ルーツ
『王!』
回りのシャルクス達が、右往左往している。
ラディアスは、ショーンの力に晒されてしばし、ショックを受けて水の中へと沈み込んだ。そうして、ブクブクと泡を無数に立てて水面を揺らしていると思ったら、いきなりにザバアッという音を立てて、シャルクスの一頭、恐らくはキークに背負われて上がって来た。
「う…何ぞ、これは。」と、ゴホゴホとむせながら、その自分の声に驚いたような顔をして、手を見た。「ええええ?!誠に何ぞこれは!」
見ていた十人以上の人々は、絶句してただただその、キークの上にまたがっている人型を見つめた。
黒髪に青い瞳で、慎一郎達から見たら東洋人っぽいな、という顔立ちだったが、かなりの美形だった。
そして、素っ裸だった。
しかも、体もそれなりにガッツリと筋肉が付き、かなり戦えそうな様子だ。
その相手から、ラディアスの声が出ているのだ。
ブレンダと聡香が何とか見ないでおこうと横を向いている。
その様には、術を放ったショーンですら、びっくりしたように立ち上がった。
「ええええ?!おまっ…え?!ちょっと待て、お前、もしかして祖先があっちの大陸の魔物だったんじゃねぇのか!今放ったのは、オレの国のグーラって魔物が人型になる時の術だぞ!」
ラディアスらしいその男は、こちらを見て叫んだ。
「知らぬわ!何をしてくれるのだ主は!これでは泳げぬではないか!」と言ってしまってから、ふと水を見た。「いや、もしかしてこれでも泳げるか?」
すると、尻の下のキークが、困惑した声で答えた。
『いえ…王、息継ぎが出来ぬので長距離は難しいかと思われます。』
言われて、ラディアスは考え込むような顔をした。
「うむ…ならばこんな格好では面倒な事になるの。」と、ショーンを見た。「早う戻せ!」
ショーンは、慌ててまた手を振った。
すると、またスッと力が飛んで、そしてあっさりとラディアスはまた、シャチのような魔物の姿へと戻った。
まだ皆が呆然としている中、ラディアスはホッとしたように言った。
『全く…人になどなっても良い事などないわ。なぜに主らの大陸の魔物は人型などになろうと思うたのだ。』
ショーンは、まだ驚いた顔のまま答えた。
「争いにならなねぇためだ。それよりお前ら、祖先はどうやってここへ来た。どこ発祥なんでぇ?この術が効くなら、絶対お前らはオレ達の土地発祥だぞ?」
ラディアスは、ふんと排気口から息を吐いた。
『知らぬ。そんな前の事など。気が付いたらここに居てここで生きておったわ。父上だって何も申しておらなんだ。ただ…遠くは、海で暮らしていたとは聞いておる。人に煩わされず落ち着ける場所を探して島を見付け、その地下へと流れる川を遡ってここを住みかにしようと決めたのだと。我らは陸など関係ないからの。』
確かにこの姿に陸は関係ない。
ショーンは、息をついた。
「ま、とにかくはお前達も、もしもの時には人型になれるってのが分かったわけだ。難しい術じゃねぇだろ?呪文を口に出さなくても心の中で発するだけであっさり変わる。一応覚えておいたらどうだ?」
すると、黙っていたアガーテが脇から言った。
「我にも教えよ!」ショーンも皆も驚いてそちらを見ると、アガーテは続けた。「波動は読んだ。我ら巫女に伝わる術とそっくりぞ。ならば、我にも使える。あれらに試してみたい。」
ショーンは、アガーテを見た。
「あのなあ、確かにこれは巫女の術で簡単だが、誰にでも使えるわけじゃねぇ。魔物ぐらい大きな気を持つんならあっさり使えるが、お前の今の若い姿を保ったままじゃ無理だ。それに、今も言ったがルーツが大陸でないと効果はねぇぞ?あの巫女の姉ちゃん達が変化した魔物には効かねぇと思うがな。」
アガーテは、ブンブンと首を振った。
「だから元に戻って放つというに!あのままでは…人として生きて参ることも出来ぬ。曲がりなりにもこれまで共に神に仕えておったのに、あれでは哀れではないか…。」
アガーテは、最後は暗い顔になった。
ショーンは、その様子を見て肩で息をつくと、仕方なく頷いた。
「分かった。じゃ、やってみな。ま、無理だろうけどな。」
ショーンは、短い、常人では何を言っているのか分からない呪文をシャルクス達とアガーテに教えた。
それを聞きながら、真樹はショーンから受け取った白玉を、火の側で乾かしながら、目を合わせた。
「白玉も人型になるのかなあ。でも、白玉はこっちの魔物だから無理か。」
白玉は、体を揺らした。
『なれるよー。真樹、白玉に人の形になって欲しい?』
真樹は、びっくりして言った。
「え、白玉、なれるの?!」
白玉は、頷く。
『うん。でも、もっと大きくなると思うんだー。』
脇から、慎一郎が言った。
「やめておけ。幼女になったら運ぶのが大変だぞ。それに、服はどうする。ラディアスは素っ裸だっただろ。」
真樹は、ハッとした。ここで丸裸の幼女の世話をするには確かに自分は不適任だ。
なので、白玉を見つめて慌てて言った。
「その、白玉、落ち着いたら見せてね。今はやめとこう。」
白玉は、がっかりしたように言った。
『えー?せっかく見せてあげようと思ったのにー。』
丸裸はまずい。
真樹はブンブン首を振った。
「あのね、オレ達は服を着てるだろう?服をどこかで買ってからにしようね。」
白玉は、真樹を見上げて言った。
『服?服なら大丈夫。念じたら着れるよ。だってそういう魔法だもん。』
真樹は、え、という顔をした。
「え、服まで念じたら作れるの?!」
白玉は頷いた。
『だって、体にある毛を服に変えたらいいもん。』と、シャルクス達の方を見た。『シャルクスさん達は毛がないから無理かなあ。あ、でも水を変えたらいいか。』
そんな簡単に。
ショーンが、こちらを見て言った。
「ま、こいつは神の飼いプーだからな。」と、白玉の頭を撫でた。「理屈じゃなく念じたら何でも出来るのさ。オレはこれで神の飼いプーに会ったのは二度目だが、あっちじゃ今は天に住んでてな。立派な人型だった。もっともオレは、プーの姿の時は見たことねぇけどよ。」
それには、アガーテがびっくりしたようにショーンを見た。
「なんと?!主は天に居た頃の事を覚えておるのか?!」
ショーンは、苦笑して手を振った。
「だからオレは刻印持ちじゃねぇ。でも、刻印持ち達に連れられていろいろあったんだ。だから神が居ることを確かに知ってるんだよ。あいつらの考え方もな。」
ショーンは、言ってから顔を引き締めた。そして、言った。
「…とにかく、先に進まなきゃならねぇ。まだシーラーンにも行き着けてねぇってのに。ミユ達のことも気になるし、何かやりたいことがあるならさっさと済ませろ。これからの事を考えねぇと。」
アガーテは、言われてハッとしたような顔をすると、急いで岩屋の方へと足を向けた。
残された皆は沈黙してそれを見送ったが、翔太が口を開いた。
「ショーンの言う通りだ。オレ達はこれからの事を話し合おう。」
そうして、皆は焚き火を囲んでそこに座り、シャルクス達に見守られながら腰を落ち着けてこれからの事を話し始めた。
「まず、美夕と連絡を取りたい。」翔太が、言った。「あいつが今どこに居るのか知りたいんだ。腕輪で居場所が確認できるから、一旦外へ出て着信させて来る。まだ地下だったら連絡は取れないだろうが、あっちも連絡を取ろうとしてるだろうし、無事なら連絡は着くはずだ。」
慎一郎が腕を組みながら、それに頷いた。
「そうだな。連絡が着くまではここに隠れさせてもらって、それからどう動くか考えよう。」と、聡香を見た。「…道が険しいようだったら、何人か残してここで連絡待ちをしてもらうのがいいかもしれない。」
聡香は、驚いた顔をした。
「あの、でも今では服も楽なものに変えていますし、大丈夫ですわ。また迎えに来て頂かなければならなくなりますし…大丈夫です。」
しかし、翔太は首を振った。
「こんなに大勢でぞろぞろ動いていたら逆に目立って見つかる可能性がある。それでなくても、シーラーンへ行くのに兵士がうようよ居るぞ。オレ達は自分の身は自分で守れるが、誰かを庇って戦う余裕があるかどうかわからねぇ。だから、誰かに頼らなきゃ生き残れねぇならここで待っててもらうのが一番いいんだよ。ここなら、シャルクス達も居るし、何かあったら背中に乗せて地下水脈を逃げてくれるだろうし。」
それには、ラディアスが答えた。
『それは良いが、お前たちシーラーンへ行くのか?あのアレクサンドルが居る場所に?』
翔太は、ラディアスに頷いた。
「オレ達はここではない世界から来たんだ。そこへ帰るためにも、ここへ来ちまった原因を探って帰り方を知らなきゃならねぇ。アレクサンドルってやつが、オレ達と同じような境遇の奴らを強制的に集めてる理由ってのを知りてぇんだ。それを知れば、解決できるかもしれねぇだろう。」
それでも、ラディアスは気が進まない声を返した。
『それでも、シーラーンは危険ぞ。ここにこのおかしな水が流れて来るようになったのは二百年前、ちょうどシーラーンにアレクサンドルが城を構えた時だったと聞く。それから少しずつ流れ始めて、今ではその水しかない死の水ぞ。海へ流れ出て海でも河口付近は同じような感じよ。我らはわざわざ島を回り込んだりして北や西で狩りをせねばならぬのだ。』
ショーンが、それを聞いてふと、言った。
「…そういやお前達ってここでも気を吐いたりしてたよな。なんでここでも魔法が使えるんだ?オレでも地から命の気を吸い上げるのが間に合わねぇのによ。」
そういえばそうだ。
皆が思ってラディアスを見ると、ラディアスは答えた。
『我らはここで生まれたので、環境に適応したのか普通に魔法も使えるのだ。父上は命の気がある時に生まれたせいか、こうなってからは技が出なかったらしい。シーラーンから流れ落ちる大滝からは命の気が大量に含まれた水が落ちておるから、この土地は何とか生きておる状態のようよ。しかしそれも、このままではどうなるか分からぬな。我らも、どこかに安住の地を求めて移動するべきかと常話し合っておる状態なのだ。』
それには、海斗が考え込むような顔をした。
「あの、シーラーンの場所には火山の噴火口があるとか聞いたことがあるんだがな。そこから命の気が島に供給されているはずが、今は大滝の水だけが命の気の唯一の供給源なのか。」
皆は、顔を見合わせた。ということは、どういうことだろう。もしかして、アレクサンドルは命の気を使って、何かをしているのか…?
どちらしろ、シーラーンへ行ってみないことには分からなかった。
翔太は、立ち上がった。
「とにかく、オレは教えてもらった通路から外へ出て腕輪に着信させてくらぁ。ここで考えてても答えは出ないだろう。お前達は飯でも食っててくれ。」
そうして、翔太はそこを出て行った。
残ったもの達は、仕方なく食事の準備に取り掛かったのだった。




