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瞳の戒め 12

若干の暴力表現があります。ご注意ください。

 戦いは、はじめ、ほぼ互角だった。

 数は、若干名あちらの方が多かった。それに加え、ベルトラン勢は魔法の影響がある。

 それでも、ベルトラン兵は、敵と互角の戦いを繰り広げていた。


 それは、純粋に、戦闘に対する練度の違いだった。


 ベルトランの兵達は、剣を受ければ受けるほど、そして相手と斬り合うほどに、魔法の影響が抜け、強くなる。

 逆に、襲撃者の方は、切り結ぶほどに強くなるベルトラン兵に押され、次第に後退していた。

 その戦闘を見れば、彼らが訓練を受けた兵でないことが、一目瞭然だった。

 おそらく、この襲撃のために雇われた者達。兵として訓練したわけでもなく、集団の戦闘を学んだわけでもないごろつき達だったのだろう。

 彼らは、無力な部隊を、ただ殺戮すればいいだけだと思っていた。

 こんなやっかいな戦闘をするつもりではなかったのだ。

 そのせいか、時間が経つ毎に襲撃者達は浮き足立ち、次第にあちらこちらでベルトランの優勢が目立つようになってきていた。


 ジゼルはその戦闘を、呆然と見つめていた。


「フラン……」


 そっと、先程兵達を鼓舞したフランの表情を見るべく、顔を上げる。

 フランシーヌは、唇を引き結び、何かに耐えるように、それでもまっすぐ、敵の指揮官である男をにらみ据えていた。

 その唇の端に、微かに見えた物にぎょっとして、慌ててジゼルは体を捻る。


「フラン、血が! どうして。どこか怪我をしたの?」

「……さっき、ジゼルがあの男と会話をしていた時に、舌を少し噛んだの」

「……え?」

「これから、婚約披露の宴があるから、見える場所に傷を付けるわけにはいかなかった。だから、舌を噛んだの。魔法の影響から抜けるために」


 そう告げながら、フランシーヌの視線は揺らがなかった。

 だが、ジゼルは、気が付いてしまった。

 自分をしっかりと抱くフランシーヌの手は、その時微かに震えていたのだ。


「この部隊の中で、私は本来、命令していい立場じゃない。でも、一度発してしまった命令は、取り消せない。私がここで取り乱して、兵達の士気を下げるわけにはいかないの」


 フランシーヌは、その表情に見えていた不安を綺麗に押し隠し、ジゼルに微笑んで見せた。


「大丈夫よ、ジゼル。ベルトランの兵は必ず勝つわ」


 先程まで見えていた不安が幻だったかのように、その言葉は力強かった。



「役立たずどもめ、何をしている!」 


 次第に押されてきた事に業を煮やし、相手の首領は声を荒げて自分が連れて来た男達に叱責を飛ばした。

 だが、戦っている方は、それどころではなかった。

 自分の命を守るのが最優先であり、すでにいつ逃げるかの機を狙っている。

 首領は、馬車の中に座り込んでいたジゼルとフランシーヌに向きなおり、憎々しげに睨み付けた。


「こうなれば、お前達に役に立ってもらう」


 剣を抜きながら一歩身を進めた男の前に、さっと立ちふさがるものがいた。

 ベルトランのお仕着せの背中を見て、フランシーヌがその名を呼ぶ。


「……レア!」

「……肝心な時にお守りできず、申し訳ございませんでした」


 フランシーヌの表情は、その瞬間歓喜に変わる。

 彼女の手には、どこに持っていたのか、しっかりと細剣が握られていた。

 剣を握るのと別の手は、小型の盾をしっかりと握っており、背後から見れば、その手に歯形がついているのが見えた。

 剣を握る手を傷つけないように配慮した侍女は、その切っ先を敵の首領に向けた。


「この身を盾にしても、お二人には指一本触れさせません」


 その声に苛立ったように、首領はレアに剣を向けた。


「フラン。レアさん大丈夫なの?」

「……エルネスト様がここに向かう時間を稼いでいるのだと思う。私達はここから逃げる手段がない。来ていただくしかないもの」

「来ていただくといっても……」


 ジゼルは、視線を、馬車で来た道に向ける。

 そこには、土煙の一つも見あたらない。

 馬車は、街からかなり離れてから襲われたのだ。どんなに用意をしていたとしても、集団であるからには今すぐにとはいかない。

 侍女であるレアが、どれほどの戦闘訓練を受けているのかはわからないが、女性である彼女が、いつまでも盾になれるとは思えなかった。

 逃げて身を隠せそうな森は、敵の背面。自分達の背面は、見通しのいい草原である。

 どうやってこの状況を打開すればいいのか。

 ジゼルは、自然と猫に視線を向けた。

 その時だった。

 軽い破壊音と共に、ジゼルが両耳に付けていた耳飾りが、粉々に砕け散った。

 驚き、慌てて耳を確認したジゼルの前で、耳飾りだった粉が、ジゼルとフランシーヌの前に、きらきらと飛んでいく。


「みゃーぅ!」


 猫の鳴き声が聞こえ、肩に軽い振動を受けたジゼルは、次の瞬間、思わず手をのばした。

 しかし猫は、その手に触れるより先にジゼルの肩を飛び越え、その光る粉の中に身を躍らせた。

 くるりとその場で回転した猫の輪郭が、目の前で光ってじわりと消えていく。


 ジゼルは、この現象に、既視感を覚えた。


 以前、これと同じ現象を見た記憶が頭の中によみがえる。

 木の上から見下ろしていたあの時は、全体像はよくわからなかった。

 しかし、今は、すぐ正面でその現象は起こっている。

 その時の記憶どおり、その場所に、まるで水面のような歪みの壁が出来上がった。

 以前と違うのは、その形状が、地面に平行ではなく、壁のように垂直に立っていることだった。

 

 現在も敵首領と剣を合わせていたレアは、背後で起こった現象に気が付いていなかった。

 そして、敵首領も、目の前のレアに手一杯で、その向こうで、ほぼ透明の何かが出来上がったことに気が付いていなかった。


「レア! 伏せろ!」


 その場にいないはずの人の声が、その場に響く。

 フランシーヌは、その声を聞き、安堵で浮かんだ涙をこらえもせずに、叫んだ。


「エルネスト様!」


 レアは、正面の敵の攻撃を受け流しながら、その声を聞いた。

 考えるよりも先に、敵の剣を弾き、その場に急ぎ身を伏せる。

 その頭上を、茶色い何かの塊が、勢いよく飛んでいき、派手な衝突音が発生した。

 なにもない空間から突如出てきたそれに、敵首領は対応できず、そのまま後ろに派手に吹き飛んでいく。

 

 ジゼルとフランシーヌは、重々しい響きで地面に落ちたそれを見て、目を点にした。

 あまりに場違いなものが、その場に転がっていたのだ。


 それは、クマだった。

 フランシーヌがいつも使っているテラスに飾られていた、あの、妙に存在感のある巨大なクマのぬいぐるみである。

 クマは、相変らずのつぶらな瞳で、つい先程までレアと首領が戦っていた場所に、その大きさを感じさせずにころんと横たわっていた。


「……クマ?」

「クマだわ……」


 戦場に、あまりにも似つかわしくないものが、なぜか忽然とそこにある。

 あのテラスで、その迫力により異彩を放っていたクマは、この戦場でも別の意味で、凄まじいほどの違和感を醸し出していた。

 あまりに意外すぎて、ジゼルとフランシーヌは、お互い抱き合ったまま、それをぽかんと眺めていた。


 依然、歪みはそこにある。

 その歪みから、次に姿を見せたのは、真っ白にも見える、人の影。

 顔の下半分を隠すような大きな立て襟がついたローブに、指の先を覆うほど、長く大きな袖がついた、見た事のない、足まで隠す長い丈の不思議な形の服。

 そのローブの襟からこぼれ落ちているのは、長い白銀の髪。

 ローブの人物は、ふわりと音もなく、その淀みから現れた。

 その色を見た瞬間、ジゼルの中に、安堵と戸惑いが産まれていた。


「……シリル、様?」


 シリルの髪は肩ほどしかないはずなのに、その背中を覆う長い髪は、確かな存在感で風もなくふわりと揺れていた。

 その足元は、ほんの僅かに浮いており、地に足を付けないまま、すべるように前に移動する。

 正面にいた首領は、重いクマがぶつかった衝撃で、胸元を押さえたまま、まだ立ち上がれなかった。

 シリルはそれを、醒めた目で見下ろしている。

 ローブによって顔が半分覆い隠され、その眼差しのみでしか、その感情は見ることができない。


 唯一露わにされている瞳は、間違いなく翡翠色。

 ただ、その虹彩は、襲ってきた魔術師と同じ、縦長だった。


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