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青春四季  作者: ねこやなぎ。
第一章 青い春
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第六話 「夏空と、現代と」

第一章 第六話 「夏空と、現代と」


 2007年7月中旬。梅雨が明けて、夏の暑さが空気に混じっていく、そんな時期。

 「あっちいなぁあ」

 俺、白間直は、春崎高校食堂前のベンチに座りながらそんな声を上げる。ふと目に入った空は真っ青な夏空。こう、まさに夏が来たなって感じだった。

 「それにしても……」

 隣に目を見遣る。そこにいたのは中学以来の友人、鈴波憂の姿。

 「なんで男二人でベンチに座らなきゃいけないんだよ」

 恨めしく言ってのける。俺たち二人は午後から三者面談を控えていた。部活動生のようにやることがあるならまだしも、帰宅部の俺らにとっては、待機する場所がここと図書室くらいしか思いつかなかった。図書室はぺちゃくちゃ喋ってたら怒られるし……ということで、仕方なくこの暑い空気の中ここに座っている。畜生。こいつが絶世の美女だったら気分もそれなりによかったのに。

 「……三人だったらいいの?」

 「余計暑苦しいわっ!!」

 笑顔で吐かれた憂のボケに全力でツッコむ。時人がいないと会話はいつもこんな感じか、俺のとりとめもないボケに憂が失笑しながら茶々を入れてくる、といったものだった。

 時人がいたら、俺らは全力であいつに絡む。たとえどれだけあいつが迷惑そうでも。まぁなんだかんだいっても、あいつは俺らを受け入れようとはしてくれてる……と思いたい。

 「夏休みは、三人で何しよっかねー」

 明後日からは夏休みだった。四月から始まったこの忙しない高校生活にいまいち慣れぬまま、長期休暇だ。とはいっても、七月末までは夏課外とかいうわけのわからんものがあるらしいが。

 「あいつを遊びに連れ出すのはなかなか大変そうだ」

 憂が笑っていう。去年の夏休みは勉強するぞ勉強!という詭弁を使い、時人を市営図書館とか俺の家とかに連れ出したりしていた。……あいつはほんとに淡々と勉強してるだけで、ほとんど笑ってくれなかったけど。今年こそは、学生らしい遊びをしようではないか。

 「……んー、でも去年よりは仲良くなれてる気がするぜ」

 去年の今頃を思い返してぽつりと言う。少しずつ確実に、距離は近づいていってる。


 「────もっとあいつが、自分の殻破ってくれるきっかけになる『何か』があったらな」


 俺にしては珍しく、他力本願な願いを述べる。色々考えてはいたが、なかなか思いつかなかった。人を変えるきっかけというのは、実に難しい。

 隣に座る憂の真っ直ぐな瞳が目に入る。憂は外見こそ緩めに思われがちだが、確固とした芯があるやつだった。時折見せる表情から読み取れる真剣さは、正直、凄いなと思う。

 「直は誰よりも友達思いだなぁ、ほんと」

 先程とは一転、いつもの朗らかな笑みを浮かべて憂は言う。俺は急に照れくさくなって、また空を見上げた。

 「俺なんかまだまだ。────多分、時人(あいつ)の方がよっぽど」


 世界が飲み込まれそうな青のキャンパス。その上に、飛行機雲が一筋、顕れて────また、気づけば、消えていった。


 * * * * *


 「────あんたまだ、嘘吹聴してまわってんの」


 透き通るような快晴の下。

 俺の──陸時人の目の前で、そんな天候に見合わぬ罵倒が発せられる。

 それを受けた当の本人、福本未来は、いつか見たような拒絶の瞳を相手に向け……だがしかし、固まってしまっていた。彼女も、彼女に暴言を吐いた他校の女子生徒も、俺の存在には気づいていない。


 「……今更、何」


 ようやく福本が沈黙を破る。振り絞ったような声だった。よく見ると、彼女の手は震えていた。

 「何もどうもないけど、……あんたのこと、まだ許してないから」

 女子生徒の瞳は鋭かった。まるで、糾弾の瞳。普段あれほどクールに振舞っている福本も、その瞳に怖気付いているように見えた。────いったい、何があったというのか。

 「そんなに引きずって、馬鹿みたいね」

 福本は挑発的な言葉を向ける。声は震えていた。女子生徒はその言葉を聴き、息を呑んだ。そして、怒りに震える獣の瞳で────言う。


 「ッあんたの、せいで……ッ!!」


 女子生徒の手が、福本の方へと伸ばされる。────危ない。


 「おいッ!!」


 そう思った瞬間、傍観を決め込んでいた俺の体は動いていた。福本と、女子生徒の間に入る。

 唐突に現れた俺の存在に驚いたのか、女子生徒は手を引っ込める。

 「何、あんた……」

 「陸……?!」

 福本も女子生徒も、俺を見て声を上げた。俺は答えずに、女子生徒を見つめる。探るような目付きで、女子生徒は俺の姿を見てきた。

 「……未来の、カレシかなんか?」

 「違う」

 福本の即座の否定を、女子生徒はどうだか、と鼻で笑う。また迷惑な勘違いをされたものだな、と思ったが、口には出さなかった。

 「あんた、こんな奴と関わってんの?やめときなよ」

 蔑む目付きで福本を一瞥し、女子生徒は俺に向かって言う。正直、福本と親密という訳では無いが、女子生徒の言葉は不愉快だった。

 「どういう意味だよ」

 自分でも驚くほど不機嫌な声音で女子生徒にそう云う。彼女は一瞬たじろいだが……怯まずに、告げた。


 「嘘つきだから。────''時間''が見えるんだってさ。馬鹿馬鹿しいのは、どっち」


 ──── 現れたのは、一瞬の静けさ。

 女子生徒がそう告げたのち、福本の表情に、翳りが見えた。

 福本は反論しない。女子生徒はそんな福本の姿を見て、いかにも愉悦と、残酷が混ざった笑みを浮かべて……その場を去った。

 俺も何も口にすることが出来ないまま、女子生徒が視界から消える。けたたましい蝉の鳴き声ですら、聞こえなかった。

 沈黙の世界から俺を連れ出したのは、ざっという足音。福本が、俺の隣から駅へと続く階段へと走り去る姿が目に入った。

 「待てよ…ッ!!」

 彼女を追うため、駆け出していた。日頃の運動不足が祟って、階段を駆け上がる際、足に負担を強く感じた。彼女もそんなに足が速い方ではなかった。男女の体力差で、階段を上りきったと同時に────彼女の手を、掴む。一瞬、俺の中で……いつかの実現できなかった情景が、浮かび上がった。

 

 「やめて!!」


 彼女の声が耳を劈く。手はすぐに振りほどかれた。福本は彼女らしからぬ弱々しい目付きで俺を睨みつけた。その体は、微かに震えている。

 俺はそんな彼女の姿を見てもなお、葛藤に包まれていた。福本のことは確かに心配だった。でもほっといてもいいじゃないか。どうして。余計なことに首を突っ込むのは、俺の信念に反する。人助けしていいことなんてきっと何一つない。

 そして────、彼女の瞳が再度、目に入り、息を呑んだ。

 

 福本は、泣きそうだった。いつものような冷静さなんて微塵も残ってなかった。


 「……ちょっと、来いよ」


 俺は実に情けない声色で彼女にそう言う。福本は黙って俺についてきた。他校生数名で賑わっている駅の中へ足を踏み入れる。夏の暑さを、忘れてしまいそうだった。

 そのまま、ぽつんと置かれたベンチに彼女を座らせる。俺はその近くの自販機で適当に缶ジュースを買って、福本に渡す。最初は首を振って受け取らなかったが、俺も頑なに缶を押し付けたので、彼女は根気負けしたのか弱々しく受け取った。

 ここに連れてきても、彼女は沈黙を守ったままだった。俺も少しは彼女が何か自分から話してくれることに期待していたが、当然口を開くわけはない。仕方なく、俺から言葉をかけた。

 「何があったか知らねえけど……。大丈夫じゃなさそうだな」

 言って、自分の言葉選びのセンスのなさに嫌気がさす。昔から、こういった上から目線な言葉しかかけられない。俺自身の、一番嫌悪するべきところだった。彼女はまた数分静黙し、ようやく、話してくれた。

 「気持ち悪いと思ってるでしょ、私のこと」

 なんとも陰気な言葉に、たじろぐ。どこか冷徹な雰囲気を持っていた福本から発せられる自虐は、とても悲哀に満ちていた。

 「いや、別に」

 間をあげずに、そう言ってやる。事実だった。別に気持ち悪いなんて思わない。もちろん、それほど理解が追いついていない、というのが第一にあるのだが。だが彼女は信じず、「嘘ばっか」と口にする。

 俺はまた、かける言葉に詰まる。こういうとき、なんて言ってやれば正解なのかわからない。ぼんやりと、彼女と過ごした僅かな時間のことを思い出す。────そうして、俺の中で、一番引っかかった件。そのことを、切り出した。

 「この前言ってたな。先のことがわかったって、意味がないと」

 恐ろしく冷淡な瞳を見せた際の、福本の言葉。ようやく、辻褄が合うような気がした。

 「そう」

 彼女はこちらに目を合わせないまま、頷く。震える声で、その続きを語った。

 「信じないでしょうけど、視えるの。時間、というか、触れたものに起こったこと、起こることが。馬鹿みたいでしょ」

 缶ジュースを握る細い指に福本は力を入れていた。

 そんなこと、はっきりいってしまえば、超能力の類だ。でも、彼女は真剣だった。もちろん、ふざけるようなタイミングでもない。

 「全部信じるって言ったら嘘になる、けど……」

 もう一つ引っかかっていたのは、いつだったかの神永の鍵の件。あの時、鍵の所在地を当てたのは福本だったはずだ。喜ぶ神永を見つめる福本の表情は、なんとも、悲しげな笑みだった。

 「神永のこととか、思い返せば、きっと関係してるんだろうなって、思う」

 彼女はその言葉を聞いて、はっとしたように顔を上げた。そうして、また、すぐに俯く。


 「いらないの、こんな力。私はこれで……信頼も失った」


 彼女は弱々しい声で、ぽつり、ぽつりと語り始めた。


 「この奇妙な力が手に入ったのは、中3の夏。ほんとに唐突に、私は触れたものの過去や未来が視える……というか、脳裏に浮かぶようになった」


 両手で握っていた缶ジュースを、福本は右手に持ち帰る。綺麗な手だと思った。美しすぎて、儚すぎて……壊れそうでもあった。

 「最初はね、正直嬉しかった。だって人に見えないものが見えるんだもの。色々なことを知ることが出来るって思って、すごく喜んでた。……でもね」

 そう言って、再び、目を伏せる。前髪が目にかかった彼女は、実に薄弱な姿だった。

 「先に、私の中学校の友達の話をしましょうか。中1の時にクラスが一緒で、まるで姉妹のように仲良くなった子がいたの。えぇ、懐かしい」

 彼女の言葉を聞くしかできない俺は、そのまま手持ち無沙汰に駅の壁に寄りかかる。元気がない彼女の姿を見つめ続けるのは心が痛かった。駅の壁は、夏の割には冷たい。

 「それほど仲の良かった子だから、私はその子に、この力のことをすぐ話した。信じてくれた。────そして、聞かれたの」

 思い出すことが辛いのか、彼女は首を振る。長い黒髪がそれに合わせて切なく揺れる。


 「その子には好きな子がいたわ。それで、自分はその好きな人とどうなるかって、私の力で見てほしいと」


 ────中学生らしい、と思った。色恋沙汰には興味津々な思春期の少女達。中学時代は、俺らの周りでも女子は色恋に浮かれていた様だった。


 「馬鹿馬鹿しいよね。そんなの、知らない方がいいのにね。でも、私は彼女に触れて、視てしまった。────彼女が、泣いている未来を」


 なんとなく、そんなことだろうなとは思った。

 それでも、全て聞くまでは推測の域を出ない。俺は福本の次の言葉を黙って待った。彼女は今までよりもずっと長い沈黙をおいて、その結末を語った。


 「えぇ、私、言えなかった。だから嘘をついたの。上手くいくって。私はその時まで信じてた。未来なんて変えられるって。でもね、それから1週間も経たないうちに……私は、彼女の目の前で、彼女の好きな人に告白されたの」


 語るにつれて、彼女の声は小さく、弱々しくなっていった。俺も、悲しくなった。微かに聞こえ始めた蜩の声が、まるで哀唄のようだった。

 「最悪よね。すぐに彼女は逃げ出した。私がようやく追いついて、彼女の表情を見たとき、あの脳裏に浮かんだものと、同じだった」

 福本はそこで顔を上げる。俺の方を見ているようで、見ていない。恐らく過去が、彼女が囚われた瞬間がその瞳に映っている。


 「そう……さっきのあの子のことよ。彼女は言ったわ。嘘つきって。……その通りよ」


 そう言って、一度目を閉じて、彼女はゆっくりと現代を映す。空虚な瞳に、空虚な現代を映す。俺は、何も言えなかった。

 「ほんとに、くだらない。過去なんて知ったってどうにもならない。先がわかったって、意味がない。こんな力持ったところで……」


 胸を抑える彼女の姿は、どこまでも痛々しかった。俺は幾分か悩んで……彼女に、俺なりの精一杯の言葉をかける。


 「そんときは、そうかもしれないけど。神永は、お前のおかげで助かってた」

 

 いつしかの初夏の話。茜に照らされて、笑顔を見せていた神永は、どこまでも安堵していた。その安堵を作り出したのは、紛れもなく福本だった。

 「人にはできないことが出来るんだよ、お前には」

 正直、俺には福本が羨ましかった。その言葉は呑み込んだが、きっと、その力があれば、変えられることはあるはずだ。

 「詭弁ね。……上辺だけの言葉は、要らないから。もう、誰とも、関わりたくない」

 明確な拒絶の言葉だった。ほんとは、そんなこと思っていないのだろう。福本はどこか、俺自身と似ていると思った。俺は駅の壁から体を離し、1歩福本へと近づく。彼女は少し怯えたようで、また顔を伏せた。俺は深い溜息をついて、「まぁ、聞けや」と告げる。


 「俺が言えたことじゃない。お前の気持ちも……こういうのは傲慢だろうが、少しは分かる。今から言うことは、俺自身にはできないことだから、お前が言うなって思うだろうけど……────人の厚意は、拒絶しなくていい」


 福本に聞かせるようで、俺自身にもその言葉を言い聞かせる。いつしか脳裏には、憂と直の姿が浮かんでいた。彼女は顔を上げて、俺の目を見る。彼女の深遠な瞳を捉えたまま、続けた。 

 

 「上辺だけの言葉が嫌って思うなら、聞かなくてもいい。ただ、お前のことを信頼してるやつの言葉は、信頼しろ」


 福本は俺のその言葉を聞いて、ふっと笑みを浮かべる。嘲笑の笑みだった。


 「本当に、傲慢ね。自分にはできてない癖に」


 無論、何も返せない。自分にも出来ないことを人に押し付けるのは屑のすることだ。俺自身もそれは痛いほどわかっている。だから、「そうだな、言う通りだ」と、力なく返した。

 なぜそんな言葉をかけてしまったのか。俺自身もそうしたいと思っている箇所があるんだろう。でも俺は、福本とは置かれた状況が違った。だって俺は。

 そこで、憂と直の姿がもう一度浮かぶ。

 ……やつらを遠ざけたい、近寄らないでほしいと言いながらも、俺はあいつらが離れていくのが嫌なだけだ。心無い言葉で傷つけてしまうのが怖いだけだ。それならば受け入れてしまえばいい。でも、そうしたら俺は多分あいつらを傷つける。そんな思考がずっと循環してしまっていた。

 「失うのが怖いのは、俺も一緒だよ」

 痛む心で自分を分析して、言う。彼女の瞳は、まだ俺のことを見据えている。冷たく、鋭い刃物のようだった。

 「ただ……」

 もう一人、見知ったクラスメイトの姿が浮かぶ。福本の親友であろう、神永椎奈。彼女の姿が浮かんでくるのも、全くもってお節介というものだった。でも、福本にかける言葉はもう一つしか残っていないと思った。

 「また傲慢な意見だが、神永はお前のことを相当信頼してると思うぞ。お前そんなこと、神永に言えるのか」

 「ッ……」

 痛いところを突かれたのか、彼女は顔を歪める。俺もずるいと思った。でも、なぜか、福本にそんな悲しい顔をして欲しくなかった。気づいて欲しかった。

 「そんなこと、わかってる」

 それはまったく去勢だった。そこでようやく、自分自身を見ているようだと悟った。自分の非ではないのに、そう思い込み、人を信じられなくなる。本当に、情けない姿だ。


 「わかってるなら、言うな。────お前は、お前自身が思うより人に受け入れられてる。みんながみんなお前のその失った友達みたいな人じゃない。もっと信じていい。────福本は、すごいんだから」


 俺がその言葉を言い終わる前に彼女は、崩れ落ちる。

 伏せた瞳から、この世を呪わずにはいられなかった透明な想いが、とめどなく溢れ始める。


 「ッ……馬鹿、馬鹿しい……!」


 最後にそれだけ絞り出して、彼女は泣いた。俺もこれ以上は、言葉を紡ぎだせなかった。

 そのまま、茜差す時頃まで彼女は涙を流し……、ようやく落ち着いた彼女を、俺はバス停まで見送り、別れたのだった。

 帰路は当然のごとくずっと一人だった。蒼から茜に変わっていく空の下を、ぼんやりと歩いた。

 ────どうして上手く生きられないのか。中学時代からの疑問だった。多分、色々なものを勝手に背負いすぎたんだと思う。俺も、福本も。

 今回の福本に勝手に共感してしまった自分が恨めしかった。陥った思考は似ているかもしれない。でもあいつは自分自身が必要以上に傷ついてるだけだ。俺はといえば……。また、胸が痛み始めた。このことを考えるのは、やめよう。

 

 そうして、空を見上げる。

 夕焼け空に、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。


 * * * * *


 「は〜〜!やっと夏休みだ〜〜!!」


 翌日。相川知美による一学期最後のHRが終わった瞬間、直がこの世から解放されたような笑みで言う。憂はそれにすかさず、「いや課外あるから」とツッコミを入れていた。

 俺は鞄を手にしながら、福本を気にかける。彼女は至っていつも通り。昨日の一件があったせいでやはり1日中気にしてしまった。……単なる思い込みか、昨日よりはすっきりした顔をしているように感じる。まぁ、俺の考えすぎだろう。

 そうして、彼女から目を離す。目の前には見知った二人の男共。相変わらず鬱陶しい。でも、俺は彼らの次の言葉を待っていた。

 「帰るか、時人」

 直が満面の笑顔で言った。全くこいつは、遊ぶことしか考えてないんだから。今年も俺を勉強だなんだと偽って、遊びに誘うつもりなのだろう。去年はひたすら鬱陶しいだけだったが、今年は二、三回なら乗ってやってもいいかとしれないと考えていた。

 そうして、3人で教室を出る。

 いつもと違うことが、そこで起きた。


 「────待って、陸!」


 凛とした声が、俺を呼び止める。もちろん聞きなれたものだった。俺は疑問に思いながらも、振り返って────福本の姿を確認する。彼女は、緊張したような面持ちで、言った。


 「昨日は、色々あっ、ありがとう……」


 これまた彼女らしからぬ、恥じらいを隠したような雰囲気だった。そんな彼女を見て、直と優が驚いた顔をこちらに向けた。俺は気にもとめない振りをして、おう、と短く返す。彼女はまだ続けた。

 「その、話したから。椎奈に。……あなたの、言う通りだった」

 俺はそこで目を丸くする。

 自分のアドバイスが、役に立つなんて思ってなかった。当の神永は福本の少し後ろにいて……笑っていた。福本と秘密を共有できたことが、嬉しそうな、そんな笑みを浮かべていた。


 「そりゃ、何より」

 

 それだけ言って、俺はその場を去る。呆然とした憂と直が慌てて俺についてきた。

 

 「おいおいおいお前何福本さんと仲良くなっちゃってんの!俺が親と相川と面談してる間に!」

 帰り道。直が羨ましそうに俺のことをからかう。

 「時人がプレイボーイだったとはなぁ」

 同じく憂も、俺が女子にあんなことを言われる非常に珍しい光景を目にしたことで、俺を弄ってきた。俺は二人のそんなからかいに対して、大したことはねえよ、うるせえ、とだけ返しておく。直の羨ましそうな、でもどこか嬉しそうな叫びが夏空に散っていった。


 ────そう、気づけば真夏を迎えている。

 また、くだらなくて、生産性のない日々をこいつらと送るんだろう。

 全くもって、意味もない、けど。

 

 そんな日々を、待ち遠しく思う自分がいた。



 * * * * *


 「なーんだ、上手くいってんだ」

 1年5組の教室の前。そこを偶然通りかかった気さくな少年は、達観した少年と冷静沈着な少女のやりとりを耳にして、安心した笑みを浮かべて言った。

 「ちょっと心配しちゃったけど、お節介だったみたいだね」

 少年は空をぼんやりと見上げる。入道雲が遠くに浮かんでいる。夏だ。少年は夏は好きだった。でも、その次の季節の秋は嫌いだった。

 少年はそのまま、5組の教室へと入る。────クラスメイトではなく、担任の方に用があった。その人物の姿を捉えて、敢えて近しい呼び方をする。

 「姉さん、よっ。一学期お疲れ様」

 呼ばれた担任────相川知美は、その少年の姿を見て、ため息をつく。

 「校内だぞ……まぁいいか、心。どうした」

 「んーん、特に何も。ご挨拶に来ました、ではでは。ご飯作っとくね!」

 そう言って少年、相川心は帰路につく。

 夏の香りを、存分に楽しみながら。

まずは一章完結です。

福本未来がメインのお話でした。

二章はまた、違うキャラにスポットが当たります。よければ次も読んであげてください…!!

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