第二話 出会い
卵管理の仕事場で後輩が入ってくるようになると、僕は餌取り部隊に移動になった。餌を集めることに変わりはないが、部隊は大まかに三つに分かれている。花などの餌場を監視する守備隊、普段は大型の餌を解体して運ぶ迎撃部隊、そして僕の配属された餌の探索部隊だ。
初めて地上に出た日は、日光のあまりの眩しさによろめいた。視覚に頼らない仲間たちは平然としているが、人型の僕は両目が潰れるかと思ったほどだ。けれど、風に乗ってくる草木の匂いや他の虫の声に僕の五感は踊った。ここの研究所の人間たちが『観察庭』と呼んでいる敷地内だと知っていても、マイクロチップでは得られなかったものがある。毎日地上へ出る度に、些細なことでも新しい知識が自分の中に増えていき、それが面白くてたまらなかった。
外に出たばかりの頃は、先輩たちの後をついて回った。いわゆる新人研修だ。どの場所に何の花が咲いているとか、この辺りには蟻地獄が多いから落ちないようにとか、早朝と夕方は水やりの人間に踏まれないようにとか、覚えること、主に注意することが多くあった。
「おはよう、6ー200番! 今週より探索先はグラハム・トーマスだ。甘露も持ち帰るように!」
「了解しました!」
今の班長、いや部隊長はとにかくシャキシャキしているので、こちらまで背筋が伸びる。今日からの仕事は、通称グラハム・トーマスと呼ばれる黄色い大きな薔薇まで、アブラムシの甘露をもらいに行くことのようだ。
人間が作った花壇に植えられているそれは、コロニーから少々遠い。そびえ立つ草原をやっと抜け、レンガを登り、グラハム・トーマスを発見すると、今度はその茎を登り、ようやくアブラムシたちが密集している所にたどり着いたのは、日がやや傾いた時だった。
ふぅ、やっとメインの仕事に取り掛かれるぞ。僕は何匹かのアブラムシから出る甘露を丸めると、背負ってきたリュックのような容器をおろし、膝をついて詰め込んだ。これを作ったおかげで、花の蜜や甘露であれば、他の仲間たちより多く持ち帰ることができる。
さぁ、早く帰らないとな。そう立ち上がった僕の前に、一匹の虫が現れた。触覚はあるが、手足が二つづつに五本の指、人型だ!僕はマイクロチップの情報でしか、自分以外の人型昆虫を見たことはなかった。
「驚いた! 本当にいたんだね! あの、初めまし、て・・・・・・?」
思わず近寄っていったのだが、この虫の匂いは研修の時に嗅いだ覚えがある・・・・・・。何てことだ!こいつはナナホシテントウだ!ここのアブラムシたちを食い荒らされるわけにはいかない!僕は彼らを守るために、腰に携えてきた手製のナイフを両手に取った。
「おいおい。そんなに警戒しないでくれよ。おんなじ人型じゃないか」
ナナホシテントウが話しかけてきた。だが、いくら初めて会った人型とはいえ、アブラムシの天敵ならば、会話に応える義理はない。
「ボクはキミたちの大事なアブラムシなんか食べたりしないよ。こう見えてもベジタリアンなんだ」
何を言っているんだ。胡散臭いセリフだ。僕の知る限りナナホシテントウは肉食性の昆虫だ。僕は二本のナイフを構えたまま、ナナホシテントウににじり寄る
。
「ま、待ってくれないかムネアカオオアリ君! ボクがベジタリアンだという証拠を見せよう。試しにそこのアブラムシから甘露をもらって、ボクに渡してくれないか?」
ナナホシテントウの提案は腑に落ちないが、一向に飛んで逃げないところを見ると、試してみる価値はありそうだ。
僕は右手のナイフを突きつけつつ身をかがめ、左手で足元にいるアブラムシから甘露を取ると、急いで丸めてナナホシテントウの口にグググッと押し当てた。すると、彼はそれを吸うように食べ、最後は口の周りについたものも綺麗に舐め取った。
「キミ、意外と強引なんだね。後で顔を洗ってこなくっちゃ。・・・・・・これで信じてもらえたかな?」
上目づかいでこちらの表情をうかがっている様だが、僕は睨みつけながら首を横に振った。今だけわざと甘露を食べてみただけかもしれないからだ。無言のまま再び左手にもナイフを持ち、ナナホシテントウとの間合いを詰める。
「お、落ち着いてくれよ! もう日が暮れるね。ボクはこのままグラハム・トーマスの上で朝を迎えるつもりだ。ねぇキミ、明日、ここのアブラムシたちが残っているか確認しに来てはどうだろう?」
ナナホシテントウの言う通り、もう戻らなければならない時間だ。このまま彼と戦っても、決着が着く頃にはすっかり暗くなってしまうかもしれない。僕は自分に仕方がないと言い聞かせながら、ナナホシテントウに背を向けた。
息を切らせてコロニーに戻ると、入り口で部隊長が僕の帰還を待ち構えていた。
「遅いぞ、6ー200番! しかしよく戻ったな。ゆっくり休みたまえ」
ナナホシテントウとの遭遇を報告しようと思ったが、初めての人型昆虫と出会ったことで、頭も疲れ切っていた僕はふらふらと仲間たちのところまで行き、一緒になって泥の様に眠った。
翌朝、グラハム・トーマスのところに駆けつけて見ると、アブラムシたちは僕の心配をよそに、昨日と変わらずのんびりと茎の汁を吸っていた。
「おはよう。ムネアカオオアリ君。やっと信じてもらえたかな」
ナナホシテントウは黄色い花びらの間から顔を出して、こちらにひらひらと手を振る。ナナホシテントウというのは、人間が害虫駆除に用いるほどの大食漢だ。この程度のアブラムシなら、すぐに平らげてしまうだろう。この状況では、ベジタリアンだと認めざるをえない。
「・・・・・・お前がアブラムシを食べないのなら、なぜわざわざグラハム・トーマスいるんだ?」
「フフッ、よくぞ聞いてくれました! ここはね、星がよく見えるんだよ!」
な、なんだこいつは。いきなりテンションが高くなったぞ。昨日さんざんナイフを突きつけた僕にむかって、楽しそうに話をする。
「向こうに見える樫の木の上もいいけど、住民たちが多くてどうもうるさくてね。甘露を片手に、ゆっくりと星を眺めるのもいいもんだよ」
彼はどこか遠くをウットリと眺めているようだ。
「ところで、『星を見る』とはどういうことだ?」
僕の質問に、ナナホシテントウは面食らった様に目を点にした。そんなにおかしなことを聞いたのだろうか。
「そうか! キミたちは夜になると巣へ帰ってしまうものね。夜空はすごくキレイだよ。そうだ、ムネアカオオアリ君、今夜一緒に星を見ないか?」
「えっ」
僕は突然の誘いに戸惑ってしまった。夜はコロニーの中で休むことが当たり前で、わざわざ外に出ようなんて、思ってもみなかったことだ。なかなか返事ができずにいると、ナナホシテントウはにこりと笑みを浮かべる。
「キミの好きにしたらいい。ボクは今夜もここにいるつもりだし」
とりあえず、今日の分の甘露を気もそぞろに集め、コロニーへと足を向けた。
帰り道、歩きながら考えてみた。夜間、コロニーの外は危険だ。昼間だって危険だが、視界も悪く夜露で匂いもわかりにくいはずだ。それに夜ならではの生態系も不明だ。でも。星・・・・・・。その単語は知っていても、この目で見たことはない。ナナホシテントウの星を語る様子は、とても生き生きとしていた。どうしてあのような表情になったのだろうか。星とはそこまで心が踊るものなのだろうか。
僕は時間が過ぎるのをを待ち、人間にも仲間たちにも気づかれないように、そっとコロニーの外へ出た。夜の空気はひんやりとする。心なしか節々がうまく稼働しない。周りの音も匂いも少ないせいか、自分の動く音だけがやけに大きく聞こえる。昼間より慎重に歩かなければならないので、グラハム・トーマスに着くまでには、だいぶかかってしまった。
よし、急いで上に行かないとな。僕は茎に手をかけたが、一瞬、登ることをためらった。彼は昼間の言葉通りそこにいるだろうか。はっきりと約束をしたわけではないのだから、もしいなくても仕方ないのだが。僕は気を取り直して上に進む。眠っているアブラムシたちの横を越え、花弁につかまりながらよじ登ると、ちょうど花の真ん中あたりに、ナナホシテントウが膝を軽く抱えて座っていた。
「こんばんは。ムネアカオオアリ君。ご覧の通り、今夜は星がよく見えるよ」
彼の動作につられて、僕も夜空を見上げる。
「うわぁ・・・・・・」
思わず声が漏れてしまった。どこまでも黒くて広く、そして深い空間のさらに遠くで、無数の小さな光が控えめに輝いている。まるで光の塵だ。僕はマイクロチップで得た星座の情報と照らし合わせてみた。あれが北極星、カシオペア座、こぐま座とおおぐま座に、南の方は、へび座とへびつかい座にさそり座も。
「細かい星たちが連なっているのが天の川さ。夏の大三角は分かりやすいだろう? ボクはデネブ、はくちょう座が好きなんだ」
「いろいろ知っているんだな。君もチップから情報を?」
「チップ? あぁ、人間たちが使っているマイクロチップのこと? そうだね・・・・・・人間に閉じ込められていた時、電子パッドで使っていたのを見たことがあるよ。星については、あちこち飛び回っているうちに覚えていった感じさ」
・・・・・・閉じ込められたというのは、どこかの研究所だろうか。聞いてみたかったが、遠く夜空を見上げる彼の横顔には、なんとなくたずねられなかった。
「ねぇ、あのはくちょう座の方角、遥か一四〇〇光年も先に、地球によく似た惑星があってね、ケプラー999Xって言うんだ。いつかそこに行きたくてね・・・・・・こうやって毎晩夜空を眺めているんだ」
ナナホシテントウの彼方を語る顔は、星々の瞬きより輝いて見える。僕は静かに彼の隣に座ってみた。
「なぜそんなにも遠いところへ行きたいの?」
そう聞くと、彼の表情は少し曇った。
「もしケプラー999Xに地球のような多種多様な生き物がいても、ボクと全く同じてんとう虫なんて存在しないだろう?だからボクは違う星に行きたいのさ」
深くうつむいて膝を強く抱えている。なんだか苦しそうに見えた。
「ボクは、ここから少し離れた公園のアブラナの上で生まれたんだ。食料のアブラムシも豊富でね、幼虫の頃は食欲に任せてよく食べたものさ。ある時人間の男の子が、ボクたちの住むアブラナを切って、透明なケースに入れて観察を始めたんだ」
ナナホシテントウは呟くように話を続ける。
「最初のうちは少し窮屈に感じたくらいで、何も問題はなかったよ。でも何日か経つとアブラムシが底をついた。男の子はボクらを捕まえたはいいが、飼育する気がなかったのか、その状況に全く気づかなかった。ボクは空腹で目が回りそうになったけど、そんな場合じゃなかった。」
「先に蛹になりかけた兄たちが、まだ幼虫の弟たちに食われ始めたんだ。一匹が動けなくなると寄ってたかって貪り合う。ボクも食べた。ボクが一番遅く生まれたから、蛹になるのが最後だったんだ。一番多く食べた」
膝を抱えている両腕が震えている。彼は今にも泣き出しそうだ。
「兄たちを食べて蛹になった頃、男の子の母親が、捨てるようにケースから解放してくれてね、それから羽化してこの姿になった。手に入れた翅であちこち飛び回ってみると、ボクと同種のてんとう虫に出会ったんだ」
「誰かに今の気持ちを聞いて欲しくて話しかけようとしたら、ちょうど葉に止まって食事中だった。よく見ると、仲間の産んだ卵を平然と食べていたんだ・・・・・・。なぁ、おぞましい話だろう?ボクはてんとう虫だけど、周りのてんとう虫のようにはなりたくない」
そうか。だからベジタリアンになったのか。
「ケプラー999Xにはてんとう虫に似た生き物はいるかもしれないけど、ボクの仲間はいないから。心穏やかに過ごせそうだろう?」
僕は彼の告白に驚いた。肉食性の昆虫の共食いなど珍しい話ではない。それを食性を変えてしまうほどに気にしているなんて、そんなてんとう虫が存在するなんて!これまで得た知識の中にはなかったし、僕には想像すらできない事柄だった。
ふと、話の中で疑問に思ったことがあったので聞いてみた。
「そのケプラー999Xって惑星にてんとう虫がいなくても、そこが地球に似た環境なら、ナナホシテントウと同じくらいの大きさで、似た模様の生き物がいる可能性が高いんじゃないかな」
彼は顔を上げて、しかめ面で僕を見る。
「キミって理屈っぽいね」
うーん、そうだろうか。
「友達いないでしょ」
「ん?友達って?」
『友達』とはなんだろう?仲間とは違うものなのだろうか。
「あー、その反応はいないってことだね! フフッ、友達っていうのはね、雑多なことを話したり共有したり経験したり、互いの損得抜きに付き合う相手のことさ!」
ナナホシテントウは先ほどまでと打って変わって得意気に語る。
「損得抜きというと、ファミリー以外のことか。それなら君が友達だ」
僕がそう言うと、彼は急に吹き出した。
「ハハッ。それじゃあこれからよろしくね!」
そう言いながら僕の背中を軽く叩く。何がおかしいのかよく分からなかったが、僕は差し出された右手を握り返した。
「ところでナナホシテントウ君、ケプラー999Xへはいつ頃立つ予定なの?」
「残念ながら、何も決まってないさ」
彼はまた表情を変えて溜息をついた。なるほど。まだ発案の段階だったのか。
「それなら僕と一緒に行こう。ケプラー999Xへ!」
僕のセリフを聞いた彼は、目を点にしたかと思った次の瞬間、突如、腹を抱えて笑い出した。
「キ、キミって面白いやつだね! そうだ、自己紹介がまだだったね。ボクはナナホシテントウのケプラー。名付けたのはもちろん自分さ。ムネアカオオアリ君、キミの名前は?」
「えっ?名前?」
僕の名前・・・・・・僕は、ハチ目アリ科オオアリ属に属するムネアカオオアリだ。割り当て番号は6ー200番。
名前は、まだない。
読んでいただいてありがとうございます。
次回はアリ君とテントウムシ君が宇宙へ行こうとするお話です。
挿絵ができましたら順次アップロードしていきます。
(イラストができたら重複投稿する予定があります)