はじめてのお仕事7
「な、な、なんですか!?」
「……魔法を反発。この現象はつまり、この公爵家の敷地にも、王宮と同じ結界が、ある」
「え?」
「私が持っている装飾品は、ひとつの結界なんだ。王宮にある結界を縮小し、繋げる事で、それを通して簡単に魔力の供給がなされるようになっている。だから、私が身につけている結界は、つまり王宮にある物そのままとも言える。それがここにあることで、おそらく同じ人物、もしくは同門が作った公爵家の結界が反応している可能性がある」
「……はい? こ、ここにも結界があるんですか?」
「たぶん」
「たぶんってそんな、お家の事じゃないですか!」
「私はこの家に結界がある可能性に、今気が付いた」
「……」
そんなばかなと言いたかった。
王宮魔術師とか、魔法技師とか、ジゼルから見たら夢か何かのような職業でも、気がつけないことがあるのかと思った。
魔法に関わることならばなんでもわかる、という訳ではなかったらしい。
「わかるわけがない。結界というのはそもそも、守られている側に守っていると気付かせるような物じゃないんだ。悪意をもってその結界に触れるならまだしも、私はこの家の人間で、守護されている側なんだよ。いつも意識させるような、守護対象に負担をかける結界はないんだ。その詳細も、結界を守る役割を負っている家長と継嗣、それ以外でもせいぜいが、結界の保守点検の為に、結界を作った魔術師の同門の者が伝えているくらいだ。うすうす守護されていることはわかっても、その様式はわからないんだよ」
ジゼルのどん引きした表情を見たからか、力一杯言い訳をしていたシリルは、さらに呆れたような視線を向けられて必死になった。
「それに、私は子供の頃、魔力を暴走させて、今回と似たような事になったことがあるんだ。その時は、一番行きたい場所や、印象の強い場所に飛んでいて、今回のように場所が特定されないという事はなかった。だけど、その前例があるから、家の者も私も、今回も私が力を暴走させて飛んでいるんだと思っていたんだ。特に、その当時と違って、今は、魔法を道具に込めて身につけているから、それが原因だとばかり思っていて、敷地に目は向けてなかったんだ」
腕をひかれ、シリルが早足で歩くその速さにあわせて小走りになりながら、ジゼルは器用に首を捻った。
「じゃあ、飛ぶのもそれが関係しているのですか?」
「だから慌ててる」
「は?」
「たぶん、魔力が混線しているんだ」
そんな言葉を真面目に言われても、ジゼルには意味がわからない。
その事を表情から読み取ったのか、シリルはほんの少し言葉を砕いて説明した。
「この家の結界は、父の魔力で維持されている。そして私はここの結界とは繋がっていないけど、装飾品によって、別の結界と繋がる魔力の道を作っている。元々ここの結界が、王宮の結界と同門の手によって作られた物だとしたら、その二つの力の流れが混ざってしまったのかもしれない。本来結界は、それを維持する者がその結界上にあってもっとも強く発動する。結界自身が機能を維持するために、その守護者を召還しようとする機能があるんだけど、それがたぶん、混線しているせいで、父ではなく、私を召還しているんだ。父は仕事のためにほぼ城に詰めたままになっていて、一週間に一度、帰ればいい方なんだけど、それではもう、維持するための魔力が足りなくなってるんだと思う。私が目覚めている状態だと、私の意思の方が強いから、多少結界に引っ張られたところで、自分が縛られているわけではない物からの呼び出しだからそれに気付けない。だけど、寝起きで私の意思がない時、ここの結界に呼ばれて不意に飛んでいき、そして、結界同士の反発がおこり、もう一度飛ばされて落ちる。そういうことかも知れない。急いで調べて直さないと、ここの結界が壊れかねない」
「壊れる?」
「いくら私でも、二カ所同時に結界を維持できるほど、力は余ってないんだ。私が飛ぶようになったのが、君が調べて書き込んだのを見た限りでは一年ほど前から。ここ最近飛ぶ回数が増えているのは、ここの魔力が枯渇して、結界維持機能が頻繁に働いているからだ。間違いなく、王宮の結界の方が強いものだろうから、ここの魔力が全部そちらにもっていかれているのかもしれない。急いで直さないと流石にまずい。さらにこれが、私の作った物のせいとなったら、何を言われるかわからない」
ジゼルは、その説明を聞いても、いまひとつ把握できなかった。腕をひかれ、小走りになりながら必死で話を整理した。
「……つまり、その結界の魔力の混線とやらが無くなれば、飛ばなくなる可能性があると?」
「そういうこと。そして直さないと、公爵家が守ってきた結界が壊れて、いろんな場所に悪影響がでる」
「じゃあ、シリル様がそれを直すとして、どうして私の腕は引っ張られているんですか~!」
「事情をわかってるのが今のところジゼルだけだから。直している間、母を足止めしてほしい。私の道具が関わっていることは言わずに、状況だけ説明してくれればなおよし」
「無理です。理解できないものは説明できません!」
「あの人が出てくると、たぶん父が帰ってくるまで結界に近寄らせてもらえないから。直すまで時間をかせいで! なんだか君はあの人のお気に入りっぽいから、たぶんいける!」
シリルの、ぐっと握った拳を見て、ジゼルは絶望的な気分になった。
「無茶言わないでください~!」
少なくとも、あの公爵夫人を、理解もしていない事実を適当に説明して、納得させられるとは思えない。しかも、究極の聞き上手である。あっという間に聞いた話をすべてべらべら口に出すに決まっている。
「説明なんて無理ですから、ぜひぜひ公爵様のお帰りをお待ちください! もしくは、ご自身で公爵夫人を説得してください!」
「父が家に居る状態で結界を直したら、どんな対策をしても魔力を直に吸収されて倒れるよ? 君は国の宰相が一ヶ月ほど人事不省になってもいいと思う?」
「いいわけありません!」
「じゃあがんばれ! 少なくとも、私には、母を説得するのは不可能だから!」
「そんな事、きっぱり言わないでください!」
屋外に出たとたんに胴を抱えられ、走るシリルに荷物のように抱えて運ばれたジゼルは、母屋で行き会った公爵夫人相手の盾にされた。
さらにそのまま結界を探しに遁走したシリルに置いて行かれ、結局しどろもどろに理由を説明することになったのだった。
「待ちなさい、シリル。どこに行っているの?」
「シリル様、逃げ足速すぎですよ!」
「ごめーん!」
遙か彼方から聞こえた詫びの声は、まったく誠意の感じられないものだった。
―――そして、あれだけ悩まされた、シリルの突然消える寝ぼけ癖は、その後ぴたりと収まった。
はじめ、それが信じられなかったマリーは、ジゼルと共に一週間、今までと同じように寝起きを見守っていた。
本当に飛ばなくなっていると理解できると、目に涙を浮かべ、ジゼルの手を握りしめ上下に勢いよく振り回した。
本当にアイテムが暴走していた透明の壁の問題は残ったままだったが、それでもシリルが突然消えて、危険な状況に陥ることがなくなったのは、やはり使用人達にも安堵をもたらした。
なにせ、今まで、シリルが寝ている間は、いつ上空に現れるのか分からなかったので、寝起き間近の昼からは、常に全員が緊張状態で待機していたのだ。
それが無くなるだけでも、この公爵邸の使用人達が心安らかになるのである。
ジゼルの仕事は、シリルの目覚めの見張り番だった。
そして、これからも見張り番なのである。
なぜなら、突然消えてしまう寝ぼけ癖はなくなろうとも、それでシリルの寝起きがよくなるわけではないからだ。
今日もシリルはぼんやりと目を開けて、起きているのかいないのかわからない風情で寝具に埋もれている。
そしてジゼルは、それに向かって花を投げつけ、壁の消滅を待っている。
「ああ、もう花が無くなっちゃうじゃないですか。シリル様いい加減起きて下さい。まだ目がさめないんですか、もう」
今日もやはり、シリルは起きなかった。音も通さない透明な壁の中、その眠りは暴走した力によって、いつものように守られている。