巫女として生きること
ジーナが連れて出られて、メイナとソフィは居心地悪げに体を揺らして、目の前で自分達を探るように睨みつけるアガーテをチラチラと見返した。
じっと見返すには、あまりにも鋭い視線だったのだ。
その上、若い姿のアガーテはまた大変に目に力があった。
まるで蛇に睨まれた蛙のような様で二人が縮こまっていると、亮介が脇からため息をついた。
「…ちょっと、オレはあっちのジーナって子に話を聞いて来るかな。」メイナとソフィが、驚いた顔をする。亮介は続けた。「オレは治癒の術に長けてるからな。顔色も悪かったし、治療がてら愚痴の相手でもして来るよ。」
アガーテは、二人から目を離さずに、頷いた。
「そうしてくれるか。助かる、リョウスケ。」
それを聞いた二人は、顔を見合わせて、ソフィが慌てて立ち上がった。
「ならば我が!ジーナは人見知りをするのです、我も治癒の術を知っておるし、我の方があの子も話がしやすいでしょう。」
アガーテは、眉を上げた。
「そうであろうか?何やら主らがあれに話す間を与えておらなんだように見えたがの。そう、まるで、何かを隠すように。」
二人が、ビクッと肩を震わせる。亮介も、それを見て目を細めて二人を睨むように見た。
それを見て、二人は悟った…亮介は、始めからこちらを疑っていて、わざとジーナの所へ話を聞きに行くと水を向けたのだ。
「そ、そのような!」ソフィは、急いで言葉に詰まりながらも、言った。「何を、何を隠すことなどあると…そのようなはず、ありませぬ。」
亮介は、腕を組んで二人を見たまま言った。
「だったらオレが行っても大丈夫だろ?あのなあ…オレも、ちょっとは術に長けてるから、さっきから結構、嫌な感じを受けるんだよな。お前たちって、巫女なんだろ?そうは見えないんだがなあ。」
アガーテは、それを聞いて顔を歪めた。
「…その通りよ、リョウスケ。」と、二人を睨みつけた。「その薄汚れた気は何ぞ。巫女にはあるまじき気ぞ。それでは、そこらの女と変わらぬ…いや、もっと悪い。そこまで汚い気を放つ人も少ないのに、巫女と呼ばれた女が何と恥晒しな。神殿で教えたであろう。ラファエル様は、己が守るべき者でなければ守られぬ。今の主らなど、一般の人以下ではないか。命が懸かっておる時に、そんな人を助けておるお暇などない。主らは、ゆえにラファエル様に見捨てられたのではないのか。」
メイナとソフィは、ぐ、と黙った。
その通りだったからだ。
アガーテにはそれでなくても何も言わなくても心の中まで見透かされるのだ。気の色から、変わってしまったのだ…あの時、あさましい行動をしてしまったばかりに。
「…我らだって、生きたかったのでありまする!」メイナが、叫んだ。「それなのに、術に長けた者達ばかりを先に呼ばれて…時も、ロープの耐久力も足りませんでした。我らは弱いのに、滑車のついた鞄の中へ入って運んで頂く方に、乗せて頂けませんでした。先に、ライアンが乗り込んで。我らが必死に次の番に乗ろうとしたら、バルナバスがアーバンを呼んで。アーバンだってライアンだって男なのに…我らがか弱い女であって、先に乗る権利があると思うたのです!なのに…!」
アガーテは、その美しい眉を寄せたまま、じっとそう吐き出すように言うメイナを、まるで嫌なものを見るような目で見ていた。メイナは、ハッとそれに気付き、言葉を止める。
真樹が、おずおずと言った。
「その…つまり、この三人が自分の事ばかり言うから、ラファエルは置いて行ったってことかな…?」
アガーテは、むっつりと頷く。
「その通りよ。今は心根の悪い一般人など助けておられる余裕もないのだ。見捨てて行かれて正解であった。」と、亮介を見た。「リョウスケ、すまぬがショウタらが戻ったら申してくれぬか。我は、こやつらをここに置くわけには行かぬ…こやつらは、もう巫女ではない。」
亮介は、片方の眉を上げた。真樹が、慌てて言った。
「ちょっと待って、でも、もう巫女でなかったとしても、危ないのには変わらないじゃないか。ここでほとぼり冷めるまでは、置いてあげたらいいんじゃないか。」
アガーテは、首を振った。
「主らは知らぬのよ。巫女であったものが、そうでなくなった時どんな未来を辿るのか。」
真樹は、驚いた顔をした。そして、すがるような目で亮介を見る。
亮介は、言った。
「どういうことだ?オレ達はこっちの常識とか知らないからな。いちいち説明してもらわないと。」
アガーテは、険しい顔をフッと崩すと、悲しげに目を伏せた。
「…見たままよ。」と、二人を指した。「髪がもう、変色して参っておろう。」
ハッとして見ると、二人の真っ白い髪は、上の方から何やら薄いインクでも被ったように、うっすらとグレーに変色して来ていた。
真樹と亮介が絶句していると、それまで黙っていた慎一郎が険しい顔で言った。
「…どういう事だ。」
アガーテは、息をついた。ソフィとメイナはお互いを見て、髪の変色に驚き、言葉を失っている。
「…我らのこの髪はの、主らとは違い、心の色を表しておるのだ。我らは神に仕え、お守り頂く変わりに命を懸けて他の命を守る責務がある。我らが神に特別に目をかけて頂けるのは、何かあった時には神の代わりに皆を守るためなのだ。よって、『個』としての己を守ろうなど、もっての他。そのような心根の者は、神に仕える権利を剥奪され、ただの人と成り下がる。」
慎一郎は、眉を寄せたまま二人を見て、またアガーテを見た。
「…だが、ただの人ならそれはそれで、今度はお前達が守る対象なんじゃないのか。ここを追い出してしまったら、どうやって生きて行くんだ。神の加護っていうのから外れても、追い出す理由にはならないだろう。」
真樹も、黙ってそれを聞いている。亮介が、横から言った。
「その…オレはここ数時間、アガーテが白玉と話すのを聞いていて何となく分かって来たんだが、もしかしたら、こいつらがこれまで神に守られて来たからじゃないか?」真樹と慎一郎が、怪訝な顔をする。亮介は続けた。「アガーテやラファエルがこんな性格だろ?同じ扱いで同じように守られてたのに、違ったわけじゃないか。だからペナルティみたいなのがあるって事じゃないか?」
慎一郎と真樹が驚いた顔をすると、アガーテはそれに、悲しげに頷いた。
「…その通りよ。市井のもの達と同じ意識であるのに、神に特別に守られて生きたその時間の責を、これらは受けねばならぬのだ。我だって、こんな力を頂いたのはほんの二十年ほど前のこと。これらと我は、何ら違う所など有りはせぬ。我らは同じ命。それなのに同じ扱いを受け、同じ生を生きて終わるのは、平等ではないと神は考えられたようよ。巫女や修道士は生まれて神に仕えたならば、最後までそれをまっとうせねばならぬ。責務を忘れてはならぬのだ。」
真樹が、困惑した様子で皆の顔を代わる代わる見た。
「え…じゃあ、この二人はどうなるの?髪が黒くなるだけなら、別にここに居ても…。」
アガーテは、心持ち目を潤ませて、真樹を見た。
「そのような事で、神への裏切りを許されようか。」と、ソフィとメイナを見た。「これらはこれからどんどんと姿を変える。我は一度見たことがある…髪は黒くなり肌は鱗をまとったような恐ろしい質感になり、体は大きくおおよそ人ではない型になり、その醜悪さに耐えられず狂い、人を襲う魔物のようになる。それが、信じて守ってくださっておった神を裏切った代償よ。」
真樹は、息を飲んだ。
慎一郎も亮介も、身を固くして二人を見た。
ソフィは、震えながら涙を流して何度も首を振りながら、必死に訴えた。
「神を裏切るつもりなどありませぬ!我らはただ…!」
ソフィがそこまで言った時、隣りに立っていたメイナが、急に顔を両手で覆って天を仰ぐような形になって、突然に大きな唸り声ともつかぬ、悲鳴を上げた。
「うあああああああ!!うおおおおお!!」
「!!」
そこに居た、ソフィ以外の全員が構えて後ろへと下がる。
ソフィが、メイヤの両肩を掴んで、必死に揺すぶった。
「メイヤ!どうしたの、しっかりして!」
メイヤは、イヤイヤとするように体を揺すってそれを振り切り、また叫んだ。
「ああああああ!!体が!体が…!!」
慎一郎が、それを見つめながら、腰の剣の柄に手を掛けた。
「…まずいな。」
亮介も、隣りで杖をぐっと握り締める。
真樹がそんな様子に、今の今まで話していたメイヤ相手に、いったい何をとおろおろする中、アガーテが静かに言った。
「…これは力がそう無かったゆえ。」と、キッと睨むようにのたうち回るメイヤを見た。「力がある者ほど何とか抑えて変化は遅くなるが、それでももって七日。遅かれ早かれソフィも同じよ。」
そう話している間にも、目の前には、見た事もないようなうねうねと体をくねらせる、小山のような鱗に覆われた魔物が唸り声を上げて立っていた。




