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セイバーズ  作者: 六花
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第四章 入隊する勇気

誰かが血まみれで倒れている。

自分の手がマスクのようなものを握っている。

それを血まみれの人の口に当てている。

その人はうめいていたがやがて静かになった。

ゆすってみるが反応はない。

自分は立ち上がった。

雅樹は眠りから覚めた。

「夢か」

さっきの人はいったい誰だったのだろう。

その人の口に妙に見覚えがあり、なんだか薄気味悪かった。

嫌な考えを頭から追い出し、朝食を作りに台所へ歩く。

いつもはトーストに目玉焼きかあるいはご飯とベーコンだが、今日はトーストだけにした。

どこかの料理人のようにオリーブオイルだのタルタルソースだのと洒落た調味料を使って料理をする技術など雅樹にはないので祖母に教わった、おにぎりだとか煮物や漬物そういった簡易的なものしか作れなかった。

トーストを食べ始めようとした時、タッチパネル型の雅樹の携帯がメールの着信を知らせる音楽を奏でた。

曲は雅樹の学校の校歌。

つまり、雅樹の学校からのメールというわけである。

めったに来ないが、前に一度エレベーターが停止したので本日は休校とする、という内容のメールが送られてきたことがあった。

学校生活に関わる緊急の知らせ。

それを受け取るために、東中の生徒は全員入学した時に学校のメールアドレスを貰っている。

内容は次の通りだった。



宛先 エリア5東中高学校の生徒全員


本文 

本日は昨日起こった、EUC学校侵入事故(事件)の犠牲者の追悼式を行うため、授業は全て取りやめとします。

持ち物は特にありませんが、必ず全員喪服でくること。

集合場所はスポーツアリーナが使えないのでそれぞれのクラスで待機とします。

追悼の言葉は校内放送で述べます。

集合時間は通常登校日と同じです。

以上で終わります。



雅樹はトーストを食べ終え、パジャマから喪服に着替えてポケットにセイバーズ入隊希望書を入れ、学校に向った。

家を出てすぐ風香の姿を見つけた。

「風香!」

声をかけると、普通の女子の平均的な身長よりは少し低いであろう喪服姿の風香が振り返った。

雅樹の姿を見つけ、綺麗で小さい顔に笑顔が広がった。

「雅樹!おはよ!」

こちらから風香のもとへ行こうと思っていたのだが、風香のほうが雅樹よりもすばやかった。

こちらに走ってきたかと思うと「朝ごはん食べた?」と聞いてきた。

「食ったけど、その質問意味あんのか?」

「いや、だって雅樹一人暮らしだし。ちゃんと食べたかなーってちょい心配だった」

「いやいや風香だって一人暮らしだろ?」と少し笑って言った。

「そうだけど、雅樹は男の子でしょ?だから料理ちゃんと作れるのかなーって」

「なんだその差別的な考え方は。俺つい最近までばあちゃんと暮らしてたから料理の仕方は分かってるつもりだ」

「えー?私よりうまい自信ある?」

「うーん」

「?」

「ねえな」

「意外とあっさり認めたね」と風香はにこにこ笑っている。

それが皮肉をこめた笑みなのかただ単にこの会話がうけただけなのかは定かではないが、こんな可愛らしい子と一緒に登校しているのかと思うと少しばかり嬉しい雅樹であった。

しばらく並んで歩いていると「あの、昨日の話だけど」と風香が話しかけてきた。

「ん?」

「セイバーズ、入るの?」

雅樹はポケットから入隊希望書を取り出し、風香に渡した。

「入る」

風香は入隊希望書を雅樹に返して少し悲しそうな顔をした。

そして「うん。分かった。私も入るよ」そういった。

「え、ちょっと待ってくれ。そりゃ、危険すぎるぜ」

「分かってるよ。分かってる。でも昨日、家に帰って考えたの。EUCと戦わないといけないって。雅樹も同じこと考えたんじゃない?」

「まあそう考えたことは事実だ。あのEUCを殺さないとならないって」

雅樹が自分の心中を話すと風香は「ならこれ、今日一緒に提出しよ」と自分の入隊希望書を見せてきた。

雅樹はまた反論しようとしたが、風香の目がそれをさせなかった。

真っ直ぐに覚悟と期待、そして恐怖の入り混じった目をこちらに向けている。

「ああ。そうだな。追悼式が終わった後にでも」

雅樹が返事をすると風香は「うん!」と元気よく言った。

それから二人でなにも話さず学校に着くまで一緒に歩いた。

校舎の前まで来ると、葵がいた。

雅樹と風香に気づき、こちらに歩み寄ってきた。

風香が「誰?」と雅樹に聞いた。

雅樹は「親友」とだけ答えた。

そして葵が二人の前で止まると、風香が「あの、始めまして。水戸部風香と申します」と礼儀正しくお辞儀をして言った。

すると葵が「あ、あのぼ、僕は華松葵とも、申します」とかなり緊張した様子で言った。

さらに「こ、こやつの親友などをやっております」と雅樹を指差して付け加えた。

雅樹は「なあ、葵よ。お前の自分を示す一人称はいつから礼儀正しい僕になったんだ?」と少し意地悪く質問した。

風香は隣でクスクス笑っている。

「いや、イメチェンだよ」

「よく分からないな。なぜそんなことする必要がある?」とさらに攻め立てる。

すると、葵は雅樹の手を引いて学校の裏まで連れて行った。

その際、風香に「ごめん!ちょっと待ってて!」と叫んでいた。

学校裏までくると、葵が「なんでお前、あんな可愛い子と一緒に歩いてる!?どこで知り合った!洗いざらいはいてもらおうか」

と大声で言った。

「ふむ。簡潔に言おう。彼女は8組だ。親なし。昨日一緒に帰った。集団下校のとき知り合った」

「で?風香ちゃんの家に行って泊まったってか!」

「妄想もたいがいにしやがれ」

「いいなあ!あんな子と二人で登校など・・・許せん」

「うちの学校生徒数多いから探せばいくらでも可愛い子なんているだろ」

「この俺に話しかける勇気があると思うか?」

「EUC相手にするより何倍も楽だろ」

「ん?それどういう意味だ?」

「セイバーズ、俺入る」

「な・・・!マジかよ・・・お前死んだらどうすんだ?」

「別に俺死んだって困るやつなんかいねえよ。なにせ身寄りがないからな」

「いやいやお前が死んだら俺は悲しむぞ?」

「風香も入るしな」

「えええ!マジか!それこそ死んじゃったらそれはそれは俺大号泣だ!」

「安心しろって。俺も風香も死なないよ」

「お前結構しぶといもんな」

「分かってるじゃん。さすが我が親友」

二人で笑いあっていると学校のチャイムが鳴った。

「おっと。話しすぎたな。遅刻する。雅樹、行こうぜ」

おうと返事をして風香のもとへ戻る。

風香は「おそーい!」と怒っていた。

二人して謝りながら、別々のエレベーターに乗るため、さよならを行って別れた。

その時に風香と職員室行きのエレベーターの前での待ち合わせを約束していると、葵が恨めしそうにこちらを見ていた。

クラスに向うエレベーターの中で葵が「お前ほんとにずるいわ」と嘆いていた。

クラス内に入ると、喪服姿のクラスメート達がしゃべりもせず、遊びもせず黙って自分の席についていた。

誰もいない席が朝の日差しの中でさびしく輝いていた。

昨日の始業式まで生きていた人間が座っていた席。

雅樹はそう思うと悔しいような、悲しいような複雑な気持ちになった。

しかし、はっきりとあのEUCへの憎しみが深まっていくのを雅樹は感じていた。

雅樹と葵が着席するのと同時に担任が入ってきた。

こちらも喪服姿だった。

「えーみなさん、おはようございます」とまず最初に挨拶をした。

しかし、返事をするものは誰一人としていなかった。

担任はひとつ咳払いをして、「悲しい事です。我々は昨日、かけがえのない仲間の一部を失いました。原因はEUCと呼ばれる、電子が変化して生まれた非物質的な生物です。そのEUCの姿を見た人もいるでしょう。決してあれの姿形を忘れないでください。仲間の命を奪った原因なのです。みなさんが心に負った傷は深くて一生かけても癒えることはありません。今日は亡くなった仲間の意思を考え、仲間の死を悔やみ、みなさんがこれからできることについて考える日にしましょう。9時から校長先生のお話が始まります」こう言うと、担任も教卓に座った。

まもなく9時ちょうどに校内放送にて校長先生の追悼の言葉と生き残った生徒達への励ましの言葉が述べられた。

周りを見回すと泣いている者や黙ってうつむいている者がクラスの大半を占めていた。

しかし、雅樹はそのどちらでもなかった。

担任の言ったとおりに死んだ仲間の意思を考えていた。

はっきりと聞こえた気がした。

『アイツを殺してくれ。お前の力で殺してくれよ。雅樹』

雅樹は握った拳に力をこめ、追悼式が終わるまで拳にかかった力を緩めなかった。

追悼式が終わり、帰りの会が終わった後にすぐさま職員室行きのエレベーターに向った。

風香はすでに来ており、両膝に両手をあててぜーぜーと荒い息をしていた。

「おいおいどんだけ走った?」と雅樹が問うと「全速力」と短く答えた。

しかし8組からここまではかなりの距離があるのに全速力とはこいつは何者だ。

「行けるか?」

「・・・なん・・・とか」

「焦らんでもいいんだぞ」

「じゃ・・・ちょい休む」

風香はそう言うと床にへなへなと座った。

雅樹も隣に座り、廊下を歩いていく生徒達を眺めていた。

息が少しだけ整った風香が「葵君は?」と雅樹に問いかけた。

「帰ったよ」と雅樹が言うと「そっかあ」と少し残念そうに風香は言った。

雅樹は驚き、「葵のこと好きなのか?」と質問した。

風香は慌てた様子で「いやいや違うよ。おもしろい人だったからもう少し話せたらなあって思っただけ」とまたもや息を荒らげて言った。

それからしばらくして「よし!行ける」と風香が立ち上がり、職員室行きエレベーターに二人で乗った。

エレベーターを出て職員室につながっている右側の通路を歩く。

左はトイレであった。

職員室前で立ち止まり、スポーツアリーナに備え付けられているものと同じような機械に学生証を提示する。

その機械が学生証をスキャンし、「水沢雅樹、第3学年3組出席番号12番確認」と感情のない声を出す。

そこで初めて職員室への入室が許可されるのだ。

職員室に入ってそばにいた先生に「セイバーズの顧問の先生はどこにいらっしゃいますか?」と質問する。

すると驚くべき答えが返ってきた。

「セイバーズの顧問?ああ、いないよ」とその先生は答えたのだ。

すると風香が「でも先生がいないって、どういう・・・」と困惑した表情で聞いた。

「わからないなあ。国の方針みたいだから我々は逆らえないよ。君らは入隊希望書を渡しにきたんだろう?それなら職員室ではなくて高校3年生5組の教室に行くべきだな」とその先生は答えた。

それから二人は失礼しましたと職員室を出て、この校舎の45階にある高校3年生の5組に行こうとしたが雅樹はあることに気がついた。

「なあ風香。今日追悼式終わったら全校生徒即時下校だからもう誰もいないんじゃないか?」

「あ、そうだ。確かに」

「どうしようか」

「うーん。多分その5組にセイバーズの隊長みたいな人がいると思うんだ。その人に入隊希望書を渡せってことだと思うんだけど」

「あ!ならもう一回職員室に戻って5組の担任の先生に渡せばいいんじゃない?」

「それがいいな。よし、戻ろう」

そしてまた学生証の提示をして失礼しますと職員室に入った。

それから不思議そうな顔をして雅樹と風香を見ている先ほどの先生に「高校3年5組の担任の先生はいらっしゃいますか?」と今度は風香がたずねた。

「ああ、あそこにいるよ」と窓際の方を指差す。

そこにはスラっとした体系の女の先生が一人座っていた。

ありがとうございますとお礼を言って、その先生の方へと向う。

「あの、すいません」と雅樹が声をかけるとその先生が顔をあげた。

目鼻立ちが整っている綺麗な人だった。

「はい?」と答える。

風香が入隊希望書を取り出し、「これを高校3年生5組のセイバーズの隊長さんに届けてほしいんです」と言った。

「そちらの生徒さんも同じ御用で?」と雅樹を見てその先生が言った。

雅樹も入隊希望書を取り出し、「はい」と答えた。

先生は二人の入隊希望書を受け取り、「分かりました。届けておきますね」と笑顔で応じてくれた。

職員室を後にし、校舎を出て並んで帰った。

帰り道で風香が「提出しちゃったね」と笑いながら言った。

「いよいよだな。セイバーズ」

「EUCかあ。怖いなあ」

「そんな入隊してすぐEUCと戦えなんて誰も言わないと思うよ」

「でも戦うときって必ずくるでしょ?その時に正気を保てるか心配」

「平気だよ」

「なんで?」

「セイバーズに入るって決めた。それだけでも十分に勇気はあると思う。そんな精神持ってるならEUCを目の前にしても正気を失うことはない」

「雅樹がそういうなら大丈夫かな?」と風香はにこにこしている。

別れ際に雅樹は「大丈夫だよ。明日な」と笑みを返した。

家に帰り、授業のしたくを済ませて夕飯おにぎりとたくあんを食べていると家の電話が鳴った。

どうせ葵が風香のことを問い詰めに電話してきたのだろう、そう思って受話器を取り耳にあてた。

雅樹が「はい、水沢です」と言うと明らかに葵のものではない声が『エリア5東中高学校、高校3年生5組の榊 桂真と申します。水沢雅樹君はいっらしゃいますか?』と聞いてきた。

「自分が雅樹ですが」

『君が雅樹君か。親御さんは?』

「すでに亡くなりました」

『そうか。今は一人で?』

「はい。国からの生活支給金で」

『分かった。昨日君は小松先生にセイバーズ入隊希望書を提出したそうだね?』

「はい。セイバーズの隊長さんに届けてもらうために」

『今時間は大丈夫かい?』

「はい?」

『外に出てこれるかい?』

時計を見ると午後8時であった。

「大丈夫です」

『では、水戸部さんと共に東中近くの公園に来てもらえないか?』

「風香と?えっと、風香に連絡は・・・」

『済ませてある』

「ではその公園に風香と向えば良いのですか?」

『ああ』

「分かりました」

『よろしく頼む』

そういうと榊は電話を切った。

なにがなんだかよく分からないが恐らくあの電話をかけてきた人がセイバーズ隊長。

すると、またもや電話が鳴った。

風香であった。

「あ、雅樹?電話きた?榊って人から」

「ああ、きたよ。とりあえず公園行かないか?」

「だね」

そして雅樹と風香は今朝会ったところで落ち合い、公園に向った。

公園につくとブランコのそばに立っている人影を見つけた。

雅樹と風香はその人に歩み寄った。

その人がこちらに気づき、声をかけてきた。

「来たか。こっちだ」

二人はブランコの前に立った。

その人が雅樹と風香の前に立った。

「改めて自己紹介しよう。エリア5東中高学校守護委員会、略してセイバーズ隊長の榊桂真だ。よろしく頼む」

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