第三善 何事も礼儀から 後編
村長に勧められてフィロとレイスは居間の木造のテーブルへ着席し、村長は二人の為に紅茶を淹れ始めていた。紅茶を注ぐ音とともに、香しい香りが部屋を包んでいく。
「レイスとは知り合いなんじゃが、フィロスィア‥と言ったかな?君とは初対面じゃし、自己紹介しておこうかの」
村長は紅茶を運びながら、フィロへと笑いかける。一方、フィロは先程の子供呼ばわりされたのがまだ気に喰わないのかむすっとした仏頂面をしたままだ。
「ホルンで村長をやらせてもらっておる、エンジじゃ。子供のように呼んですまんかったの、この歳にもなるとほとんどの者が子供みたいに思ってしまっての、つい呼んでしまったのじゃ。ほっほっ」
差し出された紅茶を飲みつつ、フィロは不満気な表情を残しつつも笑みを取り繕う。
「くっ‥おれ様も子供ではないからな、それならば仕方あるまい。許してやるとするか」
「そんな言い方ないでしょ。村長、連れがすみません‥」
相も変わらず尊大な態度を取るフィロを申し訳なさそうにレイスが謝罪する。村長エンジは気に障った様子もなく穏やかなまま話を続ける。
「それはそうと、レイスちゃんや。こんな時間に来るということは、今夜はこの村で泊まるつもりかの?」
「うん、出来れば村長の家に泊めさせてもらえませんか‥?」
こちらから切り出すべき用件を先に言われてしまい、差し出がましいと感じつつも少女は宿泊先の希望を伝える。エンジも始めからわかっていたのか、頷きながら返事を返す。
「構わん、構わんて。しかし‥客室は一人用なんじゃが、フィロスィア君はどうするね?レイスちゃんと一緒に寝るのかの?」
「え!?」
冗談交じりに振られたが、考えもしてなかった為レイスは驚きの声を上げてしまった。隣に座るフィロの様子を一瞬窺うと、フィロはさっきと変わらず無愛想なままだ。
(いや、流石に‥ああ、でもフィロ君の寝床はどうす‥)
冗談だとわかってはいるが、フィロの寝場所をどうするかを考えるとここ以外考えられない。万が一、魔族だと分かったなら大騒ぎになる事は間違いないだろう。
しかし、魔族とは言えど男性と同じ場所で寝る―未だ碌に男性というものを意識した事のなかったレイスにとっては、一大事のハプニング到来である。
そんな彼女の様子知って知らずしてか、フィロは驚くべき発言をした。
「おれ様なら問題ないぞ」
まさかの発言に少女は大慌てになったが―
「えーっと、フィロ君!?もう少し考え‥」
「ここらの床でも寝るには充分だ」
レイスは唖然とした。
一瞬でも、慌ててしまった己と天然な魔界の王子である彼に憤りが湧き上がり始める。
「なら、毛布だけでも用意しよう。ただ寝るのでは、冷えてしまうじゃろうしな」
「そうか?ふむ、ありがたく受け取って置くとしよう」
沸々と怒りを沸かす彼女の様子に気付かないまま、彼は村長と話を続けていく。
「なら、夕飯まで少し時間があるからの。留守番して待っててくれんか?食材を貰ってくるのでな」
「うむ。期待しておるぞ」
村長はフィロに留守番を頼むと二人の食材を調達する為、外へと出て行った。玄関が閉じる音が聞こえ、そこでフィロは彼女へと話しかけると―
「食事の時間が楽しみ‥だ‥な‥?」
そこで初めて彼が彼女の様子を目の当たりにし、言葉を途切れさせる。
昼間、魔物に襲われていたか弱い少女の姿はなく、怒り心頭の彼女の姿は正に―
鬼神そのものだった。
「フ~ィ~ロ~‥」
「ど、どうしたというのだ!何をそんなに怒っておるのだ!」
少女の凄まじい剣幕に圧され、彼はたじろぎ後退りしながら席を離れた。たが、彼女も彼が席を離れると同時に幽鬼のように席を立つ。
「こんのぉ…天然魔王がぁぁぁぁぁ!!」
魔王とも思える叫びを上げて、怒りの鉄拳が降り下ろされた。
「ぐはぁっ!!」
すっかり夕暮れとなった小さな農村に魔王の息子の断末魔が響き渡ったー
ここの所寒くなって、布団に籠りたい欲求が抑えられません。暖かい温もりの中、猫のように丸くなりたいですね。