第五章 君は全てをなげうてるか
雅樹と風香の目の前にいる高校三年生の男子は二人を見下ろしていた。
身長は目測で180以上はあるだろう。
180後半くらいだろうか。
体格は雅樹よりもはるかに良く、腕の太さはかなりのものだった。
目は鋭く、威厳に満ちていた。
「君らがセイバーズへの入隊希望者かい?」と榊が唐突に質問した。
雅樹と風香は声をそろえて「はい」と答えた。
榊はうなずくと「ではこれからいくつかの質問をする。まあ軽い面接のようなものだからそう固くならんでもいい」と雅樹と風香に言った。
「まず最初になぜ入隊を希望するのか理由を教えてくれないか?」
雅樹と風香が黙っているので榊が「考えがまとまったら水戸部さんから言ってくれ」と言った。
数分たち、風香が口を開いた。
「あの言ってもいいですか?」
「頼む」
そこで風香はひとつ深呼吸をしてしゃべりだした。
「私は昔親を亡くし、親戚も亡くしました。今はひとりで暮らしています。親は父母共に科学者で死因は実験中の事故だったと聞いています。親戚はEUCに殺されました。
私がまだ小学生の時です。その頃から明確な目標が私の中で決まっていきました。
これ以上EUCによる被害をださないことが私の目標です。なのでセイバーズに入りたいと思いました。厳しいことは分かっているつもりですが努力したいです」
言い終えて風香は雅樹を見て小さくうなずいた。
雅樹はうなずき返し、「俺も言えます」と榊に知らせた。
榊は「うむ」とうなずき「どうぞ」と言った。
「俺はアイツを殺したいです」
「ん?『アイツ』とは?」
「スポーツアリーナに落ちてきて俺のクラスメートを踏み潰したEUCです。アイツだけは許せません。なのでセイバーズで力をつけてアイツと戦いたいです。以上です」
榊はブランコに腰掛けていたが立ち上がり「二人の意思は良く分かった」とつぶやいた。
「俺が君らと同じ位の年の頃は身長170センチ体重52キロ50メートル走は7.9秒。
セイバーズになるには不十分な身体能力だった。それでも入隊を志願し、驚いたことに入隊することができたのだ。その時の隊長が俺をここに呼んだ」
雅樹は驚いた。
身長170、体重52、50メートル走7.9といえば現在の俺の身体能力と同じではないか。
「その顔は気づいたようだね?」と榊が言った。
風香はきょとんとした顔で雅樹を見ている。
「ここに呼ばれる入隊希望者はセイバーズで生き残ることが難しいと判断された者なんですね?」
「その通りだ」
なるほど。
ここに呼ばれた者に言われるのは恐らく・・・
「セイバーズには入らないほうがいい」榊がボソリと言った。
風香は困惑して「でも私達がんばれます」と小さな声で榊に訴えた。
「志の高さは十分に見て取れた。しかし君達の身体能力では厳しいと考えた」
雅樹は「でもあなたは入隊できたのではなかったのですか」と質問した。
「そうだ。入隊はできた。しかし俺の場合元々持っている銃器の技術が他の同期生よりもかなり上だったからは入れたのだ。君らの願書を見ている限りではそのような特化した技術は持ち合わせていないように思える」雅樹は思った。
確かに俺と風香はそんな技術持ってはいない。
だが普通に考えてどこの世界に銃器が扱える中学3年生がいるだろうか。
武器を扱う技術など持っていなくて当然ではないか。
すると「武器を扱う技術なんて持っていなくて当然じゃないですか」驚いたことに風香が雅樹が今まさに思っていたことを口にした。
風香は続けた。
「私達は今は未熟かもしれませんがセイバーズで色々学びたいです。武器のことだってセイバーズが教えてくれるのではないですか?今ここにいるのは勇気があったからです。
私達の持っている『入隊する勇気』をもっと考慮してほしいです」
さすがにこれはまずかった。
榊は低くうなるとまたブランコに座り、うつむいて動かなくなった。
「おい風香。今のはさすがに・・・」
「自分の思いを伝えないと相手も分かってくれないよ。だから言いたいこと全部言った」
「いや、でもさ・・・」
するとうつむいていた榊が「ここに来る勇気か」と雅樹と風香に向けて言った。
「ああ、確かにセイバーズに入るという決意をすることは勇気が必要だ。だがな、
セイバーズに入ってからだぞ。本当の勇気を発揮する時というのは。EUCと対峙する。
そのときのやつらの目を君らは見たことがあるか?殺気に満ちている。目線だけでも殺されそうな勢いだ。今までに味わったことのない生と死の境界線を死の方に落ちないように歩く恐怖。時には精神的にダウンする者もいる。だが俺はそれでいいと思う。なんだかんだで理由をつけてセイバーズを抜ければその先はなんの危険もない平和なスクールライフなんだ。つまりセイバーズに入るということは命がけで戦うということだけじゃない。
学校生活、日常、友人。今まで当たり前だったものを全てなげうつということも含まれている。それでも入るのか?その勇気、いや『覚悟』はあるのか?」
雅樹と風香には重すぎた。
まだまだ人生はこれからだという年頃なのに全てをなげうってセイバーズへ入る。
下手をすれば高校を卒業できずに死ぬかもしれない。
入隊をやめようかと考えた雅樹にある想いが駆け巡った。
それは例えようのないほど真っ直ぐで切実な想いであった。
自分が憎むEUCを全滅させ、全世界の人々を幸せにしたいとそういう想いであった。
そのためならなげうてるかもしれない。
EUCと戦う覚悟をして試練を乗り越えていけるかもしれない。
「榊隊長」
「なんだ?」
「一人の大切な友と100人の命。両方が危機的状況にあるとき、どちらを選びますか」
「その質問の意図はなんだ?」
「捨てるか捨てないかの問題です」
「というと?」
「大切な友の命の重みは自分からすれば他の100人の命の重みと同じくらいに感じるはずです。
しかし、現実的に考えれば一人を捨て100人を救った方が世のためになると思います。
友を捨てる覚悟があるかと聞かれれば迷わず俺は『ありません』と答えます。
友を捨てるか捨てないか。
それを決断するのは俺のような未熟者のすることではありません。
最終決定は全て幹部にゆだねられます。
なので俺はその最終決定が決まるまでは友と残りの100人を救う方法を考えます」
三人の間に沈黙が流れた。
榊は何かを考えているような顔をしてやがて「そうか」と小さく言うと続けて「今の説明は十分な説得力を持っているな」と笑って言った。
雅樹は内心驚いた。
この後に「君が言いたいことはなんだ」とか「結論は?」などと質問されるのではないかと考えていたからだ。
「認めよう」榊がポツリと言ってそれからまた大きな声で「認めよう」と言った。
風香が驚いた様子で「私達の入隊をですか?」と聞いた。
榊は深くうなずいて「そうだ」と答えた。
風香と雅樹は目を丸くしてお互い顔を見合わせていたがやがて「やった!」と風香が叫んだ。
雅樹も「おう!」と返事をする。
榊はにこにことしながら雅樹と風香を見ていた。
そして「では水戸部隊員、水沢隊員。セイバーズの活動内容など詳しい説明は後日行うから今日は家に帰って休んでくれ。入隊おめでとう」と祝福の言葉を述べた。
そして携帯を取り出し、画面をじっと見てから「ああ、それと俺はちょっと用事があるから先に失礼するよ」と言って公園から立ち去った。
風香は「よし!今日からセイバーズだ!」と満面の笑みを浮かべている。
しかし、雅樹は先ほどの喜びはすでに消えうせ代わりに不安が雅樹の心に渦巻いていた。
全てを捨てた。
今この瞬間から俺はただの学生ではない。
セイバーズのひとり。
すなわち今まで当たり前に感じていたことを全て捨てた人間だ。
果たしてこの先、EUCとの戦いに勝てるだろうか。
友を守れるだろうか。
「雅樹大丈夫?」と風香が心配して声をかけてきた。
よほど深刻そうな顔をしていたのだろう。
「セイバーズに入隊できて俺も嬉しいよ。でも今日から俺達はもう普通の中学生じゃなくなった。EUCに勝てるかも分からない。だからなんか素直に喜べない」
「でも全部捨てる覚悟があったから入ったんでしょ?私も雅樹も他の入隊者もみんな同じだよ」
「これから先のことは?」
「大丈夫」
「なんで?」
「変な話だけど私も雅樹もこれから先なにがあっても死なないって分かるんだよね」
「変な話だな」言って雅樹の顔がほころぶ。
あれ、なぜだ。
さっきまで不安だったのに不安が消えた。
雅樹の目の前にはにっこりと微笑む風香の顔があった。
「お前はすごいな」と雅樹が言うと「なんで?」と不思議そうな顔をする。
「なんでもない。よし帰るか」
「ちょっと待った。めっちゃ気になるんだけど?なにがすごいの?」
「帰ろ帰ろ」
「え~!教えてよ!」
そんな会話を交わしながらセイバーズに新しく入ることになった二人は夜道を並んで帰っていった。
暗い夜の闇の中から榊は現れた。
人目のつかない場所を見つけるとそこに行き、去年買ったばかりの携帯を取り出してある人物に電話をかけた。
数回呼び出し音が鳴ると『もしもし』と低い男の声が応答した。
「ああ、俺だよ」
『榊か。メール、見たようだな』
「夕飯食ったか?俺まだなんだが」
『これから一緒に食おうって言おうとしてるならもう遅いぜ。夕飯なら一時間ほど前に済ませた』
「ふむ。そうか。で?なんで俺に電話かけてこいなんてメールした?」
『分かっているだろうが』
「あの二人か」
『それ以外になにがある?』
「EUC殺したくてうずうずしてるとか」
『それは当たってるが今はあの二人のことを聞きたいんだよ』
「おもしろかったよ」
『なんだ?そのおもしろいって』
「水沢君は俺に質問してきたよ」
『ほう。なんと?』
「ひとりの大切な友と100人の命が危機的状況にあるときどちらの命を救いますか、とな」
『なんて答えた?』
「いや、俺は答えなかったが代わりに彼が答えたよ。両方助けるとね」
『なるほどな。それでお前は面白いと思ったわけか』
「そんなとこだな」
『もう一人はどうだった?』
「身長は小柄で下手したらすぐ死ぬだろうな」
『だが彼女はセイバーズにはいなければならない存在だ』
「ああ、そうだな。お前そういってたもんな」
『俺が考えた通りになったか』
「あの二人の入隊か?」
『そうだ』
「まあ確かに入れろとは言われたけど、俺にはどうもわからん」
『なにがだ?』
「こう言っちゃ悪いがあの二人の身体能力は他と比べればだいぶ劣っている。入れる意味あんのかね?」
『俺が目をつけてたやつらだ。役に立つにきまってる』
「そうかい。たいそうな自信をお持ちだ。だが忘れるなよ。階級的には俺のほうが上なんだぞ」
『またお前は小学生みたいなことを』
「ま、とりあえず今日は帰って飯食って寝るかな。おやすみ」
『じゃあな』そういい残して電話の相手は通信を切った。
「あいかわらず愛想がねえな。東雲。さてと早く帰るか」
榊は自分の家に向って歩き始めた。