罰2
「翔太!」
美夕は、一目散に翔太に駆け寄った。翔太は、思い切り飛び付いて来る美夕に驚いて慌てて受け止めると、困ったように言った。
「おおっと、おい、お前なあ。普段はこんなことしねぇのに、疲れてフラフラのとこでやるたぁ嫌がらせか?」
美夕は、ハッとした。
後ろを見ると、他にも仲間がたくさん居てこちらを見ている。それなのに、あまりに翔太を待ちわび過ぎて、つい勢いで飛び付いてしまった。
慌てて離れると、美夕は赤い顔をしながら言い訳のように言った。
「あの、ごめん、いろいろあって。早くみんなに会いたいってそればかりだったから、つい。」
「みんなって他は目に入ってないみたいだったけどね。」真樹がからかうように言った。「マジで疲れたよ。ほんともう早く寝たい。」
キダレスとメニクが歩いて来るのを見て、美夕は言った。
「あの、こちらは長のキダレスさんと、その弟のメニクさん。」と、二人を見た。「仲間の、翔太、慎一郎さん、亮介さん、真樹くん…」
美夕が全員の名前を言おうとすると、翔太が手を振った。
「ああ、自分で言う。」と、キダレスを見た。「初めてお目に掛かる。オレが翔太。他はどこかで座ってから紹介させてくれないか。女性達が疲れていてな。寝ずにここまで来たので、皆疲れ切っていて。」
キダレスは、慌てたように女性達を見回して、頷いた。
「これは失礼した。確かにの。では、こちらへ。オレの家へ来たら良い。部屋はあるゆえ。」
キダレスは、快く皆を案内して歩き出す。
今の一瞬でも、翔太にはキダレスがかなり良い人であることは感じ取れたはずだった。いきなり訪ねて来て、初対面で自己紹介もせずに休ませろなんて、乱暴な話しだからだ。
美夕は、急いで聡香へと駆け寄って、その手を握った。聡香は、弱々しく微笑んでその手を握り返した。
「聡香さん…無事に会えて良かった。ここまで頑張ってよく来たね。」
聡香は、うんうんと頷きながら、美夕の手に縋って歩いた。
「ええ…本当に。美夕さんが頑張っているんだからって、一生懸命でしたの。私は皆と一緒でしたけど、美夕さんはこの土地で出会った人たちとでしょう。きっと、心細いんじゃないかって…。」
美夕は、そう言われて目を潤ませた。そうだ。確かにそうだった。自分は、ここへ一緒に来たみんなと早く会いたかったのだ。
そう思うと、涙が溢れて来て仕方が無かったが、こんなところで泣いていても仕方がないのだ。まだ、これからの方が大変なのに。
そう思いながらも止まらない涙に、困りながら必死に拭っていたら、聡香が優しくそれを袖で拭いてくれた。
美夕は、会えて良かった、と、心から思った。
キダレスの家へと入って行くと、すぐに奥に部屋を二つ準備してくれていて、寝たければそこで寝たら良いと言ってくれた。
アガーテやソフィ、メイヤ、ジーナはそちらへ行ったのだが、聡香はキダレスが居る居間へと残り、そこで気丈に話を聞こうとしていた。
なのでキダレスの居間には、翔太、慎一郎、亮介、玲、真樹、聡香、ショーン、ブレンダ、スティーブ、そして海斗、カーティス、クリフ、カール、そして、シャルクスのラディアス、キーク、マディと満員御礼状態だった。
それに、こちらで待っていた美夕、バルナバス、ラファエルはまだ奥の部屋で休んでいるので、後はキダレスとメニクが加わり、総勢20人の大所帯だった。軽く一クラス分ぐらいの人数がひしめき合う事態になってしまっていた。
そこで、一人ずつ立って自己紹介して行くのを、珍し気に眺めていたラディアスだったが、隣りのショーンへと移ったのを見た時、ぎょっとした…もしかして、自分もあれをやらねばならぬのか。
そんなラディアスの気持ちも知らず、ショーンが立ち上がって言った。
「オレがショーン、大陸からこっちを調査に来た術士だ。長くこんな仕事をしてるから術だけはたくさん知ってるし、何か困りごとがあったら言ってくれたら厄介になってる間はいくらでも助けるぞ。こっちには基本、不干渉だとオレの国の王に言われてるんで、あんまりあっちの事は言えねぇんだけど、手助けぐらいは大丈夫だ。よろしく頼む。」
ショーンが座る。必然的にラディアスへと皆の視線が移るが、ラディアスは顔をしかめた。
「我は特に言うことも無い。これらが困っておるから助けておるだけ。ちなみに、主らヒトは我らをグルーランとか呼ぶが、我らはシャルクスぞ。それだけは知っておいてもらいたい。」
自己紹介ではない。
とはいえ、シャルクスはこれまで人と接したことなど無かったのだから、こうなるのも仕方が無かった。
なので仕方なく、隣りのショーンがフォローした。
「ええっと、今話したのがラディアス、シャルクスの王だ。それから、そっちがキークと、マディ。ラディアスの腹心か何か?」
ラディアスは、頷いた。
「これらが一番に頼りになるのだ。幼い頃から共に励んだ仲でな。」
幼馴染の、恐らく臣下の子とかだろうか。
しかし、あまり詳しく聞き過ぎて、ラディアスが気分を害したら面倒なのでそれ以上何も言わなかった。
キダレスが、言った。
「よう来てくれた。我らここに隠れ住んで長くての。外からの客人など幾年ぶりか。歓迎するので、主らが良いように決めてくれたら良い。共に行けぬ仲間を預かることもしようぞ。」
小山のように大きな体のキダレスだったが、そう言って笑う顔はそれは優し気だった。その姿を見て、ショーンが言った。
「…オレが知っている民族と似てるんだが、ダクルスの民は知っているか?」
キダレスは、驚いたような顔をしたが、首を傾げた。
「ダクルス?聞いた事は無いが…我らは元は、北にある大陸の端の、ディア・メルという村に住んでいた民だと伝えられておる。そこから、海を船で着てこの島にたどり着き、住んでいたのだと。200年前にアレクサンドルが街に結界を張り始めるまで、地上で穏やかに暮らしておったのだ。」
ショーンは、え、と目を丸くした。
「ディア・メルを知ってるのか。」
キダレスは、頷いた。
「行った事は無いがの。主こそ知っておるのか。」
ショーンは、何度も頷いた。
「オレはその大陸と陸続きの国から来たんでぇ。昔はパワーベルトって言う見えない壁で弾き返されたが、それが最近なくなってこっち側へ来られるようになって…で、調査してるってわけだ。」
キダレスは、うんうんと頷く。
「そういえば、そんな事が言い伝えられておる。向こう側へ行けぬから、こちら側へ来たとな。ここはそれなりに豊かだったのに…今はこのようよ。段々に、土地が痩せておる。」
ショーンは、頷く。
「命の気が乱れてるな。」皆がじっとショーンを見るのに、ショーンは続けた。「それが気になってて調査してたんだよな。この島には十分な命の気が、シーラーンから供給されるはずなのに、その気がなぜか、大量に消費されてんだ。そのせいで、地下水脈があんな様子なのはオレも見たから分かった。本当なら、この島は火山の噴火で出来たものだから、噴火口からとめどなく命の気が溢れて四方へ流れているはずなのに、あの場に留まっていて、尚且つ大滝からしか大地に命の気が戻ってねぇ。命の気は循環するもんなんでぇ。戻らねぇと、出て来ねぇ。それでも何とか地上はもってるが、地下は結構きてる。このままじゃ、地上まで蝕まれるんじゃねぇかとオレも心配してるんだ。」
真樹が、驚いたように顔を上げた。
「え、ショーンはそんなことを考えてたの?」
ショーンは、また頷いた。
「お前らを怖がらせたくなかったからな。命の気が枯渇しちまうなんて聞いたら、魔法が使えねぇんだから怖いだろうよ。まあ、まだあと数年から数十年は持ちそうだが、その後のことでぇ。お前たちがシーラーンへ行くって言うなら、オレも一緒に行って原因を探って来ようと思ったのさ。ついでにお前たちも自分の世界へ帰れたらラッキーだろうと思ってた。だが、そんな簡単には行かねぇようだがな。」
命の気の循環。
美夕は、それをどこかで聞いたような気がしていた。命の気は、地から湧き出て地へ帰る。そうしないと、限りのある命の気は消えてしまう。地が気を生み出さないようになってしまうからだ。
つまりは、噴火口から出ている命の気が、地へ帰らずに何かに消費されてしまっていて、それでも何とか漏れ出ている分だけが大滝から流れてこの島を潤しているのだが、それとは反対に命の気を絞り取られたような水も流れ出ていて、地下を汚染し、少なくなっている命の気の供給を阻害して、作物にも影響が出始めているということか。
「もしかして、命の気の流れを正すのが使命だったりするのかな…?」
美夕がポツリと言うと、翔太が横で顔をしかめた。
「また壮大だな。どうすんだよそんなの。命の気なんかオレ達にどうにか出来るってのか。つまり、シーラーンへ行って何してんのか調べてそれをやめせて、気の流れを正すんだろ?…途方も無さ過ぎて想像出来ねぇ。そもそも、軍が相手なのにどうやってそれを阻止するのか分からねぇ。」
ショーンが、息をついた。
「その壮大な事が降りかかって来るのが刻印持ちって命なんだけどな。ま、今はとにかく先に休息だ。寝てから考えようや。」
確かに、体力のありそうな慎一郎も翔太も、さすがに疲れているようで、眠そうにしている。
キダレスは、それに何度も頷いた。
「休んでくれたら良い。先ほど申した部屋を使ってくれたら良いから。」と、ラディアスを見た。「ラディアス王は、普通の部屋で良いのか?」
ラディアスは、座ったまま頷いた。
「まだ人として眠った事は無いが、この型なのだからそれで良いと思う。」と、両脇のキークとマディの肩をぐっと掴んで立ち上がった。「足を使うのに慣れぬから、立ち上がる時が面倒ぞ。」
キークとマディも、立ち上がるという行為が難しいようで、ラディアスに引っ張られて何とか立ち上がった。
「誠に。立ってしまえばどうという事は無いのに、あの形から立ち上がるのは面倒でありまする。」
キークが、不機嫌に言った。
ブツブツと文句を言うラディアスを連れて、慎一郎が歩いて行くのに、ショーンが伸びをして続こうとしながら、ふと美夕を見た。
「そういやミユ、ラファエルの具合はどうなんでぇ?疲れが出たのか?」
美夕は、出て行く皆を見送りながら、ショーンに首を振った。
「ううん、違うの。あの、疲れてるところ申し訳ないけれど、ちょっと見てくれます?」
ショーンは、コキコキと肩を鳴らしていたが、頷く。
「ああ。ちょっと治療するぐらいだったら全然オッケーだ。どこに居る?」
「こっちです。」
美夕は、ショーンに感謝しながら、ショーンを先導してラファエルが居る部屋へと向かったのだった。




