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バーチャルの世界へ

佐々木美夕(ささきみゆ)は、必死に家路をたどっていた。

今日は、20時にイベントのある島を一緒に訪ねる約束したのに。

美夕は、こんな時に限って会社の同僚の子からお茶に誘われてしまい、それでも何とかなるだろうと一時間ほどお茶を飲んで、それでも間に合う時間に電車に駆け込んだのだ。それなのに、快速電車を乗り過ごしてしまった。つい、うとうとしたのが原因だ。今日に備えて、昨日はレベル上げのために明け方までダンジョンを彷徨っていた。お陰でたくさんのアイテムは手に入れたが、そのせいでうたた寝して遅れて置いて行かれてしまったら元も子もない。

駅からなりふり構わず自転車をこいで、家に到着したのは五分前だった。

「ただいま!」

美夕は家へ駆けこんだ。母親の声が、階段を駆け上がって行く美夕を追いかけて来る。

「あ、こら、美夕!ご飯は?!」

「要らない!でも、夜中にお腹空くかもしれないから、置いといて!」

美夕は叫びながら部屋へと駆け込むと、急いでパソコンの電源を入れた。母親のこれみよがしなため息が聴こえた気がしたが、気にしていては間に合わない。

そして、バーチャルスーツを必死に着込んだ。

とにかく、ログインだけはしなきゃ!

さっき、SNSで遅れるかもしれないと連絡したら、定員が埋まりそうなので、遅れるならまた今度と返信が来ていたのだ。

美夕が今ハマっているこのゲームは、インターネット上の仮想空間を旅するゲームなのだが、それだけではない。新しく開発されたバーチャルスーツを持ってさえいれば、誰でも無料で遊べるだけでなく、まさにその場に自分が存在しているような感覚が味わえる、夢のようなゲームだった。

これが開発されて三カ月、美夕はずっとこの空間で戦って来た。そこには本当に現実味があって、美夕にとってはこちらの現実こそが仮の世界のような気がしているほどだ。触れたら物を感じるし、何かを匂う感覚もある。体を動かさなければ敵を倒すことが出来ないので、結構な運動量で、運動不足も解消できた。重い剣を振り回すので、腕に筋肉までついて来たほどだ。敵のモンスターの攻撃を受ければそれなりに痛いが、本当に傷ができることは無かった。

そんなわけで大人気なこのゲームは、イベントの時などサーバーのダウンを防ぐため、そのイベントの島へ入れる人数は制限されていた。

仲間達は、仕事終わりのこの時間しか集まることが出来なかったが、それはどのグループでも同じようなもの。

やはり、イベントに出掛けて行けるほどの装備を持っているのはいくらか課金が出来る社会人が多かったので、これぐらいの時間から混雑して来るのだ。

スーツを必死に着込みながら、美夕は自分の腕の、肩から少し降りた所にある変わった形の赤い(あざ)に目を止めた。母親曰く、生まれた時からあるらしい。小さい時から、これのことでよく水泳の授業の時などに他の生徒にからかわれた。最初は炎の形だったそれが、最近ではよりはっきりとした、何かの紋章のような、変な形になって来ている。美夕は、一瞬暗くなった表情を慌てて首を振って追い払い、急いでつーつを着込むと、起動したパソコンでインターネットに繋ぎ、すぐにログインした。スーツの電源を入れて、開いていたゴーグルを下ろす。

すると、「Learynsia(リーリンシア)」と綺麗に装飾されたスタート画面が現れて、すぐに視線でスタートボタンを指定すると、二度、大きく瞬きした。

途端に、目の前がサーっと開けて、美夕は港に立っていた。

すぐに回りを見回すと、仲間の四人が集まって立っているのが見えた。

「ごめん!間に合った!」

すると、まるでシスターのような、しかし色は真っ白に金の縫い取りがしてあるものだが、コスチュームに身を包んだ「まるる」という名前の淑やかな彼女が、長い金色の杖を腕にこちらを見て微笑んだ。

「あら、みっくすべりーさん。良かったわ、もう間に合わないかと。」

金髪で青い瞳でそれは美しいが、実際は日本人なのを美夕は知っていた。ちなみに、美夕はネット上ではみっくすべりーと名乗り、濃いピンクの髪に紫の瞳だった。

すると、アストロという名の、がっちりとした体格の血の気の多い男が、機嫌悪そうに金色に近い黄色の甲冑姿で腕を組んでこちらを向いた。

「お前さあ、誘っといて遅れるって何様だ。オレは今日、有給もらって明日から土日三連休にしたってのによ。どれだけ職場に頭下げたと思ってんだ。」

ゆうに190センチはありそうな身体で、黒髪に鳶色の瞳の彼に言われると、結構な迫力だ。

すると、横に居た赤い甲冑の、見るからに正義のヒーローっぽい姿の龍騎(りゅうき)が言った。

「まあまあ、みっくすべりーも頑張って帰って来たんだからさ。」

美夕がとにかく平謝りしていると、向こうから青い甲冑の、少し冷たい感じはするが凛々しい姿のマーリンがやって来た。

「もう、争ってる場合じゃないぞ。さあ早いとこ船へ。手続き出来た。」

アストロが、腕組を解いてパアッと明るい顔をした。

「え、入れたのか?!」

マーリンは、微笑んだ。

「ああ。ギリギリだったな。さ、船に乗って出発だ。」と、美夕を見ると、その肩をポンと叩いた。「間に合って良かった。今日も頼むぞ、みっくすべりー。」

美夕は、背筋を伸ばして、サッと敬礼した。

「はい!マーリン隊長!」

マーリンは、豪快に笑った。

「ハハハ、元気だな。その意気だ。」

そうして、先に立って船へと向かって行く。そのすぐ後ろを、アストロが駆け寄って行って何やら話しかけている。龍騎も、それに続いた。美夕は、頬が少し上気するのを感じた。マーリンは、最初にここへ来た時からの仲間だ。美夕が右も左も分からないでモンスターに倒されそうになっているところを、助けてくれたのが出逢いだった。青い髪に黒い瞳で凛々しいアバターで、実年齢は30を超えてるよ、と聞かされても美夕にとっては王子様だった。

…嬉しいな、今日はマーリン様とイベントに参加できる!

まるるが、後ろから歩いて来て、フフっと笑った。

「みっくすべりーさんったら、顔に出ているわよ?」

品の良い声と話し方に自分とは違うものを感じている美夕は、思わず表情を引き締めた。

「そ、そう?でも、まあ憧れだから…。」

まるるは、肩をすくめた。

「分かってるわ。私も、マーリン様はとても良いかただと思うもの。でも…現実の世界のことを考えたら、ね。私もマーリン様にお会い出来るような女ではないし、マーリン様だって、どんな殿方なのか分からない。だから…いまいち、みっくすべりーのようには思えないけれど。」

美夕は、痛いところを突かれたような気がして、少しムッとした。

「それはそうだけど…でも、夢は見てもいいと思うの。」

まるるは、頷いた。

「ええ。」

しかし、同意しているようではない。

思えばまるるは、不思議な雰囲気だった。驚くほどに博識なのに、びっくりするような事を知らない。美夕とマーリンが出逢った時にはまるるは既にマーリンの仲間だった。あまりに危なっかしいので、とても放って置けなかった、というのがマーリンがまるるを連れて歩いていた理由だった。なので、この空間では常にマーリンとまるるはセットで居て、美夕は心中穏やかでは無かったが、それを切り出す勇気もない。それでもまるるは気づいているようで、たまに今のようにチクリとそれを突いてくるのだ。

それでも、先に乗り込んで行くその背を追って、美夕も急いで桟橋を渡った。自分は薄ピンクの甲冑を身に着けていて、裾の短いキュロットスカートをはいている仕様だ。足にはきちんと甲冑がついた長いブーツを履いていて、腰にはピンクの柄の剣を吊り下げていた。可愛らしい剣なので買ったが、あまり攻撃力が高くなかったので、強化しつつ使っている。せっかくトータルコディネートをして揃えたので、ここで崩したくなかったのだ。

マーリン様も、ずいぶんと可愛らしい甲冑だな、と最初に着て来た時言ってくれたもの。

美夕はマーリンのことを考えてまた明るい気持ちになると、その船へと乗り込んで行った。


船の中は、たくさんの人でいっぱいだった。

今、このイベントに参加して来た人ばかりなのだろうが、結構な人数だ。受付をしてくれた、マーリンが言った。

「なんでも、これが最終船らしい。もう夕方の開催開始から14隻の船が出ていて、これが最後の一隻だったってわけだ。まさにギリギリだな。」

美夕は、遠ざかる港の方をみやって、そこでこの船を見送る人達を見た。

「じゃあ…あの人達は、あぶれちゃったのね。」

アストロが、後ろからふんと言った。

「お前のせいでもう少しでオレ達もあの仲間入りするところだったがな。オレ達は10分前集合してたんだからよ。」

美夕は、顔をしかめてアストロを振り返った。

「だから、悪かったって言ったじゃないの!」

龍騎が、まあまあと割って入った。

「とにかくは、最終船だろうが乗れたんだから。いつまでもそんなことを引きずってないで、ダンジョンの攻略を考えなきゃならない。今回のは、全く新しい未知の島ってことで、作られたダンジョンなんだ。レベル60以上推奨って書いてたが、オレはそれじゃあ三日で攻略は難しいと見たね。」

マーリンが、背後から頷いた。

「ああ。事前調査して分かったんだが、かなりの強敵が居る。オレとアストロはレベル99で装甲も強いし一撃が重いから何とかなるかもしれないが、45のまるると、67のみっくすべりーは気を付けた方がいい。船の道具屋でもっと強い装甲を整えて行った方がいいんじゃないか?ここは、見た目なんか気にしてる場合じゃないかもしれない。」

美夕は、他ならぬマーリンからそんなことを言われて、ショックを受けた。これでも、装甲の甘いところを、何とかレベルアップで補おうと必死に上げて来たのだ。

だが、同じぐらいのレベルだった龍騎が、今89レベルまで上げて来ているのを見たら、まだ甘いと言われても仕方がないのかもしれない。

美夕が困っていると、まるるがあっさりと頷いた。

「ええ。私はそれを想定して、このローブの下に装甲をして来ました。」と、手のひらを上へと翳した。そこに、まるるの数値が表れる。「私の防御は今、アストロ並みなのですわ。相変わらずの攻撃力ですけど、詠唱の速さは上げて来ましたから回復はばっちりです。任せてください。」

美夕は、その数値を見て仰天した。防御と術の詠唱だけに特化した数値だったが、それでもこのパーティの力になるのは間違いない。まるるは自分が何をすればいいのか、しっかり分かって備えて来ているのだ。

「硬ってえええ!お前、こんなガチガチにして来たのかよ!だったら、ちょっとやそっとじゃ死なねぇな。」と、美夕を見た。「お前はどうなんだよ。」

美夕は渋々手を上げた。数値がそこに現れるが、攻撃力が少し上がっているだけで、とてもじゃないがこのままでは皆の足を引っ張るのは目に見えていた。

「おい!お前、そんなピラピラ着てるからじゃねぇのか!オレは頼られるのは嫌いじゃねぇが、最初から頼る気満々なヤツは嫌いだ!」

美夕は、首を振った。

「私だって、昨日頑張ってレベル上げしたのよ!」

目頭が熱くなって来る。マーリンが、見かねて割り込んだ。

「こらアストロ。ちょっとは遠慮しろ、前に一緒に戦った時は、60だったレベルを上げて来てるじゃないか。」と、美夕を見た。「だが、もうちょっと防御を上げた方がいい、みっくすべりー。そこの道具屋で、少しでも防御を上げて置かないと一発アウトってことになるかもしれないぞ。厳しい戦いになるからな。」

美夕は頷くと、皆にそれ以上醜態をさらさないようにと、急いで道具屋へと走って行ったのだった。

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