第六章 共に出掛け、共に戦う
カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。
区分型第500地域東地区の朝である。
雅樹はベッドの上で背伸びをし、あくびをひとつしていつものように台所へ向った。
今日は休日なので朝食はゆっくりと食べることができる。
三ヶ月連続でトーストだとさすがに飽きるがこれくらいしか雅樹には作れないので仕方がない。
バターしか塗っていない味気のないトーストを食べていると電話が鳴った。
雅樹は榊隊長かと思い急いで電話のそばへ行き、受話器を取った。
「もしもし?」
『お?雅樹?』
しかし聞こえてきたのは男子の声ではなく女子の声であった。
風香である。
「なんだよ。風香か」
『え!?なんだってなにさ!』と怒ったように言う。
「いや榊隊長かと思って期待してたのに」
『残念でした。私ですよ。風香!』
「そだね」
『そっけないなあ』
「で、何の用だ」
『いや、今日暇かなあと』
「まあ暇だけど」
『じゃあさ、そのどっか行かない?』
「どこ行くの?」
『どこでもいいよ!』
「う~ん。特に行きたいところがない」
『じゃあこの街の中心部行ってみよ!』
「遠い」
『地下鉄あるじゃん』
「金の無駄」
『そう言わずにさあ』
「まあいいか。行こう」
『よし!じゃあきまり!昨日待ち合わせたところでまた』
「了解した」
電話が切れると雅樹は食卓に戻りトーストを食べるのを再開した。
しかし風香め。
なんのつもりだ?
人がせっかく朝食を楽しんでいたというのにいきなり電話など。
そう思いながらも雅樹は出かける支度を済ませ、風香と約束した待ち合わせ場所に向った。
風香は先についており、白いスカートに白いパーカーという真っ白な姿で雅樹を待っていた。
「おーい風香。来たぞ」と一声かけると風香はくるっと振り向き笑顔を浮かべ、「おはよ!」
と言った。
「街の中心部だっけ?」
「そうそう!地下鉄で」
「そこでなにするの?」
「買い物とか!」
「食料なら間に合ってるが」
「違うよ~服とかだよ」
「服も足りてるが」
「でも買うの楽しいじゃん」
「動きやすくて春夏秋冬着れるやつ選べばいいんだよ。おしゃれとか要らない」
「そりゃ男子はそれでいいかもしんないけど女子は身だしなみとか気をつけないとダメでしょ?」
「まあそれもそうだな」
「やっと分かったかあ!じゃ行こうか?」
「うん」
二人は並んで歩き出した。
しばらく歩くと地下へ潜るためのエスカレーターが見えた。
そこに入り、電車が来るのを待つ。
「ねえ雅樹。セイバーズの入隊式いつだろ?」風香が不意に聞いてきた。
「そんなものあるのかな?」
「あるよ~!一応ちゃんとした組織なんだし」
「ならその時に装備とかもらうんだろうな」
電車が到着し、二人は乗り込んだ。
座席に座ると風香が「どんな装備かなあ」と小さくつぶやいた。
雅樹も声の音量を落とし、「多分、すごく硬くてごついやつだと思う」と風香に言った。
「それは動きづらいでしょ」
「でもEUCの牙はすごく鋭いって聞いたし、たとえ動きやすくてもEUCの移動速度には敵わないだろ?」
「ああ、なるほどね。だから防御重視ってことか」
「そうそう。そんであいつらが近寄ってきたところで斬る!」
「斬る?」
「剣とかで」
「撃つんじゃないの?」
「いや剣は斬るためにあるだろ」
「じゃなくてさ、私が言ってるのは銃だよ」
「それ中高生が使えるもんじゃなくないか?」
「セイバーズは別とかあるんじゃない?」
電車が目的地に着いたのでセイバーズの装備についての会話はそこで終わった。
駅からでるとそこには大勢の人が行き交うさまと無数の建物が立ち並ぶ光景が目の前に広がった。
「すごいな・・・」雅樹は思わず自分の気持ちを口にした。
風香は口をポカンと開け、棒立ちになっていた。
しばらく二人して周りの景色を眺めていたが我に返り、「どこ行こうか?」と雅樹は風香に聞いた。
「服!服買えるとこ!」
「ふむ。服か。服はあの店か?」雅樹はウィンドウの中に服が飾ってある店を見つけ指差した。
「うん!あれ!」風香は言うが早いがその店に向って走っていった。
店の中に入ると色とりどりの洋服が置いてあり、試着室もたくさんあった。
だが雅樹がひとつ気になったのは女性客が圧倒的に多いことであった。
友人同士で来ている人やカップルで来ている人、一人で来ている人も結構いた。
「雅樹!こっち!」声の方を見ると風香が何着かの洋服を腕に抱え、試着室の前で手を振っていた。
雅樹は風香のもとへ行くと「あんまり大きい声だすなよ・・・恥ずかしいわ」と文句を言った。
風香はそんなこと気にしていないというような顔で自分の腕の中の洋服たちを指差し、「これ着てくからちょっと見てて!」と言って試着室に入っていった。
しばらくして試着室のカーテンが開き、先ほどの白いスカートに白いパーカーという姿とは打って変わってデニムの短いスカートに水色のTシャツという活発そうな女の子に様変わりしていた。
風香は「どう?」と目を輝かせて聞いてくる。
「なんかチャラい。そしてスカートが短すぎる。お前は一体なにを狙っている?」
「な!別になんも狙ってないよ!可愛いから着てみたの!」そう言い残して再び風香は試着室で着替えを始めた。
それからまたしばらくしてカーテンが開き、風香は白いワンピース姿になっていた。
「おお、これはまたさっきとは違って清純な感じだな」
「気に入った?」
「俺が気に入るか入らないかは関係なくないか?」
そう雅樹が言うと風香はすこし頬を膨らませ、また着替えに戻ってしまった。
雅樹はなにか気に触ることでも言っただろうか?と考えたが良く分からなかった。
風香は試着室の中で何を着てみるか悩んでいるのかなかなか出てこなかった。
雅樹が暇になって携帯をいじっていると「お?雅樹!」と聞き覚えのある声が左の方から聞こえてきた。
嫌な予感はしたが勇気をだして雅樹は声のした方に目を向けた。
やはり・・・
そこには葵が立っていた。
小さい女の子と手を繋いでいる。
恐らく葵の妹だろう。
葵がこちらに向って歩いてきた。
雅樹と距離が近くなると「雅樹、こんなとこでなにしてんだ?」と聞いてきた。
雅樹が今、最も聞いてほしくない質問内容であった。
「お、お前こそこんなとこでなにを?」
「妹に服買ってやれって母さんがうるさいからさあ。ここ子供服も売ってるらしいし」
「ほお。そうか。じゃごゆっくり」
「そりゃどうも」
「・・・・」
「・・・・」
「なあ葵」
「なんだ?」
「妹に服買ってやるんじゃないのか?」
「そうだよ」
「なら早く買いに行けよ」
「ん?なんだ!その言い方!」
「おい!大声出すな!」
「はあ?なんでだ!」葵がそう叫んだ瞬間、目の前の試着室のカーテンが開き不思議そうな顔をした風香が出てきた。
風香は葵と目が合うと「葵君!こんにちは」と挨拶をした。
葵は照れながら「こ、こんちは」とあいさつを返した。
すると風香が葵の妹に気づき、「ん?この子は葵君の妹ちゃん?」とにこやかに葵に質問した。
「ああ、はい。そうです。これは俺の妹で名前は楓といいます」
「うわあ~!すごく可愛いじゃん!」
葵の妹は風香の勢いに怯んだのか葵の後ろに隠れてしまった。
「照れ屋さんなんだね」と風香は笑いながら言っているが葵の顔は全く笑っていなかった。
葵は風香に「ちょっと雅樹と話してきてもいいですか?」と質問した。
「いいよ!私、楓ちゃんと待ってるから」
葵は物凄い力で雅樹の腕を掴み、店のトイレ付近まで引っ張っていった。
「貴様、なぜ風香ちゃんと一緒にいる?」と相当怒っているのか声を震わせて言った。
「服買いに」
「付き合ってんのか?」
「いやまさか」
「じゃあなんなんだ?」
「今日電話かかってきて・・・」
「おい、ちょっとまった。つまり風香ちゃんじきじきのお誘いなのか?」
「おう」
「『おう』じゃねえよ!何俺を置いて仲良くなってんだ!」
「風香が好きなら風香にそう言えよ」
「な、別に好きとかそういうのではない」
「本当か?」
「・・・」
「おい」
「・・・はい、好きです」
「まあバレバレだけどな」
「やっぱりかあ!風香ちゃんも知ってたりするかな?」
「大丈夫だろ。あいつ天然だから」
「お前は好きなの?」
「いや全く」
「お前が好きじゃないとしても風香ちゃんがお前をどう思ってるかが問題だ」
「別になんとも思ってないんじゃないか」
「お前はバカだなあ!出かけようって誘われたんだから好きに決まってんだろ!」
「まあとりあえずお前の妹と風香を待たせると悪いからもう戻ろう」
「待て。最後にひとつ質問が」
「なんだ?」
「もし風香ちゃんが告ってきたらどう答える?」
「さあな」
「それだけかよ!」
「今はなんとも言えん」葵はふんと鼻を鳴らすと風香と楓のもとへ戻っていった。
戻ってくると風香と楓はすっかり意気投合したのか、二人で笑い合っていた。
すると楓が「あ!お兄ちゃん!雅樹の彼女、すっごくおもしろいんだよ!」となんの悪意もない可愛らしい笑顔でそう言った。
「え!?いや、違うって!楓ちゃん!そんなんじゃないよ!」と風香が必死に弁解した。
葵は顔がこれ以上ないほどに暗く沈んでいた。
雅樹は「楓。違うぞ。俺はこの人とは『友達』でしかないんだ。そう簡単にカップルは成立しないんだ」と楓に教えた。
楓は首を傾け、不思議そうに雅樹を見上げていた。
すると葵が「さあ楓。帰ろう」と楓の手を握って言った。
「待って!私の服は?」と楓が叫ぶと「別のところで買ってやろう。なんなら兄ちゃんが作ってやってもいいぞ」と葵がなだめた。
その言葉を聞いて楓は落ち着き、おとなしく兄と一緒に帰っていった。
「葵君大丈夫かな?」
「気にするな。いつものことだ。明日になればまたうるさくなってる」
「そっか・・・雅樹?あの、さっき楓ちゃんが言ってたことだけど・・・」
「知ってる。楓の勘違いだろ」
「分かってくれてるなら良かった!それよりも葵君となに話してたの?」
「うーん。たいしたことではない。気にしなくても大丈夫」
「ならいいや。あ!でさ、買う服決まった!」風香は白いワンピースを雅樹に見せてきた。
「結局それか。俺の目に狂いはなかったな」
「はいはい。お会計済ませてこよ」
雅樹は風香に軽く受け流されて若干腹が立ったが「先出てる」と風香に告げ、店の外へ出た。
しばらくして風香も出てきた。
「次はなんだ?靴か?また服か?」
「え?もう買わないよ」
「それだけでいいのか?」
「そこまでお金ないしあんまり使ってると生活費が少なくなっちゃう」
「へえ結構考えてるんだな」
「まあね」少し照れたように風香は笑った。
雅樹は目を奪われた。
知らず知らずのうちに心臓の鼓動が高くなっていく。
雅樹は風香の方へと近づいた。
そして・・・
風香をスルーし、その先の『鉱物店』なる店に歩き出した。
「ちょっと!雅樹どこ行くの?」風香が雅樹の後を追う。
店のドアを開け、中に入るとそこは雅樹にとって楽園のような場所だった。
大小様々な鉱物が光り輝いていた。
「なにここ?石のお店?」後から追いかけてきた風香がいう。
「すごく美しいよ」雅樹がポツリと言った。
「え!?あ、いや、それはその・・・ありがとう・・・」また風香が照れる。
「違う。この美しい石達のことだ」
「石?ああ、確かにいろんな色があってすごくきれい。って私じゃないのか!」風香は先ほどの倍くらい赤くなった。
雅樹は店の中の石達に夢見心地で近寄っていった。
その中のひとつを手に取ると風香に振り返り、「これはアメシスト」と一言言った。
「ん?なに?アメ・・・?」
「アメシスト」
「アメシスト?」
「別名紫水晶」
「きれいだね」
「ああ、本当に美しい・・・」
そんな調子で他にも色々な石を見て回った。
中には100グラムしかないのに5万円のスコールという石もあった。
風香は七色のオパールという石が気に入ったようだった。
雅樹は最初からデザートローズ一筋と決めている。
なので雅樹は店にいた1時間のうち30分をデザートローズ鑑賞に使った。
風香が「変な形!」と騒いでいた。
二人で色々な鉱物を見てまわった後、店から出た。
年老いた店主はなにも買わずに石だけ見ていった二人を睨んでいたが、雅樹は今度来る時はデザートローズを買おうと決めた。
そうすればあの愛想のない店主も笑顔になるはずだ。
さすがにあのスコールとかいう異常に高い鉱物は買わないが。
「はあ楽しかった!雅樹なにも買わなかったね」と風香が雅樹の横で笑った。
「今度来る時はあの店のデザートローズ買うよ」
「雅樹が石好きだったとは予想外」
「石は素晴らしい」
「私も今日少しだけ分かった気がする」風香が笑いながら言う。
「腹減ったなあ。早く俺達の番にならないかな」
今二人はファストフード店の列に並んでいる。
昼ごはんを食べるのをすっかり忘れていたので腹が減ったのだ。
「まあ朝から5時まで何も食べなきゃお腹も減るよね」
ひとつ前のカップルがハンバーガーとフライドポテトを受け取った。
店員の前にたつと店員はにこやかにチーズバーガーとフライドポテトとメロンソーダを風香に、ハンバーガーとコーラを雅樹に手渡した。
二人は適当に席を見つけ、座って食べ始めた。
「ハンバーガーなんて食べたの久しぶりだな」
「私も」
「・・・実にうまいな」
「それ思った」
二人はすごい勢いでハンバーガーを平らげた。
周りの客がいぶかしげに二人を見ていたがかまわなかった。
「ふう・・・お腹いっぱい」
「ところで今になって思い出したんだがさっき話してたセイバーズの装備のことでちょっと俺なりに考えてみた」
「なに?」
「多分剣とか槍もあって銃とかもあると思う」
「え、両方?」
「そう。人によって使いやすい武器が異なるだろうからいろんな種類を取り揃えてるはず」
「でもさ、中高生で武器に慣れてる人なんていないんじゃないかな?」
「俺達だけじゃないか。セイバーズの中では」
「どうして?」
「夕べ隊長が言ってたろ。『自分は元々持っている銃器に関するポテンシャルが他よりも上だった』って。
だから入隊することができたと」
「だったらなんで私達を?」
「隊長は俺達の覚悟が良く分かったからだって言ってたが、これは他に理由があるかもしれん」
「それはなに?」
「分からない」雅樹は立ち並ぶビルとビルの間に輝く夕日を見て言った。
「今はそこまで深く考えない方がいいかもしれないね」風香もまた、同じ方角を見て言った。
「飯も食ったしそろそろ出るか」
「そうだね。他のお客さんの目線が気になるし」風香が声をひそめて言った。
二人はありがとうございましたという声を後ろに聞き、店を出た。
「今日はありがと」
「暇だったし以外に楽しかったからいいよ。礼なんて」
「『以外』は余計だから!」風香が怒る。
雅樹は笑って「いや、でも本当に楽しい一日だったよ」と風香に言った。
それを聞いて風香もにっこりと笑った。
夕日に照らされた風香の笑顔はなんだがすごく綺麗で雅樹は恥ずかしさのあまり、顔を背けてしまった。
「ん?雅樹?どうしたの?あ!もしかして照れてる!?」風香が大声をあげる。
「うるさい。まぶしいだけだ」
「夕日が?」
「そんなところだ」
なんだ。。。と風香は肩を落としたがまぶしいと言ったのは嘘ではない。
それから二人は無言で駅へと向った。
駅の出入り口に着き、地下へ降りようと一歩踏み出そうとした瞬間だった。
ドーン・・・と遠くで何かが爆発したような音が聞こえた。
「今のは・・・?」風香が驚いたように言った。
雅樹はただならぬ気配を感じ、爆発音がしたほうに走っていった。
風香も後からついてきた。
途中で悲鳴を上げながら逃げ回っている人や子供をだっこして逃げている人が大勢いた。
雅樹と風香はその人たちとは真逆の方向に走っていった。
肺がつぶれそうなほど走り、一旦止まった。
もうほとんど人影はなく、雅樹と風香の荒い息だけが聞こえていた。
あたりを見回すと前方から煙が上がっているのが見えた。
どうやら歩道からのようだ。
雅樹がそちらに歩いていくと、右のわき腹に激痛が走った。
雅樹は1メートルほど飛ばされ、地面に叩きつけられた。
痛みをこらえ、立ち上がり前を見るとそこには動物のようなモノが四本足で立っていた。
「まさか・・・」
まさしくそれはEUCであった。
スポーツアリーナに落ちてきたEUCとは容貌も大きさも違うが、体のつくりはほぼ同じだった。
透明な体に狼のような顔。
スポーツアリーナで見たEUCよりはかなり小さいが喉元に噛み付かれたら確実に死ぬ。
しかも一体ではない。
ビルの影からぞろぞろと約5,6匹のEUCが出てきた。
いつの間にか雅樹のそばに来ていた風香が雅樹の手を握っていた。
その手は小刻みに震えていた。
一匹のEUCが狼の遠吠えのような声をあげ、二人に襲いかかってきた。
雅樹はとっさに、近くに落ちていた金属性のパイプを拾い上げそのEUCの頭に振り下ろした。
驚いたことに当たった感覚がしっかりと手に伝わった。
襲いかかってきたEUCは地面に倒れ、動かなくなった。
やったかと思ったがそのEUCはすぐさま立ち上がり、高く跳躍した。
そして口を大きく開き、前足を前に突き出し雅樹に噛み付こうとした。
しかし次の瞬間、EUCの腹に何かが貫通し地面に落ちたかと思った直後、光の粉のようなものとなって空中に消えた。
後に残った細いものを拾うとそれは弓矢の矢のようだった。
しかし、その矢は鉄製でも木製でもなくEUCの体と同じような物質でできていた。
その矢もすぐ消えた。
突然前方からうなり声が聞こえ、顔を上げるともう一匹のEUCが雅樹を睨んでいた。
雅樹は身構えたがEUCと雅樹の間に何者かが割って入った。
その人は牙をむくEUCに何かを打ち込んだ。
するとそのEUCは先ほどのEUCと同じように光の粉となって消えた。
「怪我はあるか?」
「え?」
「怪我はあるかと聞いている」
「さっき右のわき腹に一発くらいましたけど」
「痛むか?」
「少し」
「あそこに隠れていろ」謎の人物はビルとビルの間を指差して言った。
雅樹は風香を連れて指定された場所へ隠れた。
「あの人誰?」
「知らない」
雅樹は謎の人物を見ていた。
彼は手に持ったものを残りのEUCに向けている。
一匹のEUCが後ろ向きに吹っ飛んだかと思うと光の粉となり消えた。
しかし後の3匹が襲いかかる。
すると謎の人物は背中から火を出し、空中へ飛び上がりそのまま前に一回転し着地した。
驚いたことに3匹のEUCは全て光の粉となって消えた。
「もう出てきても大丈夫だ」
二人はビルの影からでて、謎の人物の元へと駆けていった。
その謎の人物は目が鋭く、口は一の字に結ばれ目鼻立ちのはっきりした顔をしていた。
「あの、あなたは?」と風香が質問した。
「東雲 茜だ」
「しののめってどんな漢字を?」
「ひがしにくもだ」
「なるほど・・・」
「しかしあきれたな」
「あきれる?」次は雅樹が質問した。
「お前達はセイバーズなのだろう?なぜ戦わない?」
「それはまだ装備もなにもない状態で・・・」
「だがお前は鉄パイプを持っていただろう。それでフォーカスのひとつやふたつ潰せたんじゃないのか?」
「フォーカスってなんですか?」
雅樹がそう質問すると東雲は呆れ顔で「そんなことも知らないのか」と言い、「EUCの仲核だ。そこを破壊すればEUCは消滅する」と説明した。
「さっき使っていた武器は?」
「ボウガンだ」
「それでEUCを?」
「ボウガンは発射数が他の銃器に比べて少ないが威力は高い。ゆえに使い方さえ間違わなければ一発でEUCのフォーカスを破壊することができる」
不意に後ろの方から「東雲。水沢隊員と水戸部隊員に会ったようだな」と聞き覚えのある声がした。
後ろを振り向くとそこには榊が立っていた。
「こんなやつら隊員などと呼べるか」東雲がはき捨てるように言った。
「俺が入隊を認めたんだ。そうカッカするな」榊がなだめる。
「しかし、榊。おかしいとは思わないか?バリア内にEUCが入ってくるなど」
「それに爆発音ときたか」
「EUCが発生するときの化学反応か何かによる爆発ではないんですか?」雅樹が口をはさむ。
しかし、「無知な新入りは黙っていろ」と東雲に言われてしまった。
続けて「スポーツアリーナで起こったことを忘れたわけではあるまいな?雅樹」と質問した。
「もちろんです」
「恐怖は感じたか?あのEUC共に襲われた時に」
「はい。感じました」
「スポーツアリーナの時と比べると恐怖の感じ方に違いはあったか?」
「それは・・・」雅樹は言葉に詰まった。
スポーツアリーナの時は恐怖よりも悔しさとか憎しみを強く感じていた。
だが先ほどは恐怖のみだった気がする。
「スポーツアリーナの時は恐怖よりも憎しみとか悔しさのほうが強く感じていました。さっきは恐怖だけだった気がします」
「そこだ。お前達はそこが駄目なんだ。確かにスポーツアリーナの時は友を潰されたことに対する怒りや悔しさを強く感じていた。だがそれらの感情を自らの力に変えることができない。ゆえにさっきEUCと対峙した時もその感情を表に出さずに足がすくんで動けなかった。EUCと戦う以上、武器のポテンシャルの高さよりも優先すべきことがある。それはいかにしてEUCに対する感情を自分の力に変えて戦えるかだ。お前達はセイバーズの存在を聞いた時に疑問に思わなかったか?なぜ大人がやらないのかと。なぜ中学生や高校生が強大な敵に命がけで立ち向かわなければならないのかと。それはな、大人には到底立ち向かうことのできない敵だからだ。子供が感じる恐怖と大人が感じる恐怖は少し違う。例えば子供は幽霊だの暗がりだのを怖がる。だが大人は心臓病だの税務署だの警察だのが怖い。つまり子供は異形のものや姿かたちがはっきりしないものが怖い。これは単純な恐怖だ。これには打ち勝つことができる。大人はより利害に関係するものが怖い。現実的な恐怖だ。これはどうやっても打ち勝つことはできない。幽霊や宇宙人などは得体の知れない、いるかどうかも分からない存在だ。しかし、殺人鬼、殴りかかろうとする人などは確実に存在し、自分に害を与える可能性がある。EUCはその現実的な恐怖を具現化したものだ。身なりこそ獣に酷似しているが、その根底にあるものは現実的な恐怖だ。確実に殺される。どんなにあがこうとも逆らえない恐怖だ。そう大人は感じてしまう。
だから体が動かない。だが俺達中高生は違う。恐怖を感じる対象がEUCの根底にあるものではなく、その容貌にある。ゆえに打ち勝つことが可能だ。単純な恐怖だからな。さらに俺達がEUCに対して抱く感情は恐怖だけではない。憎しみ、怒り、悔しさ、ありとあらゆる力に変えることのできる感情を俺達は感じている。EUCに勝つことができるのは俺達中学生や高校生だけなんだ」
風香が「でも・・・」となにか言おうとしたが雅樹が手で制した。
代わりに雅樹が「一体EUCとはなんなんです?」と質問した。
東雲の代わりに榊が「分からん。俺達も調査はしているが」と答えた。
「お前達は死なないように尽くせ」東雲が空を見上げて言った。
「はい」雅樹と風香は同時に返事をした。
夕日で赤く染まった空に雲はひとつもなかった。