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灯が消えないように

作者: 来海 珊瑚

文体はあまり童話っぽくないですが、一応小さい子でも読めるように配慮しました。多分。

 寒い、寒いです。

 両手足がしもやけでぷっくりと膨らんでしまい、ちょっと動かすだけで痛くなってしまいます。

 もう、箱の中にはマッチは最後の一本しか残っていません。全部私が使ってしまいました。本当はダメなのに、売り物なのに。お父さんに怒られてしまいます。

 でも、マッチの火がついている間だけ、とてもいい夢が見られるのです。楽しくて、いつまでも消えてほしくない夢。

 だから、私はこの最後のマッチも使ってしまいます。


 最後に見た夢は、死んでしまったはずのおばあちゃんが私の頭を撫でてくれるというものでした。おばあちゃんの手は暖かくて、頭を撫でられているのに、胸のあたりがポカポカとしてきて気持ちよくなってきました。

 すると、急に身体がふわっと軽くなり、空を飛べるようになってしまいました。もちろん、私は今まで空を飛んだことはなかったので、突然のことにびっくりしてしまいました。でもその時、私の頭の中ではあることがわかりました。

 ああ、これで、ようやくおばあちゃんのところへ行けるんだ、と。

 マッチの火が弱くなってきたせいか、おばあちゃんはどんどん空へ登って行ってしまいました。私はおいて行かれないよう、必死におばあちゃんについていきました。


 ここから先は、よく覚えていません。




「えーっと……スピカ・ランドルフィ、八歳、女性、死因は凍死。で、間違いないか?」


 ここはどこでしょう? おばあちゃんを追いかけていたはずが、気付いた時にはよく分からない場所にいて、木製の椅子に座らされていました。

 目の前にいたのは変な帽子をかぶった、いかにも悪そうな顔をしたお兄さんでした。顔もそうですが、見たこともないほどのきれいな形をした紙の束を指でパンパンと弾いていて、雰囲気がとても怖いです。


「もう閻魔様、いい加減初対面の人に対してその高圧的な態度を取るの、どうにかしてください。この子が怖がっているじゃないですか。ほら、大丈夫だよ」


 すると横から眼鏡をかけたお姉さんがやってきて、私をやさしくハグしてくれました。そこで気づいたのですが、さっきまであれほど痛かった身体中のしもやけがなぜか完全に治っていました。それに、もう寒くなくて、暑くもない、ちょうどいい気温になっていました。お姉さんはすごい薄着で、私はそこまで厚着でないとはいえセーターを着ているのに、不思議な感じです。

 先ほどお姉さんに注意されたエンマ様は、「え? そんな高圧的な態度とってた?」と心外そうに言って、ぼりぼりと頭をかいていました。そのしぐさも、やっぱり怖いです。


「あ、あの、ここは……」

「ここ? 三途の川って言ったら分かるか?」


 それが何かよく分からなかったので、首をかしげました。


「えっとな、死んだ人が天国行く前に裁判を受けるところって言うか……」

「……?」


 よく意味が分からなくて、さらに首をかしげました。エンマ様は困ったように頭をかいて、助けを求めるように私の方を見ています。


「つまり、私は死んじゃったということですか?」

「そう、それ」


 ようやくお姉さんからのハグが説かれた私は、その言葉を聞いても、ああ、そうなんだ、としか感じませんでした。むしろ、少しほっとしてさえいます。ようやくおばあちゃんと一緒にいられる。もう、あんな苦しい目に合わないで済む。と思いながら。

 そういえば、おばあちゃんはどこにいるのでしょう? さっきまでは一緒にいたはずなのですけど。


「で、お前からは何か質問あるか?」

「質問ですか?」

「ああ、ここや天国について、地上では今どうなっているのか、これからのこと、俺に答えられる範囲ならなんでも答えてやる」


 そう言われましても、あまりパッとしたものはほとんど思いつきません。地上にはいい思い出なんてなかったし、天国のことも、おばあちゃんにさえ会えればあまり気になりません。ああ、そういえば、


「おばあちゃんには、会えるんですか?」

「ああ、お前が変な気を起こしさえしなければ、ちゃんと会える」

「……そうですか。ありがとうございます」


 よかった。これで思い残すものは何もない。早くここから出て、おばあちゃんに会いに行こう。

 そう思って椅子から立ち上がろうとした、その時、


「どうすれば死なずに済んだのか、気にならないのか?」


 途端に、胸がドキッとするような感触に襲われました。

 気にならなかった。と言えば嘘になります。ですが……


「いえ、あまり知りたくないです……」

「言っとくが、誰かを恨んだままの状態じゃあ天国になんか行けねえからな」


 また、胸がドキッとした感じがしました。あまり人を恨んだことはないと思っていましたが、そうではなかったのでしょうか?


「……………………」

「知りてぇなら、この水晶に触ってみろ」


 そう言ってエンマ様は、どこからか水晶玉を持ってきて、私の前に置かれている机の上にコトリと置きました。

 これを触ると、どうなるのでしょう? そう不安に思っていると、


「よかったらこれ、飲んでね」


 さっきのお姉さんが、何か温かい飲み物を持ってきて、机の上に置いてくれました。

 何の飲み物でしょう? 偉い人たちが飲む紅茶というものに似ていますが、それよりも色が濃く、渋いにおいが漂ってきます。


「あ、ありがとうございます」


 水晶に触る前に気持ちを落ち着かせようと思い、コップに手を伸ばしました。一口飲んでみると、


「……! おいしいです!」

「うふふ、ありがとう」


 飲めば飲むほど心が落ち着いていくのが分かり、飲み終わった時にはほっこりした気分になりました。

 飲み終わったコップを机の上に置き、


「……よし!」


 緊張している自分を気合い入れて励まし、水晶を触りました。すると、


「な、なに⁉」


 気づいた時には私は空を飛んでいました。落ちる――そう思って、思わず椅子から転げ落ちてしまい、これから起こるであろうことを予想して、ぐっと身をこわばらせました。が、いつまでたっても一向に落ちる気配がありません。


「安心しろ。景色が見えているだけで、別に転移したわけじゃねぇから」


 ポケットに手を突っ込みながら、私の前に立つエンマ様はそう言いました。空中に平気な顔をして立っているなんて、はたから見ても何だか変な感じがします。

 ふと、お姉さんが転んだ私に手を差し伸べてくれました。「ありがとうございます」と言いながら手をつかんで、起き上がりました。お姉さんの手はやっぱりあたたかくて、何だか安心します。少なくとも、お父さんよりはよっぽど――


「それよりも、下を見てみろ」


 私が考えていたことを遮るかのようなタイミングで言われたその言葉に、私はつられるように下を見ました。そういえば、ここはどこなのでしょう? どこかで見たような気もしますが、生まれてから空から景色を見たことがなかったせいか、どこだか思い出せませんでした。しばらく下の景色を眺めていると、


「……? あれは……」


 街角の一角に、何やら人が多く集まっている場所がありました。死んだことで視力が上がったのか、よく見てみると、群がる人々の真ん中に倒れている人が一人いるのが確認できました。お姉さんの手を離して、そっちの方に目を凝らしてみると、そこにいたのは――


「嘘……あれって」


 ――私でした。


「そ、ここはお前が死んだ場所だ」


 昨日までは私のことなんか無視してきた町の人たちが、今更ながら私の遺体の周りに集まって、それぞれ悲痛そうな顔をしていました。さらに注意深く眺めていると、一人の男に人が私の遺体に抱き着いて、わんわん泣いている人がいました。――――お父さんでした。

 お母さんが死んじゃってからは冷たく当たられて、でも私がいなくなると急に私を想って泣いてくれて……本当に不快です。


 気づいた時には景色がまた入れ替わり、元の場所に変わっていました。


「で、感想は?」

「……………………」


 私は震えそうになる声を抑えながら、顔を俯かせました。


「……さっきの誰かを恨んでいたっていう言葉の意味、ようやく分かりました」


 だんだんと、お腹のあたりからふつふつと湧き上がるような感情が出てきました。


「なんなんですか、あれ」

「…………」

「昨日までは私を見て見ぬふりしてたくせに、なんで今になって、あんな気の毒そうな顔をしているんですか。そんな顔するくらいだったら、マッチを買ってくれてもよかったのに」


 喋れば喋るほど、内から湧き上がってくる感情が抑えきれなくなってきます。


「お父さんだって、今まで散々私のこと殴ったり、傷付けたりしてたくせに、今更父親面ですか?…………ふざけないでよ‼」


 とうとう、感情のダムが崩壊してしまいました。


「だったら最初からそうしてよ! 今更態度を変えないでよ! お父さんの所為で死んだんだよ⁉ あんな奴に……!」


 何回も机を叩いて、何回も喚き散らして、ひたすら泣いて、やがて疲れた私は、こぶしを握ったまま机に顔を突っ伏しました。


「……憎いです。お父さんも、苦しんでた私を放置してた街の人たちも」


 もしも一回だけ地上に降りることができたら、みんなに思いっきり当り散らしたい。同じ目に合わせてやりたい。本気で心からそう思いました。結局、私はどうすればよかったのでしょう? どうすれば、あんな苦しい目にあわないで済んだのでしょう?

 そのまましくしくと静かに泣いていると、急に、頭の上から厳しい声がかけられた。


「下手な格好つけたくせに、何言ってるんだ」

「……え?」


 意味が分からず顔をあげてみると、あの顔が怖かったエンマ様の目が、さっきよりも鋭く、どこか憐れんでいるような、不思議な光を宿していました。


「閻魔様……!」


 お姉さんが咎めるような口調でエンマ様に注意しましたが、エンマ様はそれに反応せず、ただじっと私の目を見ていました。


「結局、お前はどうして欲しかったんだ?」

「え、ええと……マッチを買って欲しかった……」


 しどろもどろになりながらも、何とか声を発しました。


「なんでマッチを買って欲しかったんだ?」

「だって、そうしないと家に帰れないから……」

「なんで家に帰れねぇんだ?」

「お、お父さんに怒られちゃうから……」

「お前にとっちゃあ、命よりも怒られないことの方が重要なのか?」

「……⁉」


 エンマ様の一言に、私はハッと目が覚めたような感覚に襲われました。


「もう一度言う。お前の望みは何なんだ?」

「私は…………」


 何がしたかったのか。必死に考えを巡らせていると、なぜか見えている景色がぼやけてきてしまいました。一つ瞬きすると、暖かい涙が頬に一筋道を作って――本当のことを言えない、自分自身を憎んでいたことに気づきました。

 私は情けない声をあげながら、心の内を吐き出しました。


「もっと、生きたかった…………誰かに助けてほしかった……です」

「だったら、そう言えよ」


 私の頭の上に、大きな手が優しく乗っけられました。触られている部分が、ほんのりと暖かくなってきました。


「もっと自分の心を打ち明けろ。『マッチを買ってください』じゃなくて、ちゃんと『助けてください』って言え。親父と反発してでも、きっちり『やめて』って言え。本音は言わねぇと伝わらねぇし、我慢する必要はねぇんだよ!」


 そのままゆっくりと、エンマ様にわしわしと頭を撫でられました。


「本音を言うのは恥ずかしくて、ちょっと怖いかもしれねぇけどな、ちゃんと言えれば、もっと違った未来があったと思うぞ」


 私はエンマ様に抱き着いて、頭をおなかの部分に強くこすりつけました。そして、この明るくて広い部屋の中全体に、私の泣き声がこだまするように広がっていきました。




「ひっぐ……えっぐ……ありがとう、ございます」

「いえ、立ち直っていただけたようで、何よりです」


 お姉さんが朗らかに微笑みながら、私の涙の跡を拭いてくれました。やっぱりお姉さんは綺麗だし、細かいところまで気が回っていて、とても理想的な女性だと思います。私も生まれ変わったら、こんな感じの人になりたいなと、すごく憧れます。


「ま、晴れてお前は天国へ行ける権利を得たわけだが、でも忘れるな。今回のことは、生まれ変わっても絶対に忘れないってくらいに魂に刻み込んでけよ」


 エンマ様も、少し口調が荒いけれど、とても頼りがいがあって、かっこよかったです。可能ならば、このまま天国に住み着いて、エンマ様とずっと一緒にいるのも悪くないです。

 そういえば、エンマ様とお姉さんって、どんな関係なのでしょう? 少し、気になります。


「はい! 絶対に忘れません!」


 そんな少しだけもやもやした気持ちを抑えて、私は笑顔でそう返事しました。そして、さっき泣いていた時に後ろのほうで出現した、天国へ続くという扉に手をかけました。すると、


「あ、そうだ、お前の家ってキリスト教か?」

「え? はい、そうです」


 急な質問に咄嗟に答えると、エンマ様は指でジェスチャーしながら言葉を続けました。


「じゃあ、その扉を出てから右にこう行って、しばらくまっすぐ行って、大きい塔がある集落へ行け。そこだったら多分、イエス様と――おばあちゃんに会えるかもしれねぇ」


 その言葉を聞いた瞬間、ほっぺたが火照ってきて、胸の中が幸せでいっぱいに広がりました。


「えへへ、ありがとうございます!」


 いつか絶対に、またここへ遊びに来たい。そう思いながら、私は目の前の扉を開けました。

お読みいただき、ありがとうござます。

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