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戦闘

真っ直ぐに伸びる幅の広い橋を、ひたすらに渡って30分ほど、やっと向こう側へと到着した。それだけ、この河の幅が広いということだろう。

聡香が、フッと息をついた。

「久しぶりですわ、こんなに歩いたのは。」

慎一郎が、チラと聡香を見た。

「疲れたか?だったら隅に座っていてもいいぞ。」

聡香は、嬉しそうに首を振った。

「それが、全く疲れませんの。いい腹ごなしになった感じ。健康な人の感覚はこんな感じなのかしら。私、今とても体が元気なように思いますわ。」

元気なのはいいことだ。だが、そうなるとこれが実際の体で、これが現実だという理論が崩れてしまう。

皆は一瞬黙ったが、翔太が剣を抜いた。

「そんなことより試してみようや。ほら、亮介、魔法出してみろ。オレも使ってみる。」

亮介は頷いて、緊張気味に背中から槍を下ろした。そして前へと構えると、片手を前に拝むように立てて、そこで止まった。

「…いや、コマンドが出ないよな、当然ながら。」

亮介が言うと、翔太もそんなことは忘れていたらしく、止まった。

「そうだった、ってえことは、詠唱するってことか。自分で。」と、剣を持ったまま頭を抱えるような仕草をした。「え?!あんな長ったらしい文言いちいち覚えてねぇ!」

慎一郎は、腕を組んで顔をしかめた。

「フォトンぐらいなら覚えてるがなあ。」

すると、橋の手すりに腰掛けていた聡香が、言った。

「私は覚えておりますけど。」

美夕は、びっくりしてそちらを見た。

「え、全部?!」

聡香は、頷いた。

「使える術なら。」

亮介は、苦笑した。

「実はオレもなんだ。言うと退かれるから誰にも言えなかったんだが。」

と、ブツブツと何か口の中で言った。

すると、すぐに魔法陣が出て、亮介が槍で指した先には結構な大きさの火の玉が飛んで行った。

「お、術が出るな。」

亮介自身は落ち着いて言っていたが、目の前でそれを見た美夕は、そのド迫力な様に唖然として言葉が出なかった。翔太が、歓喜して手を上げた。

「すげぇ!お前詠唱超速ええ!」

慎一郎が、満足げに微笑んで頷いた。

「それに、たかが炎の渦があの威力だ。さすがに魔法だけで生き残って来ただけはある。」

亮介は、照れたように頭を掻いた。

「いやーまさか術の暗唱がこんなところで役に立つとは。オレはこのゲームの中でだけめちゃ強いリーダーだったからな。現実の世界でも、仕事でつらいことがあるとブツブツ術を詠唱したりして、嫌な上司を吹っ飛ばすことを考えたりしたもんさ。お陰で、全部覚えてる。」

「嫌な上司に感謝だな。」玲が言った。「じゃあ早いとこ登録しとこう。こんな知らない場所ではぐれたりしたら大変だからな。」

亮介は頷いて、腕輪を開いて設定をする。慎一郎が玲を押さえて出て来て、自分の腕輪から亮介を登録した。

「歓迎するよ、スタンリー。」と、自分の腕輪の一番下に出た名前を見て言って、ニッと笑った。「もうハゲだのなんだの言うなよ。お互い様なんだから。」

「オレは剥げてねぇ!ちょっと後退してるだけだ!」

亮介が怒って言う。美夕は、それを聞いて苦笑した。もう、どっちもどっちだから。

すると、何かの影が横切ったような気がして、そちらを向いた。

「…伏せろ!」

それが何なのか認識出来ない間に、翔太が飛んで来て美夕を突き飛ばして自分も脇へと転がった。

見ると、慎一郎も聡香を庇って地面へと転がって行く。

美夕が何事かと上を見ると、その影はゆっくりと地面へと着地した。そして、大きな雄たけびを上げた。

「ギエエエエエエ!!」

「な、何あれ?!」

翔太が、ガバッと起き上がって構えた。

「見た事ねぇが魔物だよ!出やがったな!」

一番後ろに居た亮介が、腕輪を急いで見た。

「…これが小物か?レベル60だぞ?!名前は、レキマーラ。ドラゴンだ!ほぼ耐性があるが、打撃と炎が同時に来ると倒しやすいらしい!」

「げ!」

美夕は急いで起き上がって後方へと飛び退いた。ヤバイ…今までなら、直撃だったら一撃で死ぬヤツだ。

玲が、剣をぬいてそれを見上げながら、言った。

「飛ぶしな。」と、足を前へと向けた。「オレの仲間を殺ったやつもこれだったよ!」

言うと同時に向かって行く。すぐに翔太も慎一郎もそれに続いた。真樹は、少し遅れてそれを追った。

亮介が、急いで後ろから詠唱をし、すぐにファイアストームを降らせた。その詠唱速度はさすがの速さで、術が発動した時にやっと翔太と玲と慎一郎が、振り上げた剣の第一撃がレキマーラに降り下ろされるところだった。

私も何かしなきゃ!

だが、美夕は術をあまり知らない。ということは、さっき船で買ったこの武器で、切りかかるよりほかにない。

だが、前でレベル99三人と89一人が切りかかっているのに、自分に何が出来るだろう。

さすがのレベル99の三人も、何度か爪で傷を受けている。それでもひるまず手を緩めない後ろから、亮介がひたすらに途切れなく炎の魔法を、聡香は回復魔法を放ち続けていた。

私だけが何もしていない…!

美夕は、焦った。そして、翔太達の動きに合わせてレキマーラが背を向け、こちらへ尻尾が向いたのを見て、それに切りかかった。

「えい!えい!」

力任せに、必死に切り付ける。しかし、あまり利いてないようだった。硬いウロコは、美夕の力では到底切り裂けないのかもしれない。

それでも、美夕は力いっぱい何度も振り回される尻尾目掛けて、剣を振り下ろした。

「ギエエエエエ!」

それは、一瞬だった。

その尻尾が大きく振られ、避けようとした方向へと予想に反して襲って来たのだ。

「ぐ…っ!!」

美夕は、吹き飛ばされて宙を舞った。

「美夕さん!」

聡香の声が聴こえる。その後、地面へと激突した。体中に重い痛みが走る。

死んでない…。

美夕は、ホッとして起き上がろうとした。今までの装備だったら、間違いなく今のでスタート画面だった。それが、ギリギリでも残っているのは、恐らくこの甲冑のお陰だ。

それでも、意識が朦朧としているのには違いなかった。

「バカ、立て!」

必死にもがく美夕の耳に、翔太の声が聴こえる。

立てって立ってるわよ?いや、立ってないかしら。体が重い…。

ズン、と何かが背中にのしかかったような感じが遠くにする。何が起こったか分からなかったが、どちらにしてもそれで、美夕は全く動けなくなった。

「くっそ、放せ!この足が…!!」

翔太の声がまた間近に聴こえる。真樹の声が泣くように言った。

「駄目だよ殺さなきゃ!こいつ分かっててやってるんだよ!」

「翔太、切れ!倒すのが先だ、無理だ!」

慎一郎の声が言う。遠く、聡香の声がした。

「回復の術が利きませんわ!」

亮介が、叫んでいる。

「この状態じゃ反魂してもすぐ瀕死だ!早くしてくれ、五分で反魂出来なくなる!」

「後HP4000!」

真樹の声がする。

「くっそうしぶといヤツが!死ね!早く死ね!」

翔太の声が、必死にそう言っているのが聴こえた。

何を、泣きそうな声、出してるのよ…らしくない…。

美夕は、そのまま何も分からなくなった。



真っ暗…重い。

『あなた、やる気あるの?』

どこかから、声が聴こえる。

あります。ただ、気が付かなかっただけで…。

『呆れた。こんなことも気が付かないなんて、どうしてそんな子がうちの部署に来たのかしら。』

すみません…私は、開発の方へ行きたかったんです…。

『だったら、私から頼んであげるからそっちへ行った方がいいわ。ここは向かないから。』

やめて…そんな風に言われたら、向こうでも煙たがられてしまう…。

私、頑張ってるのに。どうして、いつも何か足りないって言われるの。どうして、気が付かないの…。

「美夕さん!」

美夕は、ハッと目を開けた。

見覚えのない、木の天井が見える。

目の前には、聡香が涙を流しながら座って美夕を覗き込んでいた。

「…聡香さん?」

美夕が言うと、聡香は何度も頷いて、美夕の頭を優しく撫でた。

「ああよかった…!もう、本当に駄目かと…!駄目かと思って…!」

美夕の後ろから、亮介が覗き込んで微笑んだ。

「反魂を三回も唱えたよ。君は三回死んだんだ。もう間に合わないかと思った。」

美夕は、体を起こした。

「死んだって…」と、ハッとした。「そうだあのドラゴンは?!」

聡香が、美夕をなだめた。

「倒したわ。とっても手ごわくて。でも、もう死んだから。さあ、寝てないと、まだ回復したばかりなんだもの。すごくうなされてたのよ。」

美夕は、首を振った。

「もう大丈夫。体は重いけど、痛みはないし。」

それでも、亮介が美夕を押さえた。

「駄目だ。出血が半端なかったんだ。ドラゴンの爪が脇腹に食い込んで…覚えてないだろうな。」

美夕は、驚いて腹を押さえた。食い込んでって…。

「大丈夫、跡は残らないように綺麗に治したわ。ちょっと白い筋は見えるかもしれないけど、本当に。」

そっと上着をめくってみると、そこには、聡香が言ったように白く薄い筋が、スッと三本あった。それぞれの線の長さは、10センチぐらいあった。

ふと見ると、中のキャミソール姿だった美夕は、慌てて自分の腕の痣を隠した。…見られたかな。

「…何があったの?」

腕の事には触れずにさりげなく言うと、聡香は、涙を拭いながら言った。

「私は最後尾でいつものように回復術を放っていたの。あなたは、後ろを向いたドラゴンの尻尾を攻撃していたけど、その尻尾に弾き飛ばされて、吹き飛んだわ。必死に起き上がろうとしているのは見えていたけど、ドラゴンの方が速かった。翔太さん達が気付いて必死にドラゴンを阻止しようと切り込んだけど、ドラゴンはあなたを足で踏んづけて、しっかりとかぎ爪で掴んで放さなかったの。必死に回復術を放ったけどもう遅くて、亮介さんが反魂術を唱えようにも掴まれたままだとそれも出来なくて、翔太さんは血まみれになりながらドラゴンの下へ潜り込んで足を攻撃してあなたを救出しようとしたけど、どうやってもドラゴンはあなたを放さなかったの。みんなでやっと倒した時には、あなたはもう青い顔をしてピクリとも動かなかった。」聡香は、また涙を流した。「亮介さんが反魂術を唱えて戻っても、すぐに瀕死の状態へと戻ってしまうし。私が回復術を唱えている前で、亮介さんが反魂術を唱え続けて、やっと三回目で安定したの。亮介さんが居なかったら、あなたを死なせてしまってた。」

亮介は、苦笑した。

「いや、あれは回復を二人が使えたから出来たことだ。本当は死んでたと思う。」と、ポンと美夕の頭を叩いた。「だが、良かった。翔太達にも知らせてやろう。腕輪で通信しておくよ。」

亮介が、そう言って出て行く。美夕は、窓を方を向いた。もう、日が暮れている。腕輪で通信って…。

「翔太達は、どこかへ行ったの?」

聡香は、頷いた。

「ええ。私は止めたんだけど、玲さんと慎一郎様と真樹くんと一緒に、まだあの橋の辺りに。」

美夕は、驚いてまた身を乗り出した。

「え、そんな、またドラゴンが来るかもしれないのに!」

聡香は、困ったようにため息をついた。

「もう少し生活費を稼いで帰るって。あなたが安定したのを見て、私達にあなたを任せて、自分達は小物を探して残ったの。心配しなくても、あの人達は無茶はしないから。ドラゴンが出たら、あの人達なら逃げきれる。私達が居ると、逃げられないから戦うだけで。」

美夕は、暗くなった空を窓から見上げて不安になった。翔太の、あの泣いているような声が耳から離れない。

足手まといに、なりたくなんかないのに…。

聡香が、察したように美夕の肩に手を置いた。

「さあ、休んで。大丈夫、翔太さん達は強いから。」

そして、そっと上着を羽織らせて、左腕の痣を隠してくれた。恐らくは、聡香も見て知っているのだろう。だが、見なかったふりをしてくれているのだ。

美夕は、言われるままにベッドに横になった。どうしたらいいんだろう。もっと皆の力になるには、自分はどうしたら…。

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