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殻を破る時 4

 青銀の髪の老人は、王太子の後ろに控えて立っていた。

 その視線は、装飾品によってわからないはずなのに、なぜかジゼルは、その老人から注目されているのを感じていた。

 なぜかはわからない。しかし、なにやら、視線を感じるのである。


「ジゼル」


 王太子から声をかけられ、慌てて向き直り、頭を下げる。


「こちらは、王宮魔術師長のヤン=ラムゼン=アランブールだ。君に用があるというので連れてきた。昨夜、約束したというのだが、間違いないか?」


 その問いに、ジゼルは、昨夜のシリルの言葉を思い浮かべ、頷いた。


「今日、身につけている装飾品についての説明をしてくださると……」


 ジゼルの声を聞いて、魔術師長はゆっくり頷いた。


『昨夜は、弟子と使い魔が失礼しました』


 それは、シリルが力の加減が出来ないと言っていた時と同じ、音のない声だった。


『王宮魔術師長を拝命しております、ヤン=ラムゼンと申します。あいにく、私は直接声を出すことは出来ませぬ。眼も、魔に適応し、光の中では物を見ることも叶いませぬ。直接意思を合わせぬ無礼をお許し願いたい』


 静かに頭を下げた魔術師長は、頭を上げると、ジゼルの方に顔を向けた。


『……殿下。失礼ながら、本日のパートナーであるジゼル嬢を、一時お貸し願えますか』

「それは、私ではなく、そなたの弟子に尋ねるべきだろう。私も、シリルから借りているようなものだぞ」

『さようですか……』


 ふむ、と一瞬悩むように小首を傾げた魔術師長は、その腕をまっすぐ伸ばし、ジゼルにその手のひらを向けた。

 手は、ふわりと動き、その場にまるで丸い果物でももぎ取るように回転し、その空気を投げるような仕草をした。

 その瞬間、ジゼルは頬に、室内では感じることのない風を感じた。


『では、ジゼル嬢。しばしこの老人に、お付き合い願えますでしょうか』

「は、はい」


 今の仕草が、なにを示しているのか、ジセルにはわからない。

 しかし、その言葉に否を言えるほどの反発は覚えなかった。

 素直に頷き、その老人にそっと手を取られ、ジゼルは部屋の隣の続き部屋にあった、もう一つの控えの間に移動した。



 移動した魔術師長は、ジゼルを部屋に連れて行くと、まず、はじめにシリルがつけた、取れない腕輪にそっと触れていた。

 見ているわけではなく、指でそっと、その彫り込まれた模様を読んでいるような雰囲気だった。


『……この腕輪は、自分からつけたわけではありませんね』

「は、はい。シリル様の困り事をひとつ、解決するお手伝いをした時に、お礼だと仰ってつけてくださいました」

『これが礼か。本当にあの子は……』


 なにやら、魔術師長が少し肩を落としていた。


『昔から、何かに執着するような子ではなかったのだが、まさか一旦執着するとここまでとは思わなかった……』

「えと、あの……」

『どおりで昨夜、私があなたに魔法の説明をするのを拒もうとしたはずだ。これは、そのままあの子の指輪と繋がっているものです。あなたの居場所と周囲にいる人物に関することが、あの子に筒抜けになるような腕輪なのです。……もし外したいなら、今ここで私の責任で外しますよ』


 その言葉に、ジゼルはしばらく唖然として、そして次に、じわりとその腕輪に視線を落とす。


「……あの、それが、その。この腕輪の魔法、猫になっていまして」

『猫、というのは、この前馬車に乗せていた、『眼』の事でしょうか』

「はい。今日もおそらく、近くにいると思うのですけど」


 ジゼルの視線は、自然と窓に向けられた。


『……では、先程感じていたシリルの眼は、やはりあなたに繋げていたのか。先程それを感じたので、『眼』の力は遮らせてもらいました。今、その猫は、あなたを見失っている状態です』


 驚きで目を見開いたジゼルに、魔術師長は苦笑のような表情で、口の先に人差し指を立てた。


『話をするのに、聞き耳を立てられるのは、よい気持ちはしませんからね』


 今、この老人の目元が見えていたら、きっとウィンクしていたのではないか。

 魔術師長は、はじめに感じていた印象より、ずっと砕けた印象の人物だった。


『私は、あの子の師です。あの子の魔法は破天荒なものだが、それを作り出す基本は、私が教えたものです。私には、あの子ほどの才はないが、あの子の作り出す術を読み、それを壊すことは可能です。魔法は、組み立てるのは難しいが、壊すことにはそれほど力は必要ありません。この老人でも、それくらいは出来ます』


 魔術師長は、腕輪から手を離し、ジゼルの返答を待っていた。

 ジゼルは、腕輪に触れながら、しばらく沈黙し、思い切ったように口を開く。


「あの……これは、今のままで大丈夫です」


 思わずといったように腕輪をかばうように手で包み、そしてジゼルは微笑んだ。


「この腕輪には、何度も助けられました。今これを外されてしまうと、不安のあまり、舞踏会に行った時、震えて足が動かなくなりそうです。どうか、これはこのままで。もし、外したい時は、シリル様にお願いしたいと思います」


 そのジゼルの言葉を、魔術師長は微笑み、了承して頷いた。


『シリルには、しっかり言い聞かせておきましょう』

「あの、では、他の装飾品の説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」

『わかりました。昨夜の説明は、魔術を行使する者にとっては基本的な、わかっていて当たり前の知識をすべて省いている説明でした。魔術に馴染みのない方に対する説明とは到底思えない物でしたが、理解は出来ましたか?』

「……ええと、言葉から受ける印象くらいしか、参考になりませんでした」


 うつむきながら、正直にジゼルが告白すると、さもありなんと魔術師長は頷いた。


『あれにもそろそろ弟子を持ってもらいたいところですが、あの調子ではまだ無理ですね。今回の事で、よくわかりました』


 許されるなら、溜息の十や二十も吐いてやりたいといった風情で肩を落とす魔術師長に、ジゼルはどう返せばいいのかわからず、曖昧な笑顔を見せた。



 魔術師長の説明は、易しくわかりやすい物だった。まるで日曜学校で文字の読み書きを教えてくれたシスターのように、丁寧で、さらに、こちらの疑問をまるで心を読んでいるように、かみ砕いて説明してくれたのだ。

 それこそ、昨夜聞いた説明とは雲泥の差というもので、ようやくジゼルにも納得して頷くことが出来た。


『ですから、あなたの髪につけたその鎖の石は、会場の石とそれぞれ繋がっており、それがあなたの動く位置に合せ、その周囲を警戒しています。あなたの移動する場所、空間をシリルが把握するために、会場の石があり、その石を動かすための鍵が、あなたの髪にあるのです』


 どうやら、会場であるこの屋敷に、髪飾りと同じ石があちこちに仕掛けられており、もし連れ去られそうになった場合にわかるようになっているらしい。

 首飾りは、完全に石から離れた場合起動する、ジゼルの居場所をシリルに伝えるためのもの。耳飾りは、周囲にいる人々からの悪感情を常に警戒しており、腕輪はその耳飾りに反応し、防御を展開する。この防御に関しては、舞踏会に慣れていないジゼルの感情とは無関係に発動するようになっている。


 そしてこれだけの説明をするために、シリルが説明に掛けた時間は、魔術師長が説明した時間の約三倍程度だった。

 時間を掛ければわかりやすいという物ではなかったらしい。

 ジゼルは、思わず頭を抱えてしまった。


『どうでしょうか』

「……大変よくわかりました」

『それはよかった』


 にっこり微笑む魔術師長は、しかし、と付け加えた。


『昨夜、シリル本人が説明したように、あれは今説明した効果を発動させるために組み込んだ呪文式を、すべてばらばらにして組み替えることが出来ます。たとえるなら、その花の形の首飾りの、花びら一枚一枚の石をすべて砕き、まったく別の花の形を作り上げるような作業を、一瞬で行うのです。ですから、今説明した魔法が、そのままの効果で発動するとは限りませんが、あなたを守るという点では揺るぎない物でしょう』

「わかりました」


 ジゼルが頷くと、魔術師長は、まったく表情を変えないまま、ただ沈黙した。

 その不思議な沈黙に、ジゼルが首を傾げると、軽く首を振り、微笑んだ。


『私も、長く魔術師をしていますが、あなたのように完全な魔力回避の色を持っている人物は、少なくともこの大陸では見ることは叶いませんでした。ここは、元の礎が魔力で作られた地。その影響で、あなたのような方は産まれる事はないのです』

「私の母は北大陸の、山奥にある村の出身だと聞いています。私はその血が濃く出たのだろうと聞いているのですが」


 ジゼルの説明に、魔術師長は頷く。


『北方は、魔力による加護が無く、自然と魔を忌み、避ける体質を持つ者が産まれると聞いています。その血でしょう』

「魔を、忌む、ですか?」

『私の目が、昼に使えないのは、魔の力に馴染みすぎたからです。魔術師は、本来人が住まうことが出来ない世界から、自らの体を扉として、無理矢理力を引き出し、使っているのです。人というのは、多かれ少なかれ、その扉を持っているものなのです。普通はその扉には鍵が掛けられているのですが、はじめから鍵が掛けられていないのが、魔術師の素質を持つ者なのです。その扉が大きければ大きいほど、そしてたくさん開いていればいるほど、魔術師としての力も大きくなる。シリルはそれで言えば、この国でもっとも大きな扉を持ち、それをほぼ全開にしても大丈夫なほど、許容量を持っているのです。しかし、私のように、扉を開くことは出来ても、その許容量が小さいと、常に扉を大きく開き、無理矢理魔力を浴び続けていなければ、その力を保つことも出来ない。その結果が、この声と瞳なのですよ』


 魔術師長は、その目に取り付けられた装飾品を、ほんの少しずらしてその瞳をジゼルに向けた。

 その瞳は、真紅に輝き、虹彩は縦長のもので、あきらかに人とは異なるものだった。

 すぐにその装飾品は元に戻され、魔術師長は微笑んだ。


『そしてあなたは、鍵穴のない種類の扉の持ち主なのですよ。その扉は、魔を寄せ付けない呪いまで描かれている。そういう存在なのです』


 鍵穴のない扉、といわれ、思わず首を傾げる。しかし、魔術師長は、その仕草すらも愛おしそうに微笑んでいた。


『シリルの魔力は、他者の扉の鍵となり、こじ開けかねない。それは、その相手を精神的に破壊する可能性のあることなのです。シリルにとって、あなたははじめて、その魔力で壊すことがありえない相手だ。その安心感は、かけがえのないものなのだろう。だが、共にあることに、あなたに対する強制があってはいけない』


 ふっと、魔術師長は窓の外に視線を向けた。

 ジゼルもそちらに視線を向けると、下から猫の顔が半分だけ見えていた。

 どうやら、外枠に、必死で捕まっているらしい。力を入れ、登ろうとしては滑り落ちる。それを繰り返していたのだ。

 慌ててジゼルがそちらに向かうと、窓枠に、瞳を潤ませた猫がしがみついていた。

 その顔を見て、シリルが繋がっている事を確認したジゼルは、慌てて抱き上げ、魔術師長に向き直る。

 魔術師長はその姿に頷き、猫をひたと見つめた。


『シリル。女性に対し、許可もなく、その身をさらけ出すような魔法の使用を許した覚えはありません。あとできちんと、腕輪も含めて、仕様を報告書にまとめ、提出しなさい』

「……にぅー」


 猫は項垂れていた。

 その様子を見て、魔術師長は頷き、ジゼルに一礼した。


『では、私はそろそろ失礼します。会場では、私も周囲に気を配りましょう。あなたと花嫁が、共に心に残る素晴らしい時を過ごされますよう』


 魔術師長の言葉に、肩に乗っていた鳥がチリリと鳴き、ぱたぱたと羽ばたいてみせる。

 ジゼルは、その姿を、シリルである猫を抱いたまま、一礼した姿で見送った。


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