第五話 「教会」
第五話 「異変」
俺たち三人は廃城の中央に向かった。クラーラさんの話では、廃城の中央にある宮殿は壊れて使い物にならないが、宮殿の近くにある寂れた教会は、屋根があるので、そこでみんなで暮らしているらしい。折から降る雨が俺たちの体を冷やす。廃城跡は雑草や石ころばかりで荒涼としたものだ。
「クラーラさん、そういえば魔の森は魔物が多いと聞きましたが、ここは大丈夫なんですか?」
俺は、道中、不安に思ったことを口にする。
「ふふっ、ハルさん大丈夫なんですよ。」
「廃城の四方に強力な魔法具で結界を張っています。上空三十メートルくらいまで結界が伸びていますから、この辺の魔物はまず入ってこれません。ただし、定期的に魔法具に魔力を補充しなくてはいけませんが。」
クラーラさんは、そう言うと微笑んだ。それからしばらくすると、ルカさんが
「あれが教会です。」
と言って前方の建物を指さした。建物の前には二人見張りが立っていた。
俺たち三人が教会の建物の前に来ると、二十代前半の茶色いフード付きマントを羽織った騎士らしい二人が、クラーラさんとルカさんに話しかける。
「クラーラさん、ルカさんおつかれさまです。アナスタシア様は、先ほど戻られました。ご様子がおかしかったのですが、何かあったのでしょうか?」
「お連れの方はどなたですか?」
クラーラさんとルカさんは、「後で話します」と言ってすぐに中に入っていく。俺も遅れないようについて行く。
中に入ると、たき火の明かりを囲んで、奥の祭壇の付近に皇女アナスタシアが座り、右隣に灰色のマントを羽織った七十代くらいと思われる老人が立っていた。左隣には水色のマントを羽織った侍女らしき二十代くらいの女性が二人控えていた。
「クラーラ、ルカ遅いぞ。」
少し前髪が禿げあがった白髪の老人が怒鳴った。しかし、クラーラさんもルカさんも臆した様子はない。
「ドミトリー様、すいません。少々込み入った事情がありまして。」
「わしは、言い訳が聞きたいわけではないぞ、クラーラ。」
「おじい様、自分達は、意味もなく遅れたわけではありません。」
ルカさんはドミトリーという老人に反論した。老人は、彼の祖父らしい……。
「全く、お前たちは口ばかりだの。ところで、紫煙のリュファスからもらった魔法具はどうだったのだ?アナスタシア様は、お戻りになってからひどく不機嫌であられるが。」
「はい、ドミトリー様。リュファス先生の魔法具は、異世界から人や物を召喚する魔法具でした。先生が、『いざというときに使え』とおっしゃられていたので、アナスタシア様は期待されていたのでしょう。召喚したのが、建物が一棟と本、ふつうの人間だったので、失望が大きかったのだと思います。」
クラーラさんは丁寧に状況を説明している。
「かあっ。リュファスの奴め。何が当代最高の魔法使いじゃ。全く当てにならん。今度会ったら成敗してくれるわ。」
「ドミトリー様……。」
クラーラさんは、何と言ってよいかわからないようだ。
そのやり取りを聞いていた皇女アナスタシアは、突如立ち上がり、
「その件はもうよい。過大な期待を抱いた私がわるいのだ。以後、その話はしてくれるな。頼む……。」
皇女がそう言ったので、俺が呼び出された件については皆話を控えた。それから、俺をどうするかについての話になったので、クラーラさんは、俺に少し座をはずしてほしいと言った。俺は、彼女らのいるところから離れた場所に移動する。
しばらくして、ルカさんがこちらにやって来て、パンとスープをくれる。
「ハルさん、お待たせしてすいません。申し訳ないですが、我々と同行していただけませんか?」
ルカさんは、恐縮した表情でそう言った。
「我々の勝手でお呼びしたのに、元の世界に帰っていただく方法もないですし。その方がハルさんにとってもよろしいかと思うのですが……。」
「ふぅ……。そうですね。俺はこの世界のことは何もわからないし、皆さんのお世話になるしかないですね。」
「申し訳ありません。」
俺は、ルカさんとそうした会話をした後、毛布をもらって寝ることにする。何かいろいろありすぎてすぐに眠りに落ちてしまった。