第三話 名前
「やぁ! グッドタイミングだね!」
待ち合わせていたグラハム・トーマスの根元の陰から、こちらに向かってナナホシテントウが手を振っている。彼の名は名はケプラー。先日知り合ったばかりの、僕の初めての友達だ。
「何がちょうど良いんだ?」
僕は駆け寄りながら質問した。
「いやー。ついさっきまで人間がここの花壇に殺虫剤を撒いててさー。危ないからあっちの方に隠れていたんだよ」
ここは昆虫の研究所のはずだが、花壇だからわざわざ手入れをしているのだろうな。それからケプラーは、この観察庭についていろいろ説明してくれた。
「今朝は暑いからさ、庭の真ン中のスプリンクラーからの水しぶきが気持ち良かったよ。あんまり近づくとずぶ濡れになっちゃうケドね」
彼が指を差した方向に、そのスプリンクラーとやらがあるのだろうか。
「水まきが終わって少し経つと、敷地内に人間たちがぞろぞろ入ってくるんだ。だいたいは建物の中に入るけど、何人かはその辺の虫たちを捕まえてさ、何か調べて、また離してやったりしているよ」
「研究対象だから、怪我をさせないように配慮しているのか」
「そうみたいだね。庭に立ち入るのはいつも2、3人だよ。塀の外に比べたら、ここは天国みたいなものさ」
通常、テントウムシの行動範囲は広くても半径1キロ程度だというが、彼は人型であるせいなのか優に5キロは飛べるという。ここら一帯を飛び回れるので、外のこともよく分かっているようだ。
人型昆虫の目撃例が増えたと言っても、悪意のある人間に面白半分で捕まえられたら、何をされるかわかったものじゃないという。
「ってなワケで、この庭にすっかり居ついてしまったのさ」
「へぇ、人間たちのこと、よく見ているんだね」
僕はケプラーの話に聞き入った。地上に出て食料探索の仕事をするようになっても、人間たちの行動パターンまでは考えたことがなかったからだ。
「飛びながら遠巻きに見てるとさ、なんとなく何をしているか分かるんだ」
「そうか。僕みたいに地面から見上げているだけだと、踏まれそうかどうかしか分からないからな」
いいなぁ。翅があるって便利だな。僕は彼の背中をちらっと見た。アリの場合、羽アリとして生まれてくるかどうかは女王アリの采配次第だ。かと言って、羽アリとして生まれても、自由にあちらこちらへ飛んで行けるのではなく、交尾の時期にたった一度だけだ。
「けどさ、うっかりクモの巣に引っかからないように気をつけたりしなきゃならないし、危険度は地面の上とそう変わらないんじゃないかな」
ケプラーはそう言うけど、自分も彼のように飛べたらな。もっと遠くへ行ってみることができる。ああ、いっそ翅を作ってしまおうか。・・・・・・いやいやいや、違う違う!作るのは翅じゃなくて宇宙船だ!今日はその話をしにきたんだった!僕は慌てて話題を変えた。
「ところで、惑星ケプラー999Xへ行くにはどうすればいいと思う? 僕は一般的なライトクラフトがいいかと思っているんだ。ぜひ、君の意見を聞かせてくれないか?」
「へ?キミ、999Xへ行くって、冗談じゃなかったのかい?」
ケプラーは呆けた顔で返事をした。
「え?君こそ冗談だったの?」
僕らは互いにまじまじと顔を覗き込んだ。あんな風に語るものだから、てっきり出発方法等、いろいろと考えているものだと思っていた。
「そう、なんだ・・・・・・」
僕はすっかり気落ちして、隠すことなく溜息をついた。一緒に夜空を眺めた次の日から、自分なりにマイクロチップから情報を集めていたのに。
「そ、そりゃあ、ボクだって999Xへ行きたいさ! でも今の人間の技術でさえ、4.39光年先の恒星系、アルファ・ケンタウリまでの無人航行しか実現していない。とても1400光年先の星までなんて、行けるわけないよ・・・・・・」
そう言うと、ケプラーも肩を落とした。そうか、彼なりに真剣に考えていたんだ。少し悪い態度をとってしまったかもしれない。でも、
「行けるわけない、なんて言って欲しくないな」
彼は僕の言葉を聞いて、怪訝そうな顔をする。
「ケプラー、僕はコロニーから出るようになって、頭の中で考えていたより地上は広いと実感した。人型になって
しまったおかげか、五感で世界の広さを感じているよ。君はそんな僕に、新しく『夜空』を教えてくれた。そしてさらにこの空の彼方、遥か遠くに惑星があることも。僕はもっと世界を知りたいんだ。君と一緒なら、たくさんの新しいことが待っている気がするんだ」
「諦めるな、って言いたいの?」
「あぁ」
「・・・・・・フフッ」
ケプラーの強張っていた表情が溶けたかと思うと、急に軽く笑いだした。
「やっぱりキミって面白いや! そう、さっき言ってたライトクラフトって何だい? ボクはキミほど人間の『科学』ってやつに明るくないんだ」
良かった!気を取り直したようだ。そう言えば、彼は僕のようにマイクロチップを直接頭の中に読み込んだりはしないと言っていた。単純に、人間が生み出した情報としてだけみれば、僕の方がたくさん知っていることになるのかも知れない。
「レーザー推進のことだよ。現在、人間たちは宇宙空間の移動に、レーザー推進航法って言うのを使っているんだ」
「ふんふん」
「地球上や周回軌道上から、高出力のレーザーを照射して進む方法のことだよ。帆に風を受けて進むようなものだ。外からエネルギーを送れば、余計に燃料を積む必要がない。だから大掛かりな宇宙船を作らなくてもいいってことさ」
「へぇ〜。つまりエコで省エネってこと?」
「そういうことだ」
でも、問題はいくつもある。。レーザー推進航法というのは、特に大気圏を抜けるまでにとても有効だ。真空状態であれば、ただ直進することに大したエネルギーは使わないが、空気と重力のあるところではそれなりに必要だ。燃料の代わりにレーザーを使うことで、その必要分をカットできる。人間たちが太陽系内での移動に使っているポピュラーな航法ではあるが、速度は光の50パーセントほど。つまり長距離の移動には向かない。999Xまでは2800年もかかってしまう。
もう一つ、それよりも早いと言われている反物質ロケットエンジンを使う方法がある。まだ実現されてはいないが、対消滅を原動力にすることで、ほぼ光の速さで進むことができるというものだ。反物質をたくさん集める必要があるが、これはとても画期的だ。しかしそれでも地球上の時計で1400年かかってしまう。
どちらをとっても『そんなに時間をかけられない』というのが一番の問題だ。人型昆虫の寿命も普通の個体と大差ないと言われている。人間にように何十年も生きることはできない。宇宙船で長旅をするには、仮死状態で眠りにつくか、時間と空間をショートカットするしかない。
うーん・・・・・・。これらをどうやって説明しようか。僕がしばらく黙っていると、ケプラーは口を開いた。
「ボクがキミの手足になるよ。ボクじゃあ、キミみたいに上手く人間の知識を応用できそうにないからね。材料の調達だったりとかさ! こう見えても甲虫類だから、力仕事は任せてよ!」
「ああ。ありがとう」
確かに役割分担すれば効率がいい。・・・・・・調達か。でも宇宙船の材料はどうしたら手に入るだろうか。今までみたいに身近にある粗大ゴミから、というわけにもいかない。
「そうそう、こっから2キロくらい先に、輸送コンテナを作っている工場があるよ。もしかしたら何か材料が手に入るかも」
「それは本当かい?」
「詳しくはわからないけど、この近辺は工場や研究所が多くて、そこで働く人間たちが住んでいる地域みたいさ。ボクらにとって役立つ施設があるといいんだけど」
「そうか! 早速調べてみるよ!」
僕はケプラーの話を聞いて、急に頭の中が明るくなったような気がして、居ても立ってもいられずにコロニーへ走り出した。
「あっ、おい!」
ケプラーは呼び止めようとしたみたいだが、話なら次に会った時でいいだろう。それよりも、思考がクリアなうちに、いろいろ調べてしまわないと!
一刻も早く小部屋にこもって調べものをしたいが、手ぶらで戻るのはまずいな。部隊長に合わせる顔がないし、人型の僕を観察している人間たちの目も誤魔化せない。道すがら、適当に咲いている小花から蜜を集めて持ち帰ることにした。途中、気もそぞろで蟻地獄に足を取られそうになり肝が冷える思いをしたが、食料庫を経由して小部屋に着く頃には、すっかり忘れてしまっていた。
さて、どのマイクロチップだったかな。まるで本棚のように並べたチップの山から、地図情報の入っているものを探し、内容を確認した。ここを中心に半径2キロを検索してみると、ケプラーの言っていた通り、工場や研究所などが多く、人間たちはこの辺りのことを、エリア25456工業地区と呼んでいるそうだ。地区内には重・軽工業の工場がいくつかあり、次いでこのエドブミ昆虫研究所のように、動植物を対象とした研究施設が点在している。おそらく工場は、水質の良さなどの自然条件を満たしているために多く建てられたのだろう。人間の居住区、店や公園などもあるが、それほど多くはない。
頭の中のスクリーンに映し出される地図から、工場と思われる建物を選択していくと、大気圏外用の輸送コンテナ工場を見つけた。これのことだろう。1.7キロ先にある。自分の足ではとても行ける距離ではないけれども、こんなに近くで材料が手に入るかも知れないなんて!
「ふふっ。楽しいな」
おっと。ケプラーと話すようになってから、独り言が多くなってしまったみたいだ。この部屋にはペットのクマムシ君も居るが、聞いているのかいないのか、いつもノーリアクションだ。
次は肝心の宇宙船の動力源をどうするか決めないとな。任せてくれたケプラーのためにも、しっかり考えないと。地球の近くでは人間たちの移動が定期的に行われているから、その時のレーザーをちょっと拝借すれば、太陽系を出るところまではこの方法でいいだろう。
その後は反物質ロケットエンジンの出番だ。電子とその反物質の陽電子を使うことにしよう。人間の気象情報によれば、これから雷がよく発生する時期とのことだから、それを利用しない手はない。あらかじめ真空状態を用意しておき、雷のエネルギーで生成した電子と陽電子をうまく分けて保管しておかなければならない。これはもう少し詰めて考えておかないとな。
気がつくと、もうすっかり夜も更けて、コロニーは寝静まっていた。普段なら人間たちに僕の変化をみせないよう、仲間たちと同じ時間に休んでいるのだが、すっかり夢中になってしまったみたいだ。今後の計画のためにも、明日からは気をつけないといけないな。そう自分に言い聞かせると、今夜はそのまま小部屋で眠った。
次の日からはいつも通り探索部隊の仕事をしつつ、人間たちの目がなくなると、小部屋へ移動し宇宙船の設計図を練った。本当は丸一日こもって打ち込んでいたいくらいだがそうもいかず、夜間のわずかな時間を使ってだったので、ケプラーに報告できる日が来たのは、一週間以上過ぎてからだった。
僕は息を弾ませながら、いつものようにグラハム・トーマスの根元のところに行くと、少ししおれてきた花の上からケプラーが舞い降りてきた。
「ケプラー、宇宙船の設計図が出来上がったんだ! それから今後のスケジュールも! 早速だけど、目を通してくれないか?」
「・・・・・・」
目の前にいるケプラーからの返事はない。黙ったまま、じっと僕を見つめて、いや、これは僕を睨んでいるのだろうか。
「あ、あの、ケプラー・・・・・・?」
おそるおそる声をかけてみると、彼は大袈裟なため息をついてまくし立ててきた。
「はあぁ〜。全くキミってヤツは! しばらく顔も見せないでさ! いろいろ進めてくれるのはモチロンありがたいけど、一言二言あってもいいだろう! こっちはキミが他の虫に襲われたんじゃないかとか、研究所の中で何かあったんじゃないかとか、毎日心配したんだぜ!」
「え、あ、ごめん・・・・・・」
突然ケプラーが声を上げたので驚くばかりだったが、気づかないうちにずいぶん心配をかけてしまっていたみたいだ。
「・・・・・・悪かったよ。急に大きな声を出しちゃって」
彼は言いたいことを言い切ったのか、自分の態度を謝った。表情も先ほどまでとは打って変わって険しさがなくなっている。でも、悪いのはケプラーのことまで考えられなかった僕じゃないか。
「いいや。僕の方こそ、熱中するあまり連絡を怠ってしまって。・・・・・・すまない」
僕はそう言って、背中を丸めるしかなかった。
「あー。もういいからさ!」
ケプラーは困ったように頭をかいた。
「そんな顔しないでさ。それよりも! さっき言っていたスケジュールって?」
「ああ。これからの僕らの予定を立ててみたんだ。聞いてくれるかい?」
そう。僕一人の計画じゃあない。彼と、ケプラーと二人で進めていくことが大切なんだ。
「設計図が出来上がったから、君が教えてくれた工場まで材料を調達しに行こうと思う。運ぶ量が限られるから、何度か往復することになるだろう」
「うんうん」
「そして組み立て作業に入る。結構細かい作業になると思うけど頑張って欲しい。同時進行で雷を利用して動力エネルギーの確保もする。完成したら出発だ」
「いつ頃になるのかな?」
ケプラーが僕の顔を覗き込んできた。
「秋にうちに、とは思っているよ」
「フフッ。それを聞いて安心したよ。人型とは言えボクらは昆虫だからね。冬を越せるかわからないもの」
彼も残りの時間を僕と同じように考えていたみたいだ。のんびりはしていられない。
ちょうど明日は研究所が休みの日。人間たちの出入りが少ないので、出発しやすいだろう。ケプラーとは研究所の敷地を囲う塀の、北東の角で落ち合う約束をしてこの日は別れた。
僕はコロニーに帰って夜になっても、なかなか寝付けなかった。研究所の観察庭の中でさえ、コロニーが縄張りとしている範囲までしか離れたことがない。敷地の外にはどんな新しいことが待っているのだろうと思うと、目が冴えてしまうのだ。しかし、明日は仲間たちに気づかれないよう、早く出なければならない。何度もゆっくりと深呼吸をして、体と頭を落ち着かせようとしているうちに眠りについた。
翌朝、天気は晴れ。気温は少し動くと暑さを感じるくらい。風向きは南東。目的の輸送コンテナ工場に行くにはちょうどいい気候だ。僕は荷物を抱えると、足早にコロニーを後にした。
待ち合わせた塀の角に着くと、まだケプラーは到着していないようだった。僕は高くそびえるブロック塀をよじ登り、そのてっぺんから研究所の中と外を見渡した。あぁ。なんて広いんだろう。高いところに立ってみると、その広さと自分の小ささに愕然とする。少しばかりそのまま眺めていると、後ろからケプラーの声が聞こえた。
「やぁ、待たせたね! って、キミ、その大きな板みたいなものは一体なんだい?」
ケプラーは僕の荷物に目が止まったようだ。小脇に抱えてきたこれは、形状は人間が遊びに使うサーフボードのような感じで、いくつものファンを地面と平行になるように埋め込んでいる。そのファンの力で浮かび、後部に取り付けた推進器で前に進むことができるようにしたものだ。
「これなら翅がなくても、君と一緒に飛んで行けるだろう?」
「もしかして、この一週間くらいで作ったのかい? すごいなルービンは!」
「ルービン?」
聞き覚えのない単語に、僕は首をかしげた。
「キミの名前だよ。キミが音沙汰ない間に、ボクもできる範囲で飛び回って調べてみたりしていたんだ。前にライトクラフトの話をしてくれただろう? 最初にルービンって学者が提唱したって知ってさ」
彼は少し照れたように話を続ける。
「まぁ、ボクがいろいろ調べたって、キミの知識には及ばないんだけどね。人間の名前を拝借するのも癪だけど、『ケプラー』だって、元は人間の名前からとったみたいだし。何よりいつまでも『キミ』じゃあ、なんかしっくりこなくてさ」
ふふふ。名前か。コロニーじゃあずっと割り当て番号で呼ばれていたから、なんだか嬉しいな。僕は思わず笑みをこぼした。
「あっ、その顔は気に入ってくれたみたいだね! 良かったよ!」
「ああ。ありがとうケプラー」
「じゃあ行こうか!」
ケプラーはそう言うと、4枚の翅を大きく広げて宙に浮いた。僕も飛行ボードに乗り、足元のスイッチを踏んで浮かぶと、目的の方向に向きを変えた。
「ケプラー、すまないが乗り方のコツを掴むまでは、ゆっくり飛びたいんだけどいいかな?」
「わかったよ。もし落ちそうになったら言ってくれよな!」
飛行ボードの推進器の出力を上げ、僕らは輸送コンテナ工場へと出発した。
読んでいただいてありがとうございます。
次回はアリ君とテントウムシ君が材料を探しに行くお話です。
挿絵ができましたら順次アップロードしていきます。
(イラストができたら重複投稿する予定があります)