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僕はアリだ。  作者: nacano
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第一話 試み

挿絵(By みてみん)


 僕はアリだ。ハチ目アリ科オオアリ属に属するムネアカオオアリだ。割り当て番号は6ー­200番。

 

ムネアカオオアリというのは本来、枯れ木や朽木に巣を作るアリなのだが、僕の生まれた場所は、およそ三〇〇〇匹はいるであろう、大掛かりなアクリルケースに囲われた土の中で、高さ二メートル幅一メートルの透明なケースは全部で六つ、僕は六号棟に住んでいる。


「おーい、6ー­200番、ぼちぼち仕事だぞー」


おや、班長が呼んでいる。僕はスコップを片手に、いそいそと巣穴の下の方に降りていき、昨日に引き続き拡張工事を進めた。これが僕に与えられている仕事だ。仲間たちが顎で土を削る中、僕だけお手製のスコップを使う。黙々と土を掘っていると、このアクリルケースを用意した人間たちの、視線と話し声が聞こえてくる。


「人型個体の様子はどうだ?」


「はい、教授。先ほどから昨日と同じ位置を掘り続けています。対象の周りのアリたちと同じ行動をとっています」


 人間たちは僕が繭から出てきてからというもの、毎日のように僕の行動を観察してくる。観察というよりは監視に近いので、時折鳥肌が立つ。たまに、この分厚いアクリル板の中から人間たちを睨みつけてやると、『こちらに反応を示した!』と興奮気味に記録するものだから、三回目でやめた。


 僕は僕ばかり追う人間の目にストレスを感じたので、いくつものエリアが張り巡らされたケース沿いではなく、少し中心に向かったところに自分専用の小さなエリアを掘った。仕事が終わったらすぐにそこへ行って、身を隠すようにくつろいでいたのだけど、あまりに僕の姿が見えないと、『コロニーを解体して捕獲するべきだ。』と言い出す人間もいるので、仕事と就寝の時間を除いて、前ほど入り浸らないようにしている。


 「おーい、みんなー! 気温も下がってきたし、今日はここまでだ。あがっていいぞー」


班長の終了合図だ。よし、今日の自己目標はクリアできたな。僕も仲間たちも、互いにお疲れ様と言い合うと、後はそれぞれ好きに過ごせる。


「あ! エドブミ教授、対象が移動を開始しました。いつものようにエリアXに向かっているようです」


挿絵(By みてみん)


はぁ、また人間の声だ。白い服の人間たちの実況中継はしばらく続きそうだが、自分の小部屋の中に入り、扉をを閉じると、ついでに外からの音も遮断された。あぁ、とても快適だ。


 ここには、ゴミ捨て場から拾ってきたガラクタで作った道具たちが、ところ狭しと並んで、いや、散らかっている。そろそろ小部屋から大部屋にしたほうがいいかもしれないな。普段、仕事で一番活躍している道具はスコップだけど、お気に入りはこれ、『空間清浄機』だ。温度・湿度・空気のバランスがこの砂粒くらいの箱一つで整う。


 さて、何をしようかな。僕は小部屋の中を見渡した。ハンディ掘削機は主軸の強度が足りずに組み立てを放置中、ペットのクマムシのY君は、今日も居心地のいい土壁の隙間から出てくる気配はない様子、そうだ、一昨日ゴミ捨て場から新しいマイクロチップを拾ってきていたんだった。


 僕は新しい情報の確認と、データの整理をすることにした。六号棟のゴミ捨て場には二種類ある。一ヶ所は生ゴミ、そしてもう一ヶ所は粗大ゴミだ。普通のアリの巣には粗大ゴミ置き場なんてないが、先輩の6­111番が、地上で触覚を痛めてから間違って色々運び込むようになったのだ。マイクロチップもその一つ。西暦二二〇〇年代では、安価なものらしく、先輩曰く、よくその辺に転がっているらしい。たまに破損して記憶が飛んでいるものもあるが、だいたいは頭に読み込むことができる。


 人間たちはチップの再生機で中の情報を読み取るというのだけれど、僕は違う。こうやって金属が剥き出しの部分を両手でつかむと、電磁相互作用が働いて、たくさんの情報が直接神経に入ってくる。


 この能力に気づいたのは大雨の日だった。このコロニーの上は、学者たちが昆虫の生態を観察するために広い庭になっているという。普段は雨が降ればコロニーへの浸水を防ぐため、出入り口に土を盛るのだけれど、この日はそれでは防げないほどの雨だった。その時僕は、ちょうど粗大ゴミ捨て場に居て、浸水の早さに気づかず、そこで溺れかけてしまったんだ。


 流れ込む大量の水に手足を取られながら必死にもがいていると、空気のある方に四角い板のようなものが浮かんでいるのが見えた。少しでも上に行こうと、それを夢中でつかんだ時だった。電気のようなものがパチパチと頭の中を駆け巡り、見たことも聞いたこともないたくさんの事柄が一瞬にして焼きついた。


 僕は何が起こったのかよくわからなかったが、やっとの思いで水面から顔を出し、わずかな空気を吸いながら水が引くのを待った。


 しばらくすると、水もだんだんと引いてゆき、僕はなんとか助かった。ずぶ濡れのままだったが、さっきの出来事はなんだったのだろうと不思議に思い、四角い板のようなものをもう一度手に取ってみた。すると、また頭の中がパチパチとして、同じ映像と文字が僕に流れ込んできた。


挿絵(By みてみん)


 この大雨の日の一件以来、僕は四角い板を見つけると同じように手に持ち、いろいろな情報を得た。これがマイクロチップと呼ばれるものであるということ、人間は僕のように読み取るわけではないということ、片手より両手の方が、より内容が鮮明になる、などだ。


 ・・・・・・うーん、あまり面白くなかったなぁ。このチップは人間社会の昨今のニュースがまとめられているものだったのだけど、ほとんどがこれまで得た情報と一緒だ。新しいニュースは、南半球でも『僕みたいな個体』が発見されるようになったということくらい。あぁ、また僕のように朝から晩まで監視される昆虫が増えたのだろうか。見ず知らずの昆虫だけど、気の毒に思う。


 ピーッ、ピーッ・・・・・・。どうやら小部屋の外の温度が一八度まで下がったようだ。僕は仲間たちの集まっているところまで移動して、ごろんと横になった。


「対象が睡眠時間に入りました」


「そのようだね。メーリアン、ご苦労様」


実は狸寝入りだ。こうでもしないと、人間たちは観察をやめようとしないので、仲間と一緒に寝てますアピールをしなきゃならない。


 「教授、国際対策機関から電子メッセージが届いておりますが・・・・・・」


「浮かない顔だね」


「はい・・・・・・人型進化個体の目撃例が、ここ一ヶ月の間で急激に増えたそうです」


「北半球は季節柄そうだろうね。他に内容は?」


「今後、指定人型害虫項目が設定されるそうです。・・・・・・納得できませんね。元は、我々人類の環境汚染が原因だというのに」


「対策機関の連中は、人型撲滅派が過激な行動を取らないかと危惧しているんだろう」


「まだ彼らからなんの被害も受けていないのに・・・・・・」


「気持ちは分かるよ。さぁ、疲れただろう。帰って休みたまえ」


「はい。お疲れ様でした。あ、項目のガイドラインですが、別のファイルで届いてますので、確認をお願いします」


「あぁ、わかったよ」


 雌の方の人間が居なくなると、残った方はその別ファイルやらとのいうのを一読して、室内の照明を少し落とすと、ソファの背もたれに背中を預けて大きなため息をつき、まるでペットにでも話しかけるように、ひとり言を始めた。


「アリ君、参ったよ。君たちのような異常進化個体の性質に応じて、観察を続けるか処分するか、になるようだ・・・・・・。害虫に指定されたら焼却か、すぐさま解剖だそうだ」


焼却?解剖?それは殺されるという話か。


「ウチの研究所は、今の所該当しない。現状維持ということは、君にとってはグッドニュースかもしれないが、自然保護派の私にとってはバッドニュースだよ」


エドブミ教授と呼ばれている人間は、また大きくため息をつくと、老齢らしく背中を丸めて研究室から出て行った。


 グッドニュース?冗談じゃない。僕にとってもバッドニュースだ!このまま寿命がきたって、結局いつかは解剖されるんじゃないか!それに僕みたいな個体がもっと増えれば、モルモットみたいに乱獲、乱用されていくだろう。昆虫に、いや自然界にとって今の人間こそ害虫みたいなものだ!わなわなと拳が震えたが、どうすることもできず、そのうち眠ってしまっていた。


 翌日、同じ班の仲間から、配置換えの話を聞いた。僕だけ六号棟の拡張工事から、一号棟での卵管理になるそうだ。こんなことなら、さっさとハンディ掘削機を完成させて、使ってみればよかったな。空間清浄機は使えそうだけど、いかんせん重いので、僕は手ぶらで一号棟の卵管理室に向かった。


「6­ー200番君だね。欠番が出ちゃったんだよ。突然で悪いけど、よろしく頼むね」


今度の班長は、少し控えめな感じだ。僕は先輩たちを真似ながら、卵についたほこりを取ったり、温度変化に合わせて卵を置くエリアを変えたりした。でも、いちいち運ぶのはだいぶ面倒だな。今度は温度と湿度をキープする重くない道具でも作ってみようっと。


 新しい仕事にも慣れた頃、通路で6ー­­111番先輩と出くわした。会うのは多分、一ヶ月ぶりくらいだ。


「よう! 兄弟、久しぶりだなぁ!」


気さくな先輩とは話に花が咲く。お互い持ち場が移動になったとか、先輩の持ち込む粗大ゴミが結構使えるとか、地上の様子はどうだとか。一通りお決まりの会話を終えてから、僕は先輩に質問してみた。どうして人間はあのように傲慢な生き物なのかと。


 先輩は事故で触覚が曲がってから、ちょっと斜に構えた性格になったので、聞いてみたかったんだ。


「そりゃあな、アイツ等ひとりひとりがボス気取りなのよ。しかも連中は全ての生き物の中でのボスだって思っていやがるんだ」


真面目な顔で相槌を打つと先輩は続けた。


「限られた自然の中でほどほどにやっていけないヤツ等なんて、どーせそのうち自滅するだろうけどよ。おっ、そ

ろそろ戻らないとな。じゃあな!」


先輩は思い出したように慌てて地上に向かって行った。


 僕は先輩の言う通りだと思った。マイクロチップの中にあった人類の歴史において、欲を出した民族の文明は全て淘汰されている。不思議なのは、なぜ人間は同じことを繰り返すのか、そして、そのような習性があるにもかかわらず、こんなにも地球上に繁栄しているのか、だ。


「おや、メーリアン君、対象が通路で動かなくなってしまったようだね」


「ええ、教授。これまでになかった行動ですね。一体どうしたのでしょう」


はぁ。僕が黙って考えている時も、人間たちの実況は止まない。


 僕は毎日考えた。しかし、ただ考えてばかりでは駄目なので、仕事をしながら考えて、温湿コントロール機を作りながらも考えた。


 そして、最初に担当した卵たちが孵化しだした頃、『そうだ!ロクでもないこの世界とはおさらばしよう!』と思い立った。こんな人間ばかりが我が物顔の世界なんて嫌だ。なるべく目立たないように生活していても、死んだらどのみち人間様の研究材料だ。でも・・・・・・僕が生まれ育ったこの世界の全てと切り離されるのは寂しい。


 ならば、違う世界にいつつも、今の世界と繋がっていられるようにすればいい。ということは!この三次元世界を包んでいるという四次元世界に行ったらいいんじゃないか!ふふ!我ながら良いアイディアだ。


 「こないだ入った6ー­200番、このところ機嫌が良いみたいだね」


「そうだなぁ。ここの仕事にも慣れてきたんだろうよ」


僕は仲間たちはもちろん、この観察者たちにも気取られぬように小部屋を行き来しては、限られた時間で多次元干渉装置の製作に取り掛かった。三次元から二次元への干渉ができるのであれば、その反射によるアプローチもできるだろうと考える。この装置はその応用版だ。皮肉なことに、僕が嫌いな人間の知識と技術が、僕の望みを叶える手助けをする。今まで集めたマイクロチップの情報サマサマだ。


 三番目に担当した幼虫たちが蛹になり終えた頃、やっと多次元干渉装置が完成した。一見、僕がひとり収まるくらいの、ただのドアノブ付きの箱だ。小部屋にはこれを作るほどのスペースがなく、隣に専用の工作エリアを用意するところからのスタートだったので、予定より大幅に遅れてしまった。


挿絵(By みてみん)



 しかし、今日は僕が、『四次元世界へステップアップする』記念すべき日だ!クマムシのY君はこんな素晴らしい日でも、変わらず隙間から出てこないようなので、誰に語ることもなく僕は往く。早速装置の中に入りドアを閉め、そして躊躇うことなく、起動スイッチのボタンを押した。


 さぁ、始まるぞ・・・・・・!何分か経つと、体に小さな振動を感じ初めた。予想通りだ。それが次第に大きくなり、視界も匂いもどんどんブレてくる。それから面と奥行きと線へ、線から点と光へと形を変えていく。そして、捉えることのできないほどの光の粒で装置の中が埋め尽くされた時、もう『僕自身』とは呼べないような肉体と意識に、どこからか降り注ぐように声が届いた。もしかすると、これが四次元世界からの干渉だろうか?


 「アリよ、一匹のアリよ、お前は今与えられている形を手放してまで、三次元を超えたいというのか」


はて?質問してきているのは何者なのだろう。


「お前の思うような一個人ではありません」


どうやら考えるだけで伝わるらしい。一個人ではないとすると、意識体の集合のようなものだろうか。まぁ、まもなく僕もその感覚を知ることができるだろうけど。


「もう一度問いましょう。なぜ違う次元への昇華を試みるのか」


 ・・・・・・僕はですね、今の世界が嫌いなのです。人間が他の生き物を見下すことが成り立っているこの世界が、嫌で嫌でたまらないのです。


 ですが、僕はそれを変えたいとは思いません。大きな力を持つ人間が自然を脅かすことも摂理ならば、一匹のアリにはどうすることもできないのです。変えるならば、僕の体と意識の立つところを変えればいい。僕が変わればいい。・・・・・・そう思ったのです。


 一次元の僕は二次元の僕を理解できません。しかし、二次元の僕は一次元の僕を手の内に収まる程度のものと思っているでしょう。つまり、僕が三次元から四次元にステップアップすれば、四次元の僕は三次元の僕を、今の僕というものを、『たいしたことない』と思えるのではないでしょうか。


挿絵(By みてみん)


 答えた。でも返答がない。もう一度同じことを念じてみたが、待っても声は聞こえてこなかった。そればかりか、

ひしめき合っていた激しい光の粒がどんどん明るさを失い、次第に暗くなっていった。


 ぼんやりとした暗闇の中から戻ると、僕は以前の姿形のまま、装置の中に立っていた。中から出てクマムシのY君を見に行くと、まだ同じように土壁の隙間で心地よさそうにしている。






 「悔しい。悔しい。悔しい・・・・・・!」


僕は唇を噛み締めた。認めたくない!認めたくないがこの世界から脱出する試みは失敗に終わった。終わったのだ。何が悪かったのだろうと考えてみても、見当がつかなかった。もしかすると、干渉したのは四次元世界ではなかったかもしれない・・・・・・ただそれだけだった。


 それからというもの、僕は肩を落としたまま黙々と卵と幼虫の世話をする日々だ。このところ、小部屋からも足が遠のいている。


「ねぇねぇ、6ー­200番、最近落ち込んでるみたい」


「仕事の方は完璧なんだけどなぁ」


仲間たちの噂話だって、全く気にならない。つまり、実に『アリらしく』生活をしていると、ある時6­ー111番先輩に呼び止められた。


 「どーした兄弟、元気がねぇなぁ」


僕は先輩に声をかけられても、今までみたいに言葉が出てこなかった。


「そーいや、お前さんが一番初めに世話してやってた子たちがな、この間やっと成虫になったぜ。お前さんもそろそろ地上部隊に移動になるんじゃないか」


・・・・・・地上?そうか、僕もそろそろ先輩みたいに外で働く頃なのか。


「まー。俺みたいにドジ踏まねぇように気ィつけるんだぞ」


 コロニーの外か。でも僕の頭の中には、マイクロチップで得た地上の情報がたくさんある。6ー111番先輩や他の仲間からも、地上の様子は詳しく聞いていた。


「外と言っても、人間の研究施設の中であることに変わりはないんでしょう?」


吐き捨てるように言うと、先輩は前足で床を叩きながら大笑いした。


「いやいや兄弟! 外と言ってもな、ウチのコロニーなんて比べものにならねぇくらい、俺ら働きアリが、一生かかっても歩ききれないくらいの広さはあるんだぜぇ?」


 僕は先輩の言葉にドキリとした。そうか、僕が頭で思い描くよりも、遥かに世界は広いのか。すっかり棒立ちになってしまった僕を置いて、先輩は仕事だ仕事だ、と言いながら、通路の先に消えていった。


 ・・・・・・ああ、もしかすると、四次元へステップアップすることができなかったのは、人間から得た情報ばかりで、まだ自分の目と触覚では、見ていないものが多すぎるからなのかもしれないな。


 僕は失敗の原因を経験の少なさだろうと仮定して、地上に出る日を楽しみに待った。


挿絵(By みてみん)

読んでいただいてありがとうございます。

次回はアリ君が新しい昆虫と出会うお話です。


挿絵ができましたら順次アップロードしていきます。


(イラストができたら重複投稿する予定があります)

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