キースへ
ラファエルは、美夕から話を聞いていた。
ライデーンに居るという美夕達の仲間が、メジャルの仲間と無事にキースにあるらしい神殿に無事に潜めたのだという。
それは、修道士達にも朗報であったらしく、皆一様に明るい顔をした。あの地下水脈から離れて、初めての事だった。
「そのような場所にも神殿があったとは」ラファエルは、素直に驚いて言った。「ならば、皆をそこに移す事に我は何の異議もない。今は居らずとも、我らの祖先がそこで神を崇めていたのは確か。本来の責務をこなしながら、我の帰りを待てば良いのだからの。それに、戦える主らの仲間が大勢そこに居るのだろう。ならば、それが最善ではないか。何かあっても守られるであろうしな。」
しかし、キダレスが渋い顔をして言った。
「とはいえ…キースは島。必ず海を渡らねばならぬ。あの辺りにはグルーランも狩りに出るので、滅多に軍隊も行かぬのだ。キースの島民は、なのでそこでは住めずに皆、ライデーンに移ったのだと聞いておる。何しろ、船を出せば全てグルーランに襲われて沈み、誰一人助からぬのだ。隣のアディアナには、行けるのだと聞いているのだがな。」
美夕は、首を振った。
「シャルクス…グルーランならばきっと翔太が話をつけてくれるので大丈夫なんですが、問題は軍なのです。海を船で進むとどうしても目立ってしまうでしょう。私達が渡って行くのを見られたら、軍も何としてもあちらに来ようとするはずなんです。なので、見付からずに渡れる方法を、仲間に教えてもらおうと思っていて。」と、腕輪を見た。そこには、相変わらず美夕には分からない名前の単語が並んでいる。「暗号のようなものを使っているので、私には分からないんですけど、あちらでは分かる者が居るので解読してくれているはずです。」
キダレスは、メニクを見た。
「それで、主はその仲間と話したのか。」
メニクは、頷いた。
「はい、兄上。ショウタという男でした。あちらでも話し合って今夜また連絡するとのことでした。なんでもあちらには、魔物と話せる術を持つ者が居たらしく、グルーランと話をつけてその巣に囲われておるのだとか。シャルクスと名乗っておるのだそうです。グルーランが話の分かる魔物と聞いて驚いたのですが。」
キダレスは、ふうと大きな体の肩を動かして、息をついた。
「そうかもしれぬな。グルーランには知性を感じておった。あれらは我らを襲わぬし、こちらから手を出さねば基本静観しておる。こちらの意思が通じておるということぞ。話せたと聞いて、何やら納得するものよ。」
ラファエルは、美夕を見た。
「ならば、我も次の通信には出て参ろう。キースへ渡る術があるなら、一度合流した方が良かろう。それから、シーラーンへ向かうならメンバーを決めて動けば良いのだ。その神殿も、見ておきたいと思うしの。何か祖先が遺した物があるやも知れぬし、気になる事よ。」
キダレスが、ふむ、と顎に手を置いて首を傾げた。ラファエルが、怪訝な顔をした。
「…キダレス?何か気になる事でも?」
キダレスは、ラファエルを見て言った。
「…我らには神殿なのか分からぬが、確か遺跡なら川の近くにあったはず。とはいえ、また少し進まねばならぬが、森の中に、石造りの小さな建物があってな。四角い箱のような物で、我らは開き方が分からぬから入った事はないが、どうやら地下へと続いておるような。名は…リツ遺跡といった。」
ラファエルは、その名を聞いて、身を乗り出した。
「リツ遺跡とっ?それは…それは、古く我がシーラーンの神殿に居った頃、読んだ書物にあった神を呼ぶ台座がある神殿では。どこにあるのだ?!」
いきなりにラファエルが必死に前のめりに聞くので、キダレスは驚いたように身を退いた。
「おお、ええっと、ここから真っ直ぐ南へ下りた辺りの森の中ぞ。だが、中へ入れぬぞ?入り口が無いからの。」
ラファエルは、首を振った。
「からくりなのだ。決まった手順で石を動かしたりせねば開かぬようになっておる。誠か…台座の神殿は誠に存在したのか。」
美夕は、分からないながらも言った。
「それは、これまで居た地下神殿には無かったのですか?」
ラファエルは、また首を振った。
「無い。あれは神が我らに与えたもうた最後の手段なのだ。道に行き詰った時、その資格のある者がその台座に登って願えば、神は現れて道を示してくださると言われておる。我が知っておる物で、シーラーンの地下神殿に一つあった。そこで、アガーテは神に会って我を託されたと言うておった。行けぬと思うておったが…その、リツ遺跡に行けば、我は神にこれから先の事をお聞きすることが出来る。」
美夕は、それを聞いて少し、眉を寄せた。本当に、神は教えてくださるのかしら…。
それに気付いた、バルナバスが美夕に言った。
「ミユ?どうかしたのか。」
美夕は、バルナバスを見て、ラファエルもこちらを見ているのを見て、困ったように言った。
「あの…神は、本当にお教えくださるのでしょうか。」今度はラファエルが眉を寄せた。美夕は続けた。「神を信じていないのではないのです。これが試練なら、どうするかは自分で考えなきゃならないんじゃないかって…。だって、お教えくださるならもっと早く何か啓示を示してくださったのではないかって。なぜか、そんな気がして。」
バルナバスは、それを聞いて複雑な顔でラファエルを見た。ラファエルは、眉を寄せたまま、言った。
「なぜに主はいつも我に意見をするのだ。これまでお教えくださろうとしても、台座の場所へ行けなかったのだからあちらも現れる事が出来ずでおられたのだろう。我は、キースへ行く前にまず、その遺跡へ行って台座に登るべきだと思う。それからキースへ向かっても良かろう。同じように南へ戻るのだから、それで大丈夫なはずだ。」
しかし、キダレスが言った。
「同じ南と。いや、ここからなら海まで難なく行けるので、キースまでは行けずとも、途中までは船で移動が出来るが、リツ遺跡へ行ったらそこからまた丸一日ほど北へ移動して海を目指さねば、川を下れない以上、かなりの遠回りになろう。森の中を行くのは魔物が出るので難しいが、地下を行けばまた地下水脈を越えねばならぬしの。主らが地下を逃れて来たのなら、軍がまだ水脈の向こう側の地下でうろうろしておる可能性もある。今参るのは、勧められぬな。」
来た道を戻るという事だもの…。
美夕は、思った。神の言葉は確かに欲しいかもしれないが、そんな犠牲を払ってまで戻る必要があるんだろうか。
神は、恐らく他力本願では駄目だと思っているんじゃないだろうか。この、自分みたいに。
美夕は思いながら、息をついた。ラファエルは、神を心の支えにこれまで皆を率いて頑張って来たのだ。その神と話せると思ったら、居ても立っても居られない気持ちは分かった。自分も、翔太達と会えると思うとホッとするし、進む道を決めてもらってそれに従って行きたいと思う。それが、楽だからだ。
だが、そんな気持ちが理解出来ても、今は恐らく、皆と一緒にキースへ行く方がいいはずだ。
なので、反論ばかりだと思われるのを承知で、言った。
「ラファエル様、今はキースへ行けるならそちらへ行った方が良いと思うんです。」ラファエルは、今や敵に対しているような目で美夕を見ている。だが、美夕は続けた。「危険を冒して神のお話を聞きに行っても、また犠牲が出るかもしれないんですよ。神がそれを喜ばれると思いますか。結局はシーラーンへ行くのですし、その時に台座へ登れば良いのでは。リツの台座は、今はリスクが高過ぎます。修道士達も…レナートおじさんだって連れてるのに。またあの水脈を越えさせるんですか。」
ラファエルは、美夕を睨んでこれまで聞いた事が無い鋭い声で言った。
「どんな犠牲を払っても神のお言葉を聴けるなら参る価値はある。間違った道を進まぬで済むのだぞ。このままキースへ行っても、その後の事が分からぬままに無駄な行動をすることになるやもしれぬではないか。思えば、あの地下神殿を追われた後、その遺跡へ行けば良かったのかもしれない。存在を知らなんだばかりに…こうして、無駄な行動をしてしもうたのだ。」
バルナバスが、横から言った。
「ラファエル様、だとしても、それも神の思し召しであろうかと。ミユが言う通り、神は全てをお話くださるとは思えませぬ。私達が己で考えて行動することを望んでおられるからこそ、こうしてこちらへ参ったのではありませんか。リツへ今戻るのは、あまりにも危険過ぎます。あの時のロープももう、追手が使えぬように切って参りましたし、また皆であの水脈を渡るのは無理では無いかと。今キダレス殿がおっしゃった通り、軍もまだ残っておるでしょう。無事にたどり着けるとは思えませぬ。まずはキースへ参り、修道士達とレナート殿を預けて、その上で軍の動きを見て、行けそうならば隙を見て参るという事でどうでしょうか。ショウタ達とも一度合流して詳しくお互いの情報交換をするべきだと思うのですが。」
しかし、ラファエルは険しい顔で立ち上がって首を振った。
「主らは何を言うておるのだ!神は正しく導いてくださるのだ!我らがこうして迷うておるのに、お助けくださらぬはずはない!」
美夕は、慌ててラファエルをなだめた。
「ラファエル様、ならばとにかくは翔太達と会ってから決めてください!あの、翔太と通信している時に、恐らくその遺跡だと思うんですけど、そこで会った大陸の術士の、ショーンという人と仲間になったらしいのです!ショーンは、シャルクス達との会話を可能にする術も知っていたみたいだし、いろいろ知っていますわ。何より、遺跡で会ったんですから、きっと神のことも知っていると思うんです。話しておいて、損はないです。」
ラファエルは、ふと表情を弛めた。
「大陸の術士?その、魔物と話す術を知っておったと申すか。」
美夕は、何度も頷いた。
「そうです。それで、翔太達は助かったのだと聞きました。きっと、たくさんの事を知っているはずですから。何でも、空も飛べるんだと聞きました。ラファエル様と、近い命なんじゃないでしょうか。」
ラファエルは、驚いた顔をした。
「空を?…我は、空は飛べぬ。」
ラファエルは、また座っていた場所にストンと座って、考え込む顔をした。
キダレスとバルナバスは怪訝な顔をしたが、メニクが言った。
「確かにショウタはそう申しておりました。それが真実か否かは、そのショーンと会えば分かるのでは。」
キダレスは、頷いた。
「オレも会ってみたい。そんな術を使う人は、この辺りでは見た事もないしな。」
ラファエルが黙ったままなので、バルナバスも黙った。
美夕は、早く夜になって翔太と話をしたいと息をついた。




