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セイバーズ  作者: 六花
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第七章 盾と槍作戦

「長いだろう?東雲の話は」帰り道で榊が言った。

EUCに襲撃されたあの後、東雲は背中にあるジェットパックのようなもので空へ消えた。

榊は偶然、街に用があり爆発音を聞いて駆けつけたのだという。

「ところで君達はなにをしていたんだい?」榊が質問した。

「風香が服買いたいとうるさいので二人で来てました」雅樹はなんでもないという風に言ったが、

風香は赤面した。

榊はにやりと笑うと「すると、君達は『デート』をしていたわけだな?」と意地悪く言った。

「ち、違います!私のわがままに雅樹が付き合ってくれて・・・」

「いやしかし、デートというものはなにも恋人同士が出かけることではない。異性が日にちや場所を決めて共に出かけることだ」榊が説明すると風香はまた赤面した。

「しかし君達が恋人というのならばまた話は変わってくるが」

「そ、それはちが・・・」

「違います」風香が弁解しようとしたが雅樹がそれをさえぎった。

「ふむ。ならば任務などに支障はないな」

「任務に支障?」

「セイバーズ内に恋人がいる者は自分よりも他の仲間よりもその恋人を優先して守ってしまって、任務に支障をきたす恐れがあるのでな。いないほうがこちらとしては助かるんだよ」

「集団戦略がうまく機能しないということですか」

「まあそんなところだ」

話しているうちに雅樹と風香の家の近くまできた。

「俺はここで失礼するよ」榊はそう言い残し、左の角を曲がって去った。

風香と雅樹は真っ直ぐ歩いていった。

「それにしても東雲さんが着てたやつなんだろ」

「あの白いやつか?」

「うん。。。背中にジェットパックっぽいのもついててハイテクって感じで」

「恐らくセイバーズのユニフォームだと思うぞ」

「じゃあ東雲さんはセイバーズ?」

「そりゃあそうだろう。しかも相当訓練を積んだ人だ」

「あのボウガンの使い方は凄かったね」

「ああ」

「でも雅樹もかっこ良かったよ」

「なにがだ?」

「ほら、EUCに襲われた時に守ってくれたじゃん」

「死ぬまいと必死だったからな」

「ありがとね」

「気にするな」

風香の家が近くなってきたので二人は会話をやめ、さよならを言って別れた。

家に着くと雅樹はまず、風呂場に行きシャワーを浴びた。

それからソファに座り込み、そのままウトウトとし始めた。

一瞬、脳裏に夕飯を作らなくてはという考えが浮かんだが睡魔に負けた。

それにハンバーガーを食べた時間帯が遅かったので腹も減っていなかった。

雅樹はそのまま深い眠りへと落ちていった。





いきなりズボンのポケットが振動した。

それと共に音楽が流れてくる。

雅樹の携帯が着信を知らせているのだ。

雅樹は眠い目をこすり、電話に出た。

「はい」

「雅樹?」電話の相手は風香であった。

「なに?」

「今、榊隊長から連絡があって至急中高学校に来てくれって」

「なんで?」

「分からない。それだけ言って電話切っちゃった」

「分かった」

「私、もう家から出てるから学校でまた」

電話が切れ、雅樹はすぐさま着替えて家を出た。

なにか緊急事態なのかという心配があったので走って学校まで行った。

校門から学校内に入ると、二人の上級生が昨日東雲が着ていたものと同じ服をまとって玄関付近に立っていた。

雅樹を見つけると「おい」と声をかけてきた。

「はい?」

「お前はセイバーズか?」

「そうですが」

「名前は?」

「水沢雅樹です」

「君が水沢か。隊長から話は聞いている。これを」セイバーズ隊員であろう人は雅樹にカードのようなものを手渡した。

「このカードキーを一番手前のエレベーターについている差込口に入れろ」

「しかし、あのエレベーターは生徒は使用禁止では?」

「セイバーズは別だ」

「差込口はどこについているんですか?」

「すぐ分かる」

雅樹は他にも聞きたいことがあったが、玄関から同じ格好をした隊員が来て二人に何かを耳打ちしたかと思えば、玄関の方に三人は走り去ってしまった。

一人残された雅樹はエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターには階数選択用のボタンがなく、本来そのボタンがある場所に切り込みが入っていた。

カードを入れると差込口の上の部分に穴が開き、そこから四角くて赤いボタンが現れた。

雅樹はそのボタンを押した。

すると、エレベーターは上ではなく下に向って動き始めた。

ものの数秒でエレベーターは動きを止めた。

扉が開くと目の前に暗い通路が現れた。

雅樹が一歩踏み出すと照明がつき、通路の奥が照らし出された。

奥には鉄でできた大きなドアがあった。

雅樹はそこへ歩いていき、ドアの認証システムがないか探した。

すると、ドアの左の方にカードが納まりそうなスキャナーが設置されていた。

カードを当てると赤いランプにともっていた光が緑のランプにともり、鉄扉が開いた。

雅樹は先へと進んだ。

先へ進むとまたしてもエレベーターがあった。

雅樹は乗り込み、カード差込口にカードを入れた。

エレベーターは下へ移動した。

扉が開くとそこには驚くべき光景が広がっていた。

目の前には大きなモニターがあり、その前に人が集まっていた。

右を見るとロッカーのような物が何個も並べられていた。

左には大型のPCが何十個も備え付けられており、モニターからは光が漏れ出ていた。

そのPCの前には一台に一人という割合で人が座っており、何か作業をしていた。

部屋全体は薄暗かったが、部屋を走る電気のチューブのようなものが発する光で内装はよく見えた。

さらに驚いたことに、上を見上げれば螺旋階段状のエスカレーターが上まで伸びており、現在雅樹が立っているフロアの他に二つのフロアが頭上に展開されていた。

つまりこの施設は三階建てということである。

二階と三階はよく見えなかったが、しきりに人が行き来していた。

「おーい!雅樹!」不意に名前を呼ばれる。

声から察するに風香だろう。

モニターの人の群れの中からこちらに走ってくるのは案の定、風香であった。

「おお、風香。着いてたか」

「それよりもうみんな集まってるよ!雅樹も早く!」風香に手を引かれ、モニター前の人の群れに雅樹は歩いていった。

そこに着くと、見覚えのある顔が雅樹を睨んで言った。

「遅いぞ。雅樹。何をしていた?」声の主は東雲であった。

「すいません。今日突然連絡があったもので」

「まあいい。前へ」東雲に背中を押され、雅樹はモニターからさらに近い場所へ移動した。

モニターを背にこちらを見下ろしている人影が目に入った。

その影は榊であった。

榊は雅樹を見ると「よし、全員集まったようだな。ではなにが起きているか説明しよう」とモニターの方に体を向けた。

モニターを改めてよく見てみると地図のようなものが映し出されており、その北側に無数の赤い点が見て取れた。

「諸君らも見て分かるように、この地区の地図上の北側に赤い点が無数にあることが確認できる。この赤い点はEUCだ」雅樹のまわりにいた人たちはざわつき始めた。

よく見ると全員、雅樹と風香よりも身長がかなり高い。

これはもしや、セイバーズの新入隊員達だろうか。

「このEUC共は調べたところ、バリアを破って入ってきた形跡はない」榊が話を進めた。

「すなわち、バリア内での自然発生ということだ。さらに昨日と違って数が多い。近くの地区のセイバーズの一部が援護に駆けつけてくれたが、まだ人手が足りない。そこで急な話なのだが、諸君ら新入隊員の力も借りたいと思う」新入隊員達はまたしてもざわつき始めた。

すると、その中の一人から「装備も何もないのにどうやって戦おうというんですか?」と榊に質問が飛んだ。

榊はにやりと笑うと「心配するな。装備は整えてある」と言って先ほどのロッカーのようなものが並んでいる場所を指差した。

「全員あっちに移動しろ」東雲が指示を出す。

雅樹と風香を含めた、セイバーズの新入隊員は全員ロッカーのほうへと移動した。

全員が集まると東雲が話し出した。

「では、これからこのウェアエクスチェンジマシン、通称WEMの使い方を説明する。よく聞け」WEMなる一見すると最新のロッカーに見える装置をポンポン叩き、東雲は良く通る声で言った。

「使い方は簡単だ。まずこの装置の中に入り、扉の内側に設置してあるスキャナーにお前らが持っているカードキーをかざす。その後は全部自動でやってくれる。ちょうど人数分あるから全員入れ」

東雲の指示に従い、新入隊員達はWEMの扉を開け中に入った。

中は雅樹の体が余裕で入るくらいのスペースがあった。

東雲に言われたとおりにカードキーをスキャナーにかざす。

すると「水沢雅樹、承認」と機会アナウンスが装置内に流れた。

それから、モーターが回るような音が装置内に響いた。

それと共に両側から光線が出てきて雅樹の頭に当たった。

そのまま下におりていき、足先までスキャンし終わるとモーターの音が消えた。

「よし、全員出て来い」外から東雲の声が聞こえた。

外に出て扉を閉めると扉に小さな穴が開き、そこから丸い円盤状のものが出てきた。

「全員その丸いのを手にとって地面に落とせ」東雲から指示が飛ぶ。

一瞬、頭の中に疑問が湧いたが言われたとおりにした。

「次に踏め」さすがにこれは「?」マークが頭にあふれた。

たまらず雅樹は質問した。

「なぜです?」

「いいから俺が言ったとおりにしろ。こんなところで時間を潰してる暇がねえんだよ」

東雲がイライラしているようなので言われたとおりに円盤を踏みつけた。

すると円盤からなにか布のような白いものが伸びてきて雅樹の体を包み込んだ。

その布は腕と足の長さと太さに合わせて形を変え、頭以外をぴったりと覆った。

外見は白を基調に腕と足と首にかけて黒いラインが入っている。

布は丈夫でかなり硬かった。

しかし、重くなく動きやすい構造であった。

「首の近くについている小さいボタンを押してみろ」東雲に言われてボタンを押す。

すると一気に頭がなにかに包まれた。

それはヘルメットであった。

野球とかアメフトとかバイクに乗るときのヘルメットとはまったく違う。

目の付近にガラスのようだがガラスよりも何倍も丈夫そうな透明なものがはってある。

頭を覆っている部分の色は白で下と同じ。

「お前らが装備しているものがエレクトームスーツだ。背中には最新式ジェットフラップシステム搭載のムービング・スラスターが取り付けてある。そいつで空が飛べる。他にも色々機能はあるが、今日の戦闘で使うものは二つ。ウエポンイメージシステム、WISウィスとグライディングフライトシステム、GFSだ。GFSはスラスターと一緒に使う」雅樹の後ろから声が飛んだ。

「良く分からないのですが」

「これだからバカは困る」東雲は吐き捨てるように言い、説明した。

「お前らの脳みそでも分かるように言うと、凄いエンジンが背中についてて頭の中で武器をイメージするとその武器が手の中にポンと出てくるシステムがあって、腕と足を空中で広げると軽量メタル製の飛膜が展開するシステムもそのスーツについてるってことだ。満足か?」

「それはどうやったら機能するのですか?」

「全員ついて来い。出発だ。お前らがノロいせいで予定より遅れている」

「しかし、まだ・・・」

「黙ってついて来い」

東雲についていくと先ほど見た螺旋階段状のエスカレーターに東雲は乗った。

そのまま三階まで上がった。

「全員いるな?では目をつむれ」全員が目をつむると「想像しろ。『武器』を」といきなり東雲が言い出した。

「武器って・・・」誰かが質問しようとしたが「黙れ」と東雲が制止した。

雅樹は目をつむって考えた。

武器・・・武器・・・武器・・・

剣とかか・・・?

そう考えていくと短刀が二本、思い浮かんだ。

その瞬間、両手に何か重いものが出現した。

目を開くと、何とそこには両手にしっかりと握られた、短刀が二本あった。

しかし、不可解なことがひとつあった。

外見である。

本来、ギラリと光っているはずの鉄製の刀身は形こそ刀ではあったが、端的に言えばEUCと同じ素材のように見えた。

光で構成されたような質感。

束も同じであった。

だが、刀身にも束にも触れることはでき、重みもちゃんと感じた。

「それがWISだ」いつのまにかそばに来ていた榊が雅樹に言った。

「一体どうやって・・・」

「説明は後だ。今は仲間を助けに行かねば」榊はそう言うと東雲の方へと歩いていった。

あたりを見回して雅樹は驚愕した。

全員武器を持ってはいる。

しかし、持っている武器がみな銃器なのだ。

剣を持っているのは雅樹だけであった。

風香でさえもハンドガンを持っていた。

「全員武器は装備したな。では榊がいる方へ移動しろ」

武器を見て目が点になっている新入隊員達を気にすることなく、東雲は榊の方へと移動した。

全員が榊の周囲に集まったところで、榊が話し始めた。

「これから俺がここについているボタンを押すとこの壁が開く。そしたら全員飛び降りろ」

「いきなりそんな・・・」

「大丈夫だ。君達ならきっとやれるさ」言って榊は扉の横につけられているボタンを押した。

すると、壁が表向きに開き目の前に高層ビルの屋上が並んでいる光景が広がった。

雅樹は驚き、「なんでこんなに高いところに?」と榊に質問すると「テクノロジーだよ。さあ、飛び降りろ」とだけ言った。

最初は躊躇していた新入隊員達だったが、だんだんと勇気のある者から順にダイブしていった。

ひとりにつきひとりという割合でアシスタントのセイバーズも一緒にダイブしていた。

そんな調子でひとりまたひとりと基地に残っていた新入隊員が減っていき、とうとう風香と雅樹だけになってしまった。

「どうしよう・・・雅樹・・・」風香がおびえた様子で言ってくる。

すると後ろから東雲が「後はお前らだけだ。急げ腰抜け」とせかした。

「よし、なら一緒に行こう。二人なら怖くないはず」

「うん!そうしよ!」

「じゃあ、いちにのさん、でな」

「分かった」

「いち・・・」右足を前に出した。

「にの・・・」足に力をこめる。

「さん!」そして、空へ・・・とはいかず、「やっぱ無理!私できない!」と風香がわめいた。

と、次の瞬間、何者かが風香の背中を押した。

風香は短い悲鳴を上げて落下していった。

それを見てアシスタントのセイバーズも風香を追って落下した。

風香が先ほどまでいた場所に視線を投じると東雲が立っていた。

「何するんですか!風香を・・・」

「あいつの心配より自分の心配をするんだな」

「え・・・?」と言った時には雅樹の体は宙に飛んでいた。

誰かが雅樹を押したのである。

そのまま落下していく。

恐怖で悲鳴すら出なかった。

すると隣に誰かがきて、雅樹の胸にあるボタンを押した。

その瞬間、背中からシュッという音がし、次に小さな爆破音が聞こえた。

それと共に雅樹の体はみるみる上昇していった。

だがコントロールができない。

パニックに陥った雅樹に隣にいた何者かが「考えろ!頭の中でどっちに行きたいか!」と叫んだ。

パニックではあったが、幸い考えるだけの気はまだ雅樹には残っていた。

とっさに『水平』という言葉が頭に浮かんだ。

すると驚いたことにスラスターは上ではなく前に進み始めた。

だが、まだ足と手はぶらぶらと揺れているだけで安定したとは言えない。

するとまたしても隣にいる人物が「手と足を地面と平行に広げろ!」と指示を出した。

雅樹は言われたとおりにした。

バサッいう音が耳元で聞こえた。

そして驚いたことに体もスラスターも安定を取り戻したのである。

進む速さは以上に速いものの、ヘルメットのおかげで息は苦しくなく慣れれば心地よいものなのだろうと思った。

下を見ると、車が行き交う車道が見えた。

横をみると手から飛膜のようなものが出て足とつながっていた。

下から雅樹を見れば丁度、モモンガのように見えることだろう。

心が落ち着いたので、命を救ってくれた恩人を見ようと顔を横に向けた。

しかし、ヘルメットで顔が見えなかった。

「あの、助けてくれてありがとうございました」雅樹は礼を言った。

「たいしたことではない」聞き覚えのある声であった。

「榊隊長・・・?」

「おや?今気づいたのか?」

「パニックだったもので」

「なかなかおもしろいものを見させてもらったよ」ヘルメットで顔が隠れてよく分からないが、恐らく今榊は笑っていることだろう。

「これからどこへ?」

「戦場だ」そう言って榊は左に旋回した。

「旋回はどうやって?」雅樹が大声で問いかけると、「曲がりたい方向に体を向けるか、あるいは頭の中で左旋回といえば曲がれる」と榊が答えた。

雅樹が言われたとおり、体を左に傾けるとスムーズに旋回をした。

榊と並び、しばらく飛んでいると榊がいきなり止まった。

止まり方が分からず、頭で必死に止まれと叫ぶとスラスターが止まってしまった。

雅樹は垂直に地面へ落下していく。

とっさに上!と頭の中で叫ぶとスラスターが再起動し、今度は真っ直ぐ上へ飛んでいった。

先ほどと同じ手順で水平を取り戻すと、榊の周りをぐるぐる回りながら「どうやって止まれば?」と質問した。

「おお、使いこなしてるな。止まり方は頭の中でスラスターの出力を下げ、飛膜をたたむんだ。そうすれば俺のように空中で立ったような姿勢で静止できる」

「説明不十分では?」

「やってみろ」

雅樹は頭のなかで出力下がれとスラスターに命令をした。

するとスラスターの勢いが弱まり、スピードが遅くなった。

両手両足を閉じ、飛膜をたたむと体は自然と縦になった。

しかし、文字通り『静止』で榊のもとへどう行くがわからない。

「隊長の方へはどう行けば?」また大声で質問する。

「先ほどと同じく体を行きたい方向に傾けろ。俺の方を向いたら頭の中で前へと命令をだせ」

言われたとおりにすると榊のほうへと行くことができた。

通り過ぎそうになり、焦ってとっさに「静止!」と叫ぶと体は止まった。

「いい忘れていたが、『静止』でも止まることはできる」と榊がつぶやいた。

「そんな・・・」

「まあ、そんなことはどうでもいい。あれを見ろ」そう言うと榊は地上を指差した。

そこには森があった。

その森の中から盛んにパンパンという銃声が聞こえていた。

「まさかあそこで・・・」

「そうだ。今まさにEUCと戦っている。ところで武器はどうした?」榊に言われ、雅樹は自分の両手を見た。

武器が跡形もなく消えていた。

「あれ?どこにいった?」体のまわりを探したが先ほどの短刀は見当たらなかった。

「落としたな、これは。安心しろ。また頭の中でイメージすれば出てくる」

雅樹は再び目をつむり、頭の中でさっきと同じ短刀をイメージした。

すると、また手に重いものが乗る感覚がした。

目を開くと短刀が両手にあった。

「今度は落とすなよ。行くぞ」榊が戦地へ行こうとしたが「待ってください」と雅樹が止めた。

「なんだ?」

「下降はどうやったら?」

「体の重心を前に傾ければ自然と下降する」

「頭の中で『下降』と言うのは?」

「いいんじゃないか」榊はそう言うと銃声がひっきりなしに聞こえてくる森へと降りて行った。

さっそく頭の中で『下降』と言うと、雅樹の体はゆっくりと下へ降りて行った。

森の中に降り立つと木の陰から榊が手招きをしていた。

榊の隣に行って雅樹は小声で「まだ戦闘中なんですか?」と聞いた。

「銃声はまだ聞こえるからそうだろうな。東雲から連絡が入った。このまま森で戦うと我々に不利らしいからなんとかここらへん一帯のEUC共を、平地か町に連れ出さないとならん」

「どうやってやるんです?」

「これから五人ほどこちらに来る。この森の周囲には約15人ほどのセイバーズが待機している。今戦ってる連中が空へ飛んだら外のやつらが、電波誘導装置を起動する。装置には特殊な電波を発する小型スピーカーが内蔵されている。EUCはその電波が好きでな。聞くなりすごい勢いでその装置に向かっていく。この森の中のEUCが全部外へ出たら俺たちの出番だ。森からEUCの背後に武器をぶっ放しながら突っ込む。無論、EUCも反撃してくるから一歩間違えば食われるぞ。それでなんとかEUCをビビらせたら次は俺たちも空へ飛ぶ。だが、俺たちは低空飛行だ。そのまま平地か町に誘導する。万が一、ついてこなかった時のために東雲が誘導装置を持っている。移動が完了したら、残りの地上にいるセイバーズがEUCを攻撃する。俺たちも地上へ降りて戦う。少々強引だが、こんな感じだ」

「町に人は?」

「避難は完了している」

雅樹は自分の持っている短刀を見ながら「これで大丈夫ですか?」と榊に質問した。

榊は少し笑って「大丈夫だ。俺が保障する」と自分の胸を叩いた。

「雅樹!」唐突に後ろから声が聞こえた。

振り返るとそこには風香がいた。

「静かにしろよ。EUCに聞こえたら終わりだぞ」

「ごめんごめん」風香は雅樹の隣に膝立ちになった。

「後、東雲さんと先輩三人くるよ」しばらく待っていると東雲が三人のセイバーズ隊員を引き連れてやってきた。

「榊、作戦はこいつらには言ったか?」

「ああ」

「武器は何にするつもりだ?」

「いつも通り、P90」

「たまには違うもの使おうとか思わんのかお前は」

「そういうお前こそいつもM4だろう」

「いや、最近はボウガンを使っている。今日もそれでいくつもりだ」

「俺はP90じゃないとやってられん」

「お前はそれ使ってないといつ死ぬかもわからんからな」東雲がそう言った瞬間だった。

前方からスラスターを起動する音がしたかと思うと、数名のセイバーズが空へと飛び立った。

それと同時に森の中にいたEUCがぞろぞろと森の外へと出て行った。

雅樹たちは息を殺し、木の陰に隠れてそれを見ていた。

あたりが急に静かになった。

「準備」榊が一声かけると東雲と他のセイバーズ三人がヘルメットを装着し、手に銃を作り出した。

雅樹も急いでヘルメットをかぶろうとしたがどうすれば良いかわからない。

とっさに『ヘルメット』と頭の中で言うと顔がヘルメットに包み込まれた。

しばらくすると森の外から先ほどと同じようなパンパンという銃声がしてきた。

榊がそれを聞いて「行くぞ」と雅樹たちに呼びかけた。

全員が一斉に走り出した。

森の中を銃声が聞こえる方向に向かって走った。

森の中は背の高い木のせいで薄暗かったがしばらく走ると明るい場所が見えてきた。

森から出ると何人ものセイバーズが吠えるEUCに向かって盛んに銃火を浴びせていた。

雅樹は一瞬、立ち止まりEUCの群れから間合いを取った。

榊は手に持った銃をみごとに操り、的確に弾をEUCのフォーカスに当てていた。

東雲もボウガンを使い、華麗な身のこなしでEUCの攻撃をかわしつつフォーカスを一発で破壊していた。

この二人がこの戦場に参戦しただけでセイバーズの勝ちは決まったようなものであった。

だが、EUCは数ではセイバーズよりも格段に勝っていた。

いくら倒しても次から次へと襲い掛かってくる。

雅樹はその戦いの渦に入れずに、ただ立ち止まり震える足を制御することで精いっぱいであった。

頭の中が混乱し、逃げようにも足が動かず、戦おうにも体が動かず、どうすればよいのか雅樹にはわからなかった。

その時だった。

前方で唸り声が聞こえた。

声がした方を見るとそこには雅樹に向かって身を低くし、牙をむく一頭のEUCがいた。

そのEUCは前に街で見たものと同じ形をしていた。

雅樹は両手を前に突出し、短刀を構え、戦闘態勢に入った。

「グアアア!」EUCが一声吠え、雅樹に向かって突進してきた。

すかさず雅樹は己の本能に従って横に転がり、なんとか一発目の攻撃を回避した。

すぐさま態勢を立て直し、EUCと向き直るとまたすぐに突進をしてきた。

先ほどの攻撃で相手の行動が少し読めた雅樹は横に走り、EUCが真横を通り抜けようとした瞬間、フォーカスに向かって短刀を突き刺した。

「ガツッ」鈍い音が響いた。

「な・・・!?」

なんと雅樹の一撃はEUCの皮膚に完全に防がれてしまったのである。

「グルルル・・・」EUCは怒ったのかどうかはわからないが低く唸り、雅樹をにらんだ。

雅樹は一目散に森の方へと駆け出した。

EUCがものすごい速さで雅樹を追ってくる。

倒木を飛び越え、連なる木々の間を駆け抜け、雅樹は必至で逃げた。

しかし、EUCに距離を詰められる。

後ろを見るとすぐそこまでEUCが迫ってきているのが見えた。

その瞬間、よそ見をしていた雅樹は倒木に足を取られ、こけて地面に体を叩きつけられてしまったのである。

「ううっ・・・」痛みに呻きながらもEUCが追いかけてきた方向を見た。

EUCは口を開き、雅樹の喉元に噛みつく準備をしてこちらに走ってきていた。

雅樹は何とか立ち上がった。

しかし、EUCが空中へ飛びあがった。

EUCの腹がはっきりと見えた。

その瞬間、雅樹の心臓がドクンと大きく鼓動を打った。

すべてがスローモーションに見え、EUCの体の真ん中にあるフォーカスが怪しく光った。

雅樹は右手に握っていた短刀をその光に投げた。

短刀はまっすぐに飛んでいった。

先ほどの攻撃をはじいたEUCの皮膚を短刀は通り抜けた。

だが、勢いは落ちない。

短刀の先端がフォーカスに触れた。

そのまま短刀は突き進み、フォーカスを破り、その先のEUCの背中を破り、外へと抜けていった。

「バキッ」割れたフォーカスが音を立てる。

そのままEUCはバアアン・・・と音を立てて光の粉となって消えた。

「今のは一体・・・」雅樹は自分の右手を見つめた。

今、この右手が異常な動きをした。

それどころか雅樹の体自体が異常な状態だった。

EUCの動きが遅く見えたり、すごい速さで短刀を投げることができたり・・・

「あ、風香たちは・・・」我に返り、今自分がどこにいるかを把握しようとした。

その時だった。

「雅樹、お前今どこだ?」ヘルメット内に声が響いた。

声の主は東雲であることが分かった。

「あれ?東雲さん?どこから」

「通信機能だ。スーツの。こちらから接続した」

「なるほど。今風香たちはどこにいますか?」

「空だ。EUCの数をだいぶ減らしたのでな。だが、それと共に俺たちの体力もかなり消耗したから、あとは他のセイバーズに頼むってことだ」

「俺は東雲さんたちに合流すれば?」

「急げ」それだけ言うと東雲は通信を切った。

だが合流といってもどこを飛んでいるのか見当もつかない。

空とだけ言われても困るのだ。

とりあえずはこの森から脱出しなければならない。

「スラスター起動」雅樹が一言言うと、スラスターが音を立て始めた。

「よしこれで・・・」次の瞬間、スラスターはすごい勢いで空へと上がった。

「とまれ!」とっさに口から言葉がでた。

しまった。

そう思った時には遅かった。

雅樹は真下へと落下していった。

「出力小!」また叫ぶ。

すると、スラスターはまた起動したが今度はゆっくりと上へ上昇していった。

両手両足を広げ、体の重心を前に持っていくとモモンガのような格好でこれまたゆっくりと前進を始めた。

「出力中」すこし早くなる。

「出力大」スラスターはうなりをあげて、ジェット機かと思うほどの速さで前進を始めた。

「小小小!」叫んでみるがスラスターは止まらない。

「出力小!」速度が落ちついた。

「三段階なのかこれ」ほぼ歩いている時と変わらない速度で空中でモモンガのような恰好で浮かんでいるとはなんとも滑稽だ。

もう少しスピードに乗りたいものである。

ふと、右をみると黒い点の集団が雅樹よりも下の高度ではるかに速い速度で空を飛んでいた。

もしかしたらと思い、その集団に近づこうとしたが今の雅樹のスピードでは追い付けそうにもない。

「はあ・・・」ひとつ溜息をはき、「出力・・・大!」と叫んだ。

まってましたと言わんばかりにスラスターは大きな音を立てて前進を始めた。

ものすごい速さだ。

先ほど榊と飛行していた時よりも格段に速い。

さらに高度が徐々に下がってまるで地面に突進していっているかのような恐怖感に襲われる。

集団の姿がはっきりと見えた。

間違いない。

六人のモモンガのように飛膜を広げた人が低空飛行している。

その下にはEUCの群れがあった。

目をギラリと光らせ、上空を睨みながら走っている。

雅樹はその集団と同じ高度に達すると横に飛行し、距離を詰めた。

だが、全員ヘルメットをかぶっていて誰なのかわからない。

その中に他の人よりも背が小さいセイバーズ隊員がいた。

その人物は雅樹の方を見た。

雅樹はまた頭の中で短刀を想像し、手の中に作り出した。

それを見せると背の小さいセイバーズは軽く手を振った。

やはり風香であった。

「遅いぞ」またヘルメットに東雲の声が響く。

「それどうやってやるんですか?」

「頭のなかで通信したいやつの名前を思い浮かべればいい」

雅樹はためしに『風香』と心の中でつぶやいた。

「あ、風香?」声を出してみる。

「え!?あれ?雅樹?」どうやら風香はこのシステムを知らないようであった。

「どうやって話してるの?」

「このスーツについてる通信機能使ってる」

「なにそれ?どうやってやるの?」

「心の中で話したい相手の名前を思い浮かべるんだよ」

「じゃ、一回切って」風香にそう言われたがどう切ればいいのかわからない。

「俺わからない」そう言ってみたが風香からは返事がない。

勝手に切れたのだろうか。

「雅樹?」不意に風香の声が聞こえた。

「おう」

「おお!ちゃんとつながってる!」

「切るぞ」

「え、ちょっと待っ・・・」風香の声が途切れた。

次に雅樹は東雲に通信をした。

「東雲さん?」

「なんだ」

「あの、通信を切りたいときはどうすれば?」

「切りたいと思えば勝手に切れる」

「ありがとうございます」

東雲との通信が切れると次は「雅樹」と榊から連絡がきた。

「遅れてすいません」

「いや、間に合ったのだから大丈夫だ。それよりも下を見ればわかると思うが今我々はEUCの群れを誘導している。誘導目的地で待っているセイバーズと相談して目指す場所は町と決めた。このまま真っ直ぐに飛んでいけばいずれ着く。目的地に到達したら待ち伏せしているセイバーズが一気にEUCの群れに攻撃する。わかったか?」

「大丈夫です。俺たちも援護するんですよね?」

「できる限りな」

「わかりました。通信を切ってもいいですか?」

「待て。もうひとつある」

「なんです?」

「君が使用している武器だが、変えようとせずそのままいけ」

「え、なぜです?」

「近接戦闘武器は殺傷力が高いからな」

「銃器のほうが上だと思っていましたが」

「まあ、銃もいいんだが頭の中でイメージするのが難しいんだよ」

「構造の問題ですか?」

「そんなところだな」

「でも先ほどは隊長方は銃を容易に作り出しているように見えましたが」

「構造が頭に入っているからだ。だが君の場合、設計図など覚えなくとも簡単に剣のひとつくらいイメージできるだろう?」

「ええまあ」

「対EUC戦の場合、近接戦闘武器は本来の使い方はあまりしないのだよ」

「どういうことですか?」

「簡単に言えば投げて戦うんだ」

雅樹は先ほどの戦いを思い出した。

確かにあの時は投げた。

直接突き刺すよりも威力が上がっていた。

「わかりました。その戦い方でいきます」

「ふむ。君ならそう言うと思ったぞ。見ろ。あれが町だ」

雅樹が前方を見据えると住宅街が見えた。

人の姿は見えなかった。

だが恐らくあの家々の陰にセイバーズが隠れているのだろう。

町に近づいた。

もう目と鼻の先にある。

スラスターの出力を低下させて減速する。

その時、家の陰から光るものが高速で放たれ下を走るEUCの群れに突っ込んだ。

EUCの群れが形を崩した。

榊が静止したので全員空中で静止する。

さっき放たれた一発の光弾を皮切りに無数の光弾がEUCの群れに向かって放たれた。

EUCの群れは左右に分かれ、混乱し始めた。

「俺たちも降りるぞ」榊が下降を始めた。

それに続いて雅樹たちも下降を始める。

雅樹はまだ慣れないスラスターでぎこちなく着陸すると頭の中で短刀をイメージした。

全員が武器を装備し、それを見た榊が小さくうなずく。

戦闘開始である。

雅樹たちは二手に分かれた。

そして小さなEUCの群れを円形状に取り囲み、走りながらEUCに向かって銃火を浴びせた。

雅樹は先ほど榊に言われた通りに短刀を力いっぱい投げた。

すると一匹のEUCに命中した。

短刀は深く刺さってはいるもののフォーカスをとらえてはいなかった。

短刀は光の粉になって消えた。

EUCは雅樹をにらみ、先ほどのEUCと同じく雅樹に向かって走ってきた。

すかさず短刀をもう一本作って狙いを定めて投げた。

短刀はEUCの開いた口に突っ込み、そのまま直進してフォーカスを貫いた。

EUCは消えた。

風香を見るとハンドガンを使い、5、6発でEUCを倒していた。

他の榊や東雲たちはさすがの実力といったところだろうか。

雅樹は前を見た。

もう一匹EUCがこちらに牙をむいている。

短刀を構えた。

EUCが突っ込んでくる。

雅樹は腕を振った。

短刀はまっすぐに軌道を描き、EUCのフォーカスに直撃した。

雅樹が倒したのが最後の一匹だったらしく、あたりにEUCの姿はなかった。

「他のEUCはどこに?」風香が榊に言った。

「恐らく、町だろう。他のセイバーズが誘い込んだはずだ」

「では俺たちも向かうぞ」東雲が言った。

「町はすぐそこだからスラスターを使う必要はないな」隊員のひとりが歩き始めた。

「銃は用意しとけ。雅樹は短刀をな」榊が呼びかけた。

雅樹たちは町へ向けて歩き出した。

「歩いてていいのかな?」道中で風香が話しかけてきた。

「いいんじゃないか」

「でも急がないと町で戦ってるセイバーズの援護、間に合わなくない?」

「そこまで弱くはないと思うぞ。それに東地区のセイバーズだって向かってるわけだし、さっき減らしたのと今減らしたのを考えればEUCに対しては数では負けてないと思う」

「なら心配しなくてもいいか」風香はハンドガンを手の中でいじりながら先へ歩いて行った。

「いい関係だな」後ろから唐突に声がした。

後ろを向くとそこには榊がいた。

「そうですか?」

「信頼関係で結ばれている感じがする」

「俺も風香も親がいませんから」

「共通点もあるのか」

「一度、遊んだ仲ですし」

「二人きりでな」

「・・・なにが言いたいんです?」

「俺は君と彼女の幸せを願ってはいるが、どうか親友以上の関係にだけはなってほしくない」

「ご心配なさらなくてもならないと思いますよ」

「君がそう思っていても」榊が前を歩く風香を見た。

「彼女が同じ気持ちかどうかは分からんぞ」とにやりと笑って言った。

「いや、しかし・・・」

「おっと、もう町に着くな。準備しとけよ」

「榊隊長」

「おーい!東雲!銃のコンディションはどうだ?」榊が叫ぶと一番前を歩く東雲が叫び返した。

「大丈夫だ」

「あの、榊隊長」

「雅樹、お前も戦闘準備ちゃんとしとけよ」そう言い残し、榊は前方へと歩いて行った。

風香がきて「なに話してたの?榊隊長と」と聞いてきたが「EUCについて」とだけ言った。

町が近づいてくると銃声が盛んに聞こえた。

「全員あの建物の影に入れ」榊が指示を出した。

建物の影に入って少し顔を出し、状況を確認した。

すると驚くべき光景が雅樹の目に映った。

町はかなり荒れており、崩れている民家がたくさんあった。

その町の中でEUCが群がっているところがあった。

EUCは明らかに先ほどよりも数が増えており、この町で最も高いビルに集まっていた。

そのビルの中には数十人のセイバーズがおり、EUCに向けて銃を撃っていた。

ビル内にはまだEUCは入ってきてはいないようだった。

「ちくしょう・・・こんな時に数増やしやがって・・・」東雲が悔しそうに言った。

「このままでは全滅だな・・・」榊は険しい表情をしてうめいた。

雅樹はふと不思議に思い、「なぜここまで追い込まれているのにあの班の隊長は連絡をしなかったのでしょうか?」と榊に言った。

「妨害だ」

「妨害?」

「EUCは数が多くなってある程度の興奮状態に陥ると通信機能をダウンさせる電波を体から放つんだ。その場合、通信機能が使えなくなる。まあ、それに対抗できる通信機器もあることにはあるんだが、本作戦はこんなにEUCが増えることを予測していなかったから全員通常のものを使っているんだよ」

「どうします?」

「上空からの攻撃は有効だがスラスターの残りのエネルギー残量を考えると長時間の戦闘は無理だな。

だとしたら地上か、地下から行くしかないのだが地下は除外として地上で戦ってもあの量じゃ勝ち目はなかろうな」

「おい、榊」不意に東雲が榊を呼んだ。

「なんだ?」

「誘導装置でなんとかなるんじゃないのか」

「なるほどな。そいつならEUCを引き付けることも可能か」

「その間にビルにいる連中を脱出させればいい」

「で、誘導装置を使ってどこに引き付ける?」

「ここからある程度離れたところに投げればいいんだろうがその場合、誘導装置がEUC共に破壊されて機能しなくなり、また俺たちのほうに戻ってくる可能性が高い」

「誰かが誘導装置を持って引き付けるか?」

「そうなるな。だが、問題は誰がやるかだ」

「それなら心配するな。俺がやる」榊がスラスターの起動準備を始めた。

「これを」東雲が誘導装置であろう細長い機械を渡した。

「それじゃまた全員生きて会おう」榊がヘルメットを装着し、空へと飛んだ。

雅樹たちはビルの影からEUCを監視した。

すると、しばらくしてEUCがビルから離れ町の左側に移動し始めた。

どうやら榊が誘導装置を起動したようだ。

雅樹たちはEUCが遠ざかっていくのを確認するとビルにいるセイバーズの方へと走って行った。

「もう大丈夫だ。降りて来い」東雲が声をかける。

ビルにいたセイバーズが全員降りてくると東雲が一人の隊員に話しかけた。

「なんでEUCがあんなに大量にいたんだ?」声をかけられた隊員は「わからない。俺たちがお前たちの排除したEUC以外の残ったやつらを潰そうとしてたら、北の森の方角からEUCが大量にやってきた。あっという間に取り囲まれてやむなくこのビルの上にスラスターで移動した」と答えた。

「お前たちの班の隊長はどうした?」

「あっちにいるよ」隊員は先ほど雅樹たちが隠れていたビルの方を指差した。

「おい、雅樹。お前は隊長と話してこい。俺はあいつらに話を聞く」と言って東雲は空を指差した。

そこには何個もの点がこちらに向かって飛んできていた。

恐らく、援護隊のひとつだろう。

「わかりました」返事を返し、雅樹は隊長を探した。

隊長はそう苦労しなくとも見つかった。

腕に赤い布を括り付けていたのだ。

「あの、隊長さんですか?ビルの上にいた班の」

「ああ、そうだよ。君は榊の班の隊員かい?」

「そうです。水沢雅樹と申します。新入隊員です」

「新入隊員?なぜこんな戦地に?」

「人手が足りなくて」

「そうか。僕の名前は坂本祐太。西地区エリア2のセイバーズの隊長だ。榊とは昔からの仲でね。そういえば榊の姿が見えないのだけどどこに?」

「誘導装置を持ってEUCを引き付けてます」

「え!?それはかなり危険な状態じゃないか?すぐ助けに行かないと」

「いえ、スラスターを使ってますし、榊隊長ならきっと大丈夫ですよ」

「ならいいんだが・・・まあ、いちおう僕の班の一部に様子を見させに行こうか?」

「スラスターは使えますか?」

「それが・・・ここに来るまでにかなり使ってエネルギー残量がだいぶ少ないんだ」

「それで助けも呼びに行けなかったんですね」

「そうだ。動けなかった」

「地上から行くのは得策とは思えないので、榊隊長の班の一部から東雲さんが指示して行くと思います」

「残量は大丈夫なのかい?」

「彼らが戦っていたところがここからそう遠くない位置なので大丈夫かと」

「わかった」坂本がそう言うと、空からスラスターのエンジン音が聞こえてきた。

地上に降り立ったセイバーズは榊であった。

「榊!怪我はないか?」と坂本が声をかける。

「おお、坂本!久しぶりだな。俺は大丈夫だ。それよりもEUCが来るぞ」

「本当か?」

「いや、すぐってわけじゃないがやつらが俺が隠した誘導装置を見つけだして破壊すればこちらに戻ってくるだろう」

「その間に作戦を練らないと・・・どうする?」

「心配するな」榊は少し笑って「俺に考えがある」と言った。

「考えって、まさかあれか?」

「そうだ。雅樹、君にも説明しよう」

「え?」

「まあ、聞け。まず作戦名は『盾と槍作戦』だ。ここにいるセイバーズを四角形の陣形にする。ここには約40人ほどいるだろうから縦10横4の陣形を作る。そしてWISで盾と槍を作り出し、四角形の横の二辺に並んでいるセイバーズは体の正面に盾を構える。縦の二辺も同じく体の正面に盾を構える。次にその盾の中にいるセイバーズは全員頭上に盾を構える。すると上と左右が盾に囲まれるだろう?こうして我が身を守りながら槍を突き、EUCと戦えるのだ」

「しかし盾にも限界があるのではないですか?」

「盾の耐久値に限界が来た時はいつもと同じ戦い方だ」

「だが、榊。『盾と槍作戦』は指揮官が全体に目を配ってその都度明確な指示を飛ばさねばならないんだぞ?あのEUCの量からして難しいと思うんだが・・・」と坂本が眉間にしわを寄せて言った。

「8人5グループ1隊長制にする」

「なんだそれ?」

「横4縦10の四角形陣形を8人に分け、5つのグループを作る。そのひとつひとつのグループに分隊長を一人ずつ配置する。俺が各グループの分隊長に指示を出し、その分隊長が自分のグループの7人に俺が伝えた指示を出す」

「なるほどな。それで効率よく指示が伝わるのか。よし、それでいこう」

「では3グループの分隊長はうちから出そう。残りの2グループはそっちで頼む」

「了解した」坂本は走り去り、自分の班を招集した。

「雅樹、東雲にも伝えてくれないか?」

「わかりました」雅樹は東雲のもとに行き、「榊隊長が森にいるEUCを一掃する作戦があると」と報告した。

「なんだ?」

「『盾と槍作戦』です」

「851か?」

「はい?」

「8人5グループ1隊長制か?」

「はい。そうですけど、なぜご存じなんですか?」

「昔やったからな」

「そうなんですか。では俺はこれで」雅樹は次に風香を探しに行った。

風香は一人の隊員と話していた。

その隊員が去ったので雅樹は風香のところへ行き「風香。作戦聞いたか?」と話しかけた。

「今聞いたよ。私と雅樹は違うグループみたい」どうやら風香は知っていたようだった。

「ここで食い止めないと後がやばいよな」

「榊隊長も東雲さんもいるし大丈夫だよ」

「あの二人がいるとなぜか安心するよな」その時、「東地区のセイバーズは全員集合せよ」という榊の声が響いた。

雅樹と風香はうなずき合い、榊の声がした方へと走った。

人が密集している場所を見つけ、その中に入る。

中央には榊がおり、雅樹と風香の姿を確認すると「ではこれより西地区と東地区のセイバーズによる『盾と槍作戦』を実行する。全員説明は聞いていると思うので省くが陣形を構える場所はこの町の北に位置する森の前だ。そこなら陣形が突破されても町の中でまた戦うことができる。全員わかったな?」と全員に言った。

「はい!」隊員全員が声を揃え、榊の問いに答えた。

「全員配置につけ」その榊の一言で東地区のセイバーズは動き始めた。

だが、雅樹は何も告げられていなかったのでどうすればよいかわからない。

そこで「俺はどこへ?」と榊に質問した。

「俺についてこい」雅樹は榊の後ろについて歩き出した。

「俺たちの班は一番前だ。雅樹は一番安全な真ん中に配置される」

「盾の耐久値が落ちて乱戦になった場合、俺はどうすれば?」

「まあ、その時は死なないように自由に動け」

「え・・・」死なないようにと言われてもよくわからない。

雅樹は少しばかりの不安を抱え、森の前に立った。

そこには何人ものセイバーズが四角形に並んでいた。

全員しゃがみ、緊張した面持ちでEUCの再来を待っていた。

雅樹の班も位置につく。

雅樹が持ち場でしゃがんでいると頭の中に風香の声が響いた。

「雅樹?」

「なんだ?」

「雅樹どこ?」

「俺は一番前。榊隊長と一緒」

「私一番後ろ。東雲さんと一緒」

「お互い死なないように頑張ろうな」

「うん」風香との通信はそこで切れた。

雅樹は思った。

ここで俺たちが負ければEUCはここよりもさらに先に進み、バリア内は大変なことになる。

なんとしてでも食い止めねばならない。

そう、命をかけてでも。

森の中から地響きがした。

頭の中に榊の声が響く。

「全員盾と槍を構えろ。なんとしてでも俺たちがここでやつらを潰す。腕が食われても足が食われても這ってでも戦え。エリア5は俺たちが、セイバーズが絶対に守る」

「よし!」

「やるぞ!」

「潰せ!」

榊の声に全員が呼応する。

前の班から順に盾と槍を出現させ、構える。

いよいよ始まろうとしていた。

東地区および西地区のセイバーズの戦いが。

水沢雅樹の戦いが。

森の中から着実に死の足音が近づいていた。


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