三ヶ月の日常
バゼーヌ公爵邸にある離れには、公爵家の三男シリル=ラムゼン=バゼーヌが住んでいる。
この三男坊は、少々特殊な理由があり、離れを一人で使用しているのだが、公爵家の坊ちゃまがそこに一人でいるわけではない。
今日も、侍女のジゼルは、主の寝室で、いつもの仕事を遂行していた。
「マリーさーん。シリル様がお目覚めになって消えましたー」
ジゼルの声が、今日も離れに響き渡る。
「早くお探しして!」
侍女長のマリーが、慌てたように離れに詰める他の使用人達に指示を出す。
その直後、屋敷の外から異音が聞こえ、なぜか力が抜けたようなジゼルの声が、再びマリーの耳に届いたのは、さらにその僅かな後だった。
「……マリーさーん。シリル様が庭の妖精噴水上空に出てきて、そのまま落ちましたー」
「湯浴みの用意を急いで!!」
先程の異音が、大事な大事な坊ちゃまが、盛大に噴水に落ちた時に立てた水音だとわかり、マリーは大慌てで布をかき集めたのだった。
侍女ジゼルの仕事は、この寝ぼけ癖のある魔法使いの、目覚めの見張り番である。
しかし、その人が、このアルグラート王国の三大公爵家の血に連なり、王位継承権もある存在だという事は、この仕事の間は忘れておかないと、失望より先に気が抜けることを、まだ三ヶ月の勤めの間にしっかりジゼルの頭には叩き込まれたのである。