防御
目の前が真っ白に光った。
目を閉じていても分かるその光の大きさに、翔太は相手の魔法の大きさを感じていた。
だが、不思議と熱さも痛みも感じない。
魔法が直撃して死ぬ時はこんなものかもしれないと翔太は思った。
だが、光が収まった後、ラディアスの声が聞こえて来て、我に返った。死ななかった…?
『…なぜこれほど早く障壁が。』
ショーンは、手を上げたまま、答えた。
「白玉だ。白玉がオレを通して力を放った。オレじゃあ間に合わなかった。」
翔太が目を開くと、目の前にはうっすらと膜のようなものがあって、シャルクス達を包んでいた。
しかし当の白玉は、ショーンの胸元でびしょ濡れになりながらブルブル震えていた。
『助けて!って思って…。ショーンにしがみついたら、ショーンがやったの。』
ショーンは、片手で白玉を撫でた。
「お前がやったんだよ。オレの意識が張ろうとしてた障壁を、お前の力がオレから放った。」
「く…っ!来い!早く!」
あのしっかりとした声がしてそちらを見ると、術が通って開いた穴から兵士達を引っ張り込む男の姿が見えた。
『逃さぬ!』
ラディアスはそちらへ向けて体をひねったが、兵士達はその穴へと転がり込んで見えなくなった。
シャルクス達は再び体当たりしたが、その時にはもう兵士達の気は奥へと遠ざかってしまっていた。
巫女達三人を乗せたシャルクスは、先に奥の湖へと帰って来ていた。
「ジーナ!ソフィー、メイナ!」
アガーテが、洞窟の中から慌てて駆け出して来る。その後ろから、亮介と真樹、海斗が追って来た。
シャルクスによって岸へと押し上げられた三人に駆け寄ったアガーテは、顔を覗き込んだ。
「ああ…よう無事で。気を失っておるだけであるな。」
亮介が、それを聞いて杖を上げた。
「じゃあ、オレが治そう。ここはあの水路ほど命の気が少ないわけじゃないから、オレでも治癒は簡単だ。」
アガーテは、頷いた。
「頼む。」
亮介は、すぐに呪文を唱えて一人一人を癒して行く。さすがに魔法に長けているだけあって、命の気が使えるここでは余裕で素早く術を繰り出し、簡単に治せているようだった。
三人が、目を開く。亮介は、杖を下ろした。
「さあ、治った。本来こんな簡単なことなのにな。地下水脈ってのはほんとに面倒だよ。」
アガーテは、三人の顔を覗き込んだ。
「おおジーナ、ソフィー、メイナ。我が分かるか。主らは助かったのだ。もう案ずるでないぞ。」
ジーナは、その顔をじっと見つめて、そうして、驚いたように口を手で押さえた。
「アガーテ様…?!」
他の二人も、ガバッと起き上がってアガーテを見た。アガーテは、涙ぐんで頷いた。
「おお、我よ。気が我であろう?我はの、皆の足手まといになるゆえに、姿を若くしておるのじゃ。だが、中身は変わらぬぞ。よう無事でおったことよ。して、ラファエル様は?」
ラファエルと聞いて、三人の顔色はサッと青くなった。アガーテは、その美しい眉を寄せた。
「…どうした?まさか…地下水脈に流されたのではあるまいの?!」
ジーナは、下を向く。ソフィーが、思い切ったように顔を上げた。
「…アガーテ様。ラファエル様は我らをお見捨てになられたのですわ。地下水脈を渡る時、ロープの強度が何人も渡るのに耐えられなかったのです。それで、術に長けたライアンから順にお呼びになられて…我らは、ついにロープが無事である間に、渡る事が出来ませんでした。無理に渡ろうとした者は流され、我らをあの場に置いたまま、修道士達と美夕を連れて、先へ進んでしまわれました。」
アガーテは、息を飲んで絶句した。驚き過ぎたのか、胸を押さえてよろめいて、後ろに居た亮介に支えられる。
「おおっと、おい、大丈夫か、アガーテ?」
亮介が言うと、アガーテは、持ち直して息を整えると、頷いた。
「…すまぬ。大丈夫よ。ただ、ラファエル様がそのような…決してそのようなこと、なさらぬお方であったのに。」
ジーナは、ソフィ―を見てから、慌ててアガーテを見た。
「いえ、アガーテ様、ラファエル様は…、」
「ラファエル様がお悪いのではありませんわ!」メイナが、それに被せるように遮って横から言った。「バルナバスが申したのです。ラファエル様は、我らを助けようとなさったのです。ですのにバルナバスがライアンからだとお呼びになって。ラファエル様は、バルナバスに言いくるめられておるのです!」
メイナの剣幕に、ジーナは黙る。亮介はそれに気付いていたが、何も言わなかった。アガーテは、それを聞いて顔をしかめて首を傾げた。
「バルナバスは…あれは戦士であるから確かに神に仕えておらぬが、ラファエル様に心底仕えておる。ラファエル様を欺くなど誰にも出来ぬのは主らも知っておろう。絶対に逆らう事など無い。あり得ぬ。」
メイナがぐっと黙ると、ソフィーが訴えるように言った。
「では、アガーテ様は我らが偽りを申しておると…?では、なぜに我らが置き去りにされたと申されるのですか。」
アガーテは、そう言われて黙り込んだ。真樹が、重い空気になったのを見て、割り込んだ。
「まあ、助かったんだから。他のシャルクス達は?戻って来るんだろ?オレのプーも一緒に行ったはずなんだけど、見なかった?」
急に言われて、ソフィーは戸惑ったように言った。
「え、プー…?いえ、我ら、そのような時はありませんでしたので…気が付くと、魔物に運ばれてこちらへ参っておりました。」
真樹は、見るからに消沈した顔をした。
「そうか…無理をしてないといいんだけど…。」
海斗が、首を振って洞窟の方へと促した。
「とりあえず、中へ。ここは地下水脈と違って命の気があるし、持ってた備品で過ごしやすいように改造してるところなんだ。少しは休める。まだどうするのか決めてないんだが、君達はアガーテとこれからのことを考えたらいいんじゃないか。」
アガーテも、それを聞いて詳しいことは後でもいいと思ったのか、頷いて三人を促した。
「…そうよな。とりあえずは、中へ。他の巫女達のことも聞かねばならぬからの。参れ。」
そうして、先に立って歩いて行く若い姿のアガーテについて、まだ黙り込んでいるジーナと、それを睨むように見ているソフィー、メイナの三人は、洞窟の中へと歩いて行ったのだった。
洞窟の中では、慎一郎が聡香と、奥に設えた居間のような場所の、椅子に座って話していた。
その場所には、皆がいろいろあの隠れ家から無造作に突っ込んで来た物をかき集めて、人が住んでいる場所という形には落ち着いていた。
今聡香が座っている場所は、側に暖炉のような岩を積んだ物があって、そこでは明々と炎が揺れていて、居心地が良さそうだ。
慎一郎も玲も、ここではやることが無いので岩を集めて来て、他にも簡易の竈を入口近くの端の方に作り、そこで食事を作れるようにした。
持っていた金属のフックを岩に打ち付けてそこにランタンを引っ掛け、それなりの明るさを確保してあるので、明るくホッとするような感じだ。
居間にすると決めた広い場所には、岩と岩に板を渡して椅子を作り、その前には岩を積み上げてテーブルを作ってあった。
まるで、前からそこに住んでいたような状態になっていた。
「住めるような場所になってますのね。」
それを見たソフィーが言うと、慎一郎が頷いて答えた。
「ここは命の気も安定していて過ごしやすい。奥へずっと行くとなだらかに地上へ抜ける穴もあって、シャルクス達が居なければ潜む人が居てもおかしくない場所だよ。現に誰かが住んでいた痕跡があって、奥には寝室に使っていたような小奇麗な場所があってな。布とかも古いが何枚も置いてあった。」と、一緒に入って来た亮介とアガーテを見た。「で、他の奴らは?まだか。」
亮介が、頷いた。
「先にこの巫女達だけ連れて戻ったみたいだ。連れて来たシャルクスはまた戻って行ったよ。」
聡香が、言った。
「とにかく、お座りになってください。お疲れでしょう。こちらへ。」
聡香は、自分が今座っていた場所を空けた。ためらっている三人に、真樹が、後ろから促した。
「さあ、いつまでも立ってるわけにはいかないよ。座って。」
ソフィ―、ジーナ、メイナがそこへ遠慮がちに腰掛けると、皆も回りの板で作った椅子へと座る。
アガーテも、三人の真正面の椅子へと腰かけると、まるで面接をするような様子で、言った。
「それで、他の者達はどうした。直にショーンと翔太も戻るであろうが、主らから先に聞いておきたいのだ。」
それを聞いた慎一郎は、片眉を上げた。わざわざ仲間が一緒に行っていて、戻ることを言うということは、アガーテはこの三人が嘘を言うかもしれない、言ってもバレるぞと言っているのだと思ったからだ。
巫女の三人がどう思ったのかは分からないが、じっと黙るジーナの横で、ソフィーが言った。
「他の巫女達は、皆流されてしまいました。魔物達が兵士達を殺そうと体当たりした時崩れた岩に巻き込まれて、私達は助けてもらえましたが他はもう流された後でした。巫女で助かったのは、私達だけです。」
目の前の石のテーブルを見つめて淡々と語るソフィーに、アガーテはゆっくりと頷いた。
「皆、流されてしもうたのだな。だが修道士達やミユ、ラファエル様は?ご無事で先へ進まれたのか。」
ソフィーは、緊張気味に頷いた。
「はい。バルナバスは兵士達の気配を感じてラファエル様に、まだ渡れていない我らを置いて先へ進む事を進言した。ラファエル様は、それに従われて兵士達が着く前に逃れられたのですわ。我らは見捨てられたのです。」
アガーテは、それを聞いてめまいでも起こしたようにフラッと座ったまま肩を落とした。隣に居た慎一郎が、慌ててそれを支えた。
「アガーテ?大丈夫か。」
アガーテは、顔を上げないまま力なく頷くと、言った。
「…ラファエル様がそのような。あのかたは慈悲深く民のことだけをお考えになるそれは尊いお考えをお持ちのおかた。バルナバスの言葉だけで巫女達をお見捨てになるなど、あり得ぬのに。下賤な考えを持つ者なら確かに助けるに値しないとお考えになってもおかしくはないが、同じ志を持つ巫女達を放って行かれるなど、考えられぬのに。」
ジーナが暗い顔をして、今にも気を失いそうな風情になった。聡香が慌てて手を差し出したが、隣りのソフィーが首を振った。
「いえ、大丈夫です。ここまでの心労だと思いますわ。できましたら、どこかで休ませて頂けたら。」
聡香は、急いで立ち上がった。
「まあ、ではこちらへ。女性が使っている部屋がありますの。と言っても、岩屋であることは変わりませんけれど。」
ソフィーとジーナ、メイナが立ち上がって聡香に従おうとすると、アガーテは首を振った。
「待て。ジーナはサトカ殿に任せるがよい。ソフィーとメイナは、引き続き話を。」
ソフィ―とメイナは、驚いたような顔をする。しかしアガーテは、二人を促した。
「さあ。主らには聞かねばならぬことがまだあるのだ。」
強い口調で言うアガーテに、聡香も少し驚いたようだったが、それでもジーナを連れて、そこを出て行った。
ソフィ―とメイナは、またアガーテの前に並んで座って緊張気味にしていた。




