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花開く その思い 13

 ジゼルの視線は、一点に釘付け状態だった。


 もちろんそれは、現在も扉を開ける開けないで言い争う親子ではなく、その父親の腰に結わえ付けられてぷらぷら揺れている梟にである。

 凝視されているのが気になるのか、たまにその身をもぞもぞ揺らし、それが結果として袋を揺らしていた。

 言い合う親子はいつまでたっても結論を出しそうになかったが、ジゼルの視線はなんとか宰相を正気に戻すだけの役割を果たしたようだった。

 宰相は、ようやく思い出したとばかりに、腰のみのむし梟を結わえていた紐を外し、それをジゼルに差しだした。

 両手を差し出し、そっと受け取ると、ジゼルはそれを胸に抱く。

 鳥類は、空を飛ぶ都合からか、とても身が軽い。この袋に入っている梟も、大きさは生まれたての赤子ほどもありそうなのに、重さは驚くほどに軽かった。

 ジゼルは、梟を開放するため、その袋の口を縛る紐を外そうとして、それに気が付いた。

 梟の後ろ側に、ベルトがついていたのである。そのベルトは、まるで梟の体を固定するように、しっかりと閉じられている。おそらく、それを開けば、梟の体の大きさほどに、縦に口が開くのではないかと思われた。

 これは、鳥を拘束するために作られている専門の道具のようだった。そんなものがあるとは知らなかったが、幅といい長さといい、まさにこれは梟を縛り上げるために必要なだけの大きさと長さがあるのだ。

 こんな備えを、普段鳥を使うわけでもない宰相がしているのも、おかしな話だった。


「……一応言っておくが、それをやったのは私ではない」


 ジゼルの考えを読んでいたような返答に、思わず顔を上げると、宰相はジゼルの手元を見ながら顔をしかめていた。


「ヤン魔術師長にその姿のまま渡されたのだ」

「……これを、魔術師長様が?」


 魔術師長にとって、この梟は、使い魔である。

 それがどうしてこんな姿にされているのかわからない。

 ジゼルの疑問に、宰相は梟を睨みながら、答えてくれたのである。


「魔術師長が、シリルとそれの企みに気が付いてわざわざ届けてくださったのだ。そのままお連れくださいと言われてな」

「……きゅー」


 どうやらこれは、魔術師長からのお仕置きをかねているらしい。

 ジゼルの腕の中で、梟は、哀れな鳴き声を上げ、その瞳を潤ませていた。


「……え、師匠?」


 扉の内側で、シリルがようやく気が付いたとばかりに、梟に向かって声をかけた。


「くぁー。くるるるー」


 その瞬間、思ってもみなかった事に、今まで意固地なまでに開けないと言い張っていた扉を、シリル自身があっけなく開いたのである。


「え、うわ、師匠!」

「くるるぅー」


 梟は、シリルの姿を認め、再び体をもぞもぞと動かした。ジゼルは慌てて、落とさないようにしっかりと腕に抱きなおす。


「父さんひどいです!」

「ひどいのはお前の頭のほうだ馬鹿者が!」


 息子の姿を見たとたん、宰相は腕に持っていた馬から下ろした革袋のうちひとつを、息子の顔めがけて力強く投げつけた。

 なんとか顔の寸前で受け止めたらしいシリルは、その受け止めたものがなんなのかわからず、訝しげに父を睨み付けていた。


「ヤン師がわざわざその梟を持って執務室に来て、弟子の不始末でご迷惑をおかけしますがと言われた時の私の気持ちがわかるか! 実の息子の結婚話が、弟子の不始末として知らされたんだぞ!」

「ええ? 私の結婚話が不始末なんですか」

「不始末なのは、お前が連絡先を間違えている事だ!」

「間違えてませんよ」

「どこの世界に、実の親でもなく師でもなく、梟に真っ先に結婚を報告する馬鹿がいる! しかも、その梟が儀式の立ち会いをするようですと言われて、親として黙って頷いていられるか馬鹿者!」


 ――宰相の主張は、とても正しい。


 ジゼルすらもうっかりそう思ってしまった。

 ジゼルの冷たい視線に、さすがのシリルも一瞬言葉に詰まり、後ずさる。


「父さんも、ヤン師匠も、王都を離れられないと思ったんですよ!」

「ふざけるな! ヤン師はお前の代理だから離れられないかもしれないが、私はいくらでも部下がいるんだぞ。たかが数日の不在ごとき、困るような事はない! その梟は、お前からの知らせをヤン師にも伝えずにそのまま飛び立とうとしたんだ。それを不審に思った師が、無理矢理空から引き戻して詳細を聞き出し、こちらに知らせてくださった。師は、お前がいない間、城から離れるわけにはいかないから、こちらでどうにかして欲しいと仰ったんだ」


 ギリリと歯を鳴らしそうなほどに食いしばり、宰相は以前会った時の穏やかさをすべてかなぐり捨てたように、息子にその怒りをぶつけていた。

 しかし、それをぶつけられる息子の方はというと、聞いているのかいないのかわからない、ぼんやりした表情で、ただ視線を逸らしていた。

 宰相は、そんな息子の様子をちらりと一瞥すると、突然、その頭を両手で鷲掴みにしてガクガクと揺さぶりはじめた。


「あたたたた!」

「そういうところは本当に姫にそっくりだなお前は。姫も何かごまかしたい事が出来た時はそうやって表情を消して視線をそらせていたぞ」

「いたたた、離してください」

「姫がやると、何か思案しておられる事でもあるのかと思うが、お前は本当に何も考えてないのがよくわかるっ」

「どうしてですかっ。私だっていろいろ考えているんですよ!」

「日頃の行いだっ!」


 きっぱり言い切った宰相は、ますますその指に力を込め、ぎりぎりと歯を食いしばっていた。


「あの……」


 親子の、見ている側の方が居たたまれなくなってくるような争いの中、シリルの背後から遠慮がちに声をかける者がいた。

 当然のことながら、扉が開けば、中にいた人にも外の様子がわかるのである。

 突然現われた客人の姿をようやく眼にした一家は、その人物の姿に首を傾げていた。


「シリルさんのお父様、ですの?」


 母は、不思議そうに宰相の姿を上から下まで眺めながら、そう尋ねた。


「……はじめてお目に掛かる。うちの愚息が、お嬢さんにご迷惑をおかけして申し訳ない」


 宰相は、息子の頭を掴んだままで、母に対して軽く頭を下げた。


「ジゼルの母の、ティーアと申します。迷惑だなんてとんでもない。ずいぶんお急ぎでいらしたのではありませんか? ジゼル、どうしてお水を用意してさしあげないの」


 宰相の、土埃まみれの旅装姿に、困ったような表情で母はジゼルに視線を向ける。


「それは、あの……」

「息子とは意思の疎通が若干うまくいっておりませんので、まず確認をと思いましてね。お嬢さんの不手際ではありませんよ」


 その顔には微笑を浮かべ、声は冷静であるが、その手はまだ息子の頭である。よほど許し難いようで、指先にもしっかりと力がこもり、その手の下でシリルはずっと唸っている。


「儀式の立ち会いがどうのと仰っておられましたけど……」

「ファーライズの誓約は、行う者すべて立会人を用意しなければなりませんので、私が伺った次第です」


 宰相のにこやかな返答に、母はようやく安堵の笑みを浮かべ、胸をなで下ろした。


「よかったですわ。シリルさんは、立ち会いの事を何も仰らないから、もしかしてご家族は反対なさっているのかと思っていましたの」

「反対などとんでもない。うちの愚息にこちらのお嬢さんは、もったいないほどのご縁ですよ」


 ははは、ほほほとお互い笑顔なのだが、宰相はいつまでたってもシリルから手を離さない。


 そしてジゼルの腕の中では、梟がみのむし姿のまま、くるると鳴き続けているのである。いくらなんでも、いつまでもこの姿にしておくのは忍びない。

 そう思ったジゼルは、意を決して宰相に尋ねてみる事にした。


「あの、すみません。これは、外してさしあげてもよろしいのでしょうか?」


 腕の中の梟を指し示しながら、恐る恐る尋ねたジゼルの姿を見て、宰相は鷹揚に頷いた。


「構わない。道中開放しては、その梟の方が、先にこちらに到着してしまうので、そのままにしておいただけだ。それが先行して、万が一私がたどり着く前に大急ぎで儀式をなどという事になったら、目も当てられないからな」


 腕の中の梟が、それを聞いてぱっと嬉しそうな表情になる。

 魔術師の使い魔というのは、表情まで人に似るのかもしれない。ジゼルはふとそんな事を考えながら、腕に大人しく収まっている梟の拘束を外していく。


「こんなところで立ち話もなんですし、どうぞこちらへ。ジゼル、身を清めるお水を用意してさしあげて。オデット、ソフィ。何をぼんやりしているの。机と椅子をお出しして」

「あ、はい」


 ジゼルが、母の言葉に従い、拘束の解けた梟を肩に乗せたまま、身を翻す。

 会議室の中では、慌ただしく片付けられていた椅子と机が引っ張り出され、客を迎えられるようにリネンが掛けられた。

 それを見届けた母は、宰相を、今までシリルが立てこもっていた会議室に導いた。

 宰相は、それに笑顔で答えながら、すたすたと移動していく。


 その手は、まったく緩むことなくシリルの頭を掴んだまま、どこにそんな力があるのか、そのまま会議室の中へとシリルを引き摺っていったのだった。


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