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青春四季  作者: ねこやなぎ。
第二章 「百夜」
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第一話 「既視感と秋風」

第二章 第一話 「既視感と秋風」


 * * * * *


 ────夏の終わりの風物詩である線香花火が、嫌いだった。

 一瞬だけ輝いて、かつ一瞬で消え落ちるその姿が、嫌いだった。

 

 ────まるで、人の生き方のようだったから。


 いつだって、人生が輝く瞬間は一瞬だけだ。悲しくも人は、その時期を────『青春』と呼ぶのだろう。

 その一瞬を過ぎたら、人は輝きを失い、命もろとも消える。


 だから、今この手に握られ、まばゆい光を放ち終えた線香花火が……嫌いだった。


 * * * * *

 

 今年の日本の夏は例年よりも暑かった。なかには過去最高気温を観測した県もあったらしい。俺の住む街も例に違わず、猛暑だった。

 本来ならば大半は涼しい部屋で惰眠または読書でも貪る夏季休暇を過ごしたかったのだが、騒がしいことでお馴染み憂と直の2人によって当たり前に阻害される。ほぼほぼ毎日どこかしらで会う約束を取り付けられていた。とは言っても、ほとんどは直の家か俺の家、もしくは図書館で多すぎる課題の消化に費やしたのであったが。……でもまぁ、それもまた仕方ない夏だったのだろう。

 そんなこんなで夏季休暇も夏季課外も終わり、二学期を迎えていた。そうして、夏の暑さと共に9月も過ぎ……今は、10月の第一週だった。


 少し窓を開けて、10月の空気を肌に感じる。夏の雰囲気は随分と消えてしまっていたが、まだ秋が来たとは完全には言えない残暑を微かに感じる。そういえば、俺達の担任である相川知美はあまり席替えを好まない主義らしい。面倒臭いだけなのかもしれないが。俺たちのクラスは入学して2回しか席替えを経験していなかった。しかも運のいいことに、俺は2回とも窓際の席に当たっていた。だから、授業の合間に、この窓から空を見るのが日課になりつつあった。空気に夏の残り香はあっても、空に浮かぶ雲には秋の訪れを感じさせる。鱗雲、羊雲……。空に合わせて早く周りの木々も秋めいてくれないだろうかと微かに思った。しかしどこかそれを拒否 しようとする自分もいた。……季節が過ぎていくのは、時間が経っていくのは、やはり────。


 「また考え事してるなお前」


 肩をポン、と叩かれた瞬間に、『いつも通り』の声が、耳に届く。視線を窓から教室に戻すと、見慣れた2人の姿。いつの間にか授業は終わっていたらしい。教師達の一部は最近授業終わりの挨拶がどこかおざなりだ。常なら生徒を立たせて礼をさせるのに、今やその号令すらせずにチャイムが鳴ったら教室を出ていく。気づいたのは高校に入ってからだが、俺は深く考え始めると周りの音が聞こえなくなるタイプのようだった。


 「別にいいだろ」


 ────直と憂に、そう無愛想に返す。2人はいつもの苦笑いだった。

 「まぁそんなことはさておき、今日もランチタイムじゃ!!」

 言って、直は俺の前の席に座る。本来の席の主はとっくに食堂かどこかへ行ってしまったようだ。一方の憂は自席から椅子を持ってきていた。

 毎日毎日飽きないのだろうか、と内心思いながら俺も弁当箱を学生鞄の中から取り出す。母が早起きして作った弁当は、もうこの時間ともなれば冷えきってしまっている。

 ふと机に目をやれば、今日は直も憂も弁当だった。普段は直はコンビニのおにぎりやパンを昼食にしていた。


 「直が弁当とは珍しい」

 俺が抱いた言葉をそのまま憂が口に出す。直は少し照れくさそうに、「今日は母さんの仕事が休みだったみたいでな、作ってくれた」と返していた。俺は、直の両親は共働きで多忙と以前聴いたことがあるのを思い出した。

 「さて、いただきますっ」

 「いただきます!」

 2人が元気にそう言ったので、俺も「いただきます」と小さく口にして、弁当の蓋を開けた。いつも通りの、母の手作り弁当。


 「お袋の味ってのは実にありがてえ」

 手作りのおかずを頬張りながら、直が年不相応なひと言を呟く。

 「まぁ、弁当って結構作るの大変だしねえ……二人共お母さんに感謝だな」

 憂が直の呟きにそう返す。直はその言葉を聞いて、「そういやお前は自分で弁当作ってるんだっけか」と言った。憂は少しはにかんで、こう続けた。

 「うん。料理、結構好きだからな~。慣れれば楽しいぜ」

 「さすが二枚目はスペックたけえなあ……」

 直の恒常の嘆きが聞こえた。憂は相変わらず笑いながら、話題を逸らすように「そういえばさ」と言った。


 「料理といえば、うちの高校に家庭科部があるじゃん…今度の文化祭でお菓子売るらしいけど、すっげー人気らしいぜ?めっちゃ行列ができるらしい」


 「ほえ~。てか文化祭!もうそんな季節か…」

 直がしみじみと言う。春崎高校の文化祭は、11月の初週の土曜日…それまであと、1ヶ月ほどだった。俺達は中学のときは文化祭がなかったから、どんなものか想像がついていない。漫画やアニメで見るような文化祭をどうしてもイメージしてしまうが…きっとそうではないのだろう、とどこか俺は達観していた。2人は2次元的な文化祭を思い描いているようだが。


 文化祭という単語だけで浮かれた様子を見せるふたりに、楽しそうでいいよな、と口にしようとしたが、辞めた。自分らしくない。


 そうして今日の昼休みも、盛り上がる直と憂の2人に、どこかついていけないなと感じながら…特に生産性もなく終えた。

 

 * * * * *


 今日は7限がある日だった。

 基本的な授業に当てられるのは1限から6限まで。時偶訪れるこの7限には、講演会や学級活動が当てられていた。今日は特に来賓の情報は何も聞かされていないから後者であろう。

 席に座って、授業の合間と同じようにまた空を眺める。耳に届く休み時間特有のざわめきが遠くなっていった。空模様は時として違う。同じ空模様なんてない。結局全て変わっていってしまうものだと感じる。中学の時に習った無常観とはこのことなのだろう。────あいつらだって、きっと時が経てば俺の事なんて忘れる。絡んでくるのも今だけなんだろう。

 そんなことを考えると、少しだけ寂しくなった。

 寂しいなんて馬鹿らしいな、と思い、思考を断ち切る。黒板の方に目を向けると、担任である相川が教室に戻ってきている姿を確認できた。

 そうして、チャイムがなった。委員長のやる気がない号令で立ち上がり、挨拶をし、座る。幾度となく繰り返される、つまらない日常。

 

 「さて、今日の7限はだな」


 相川が教壇に立ってそう切り出す。何をするのか全く読めてない生徒がざわついているのを肌に感じた。そうした生徒の反応を楽しむかのような笑みを浮かべて、相川は告げた。

 「来月の文化祭…もとい、春高祭のクラス出し物を決める」

 

 俺はその言葉を聞き、タイムリーだな、と感じた。昼に直達と文化祭の話をしたばかりだった。

 クラスのざわつきが先ほどより大きくなった。クラス出し物があるとは俺は知らなかった。……めんどくさいな、と小さく口に出す。誰にも聞こえてはいない。

 「まぁとりあえず落ち着け。基本的には出し物は自由だ。ただ、全部生徒達で準備してもらう。買い出しとか、経費管理とかも含めて全部だ」

 淡々と相川は説明をこなしていく。

 2学期になって、4月頃に相川が見せていたようなどこか照れくさい雰囲気は完全に消えた。彼女も担任というポジションに慣れてきたのだろう。生徒側としてもその方がありがたかった。……俺自身はあまり相川と交流しないが。

 「そしてだ。こういった行事は学生にとっての青春。担任の私があまり口出さない方がいいだろう。────ということで、宵街(よいまち)!あとは任せた」

 「ええっ」

 相川に名前を呼ばれた女子生徒──宵待は驚いた声を上げる。確か彼女はこのクラスの委員長だった。

 「私は見守っていることとするよ」

 相川はそう言って、教室の端に椅子をおき腰掛ける。指名された宵待は小さく溜息をついて、黒板の前へ向かった。

 「えーと、…とりあえず、みんなな何をしたいですか」

 相川の代わりに教壇に立ち、問いかける。クラス内のざわつきが少し大きくなった。

 何をしたいか。俺は何もしたくなかった。なるべくこう、自分に役回りが回ってこないような企画にしてくれまいかと密かに願っていた。


 「学祭らしく食べ物とか売ってみたくねー?」


 直が率先して発言した。あいつらしい…と感じる。

 大体こういった取り決めは、積極的なやつが進んでやる。消極的な自分は文句も言わなければ何も発言しなくてよかろう…。そんな感情を抱いて、この7限の動向を見守っていた。

 

 「はい、食べ物系…と。他には?」

 出た意見を黒板に書き付けながら、宵待は訊く。

 慣れているな、と思う。委員長の経験が何度もあるのだろう。彼女が他薦だったか自薦だったかは残念ながら忘れてしまった。

 「お化け屋敷とかも定番じゃねえ?」

 他の男子がそう口に出す。

 「はい、と。他は」

 「射的とか…」

 宵待はその後も出た意見を淡々と黒板に書き付けていく。どれもいかにも青春といった内容で、少し拒否感を得る。まぁ、そんなことを言ってしまっては文化祭自体が青春だろうが……。

 飽きてきたので黒板から視線を逸らす。すると、ふと同じくクラスメイトである福本(ふくもと)未来(みらい)の姿が目に入った。彼女もおそらく俺と同じような感情を抱いているのだろう。退屈そうだった。

 夏休みに入る前の一件より、彼女と俺は挨拶くらいはする仲になっていた。理由は彼女の持つ秘密を共有したからか……。

 あの日は俺もらしくないことを言ったなと、未だに感じている。ただ、なぜか、その日はほっとけなかったのだ。全く持って、性にあわない。

 実際に俺も彼女のその秘密を、完全には飲み込みきれてない。いかにもファンタジックな事実。でも、現にそうであることは彼女のそれまでの行動が証明していたから…疑い切れもしない。つまり俺の中で、あの件は『保留』ということになっていた。おそらく、それでよいのだろう…。彼女も深い関わりは望んでいまい。

 

 そんな思考に気を取られていたら、いつのまにか合計六案が黒板に書きつけられていた。……屋台にお化け屋敷、射的、カフェ、あとはバザーと映画発表…。よく思いつくな、と感心する。

 「こんなもんかしら」

 先ほどより落ち着いた教室を見回して、宵待は言った。

 「……どうしようか、多数決でいい?」

 多数決か……どこにも手を挙げたくないな、という思考が一瞬過ぎる。実際挙げなくてもバレないだろう。俺は傍観を決め込むことにした。

 

 「よし、じゃあ…」

 宵待がクラスの沈黙を了承と受け取ったようで、多数決が始められる。俺はぼんやりとクラスメイトの挙手を見ていた。活力に溢れた教室は、どこか居心地が悪い……。クラスの熱が溢れるのに反比例して、自分が冷めていくのを感じていた。

 そうして、1番多く票を集めた案は、カフェだった。洒落たクラスだな、と密やかに思う。

 「相川先生、これでいいですか?」

 事務的で整然とした表情を崩さず、宵待が相川に尋ねる。相川は「上等な案だな」と返した。そして、宵待の隣に立つ。

 「よし、宵待ありがとう。というわけでだ。無事に案も決まったことだし、今日はもう残りは自習にする」

 相川のその言葉を聞いて、俺は深く息を吐いた。熱を持った教室が、落ち着いていく。夏が秋になるように。

 ─────そうして、ふと見やった空は、ほんのり茜に染まりつつあった。


 * * * * *

 「時人帰るぞ~」

 終礼を終え、帰る準備を整えた直と憂が、俺の席へと訪れる。

 俺はそんな2人に頷きながらカバンをとり…一瞬悩む。常日頃であればこのまま2人に流され帰宅に着くところであったが、どこか自分の心が平常ではないことを感じ取っていた。先程の教室の熱が、少なからず自分に得体の知れない傷を与えていたのか…。

 「……俺ちょっと図書室行くわ」

 結果、自分を平静にするための最善をとることにした。直は珍しく追及して来ずに、「おう、じゃあ先帰るなあ」と言った。


 教室を出て、職員棟の3階、図書室へ向かう。────やはり、1人の方が楽だった。閑静な廊下で、そう噛み締めていた。妙な熱に浮かされるのは、向いていない。

 とりあえず、何の本を借りようか……そんなことを考えながら、少し重い図書室の扉を開く。


 ここの生徒にとって図書室は人気がない。いつも図書委員と、本好きな生徒と司書しかいない。……今日も例にたがわなかった。カウンターから俺の姿を捉えた司書が会釈をしてくる。無愛想な表情なんだろうな、と自分の表情を顧みながら、会釈を返した。

 本棚へ向かい、適当にタイトルが気になった1冊を手に取る。そうして────本当にいつもの癖で────窓の方を見た。

 ここの図書室はベランダがついている。最もあまり生徒がいるのを見たことは無いが……今日は珍しく、そこに人がいた。見知った姿だった。彼は、常では見ないような憂鬱な瞳で、虚空を見つめていた。

 ────見られていることに気づいたのが、その彼……相川心は、こちらを向く。目が合ったのを気まずく思うが、先程の司書に対するように、軽く会釈をしておいた。

 相川心は取り繕うように笑って、ベランダの扉を開けこちらに来る。

 「時人くんも図書室好きだなあ」

 小声でそう話しかけてくる。俺は「まあな…」と小さく返した。

 「あ、それ面白かったやつ」

 適当にタイトルで見定め手に取った書籍を見て、相川心は呟いた。正直本当に適当に取ったためなんて返していいかわからなかったが、とりあえず、「そうなのか」とだけ返す。相川心はそんな俺の反応を見てだいたい察したのか、楽しげな表情だった。

 

 ────もともと相川心は図書室に長居するつもりはなかったようで、俺に話しかけるなり、そのまま行動を共にした。……つまりは今、本を借り終えた俺と同じ帰路を歩んでいる。

 「いやあなんか時人くんと帰るって新鮮だね」

 駅までの坂を下りながら、相川心はそう俺に語りかける。俺はいかにも無愛想に、「そうだな」と返した。いつもは大抵直と憂がいる。……そもそもこんな面白くもない俺なんかと、共に帰ろうという方がどうかしている。複雑な心境は顔に出ていたのだろう。相川は俺の顔を覗き込んで、ニタニタ笑った。

 「あ、そういや文化祭何やるか決まった?」

 「……カフェって言ってたっけな」

 「ほ~~なんか斬新」

 他愛もない会話だった。退屈だった。……今更だが、俺は相川心がどこか苦手だった。嫌い、という訳では無い。なにかこう……思い出すのだ。


 「……うちの姉さん、どんな感じ?」


 ────相川心は俺らのクラスの担任、相川知美の弟だった。そういった事情からも、俺はどこかこいつに気まずさを感じているのかもしれない。「どんな感じ」、と聞かれて俺は返答に困った。そこまで人のことを見ていないのだ。

 「まあ、いい感じなんじゃないの」

 妥当な言葉を返しておく。

 早く会話を終わらせたかった。早く駅に着いて欲しかった。相川心と会話していると────どこかとてつもなく不安になる。


 「……そっかあ」

 

 その、気の抜けたような声が何故か耳に残った。

 相川心は普段は元気を取り柄としているような人間だ。直とはまたベクトルが違うが、明るさを周りに振り撒いているような、そんな人間だ。俺とは正反対だ。

 しかし、その声に────なぜか、哀のようなものを感じた。俺は思わず相川心を見た。……しかし、彼はいつもの、曇りがひとつもないような笑顔だった。


 「ん?どうかした?」


 「何もない」

 ぶっきらぼうにそう返す。そこから1分間程度の静寂を経て……相川心は、「うちの姉さんは適当だからなあ」とだけ返した。

 真意が読めなかった。今の自分に人の話を聞く余裕が無いことにも気づいた。何を、切羽詰まっているのか………。

 そうこうしていると坂を降り切って、駅に着いていた。

 相川心はバス通学、俺は電車通学。ここで必然的にお別れである。

 「じゃ~ね、また会ったらよろしくね」

 いつも通りの屈託のない笑顔で、相川心はそう言って…俺の前から姿を消す。

 俺はと言うと、どこかその姿に既視感を感じながら、言葉一つ紡ぐことが出来なかった。

 ────日が落ちるのが、徐々に早くなっていく。

 ────そんな、秋を感じていた。

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