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瞳の戒め 11

若干の暴力表現があります。苦手な方はご注意ください。

 聞こえるのは、遠くの鳥の鳴き声。

 そして、奇妙な仮面の人物が足をかけ、馬車の踏み台が軋む音。

 外にいたはずの騎士たちが、この異形の者を目に止めないはずはない。

 外も全員、フランシーヌ達と同じ状態になっているのだろう。

 ここには、シリルの『眼』である猫が居る。

 この現象が魔法だというならば、シリルはすでにこの状態を解消するための対策を取っているはずだった。

 この静かな中で、異形の者と睨み合うジゼルの耳に、くぐもった舌打ちのようなものが聞こえたのは、それからすぐのことだった。


「この娘、魔除けか?」


 はっきりとした言葉ではなかったが、間違いなくそう聞こえた。

 その瞬間、異形の者は、馬車から手を離し、そこから数歩後ずさっていった。

 突然の行動を唖然として見送ったジゼルは、その後自分が舌打ちしたい気分になった。

 その異形が、奇妙な動作をはじめたのだ。


 ―――これが魔術師。


 ジゼルは、それを理解した瞬間、身を乗り出した。


「シリル様、あとはお願い!」


 「にゃっ!?」という悲鳴のような声が聞こえるが、そのままジゼルは馬車を飛び出し、ふらふら踊っているようにしか見えない異形に飛びついた。

 これが魔術師なら、ジゼルが触れていれば、どんな魔法も紡げない。

 シリルですら、目を逸らせと言ったのだ。それならば、こんなふうに踊る魔術師ならば、自分の魔除けの効果とやらもあるだろうと考えた。

 飛びついたその拍子に、ジゼルの真っ直ぐな髪をまとめていた髪飾りが、髪から滑り落ちていく。

 勢いよく体当たりをされた異形の魔術師は、くぐもった声を上げ、後ろに倒れた。


「ふみゃーーーーーおぅ!」


 その、慌てたような叫びと同時に、髪飾りは華奢な破壊音をたてて粉々に砕けた。

 きらきらと舞う粉のような元髪飾りは、その場にしばらく渦巻き、ふわりと隊列を囲むように飛び散る。

 ジゼルは、必死で異形にしがみつきながら、それを見ていた。


「ちっ。ラムゼンの小倅、いつの間に猫なぞ……!」


 その魔術師は、次の瞬間、地面から砂を掴み、猫に投げつけた。


「ぎゃん!」

「シリル様!?」


 猫の悲鳴に、ジゼルは思わず振り向いた。

 砂が眼に入ったのだろう。顔を覆い、蹲っていた。

 『眼』と言うだけに、そこが使えなくなった場合どうなるのか、ジゼルにはわからない。

 ただ、ここでこの魔術師から手を離しても、離さなくても、状況が変わらないことだけはわかっていた。

 外に出れば、周囲にいる兵達の状況が、最悪だったこともわかった。

 案の上、ほぼ全員が倒れ伏していた。

 中には、フランのように、必死で眠らないように拳を握り、それを地に付け倒れ込まないように耐えている者もいるようだが、それでは戦えないのは明白だった。


「兵士さん達、起きて! お願いだから!」


 魔術師の手を取り、押さえ込もうと苦心しながら、ジゼルは叫ぶ。


「このっ……!」


 しかし、その声が兵士に届くよりも、魔術師に振りほどかれる方が早かった。

 振りほどかれ、その体は馬車の方に飛ばされる。

 幸い、馬車にぶつかるようなことはなかったが、おもいきり腰を打ち付けた。


「った……」

「生かして捕らえろと言われたが……」


 魔術師は、懐から、短剣を取り出し、ジゼルに突きつけた。


「魔法が効いていれば、痛い思いもせずに済んだものを……。己が色を恨むがいい」


 短剣が、魔術師の体重をかけられ、ぶつかってくる。

 ジゼルは、それを真っ直ぐに見つめたまま、迎え入れていた。

 覚悟など、決まってない。これは、知っているだけ。

 その短剣は、ジゼルにたどり着くより腕一本ほどの距離を残し、がつんと言う岩を叩くような音を出し、止まった。


「……わ、わかってても、やっぱり結構、怖いわ」


 恐怖を隠しきれずに、上擦った声が出る。透明の壁の向こうで、魔術師の黒い手袋が、ばんばんと壁を叩いていた。

 ジゼルの背後で、ようやく回復したらしい猫が、ゆらりと立ち上がった。


「ぅみゃー!」


 高らかな鳴き声と共に、その場にくるくると回りながら、光の輪が降りてくる。

 それを眼にしたとたん、目の前の魔術師が慌てたようにその場を離れようとしたが、その時にはすでに遅かった。

 輪は、魔術師を取り囲むように空中で広がると、網となり、魔術師に絡みついた。


「……もう、大丈夫でしょうか」


 ジゼルが猫に問いかけると、猫はなぜか、何か言いたげに半眼でジゼルを見つめていた。


「みゃっ、みゃみゃ!」


 猫は、ぺしぺしと地面を叩きながら、なにやら怒りを表現していた。

 なんとなくだが、飛び出したことにお怒りのような気がして、ジゼルはひとまず猫の正面に座り込んだ。


「うみゃっ?」

「ええと……。飛び出してすみませんでした」

「みゃっ!」


 どうやら、猫のフリもできないほどにお怒りらしいことはわかるのだが、あいにく言葉が通じないため、その怒りの要点がわからず、それ以上詫びようがない。


「もしかして、髪飾りでしょうか? 壊してごめんなさい」

「ふみゃっ!」


 首をフルフル振っている。なにやら、違う、と言いたいようだった。

 しかし、それしかわからない。

 埒があかず、お互い意思の疎通もできない状況では、それ以上の進展もできない。

 それよりはと、周囲を見渡し、現在の状況を把握するため、ジゼルはシリルに断り、立ち上がる。

 しかし、考えるより前に肝心なことを思い出し、慌てて馬車の中に飛び込んだ。


「フラン、大丈夫!?」


 フランシーヌは、まだ意識があった。

 外の兵士達が半分以上倒れている中、驚異的な精神力だった。

 フランシーヌは、うつむいて、なんとか体を動かそうと、もがいているようだった。


「さっき、よりは……楽」

「そうなの?」

「……でも……体が、重いの」


 その言葉どおり、フランシーヌはすでに、眼は開いていた。

 ただ、顔をしかめながら、自由にならない体に苦心していた。


「シリル様。これは魔法ですよね。すぐに治りますか?」


 ジゼルが問いかけると、猫はこくんと頷く。

 それに安心して、ジゼルはフランシーヌの体を起こし、座らせた。

 同時にレアの様子も見たが、こちらも眼は開いていた。

 ただ、フラン以上に体の自由がきかないらしく、口も開かないようだった。

 こちらも起こして座席に座らせると、外の兵士達の様子を見るべくジゼルは再び外に出た。

 

 周囲を見渡したが、まさに壊滅に近い状況だった。

 まず、兵士以前に、馬が動きそうにないのだ。

 馬が使えなければ、馬車は動かない。この場から移動させることもできず、助けを呼びにいく事もできない。

 しかし、シリルは、王宮で、この状況を見ているのだ。

 もしかしたら、馬の代わりをつれて来てくれないかと期待して、ジゼルは振り返った。


「……シリル様」


 それを尋ねようとしたジゼルの耳に、地響きのような音が聞こえる。

 そちらに目をやると、なんと、土煙をもうもうと立てながら、二頭立ての馬車を一台引きつれた騎馬の一団がこちらに向かい、移動してきていた。

 その旗印は、バゼーヌ家の門前で、いつも警備をしている人々が身につけている物と同じものだった。



「ご無事ですか、お嬢様」


 その耳慣れない呼ばれ方に、一瞬首を傾げたが、ジゼルは頷いた。

 二頭立ての馬車は、ベルトラン家が用意したものとは比べものにならない、飾り気のない箱馬車だった。

 ただ、素材自体は良い物でできているようで、しっかり手入れされ、黒塗りの外装は輝いていた。

 中から降りてきた使用人らしき老齢の人物は、ジゼルには見覚えがなく、首を傾げざるをえない。

 騎馬の一団は、到着するやいなや馬を下り、その場に整列した。


「ここからは、私どもが護衛致します。どうぞこちらにお移りください」


 使用人は恭しく馬車の扉を開けたが、ジゼルはそれを、立ちすくんだまま見つめていた。


「……これは、どちらから出された馬車ですか? ベルトランでしょうか、バゼーヌでしょうか」

「……どういう事でしょうか?」

「その旗印は、確かバゼーヌ家の門番を務めている方々の紋章だとお見受けします。今回、バゼーヌ家とベルトラン家からしか、護衛は出ないと伺いました。けれど、バゼーヌ家の門番というのは、王国軍から特別に派遣された部隊だとお聞きしています。その方々が守るその馬車は、どちらから出されたものでしょうか?」


 ジゼルは、そう告げながら、一歩後ろに下がる。

 さきほどから、馬車の中で、猫が警戒する時に出すような、うなり声が聞こえてくるのだ。

 ジゼルの言葉を聞き、先程まで、カチャカチャと微妙な動きで擦れあっていた鎧の音が、その瞬間鳴り止んだ。


「……違う」


 ジゼルの背後から、一瞬の唸りの後、呟くような声が告げた。

 ゆらりと、起き上がるような気配と共に、力強くジゼルの体は馬車に向かって引き込まれた。

 フランシーヌは、体を支えきれなかったのか、馬車の床に座り込み、ジゼルの体を受け止めていた。

 そしてそのまま、外にいた、門番の紋章がついた鎧を着ている人物を睨み付けていた。


「……ジゼル。それは、バゼーヌの警護兵じゃない」

「フラン!?」

「バゼーヌの警護は、確かに王国軍だけれど……その紋章をつけているのは、皆ベルトランの一門の騎士。私は、全員にご挨拶したけど、そこにいる人の顔を知らないわ」


 フランシーヌの言葉を聞き、慌ててジゼルは視線を立っている兵達に戻した。

 先頭に立っていた、騎士らしき人物は、無表情だった。


「……小賢しい」


 舌打ちと共に、その場に駆けつけてきた兵達は、一斉に剣を抜いた。


「女共以外は、皆殺しにしろ。たとえベルトランの兵と言えど、魔法で四肢が麻痺していてはウサギほども役に立たん」


 正面の男が、口を歪めて歪に笑う。

 先程、ジゼルに話しかけていた使用人は、慌てたように馬車の影に隠れていた。


「ここにはもう、戦えるものはいない。口さえ封じればどうとでもなる。やれ!」


 兵士達が一斉に散っていく。

 ジゼルは、止めようのない恐怖にぎゅっと目を瞑った。


「……立ちなさい! ベルトランの兵達!」


 凛としたその声は、つい先程まで、自らの体すら動かせず呻いていたフランシーヌから発せられたとは思えないほど、その場に響き渡った。


「一矢報いず膝を屈することは許しません! 立ちなさい!」


 それは傲慢とも言える絶対の命令だった。

 その声は、一瞬、敵兵の意識を奪った。そして、ベルトランの兵達すべての耳に行き渡った。

 勇猛たるベルトランの兵達は、今までぴくりとも動かなかった者まで、皆が、ゆらりと起き上がる。


 彼らは、自らの指揮官の声を聞き逃さない。

 たとえそれが眠りの底に沈んでいようとも。

 そして魔法に縛られている場にあっても。

 彼らにとって、すでにフランシーヌは、この場における最上位の指揮官だった。


 構えなどはない。


 ただ、指揮官の命に従い、彼らは立ち上がり、そして剣を抜いていた。


 その場に、剣が触れあう金属音と、鳥が叫ぶ、甲高い鳴き声が響き渡った。

  

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