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瞳の戒め 4

 公爵夫人が慌ただしく王宮に向かい、部屋にはロクサーヌとジゼル、そして、その場を任されたマリーが、一言も発せず、お茶を口にしていた。


「……このままでは、一向に進みませんものね。デザインとお色を、ひとまず二種類、決めてしまいましょうか」


 はじめに口を開いたのはロクサーヌで、彼女はそう告げると、先程描いたデザイン画を、ずらりとテーブルの上に並べて見せた。


「ベルトラン侯爵家側のお衣装に関しては、すでにお色は出ております。嫡子エルネスト様が濃紺、お相手のご令嬢のお衣装は暁色です。ですから今回は、このお色二種と、王太子殿下のお色を避けて決めなくてはいけませんわ」


 さらさらと、ほんの僅かの躊躇いもなく描き上げたデザイン画に、さらにメモを残していく。

 手は止まることなく、次々とメモを残し、さらにデザイン画を描き上げていくのだが、その速さが尋常ではなかった。

 先程のジゼルの意見を取り入れた、シンプルな形のはずなのに、次々と新しい形がその手元で産まれていくのが、まるで水の湧く泉を見ているようだった。


「王太子殿下の礼服は、王宮内行事の時は白ですが、王宮外で、今回は王妃陛下の名代ということですので、おそらく真紅になります。お側につく事になるのならば、王太子殿下のお色をたてる、黄色か薄紅がよろしいでしょうか。シリル様のお側につくならば、シリル様の王宮魔術師のお衣装は白ですので、どんなお色でも大丈夫です」


 すでに描き上げたデザインは二十あまり。色の候補とさらに宝石の種類まで、詳細に描き加えられたメモの多さに、さすがのジゼルも根を上げた。


「あの、すみません。私はドレスを選んだ経験が少なくて、あまり候補を出されても、混乱して訳がわからなくなってしまうんです。ゆっくり選んではいけませんか?」


 慌てたように言い募るジゼルに、ロクサーヌはしばし虚を突かれたように手を止め、そしてふっと微笑んだ。


「失礼致しました。お嬢様のご事情は窺っております。何か、疑問に思うことがおありなら、お答え致しますわ。私も、今は男爵の位をいただき仕事をしておりますけれど、元は町育ちの庶民なのです。生まれも育ちも貴族の方々に比べれば、少しはお気持ちもお察しできます。ドレス以外のご相談も、よろしければ伺いますわ」


 ジゼルは、ロクサーヌの笑顔に、ほっとしながらも、その言葉に疑問を抱いた。

 首を傾げたジゼルを、ロクサーヌは笑顔で言葉を促す。

 それに甘えて、ジゼルは、ドレスではなく、いま抱いた疑問をロクサーヌに尋ねた。


「男爵夫人とお聞きしましたけど……。旦那様が男爵様だったのですか?」

「いいえ。私の爵位は、私自身が王家より賜ったものですわ。私は王宮服飾師。それはすなわち、王家の方々の秘された場所に足を踏み入れる役職でもございます。私は、王族の方々に直接触れる機会も多く、さらにその際、凶器となる針なども手にしております。王族の方々の身を守る意味もあり、代々王宮服飾師は、それぞれ一代限りの爵位を賜り、それ相応の責任を負い、王宮に伺候しております。確かに私の夫も同じように男爵位を賜っておりますが、夫も私と同じく、独身時代から王宮服飾師として爵位を賜っておりました。私の爵位は、私の職務に付いているものであり、私の家系や私の血によるものではないのです。私たちの爵位は、一代限りのものになりますので、その子供は、みな庶民という事になりますの」


 すらすらと述べたロクサーヌは、その身だしなみも作法も、庶民階級のものではない。たとえそれが一代に限られた物であろうと、彼女は間違いなく貴族だった。

 ジゼルは、自分がいかに身分に関して無知であるのかを、彼女を見て理解した気がした。


「……そういう貴族の方もいらっしゃるのですね。私は、貴族というのは、代々続いている家しかないのだと思ってました」


 ロクサーヌは、恥じ入るようにうつむいたジゼルに、自分もかつては同じだったと頷いた。


「他ですと、王宮医師なども同じように爵位を賜っているはずですわ。あと、王宮魔術師であるシリル様の爵位も、本来は私達と同じものです」

「……え? でも、シリル様は、王位の継承権もお持ちですよね。それに、お生まれもこの公爵家ですし」

「本来、魔術師になると言うことは、血の縁をすべて絶つ事を指すのです。魔術師の方々は、そのお体を人に在らざる物に変えることにより、魔術を行使することになります。その証として、本来お持ちの色を捨て、魔性に授けられし色を纏うと言われています。つまり、その身のお色が変化した時点で、シリル様のすべての継承権は放棄されたも同然なのです。シリル様は、元は母君のディオーヌ様と同じ、亜麻色の髪と琥珀色の瞳をお持ちでした。今の白銀の御髪と翡翠の瞳は、すなわち人に在らざる証。御子を儲けることができない方は、王位継承権も当然ながら、本来与えられません」


 唖然としたジゼルは、思わず視線を彷徨わせる。

 その視線の先には、そっと控えるマリーがいた。


「ロクサーヌ様の仰るとおりです」


 ジゼルの困惑を察したマリーが、頷いてロクサーヌの言葉を肯定した。


「シリル様は、魔術師となった時点で、一度バゼーヌの籍を抹消されたのです。しかし、王宮魔術師となり、王家の秘術を代行するにあたり、籍を戻され、バゼーヌを名乗ることを王家よりお許しいただいたのです」

「継承権……あるんですよね?」

「はい。御子はできませんので、末席となりますが、間違いなく継承権もございますよ」

「その、御子ができないというのは……」


 マリーは、一瞬躊躇い、そして意を決したように口を開いた。


「魔術師の方々は、その身を変えると、人との間に御子ができにくくなるのです。今の王宮魔術師長様も、ご結婚なさったのはお若い時分でしたが、その時すでに魔術師として名を成しておいでで、結局、御子はできず、養子を取られました。ですから普通、血を繋ぐのが最も重要とされる貴族の子弟は、魔術師になる事はないのですが……シリル様は、ご幼少の頃から、その素養が他者とは比べものにならず、そのままでは力の暴走により、成人もできないと告げられ、仕方なく籍を抜かれ、魔術師となられたのです」


 マリーの言葉を同意するように、ロクサーヌが頷く。そして、笑みを消した強い瞳で、ジゼルに告げた。


「シリル様が今、王宮魔術師となられ、バゼーヌに籍を戻されているのは、あの方の才能によるものです。我が国始まって以来の才能は、より強く王家に繋がりを持つことを望まれたのです。……シリル様は、公爵家の三男です。本来なら、お兄様方のように、とっくに一つの家を与えられ、独立しておいでのお歳でもあります。それをせず、この家にあの方のための離れが用意されているのは、あの方が王家に準ずる存在として、この家に封ぜられている証なのです。あの方は、たとえご結婚なさろうと、独立は許されず、あの離れにしか住まうことを許されないのです」


 ジゼルは、その話を聞き、ようやく、この家にシリルと公爵夫人以外の家族の姿が見あたらなかった理由を察した。

 シリルの兄二人は、とうの昔に結婚し、この家を出ているのだ。

 隣家のエルネストのように、独身で、さらに王宮警護の要職にあれば、家に住まうこともあるかもしれない。

 しかし、結婚すれば、跡を継ぐまでは家を出ているのが当たり前なのだ。

 長子はいつかこの家を継ぐのだろうから帰ってくるだろうが、それでも今は家を出ている。

 だが、シリルには、それが許されない。

 特殊な能力と血が、それを許さない。


 シリルの特殊な環境の意味が、そんなところにあるとは思っていなかったジゼルは、今聞いてしまった話に、ただ呆然としていた。


 その、あまりにも変化したジゼルの様子に困惑したロクサーヌは、突然態度を変えた。

 にっこり微笑み、突然のように話を変えたのだ。


「御子ができないシリル様は、独身の貴族女性のお相手になる事はないのですけど、既婚の貴婦人には大変おもてになりましてね」

「……はぁ」


 突然変化した話について行けず、ジゼルはただ相槌を打つ。

 それに構わず、ロクサーヌは頷きながら話を続けた。


「浮き名もおありだったのですけれど、どうもそれはご本人にとっては不本意だったご様子で、最近では夜会などにはよほど重要なものでなければお顔を見せなくなっていたのですよ」

「……そうですか」

「ですから、エルネスト様の慶事に、そのご友人としてシリル様がご出席なさる事を聞きつけて、貴婦人の方々は大変な熱の入れようでしたの」

「……はあ」


 こくんと頷くだけのジゼルに、ロクサーヌはくすくすと笑った。


「ですから、今回もいつもの通りお一人での参加かと思えば、こちらに伺い、そうではないとお聞きして、私はとても驚きましたのよ。でも、お嬢様にお会いして、その理由がわかった気がしますわ」


 きょとんとしたジゼルの表情を見て、ロクサーヌはにっこり笑ってテーブルを指し示した。


「さあ、どちらの殿方に並ぶことになっても大丈夫なように、お衣装を選びましょうか。私の全力をもって、どちらの殿方が選ばれても、自信を持ってお側に立てるドレスを作って見せますわ」


 その力強い宣言の後、夕食間際に公爵夫人の帰宅が知らされるまで、ロクサーヌはジゼルに根気よくドレスの説明を繰り返し、候補を二着にまで絞り込んだのだった。



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