代償2
「後ろへ!」
慎一郎がアガーテの腕を掴んで自分の背後へと押しやった。
亮介は杖をそちらへ構えて立ち、真樹も遅れながら剣を引き抜いて構える。
メイヤは今や、のたうち回って苦しげに呻き声を上げていた。ソフィがその脇で後退りながら、自分の腕も先からサーッと細かい鱗をまといつつあるのを見て絶望的な声を上げた。
「ああ…!!そんな、そんな…!!」
アガーテが、もはや諦めたように白い顔をさらに白くしながら、無表情に言った。
「…心の醜さと同じ姿になるのだ。人に戻った巫女のなれの果てぞ…殺してやるしかない。」
真樹が、泣きそうな顔でアガーテを見た。
「そんな…!何か方法は?!救いはないのですか?!」
アガーテは、首を振った。
「ない。」と、苦しむ二人を見つめた。「我とて若い姿になるだけでどれ程の力を使っておるのだ。ラファエル様でもかなりの力を注ぎ続けねば変化した巫女を元の型には維持出来ぬのに。命の気の溢れる真上であるならいざ知らず…このような場所で。楽にしてやるが良い。」
慎一郎は、ハッとした。そういえば…。
「…ジーナは?!」と、洞窟の出入り口を見た。「聡香が一人で連れて行ったはずだぞ!」
そこへ、聡香が慌てふためいて入って来た。
「アガーテ様!」と、二体の魔物にしか見えない二人を見て、足を止めた。「え…?!」
「聡香!」慎一郎が、聡香をアガーテの横へと引っ張って放り出すように移動させた。「ジーナもか?!」
聡香は、首を振った。
「え…?!いえ、あの、ジーナは髪がどす黒い色に変わって肌も緑色に…!それだけです!こんな…こんな風には…!」
アガーテは、淡々と言った。
「ならば、ジーナの心はそれぐらいの醜さなのだろう。こやつらは恐らく…。」
聡香は、絶句した。ということは、これがあのここに居た二人のなれの果ての姿なのだと悟ったのだ。
「ギャアアア!」
片方が、叫ぶ。
それを合図にしたように、二体の魔物はこちらへうねうねとした手足をブンと振って攻撃して来た。
「うわ!」
真樹が叫び、こちらの五人は一斉に頭を下げてそれを避けた。慎一郎が叫んだ。
「亮介!」
亮介は、心得ていたのか、杖をそちらへ向けると、一気に二体に向けて術を放った。
だが、その光はそう強くはなく、二体はふらついただけでまたこちらへ向き直った。
「…ダメか。命の気が足りない!」
アガーテが、苦々し気に言った。
「失神魔法など生ぬるいわ。これらは魔物なのだ。仮に全力で術を放ってもそれでは倒れぬ。」
剣で切るしかないのか。
慎一郎は、迷った。今の今まで普通に話していた女二人を、殺してしまうなど簡単に出来そうにない。
だが、このままでは聡香とアガーテを庇って持ちこたえそうになかった。
魔物は、次の攻撃を繰り出そうとこちらへ迫って来る。
やるしかない、と剣を持つ手に力を入れた時、いきなり目の前が真っ白になって、魔法が飛んで来ると急いで亮介がシールド魔法を放った後、魔物はなぜか、ズン、と目の前に倒れた。
何が起こったのか分からずに居ると、洞窟のもうひとつの入り口で、ショーンがびしょ濡れのまま白玉を手に立っていた。
「…なんでこんなとこに魔物が入り込んでるんだ?」と、顔をしかめながら中を見回した。「あんまり強い魔物じゃねぇのに、お前ら何やってんだよ。魔法でなくても倒せただろうが。」
真樹が、ホッと力を抜いて、言った。
「ショーン!ああ、助かった!白玉のお陰か?」
ショーンは、怪訝な顔で頷く。
「白玉はオレに気を供給する力があるからな。戻ったらいきなり真樹が危ないとか叫ぶからよー、慌てて来たらこれだよ。」
慎一郎が、ホッと剣を腰に戻して、言った。
「話せば長くなるんだ。とにかく、まだこれは死んでないんだろう。ここを封鎖して、話そう。」
ショーンはまだ腑に落ちない顔をしていたが、頷いた。
そうして、暗い顔をしたアガーテと聡香を先に、その部屋を出てシャルクス達が待つ水脈の方へと向かったのだった。
水際の出入り口へと進むと、そこには兵士たちを殲滅しようと残っていたラディアス達が戻って来ていて、翔太もこちらを見ていた。
「…ショーン?なんだ、物凄い勢いで降りて行ったと思ったら、ラディアスが何やら魔法を放っておるとか言うし驚いたぞ。オレが行こうとしたら、もう終わったとか言われて待ってたんだ。何があった?」
ショーンは、自分の上着の裾を絞って水を切りながら、言った。
「あのなあ、オレだって言って魔物倒して戻っただけで、なんだってあんなもんがあそこに居たのかまだ説明されてねぇんだ。二体も入ってたぞ?ここへ来る魔物なんて居るのか。」
ラディアスが、怪訝な声で言った。
『どういうことだ?ここの魔物は皆、消耗して消えていったぞ。外の魔物も、ここには入って来ない。しかも、こんな奥深くまで。考えられぬ。』
ショーンは、ブーツを脱いでひっくり返し、中の水を出しながら答えた。
「だから知れねぇって。結構強めな失神術を放ったら一瞬で倒れたけどな。」
慎一郎が、眉を上げた。
「あれは失神術だったのか?アガーテが、並みの術じゃ駄目だと言ってたが。」
アガーテが、睨むように慎一郎を見て言った。
「あれは並みの術ではないわ。このショーンという男はかなりの力を持つ、恐らくは我らと同じ筋から分かれた命であろう。あれだけ強烈な術であったら倒れぬ魔物など居らぬ。」
ショーンは、さっさと自分の腰のポーチから小さなつまようじのような物を出して、大きくして炎の魔法で乾かしながら着火しようと奮闘している。
「まあ、オレはそこそこの術士だからな。で?あの魔物のことだ。説明してくれ。」
慎一郎、真樹、亮介、アガーテ、聡香が顔を見合わせている。誰も口を開かないので、仕方なくアガーテが言った。
「…あれはの、巫女から人に堕ちた者の、成れの果てなのだ。」
アガーテは、また慎一郎達に説明したのと同じ事を、そこに居る皆に話して聞かせた。
話している間に、ここへ来た全員が奥の洞窟の部屋からぞろぞろと出て来てそれを、一緒に聞いていた。
ショーンが起こした火は、明々と燃えて周辺を明るく照らし、回りはほんのりと暖かくなって来ている。
アガーテは、その炎の光の中で、話を終えた。
「…ゆえにの、あれらは死んだ方が良いのだ。あれらのためぞ。」
聡香が、顔を歪めた。
「では…では、ジーナもそうなりますの?」皆が、聡香を見る。「ジーナはでも、髪がどす黒くなって、肌が緑になっただけでしたわ。確かに混乱して寝台に突っ伏してしまいましたけれど、私が治癒魔法を放っている間も、それが効かなくてアガーテ様に助けを求めに出て来る時も、それ以上姿が変わる事は無くただ泣いているだけでした。」
アガーテは、それを聞いて頷いた。
「ならばジーナの心はそれぐらいの醜さであるのだろう。とはいえ、その姿は元には戻らぬ。あれもまた、つらい生になってしまおうな。」
シャルクス達は、それを頭だけ水面から綺麗に並んで出して、じっと聞いていた。ラディアスが、言った。
『誠にの。人と申す者は、見た目を恐れて相手の本質を知ろうともせぬし、少しでも己らと違えばつま弾きにしたりするであろう。愚かなことよ。』
ショーンは、服を火で乾かしながら毛布にくるまって、白玉をくるくると回してまた、乾かしながら、言った。
「オレらの土地でもそうだ。だが、オレ達は魔法を開発して姿を変える術をかなり作り出しているから、魔物だって人型にしようと思えば出来る。だが、その土地土地での魔物に合った術があってな。大陸のあちらとこちらではまた、術が違うんだ。つまりは、こっちでオレがあっちの魔物の姿を人型にする術を放っても、恐らく聞かねぇ。こっちでの術を作らにゃな。」
アガーテは、驚いたようにショーンを見た。
「なんと。主らの土地では魔物が人の型になっておると申すか。」
ショーンは、頷いた。
「そうだ。と言ってもそんな大層な術じゃねぇぞ?アガーテは、その姿を保つのに結構な力を放ち続けてるみてぇだが、あっちの魔物を人型にする術は、変わる時だけ力を放ちゃあそれで終わりだ。後は戻る時に力を放つ。あっちじゃ知性がある魔物限定で人型になってるよ。」
ラディアスが言った。
『ということは、主らの地に生きておったら我らも人型になっておったということか。』
ショーンは、頷いた。
「そうだろうよ。オレ達の土地の魔物と同じ流れの中で生じた魔物だったら、オレの術でも行けるんだがなあ。どうせ駄目だろうが、一回試してみるか?」と、手を上げた。「命の気を使わねぇ術だから白玉から補佐は要らねぇか。」
ショーンは、毛布の間から手を出して、本当に軽い感じで術を放った。
『おお?!』
光がスッと飛んで、それが当たった、ラディアスが声を上げる。
皆が固唾を飲んでそちらをじっと見つめた。




