、黒い枷は心が黒い者によって作られる。よって黒い枷を作った者は、その命をもってしか枷を外し、その罪を償うことは出来ない。これは枷を形作る全ての術に共通することである。』」そう言ってから、美夕と翔太が驚いているのを見て、ショーンは続けた。「あっちで旅をしてる時に、見つけた呪術書にあった記述でぇ。オレは一度読んだものは全部覚えちまうから、忘れねぇのさ。恐らく、これは白い枷。オレは、黒い枷を付けられた刻印持ちの男と行動を共にしたことがある。王なんだが、臣下に裏切られて黒い枷を付けられ、力を失ってもう少しで殺されるところだった。相手を殺すことでそれは外れたが…これは、白い枷だ。つまり、なんだか知らんがラファエルが改心することでしか外れねぇってことさ。恐らく神が、着けたもんだろうからな。」
ラファエルは、ショックを受けた顔をした。神が、自分に枷を。
「…改心と。我は、神から罰せられたのか。」
ショーンは、ため息をついて自分の髪をわしゃわしゃとかき回した。
「あのなあ、罰せられたって言っても殺した訳じゃねぇしよ。何かお前、自分本意な考えで動こうとしてたんじゃねぇのか。それが目に余って、本来の自分を思い出させようとやむを得ずそれを着けたんだと思うぞ。お前、意地になってただろう。言ったじゃねぇか、神は甘くない。なんでもかんでも聞いて来る奴は無視するんでぇ。別に神に会いに行くこと自体は悪かないが、なりふり構わずってのが問題だったんじゃねえのか?」
美夕は、神妙な顔でそれを聞いていた。恐らく、神はそんなことで枷を着けたんじゃない。あの時、自分の意思を通そうとバルナバスがついてくるのも、勝手について来るのだから、とか言った。自分を心配してついて来てくれるバルナバスを、命の危険に晒すのが分かっているのに自分の意思を通そうとした、その心に怒ったのではないかと思った。
それは、ラファエルも思ったようで、みるみる表情を変えると、枷を手で触れて、フルフルと震え出した。
そして、ショーンを見た。
「…我は、間違っておった。」ラファエルは、涙を流し始めた。「民の命を何より大切に思っていたのに、皆が反対するゆえ意地になって、無理に一人でリツへ向かうと歩き出した。あの時我は、一人ではリツまで行き着けないことを知っていた…だが、バルナバスが我を見捨てるはずなどないと思ったのだ。やはりバルナバスは我を追って来た。ミユは、我にバルナバスまで危険に晒すなんてと叫んでいたのに、我はバルナバスの命より、神に会う事の方が大切だと思うてしもうた。バルナバスの命を軽んじておった…だからこそ、神は我が間違った考えを持っていると、我を罰しておられるのだ。我はまるで狂ったように初心を忘れてしもうておった…こうなって当然ぞ。」
ショーンは、じっとそれを聞いている。バルナバスが、慰めるように言った。
「元より我が命はラファエル様をお守りするためにあるのです。ラファエル様が我を信頼し、共にと思うてくださるのですから、我はそのようなこと、構いませぬ。」
ラファエルは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、バルナバスを見上げた。
「その主の心に甘えておったのだ。主は我に守られる立場。我はその主になんということを…。」と、枷を見下ろした。「…巫女や修道士ならば、今頃は醜い心のままに変化して魔物になっておったところ。それを神は、目を覚ませと枷を着けるだけで教えてくださった。寛容な神に感謝し、我は責務を全うせねば。」
そう考えるのか。
美夕は、ただただ感心してラファエルを見ていた。力を全て取り上げられたのに、感謝すると。
ショーンは、頷いた。
「タクルみたいな形になるよな。」ラファエルも美夕もバルナバスも驚いてショーンを見る。ショーンは続けた。「ソフィ達でぇ。あいつら姿が変わってただろう。魔物になっちまって、ラディアス達に掛けてるのと同じ魔法で姿を変えてる。無理に人型にしてるから、刺青みたいなのが体に出ちまってるんでぇ。」
美夕は、本当に魔物になるのか、と初めて知った事実に驚いた。それにしても、タクルってなんだろう。
しかし、今聞くのは空気が読めないだろうと、黙っていた。
ラファエルは、息をついた。
「そうか。恐らく他にもそうなった者が居るだろうと思う。海へ流れて行ったのではないかの。あれらが道を違えたのを見た時、だから我は置いて行く事を選んだ。連れて行けたとしても道中で変化し、殺さねばならぬだろうからだ。ならばまだ、魔物になって水脈を泳いで行った方が、あれらは生きる道もある。実際、そうして狂うことなく誰にも知られず海や川で生きている、巫女や修道士の成れの果ては居るのだ。ただ、魔物になる時には個体差があるゆえ…犠牲になった者も居るだろうがの。」
そうだったのか。
美夕は、ラファエルの落ち込みが、巫女達を失った事ではなく、巫女達がそうなってしまった先を憂いていたからだったのだと知った。
しかし、実際には人型のまま流れて行った者も居たのはシャルクス達が目撃している。
犠牲になった者も、居たのは確かだった。
「だったら、改心してこれから頑張るしかないな。」ショーンは、言って立ち上がった。「その枷、オレの力如きじゃ外れねぇだろうし、力も無く役に立つのは難しいだろうけどな。」
ラファエルは、両腕の枷を見て項垂れていたが、スッと背筋を伸ばした。
「こんな我でも、役に立つ事を考える。確かに何の力も無いやもしれぬが、我は命に力を持っているのだ。それを信じて、民を守るために行動するしかない。もしかしたら、主らが話しておった命の気の流れを正すのも、この命を使えば出来るやもしれぬではないか。この命一つがあれば、火口に降りて地から気を吸い上げることは可能。命に刻印があるということは、そういう事ぞ。」
ショーンは、驚いた顔をした。命だけで気を吸い上げる?
「ちょっと待て、お前ら刻印持ちは、そこに存在するだけで命の気を吸い上げられるというのか?」
ラファエルは、頷いた。
「幼い頃、パルテノンの護りという書物にそれが書いてあった。命の気が無くて困った時は、刻印持ちの命の力でそれを成せると。思い出した。」と、美夕を見た。「ミユ、我は思い出した。そこに書いてあったのが、主の腕の紋様だったのだ。それが出ているのが、命に刻印を持つ命であると。その紋様が出ている者を選んで、永久に命の気を吸い上げる任を与えよと書いてあった…我には無いが、命の気に刻印があるのは同じ。我でも出来るはず。」
美夕は、思わず左腕の刻印の場所を押さえた。でも、この紋様が出るのは、確か刻印持ちでも責務を全うしようとしていない者なのでは…。
「…これは、刻印持ちの中でも責務を全うしようとしていない者に出るのだと聞いておりますが…。」
ラファエルは、息をついて、頷く。
「その通りよ。だが、我とて同じ。枷を着けられておるのだから。」
ショーンが、険しい顔で言った。
「神はその書物とやらでその紋様が出た刻印持ちを使えと言ってるわけだな?つまり、役に立たない刻印持ちをそれに使えと言ってるわけか。」
美夕は、ガクガクと体が震えて来るのを感じていた。責務を全うしない命は、そんなことぐらいでしか役に立たないのだからそれに使え、と、神が書物で言っているという事なのだ。
今、白い枷に巻き付かれていても、ラファエルの腕には何の痣も出ていなかった。つまりは、ラファエルはそれに使うべき命ではないのだ。
ここで、ならば自分を、と言えばいいのだろうが、美夕にはそれが言えなかった。命を捧げるとは、そのまま死を意味すると思ってしまったからだ。
すると、また紋様がある辺りが、チリチリと痛んだ。美夕が顔をしかめると、ラファエルが言った。
「我が行く。」ラファエルは、美夕の考えを見透かしたように言った。「これは、我らの世界の事なのだ。主は刻印持ちとはいえ、異世界から来た民。犠牲になる必要はない。力を失くした我は、適任ぞ。」
ラファエルがそう言った途端、パーンという陶器が割れるような音がして、ラファエルの右腕に巻き付いていた白い枷が砕けてサラサラと消えて行った。
そこに居た誰もが仰天してそれを見ると、ラファエルは右腕をマジマジと見た。
「…力が、使える。」と、その手の上に、光の玉を浮かせた。「全てでは無いが、半分ほどが戻って参った。」
ショーンは、赤く巻き付いていた跡が残っている腕を見ながら、苦々し気に言った。
「だから神ってのは見てるんだっての。恐らく、ラファエルに責務を全うするだけの力を戻して、後の半分は時が来たらってことじゃあねぇのか。」
ラファエルは、満足げに頷く。
「では、我が火口で命の気を吸い上げる命になれば良いのだな。半分ほどの力があれば、シーラーンまでは行きつける。感謝せねば。」
美夕は、ラファエルの清々しい顔に逆に顔をしかめた。どうして、自分の命を捧げねばならないのにそんなに清々しい顔をしていられるの…?
しかしショーンは、首を振った。
「違う。オレは違うと思う。お前は力が無いから命の気を吸い上げる存在になると言った。だが、神は力を戻した。つまりは、お前じゃねぇ。力があるお前はそっちの役目じゃねぇって言ってるんだと思うぞ。」
美夕の腕の紋様の辺りが、ますます熱を持って激しく痛む。
美夕は、堪え切れずに腕を押さえて思わず呻いて、倒れた。
「う…!」
「ミユ?!」
ショーンと翔太が、慌てて手を差し伸べた。
ラファエルも思わず腰を浮かせてみている中、美夕はショーンに支えられて床に激突せずに済んだ。だが、熱く痛む腕がまるで自分のものではないような感覚がして、美夕はそのまま、気を失った。




