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瞳の戒め 8

 王太子と共に馬車に乗り、公爵家の門を出る。


 今回、手続きは、王太子と共に成されるために、ジゼル自身は一切動くことはない。

 それらはすべて馬車の前に乗っている、王太子の侍従が行い、中の確認も行われることはない。

 ジゼルは、恐れ多くも王太子殿下を隠れ蓑に、ベルトラン家に移動するのである。

 はじめは、どうせ内緒で行くのなら、あの抜け穴を利用すればいいと思っていた。

 しかし、門では、たとえ公には秘密にされていようと、ここにジゼルがいることはしっかりと記されている。

 そのあたりを王太子の権力でも使ってなんとかするのかと思っていたら、これに関しては例外を作ってはならないという法があり、何ともできないというのである。

 その為、王太子がベルトラン家への挨拶に行くついでに、という理由をわざわざ作ってまで、送ってくれるのである。


「いくらなんでも、私が乗っている馬車にまで、襲撃を仕掛けはしないだろうからな」


 王太子は冗談めかしてそう告げたが、実際に、その警護に関して、ジゼルが驚くほど厳重だった。


「王族が動くからこそ、王国軍の警護が出せる。君が貴族なら、母上の一声で王国軍も出せたが……。庶民では、さすがに母上の命があっても、身柄を預けたバゼーヌと、その警護を任されているベルトランの私兵からしか、警護は出せない」


 窓にはしっかりとカーテンが取り付けられ、中からも外からも、様子が窺えないようになっている。

 しかし、先程乗り込む時に見た、大仰な兵達が、この周囲を取り囲んでいるのだろう。

 ジゼルは、見えない窓の方に首を向け、心の中でため息を吐く。


「そういえば、シリルの『眼』はどうしたんだ。さっき乗り込むまで、ずっと付いてきていただろう。あれは、お前のために出しているという話だったが」

「……あの子は、侍従長にお願いして、抜け穴から移動させました。元々、魔法で紡がれた存在です。その存在はあやふやなので、わざわざ移動させた記録は必要ないと判断しました」

「そうか……」


 王太子は、猫の話を聞くと、一瞬押し黙り、そして口を開く。


「今後の予定のことなのだが……。宴の会場が変更になる」

「え? 隣のベルトラン家本邸ではないのですか」

「はじめはその予定だったが、郊外にある王家の離宮に移動することになる。理由は、招待客をより多く招くため、だが……」

「……もしかして、わざわざ相手に隙を見せるということですか?」

「ああ。ベルトランの王都の本邸を会場にすると、君はずっとそこにいることになる。ベルトラン家は、我が国が誇る武門の家。相手はそれだけ周到に用意し、隙を誘うのもそれだけ難しくなる。それくらいなら、むしろ、こちらから隙を見せ、相手の油断を誘うほうが良いのではないかと言われてな。ここからだと一刻ほど、馬車を走らせることになる。相手が狙うのは、その道中になるだろう。今日はベルトラン家に一泊し、移動は明日になる」

「わかりました」


 ジゼルは素直に頷いた。

 自分が果たすべき役割がその囮であることは、十分理解している。

 しかし、次の王太子の言葉で、ジゼルは凍りついた。


「君は、花嫁と一緒に、移動してもらうことになる」


 驚愕に目を見開き、何も言えなくなったジゼルに、王太子は申し訳なさそうな表情をした。

 しかし、その口調に迷いはなく、それはすでに決定事項だと告げていた。


「先程も言ったとおり、君はあくまで庶民だ。君の保護は、すでにベルトラン家とバゼーヌ家の職務となっている。もしここで、君だけのために馬車をだし、警護の兵を出しても、それらはすべて、その両家から出ていることになる。その状態で襲われても、事は両家だけの問題となり、国にまでその問題は上がってこない。だが、ベルトランに嫁ぐフランシーヌの行列が襲われたとなると、話は別になる」

「フランを巻き込まないでください!」

「……あちらの了承はすでに取っている。花嫁本人は、迷い無く了承したそうだ。むしろエルネストの方が、さんざん渋っていたそうだ」


 王太子は苦笑するが、ジゼルにしたら笑い事ではなかった。


「彼女の迷惑にはならないというから、引き受けました。それではお約束が違います」

「……迷惑になるかならないかでいえば、これを引き受けた方がいいと思うぞ。もしこれで、単体で移動した君の身に何かあれば、間違いなくベルトラン家が責任を取ることになる。結婚式どころではなくなるからな」

「花嫁本人に何かあったら、そもそも結婚どころではないじゃないですか! 危険だとわかっている場所に一緒になんて……」

「馬車の移動には、エルネストや家長の侯爵は同行できない。その二人は、王国軍で役職があり、そちらの立場を優先しなければならない。たとえ君が襲われたとしても、この二人は軍の職務を優先し、先頭立って動けない。だが、自分の婚約者や、国の貴族が襲われたなら、話は別になる」


 苦悩を示すように、顔をしかめているジゼルを見て、王太子はその表情を真剣なものにして、頷いた。


「フランシーヌ嬢は、すでにオードラン家の令嬢として認められている。手続きも終了し、彼女はすでに貴族なんだ。貴族の移動が襲撃された場合、その家の私兵ではなく、王国軍が動く義務が生じる。どんな下位の貴族でも、もし他国からの干渉ならば、原因を速やかに調査し、排除しなければならないからな。つまり、それがあれば、大手を振って、エルネストも侯爵も、王国軍の自分の直属部隊を動かす理由ができる。つまり、君は、敵側を動かすための餌として。そしてフランシーヌ嬢は、王国軍を動かすための餌になる」


 あくまで納得しないといった表情のジゼルに、王太子は首を振った。


「もう、決定事項だ。これは覆せない。もしどうしても気になるのならば、君自身がフランシーヌ嬢を守るべく動くしかないだろう。ただ、フランシーヌ嬢も、君を守ろうとしている。彼女もなかなか強情だぞ」


 困ったようにジゼルを見る王太子は、苦笑しながら視線を逸らした。


「あのエルネストに嫁ぐだけはある。あれほどベルトランの花嫁に相応しい女性はいない」


 それは、誰が聞いても、王太子からフランシーヌへの最大の賛辞だった。

 だが、正面で聞いていたジゼルは、王太子が匂わせた別の印象がしっかり理解できた。

 つまり、エルネストはすでに、フランシーヌに尻に敷かれているということだ。


「武門の花嫁は、夫の不在時、その全権を持つ。普通の貴婦人のように、美しく着飾り、その身を磨き、社交界で笑顔を振りまいていれば勤まるというわけではない。ベルトランの花嫁には、夫となる男よりも心が強くあることが、もっとも求められる資質なのだよ」


 王太子はくすくす笑いながら、フランシーヌを賞賛した。


「私は、あのエルネストが言いくるめられるところを初めて見た。エルネストも強情だが、あの花嫁なら、それに負ける事はない」


 王子のその言葉が終わったその時、馬車が緩やかに移動を止めた。

 どうやら、目的地であるベルトラン侯爵邸に到着したらしい。


「さて、行こうか」


 王太子が、開けられた扉から先に出て、その手を差し出す。

 本来、先に出て待たなければならなかったジゼルは、悩む気持ちをあっさり棚に上げ、これはこういう物だと自分に言い聞かせた。


「ありがとうございます」


 にっこり微笑み、その手に導かれて馬車を出る。

 ベルトラン家の入り口には、以前遊びに来た時に顔を合せた侍従長と、さもはじめからここにいましたと言わんばかりの白銀の猫が待っていた。

 ジゼルの手を握る王太子を、半眼で睨みながら、珍しいほどに低い声で鳴いて、不機嫌を隠そうともしていない。


「お前はこの場にいないのだから、仕方ないだろう」


 王太子は、猫に向かって呆れたように告げた。

 建物の中に入り、扉が閉められたとたんに、猫はジゼルの腕の中に飛び込んだ。

 王太子が手を伸ばす度に、ぺしんとその手を前足で叩く。

 爪こそ出していないが、まったく遠慮がない猫に、ジゼルは慌てて前足を押さえたが、王太子は笑ってそれを認めた。



 以前も案内されたテラスで、フランシーヌとエルネストが揃ってジゼルの到着を待っていた。

 ジゼルの姿を見たフランシーヌは、ほっとしたように笑顔を見せ、エルネストはその腕の中にいる、王太子に対して敵対的な視線を向けている猫を見て、眉根を寄せた。


「……まさか、シリルが起きているのか?」

「……そのようです」


 ジゼルが答えると、エルネストはそんなジゼルを手招きした。

 素直にそちらに移動すると、ジゼルの腕の中から猫を取り上げた。


「お前は二人の移動中もずっとこの眼を使うことになる。今は休め」

「うぅ~」


 不満そうに鳴いた猫を、ジゼルの腕の中に戻すと、エルネストは猫ではなくジゼルに視線を向ける。


「……寝かしつけてくれ。そいつはただでさえ、昼は負担が大きくなる。魔力を途切れなく使わせると、それだけ消耗する。肝心の明日、使い物にならないと困る」


 腕の中の猫に視線を向けると、ちらりとジゼルを見て、やはり気まずそうに視線を逸らしていた。

 その態度から、どうやらエルネストの言葉は真実らしいと察し、ジゼルは猫の体を抱き直し、できるだけ落ち着くように体に沿わせた。

 やはり、ジゼルがこの時のための訓練を始めた頃、ずっと繋がっていたあの時も、負担が大きかったのだろう。だから今、それが知らされ、猫は気まずそうにもじもじしているのだ。

 ジゼルは苦笑しながら、「寝てください」と声をかける。

 エルネストは、素直にジゼルに身を預けながらも、じっと王太子を見つめている猫を見て、呆れたように口を開いた。


「王太子がいるのが不安なら、とっとと追い出すから心配するな!」


 きっぱり言い切ったエルネストに、王太子はひどいと言いながらも、くすくす笑う。

 その雰囲気は、明日の緊張すら忘れそうなほど、穏やかなものだった。



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