エピローグ 天色の道
倉庫内にいた珪素生物を殲滅し、珪素生物討伐部隊と無事に合流したユージたちは、怪我の治療をするためにカオリの祖父でもある、あの老人がいる道場に来ていた。
彼はまずカオリが無事であることを確認すると、ほっと胸をなで下ろしていた。いくら孫が強いとはいえ、息子を亡くした経験がある彼にとっては、万が一のことを考えると、いてもたってもいられなかったらしい。
またユージとハヤトも無事だと知ると、ふっと鼻で笑ったのだ。
「どうやらわしの指示を無視したらしいではないか。カオリが自力で脱出して、加勢に来なければ、お前たちは死んでいたぞ?」
「わかっているよ、そんなこと……。生きているんだから、別にいいじゃねえか……」
ユージはそっぽを向いて、口を尖らせる。老人はそれを見ると、笑いながら遅い朝食でも持ってきてやると言い、座敷に二人を残して部屋から出て行った。
一方でハヤトは肩をすくめながら、擦り切れ、包帯で巻かれた手をじっと見ていた。ペンもまともに持てる状態ではない。
「どうした、ハヤト?」
「いや、結局俺の指示は中途半端だったんだなって。お前に危険な目にあわせた……すまない」
「いやいや、あれは俺が悪かったよ。連射するの、忘れていたし」
「それに相手側の実力を見誤っていた。それにまさか核が腿にあるとは――。お前が偶然、腿に撃たなかったら、カオリ先輩はもっと苦戦していたはずだ」
ハヤトは悔しそうな顔をしながら、頭をかきあげた。すべてを理論で突破しようとしていた彼にとっては、あまりにもふがいない結果だったのだろう。
「まあさ、現実ってそんなものだろう。そういうのは慣れとかで切り抜ければいいのさ。完璧な人間がいたら、そっちの方が怖い」
「お前は本当に前向きだな」
呆れながら顔を上げると、ハヤトはようやく笑みをこぼした。
急に座敷の障子が開かれると、ジャージ姿のカオリが立っていたのだ。ハヤトは思わず声をかける。
「動いても大丈夫なんですか?」
「怪我はほとんどなくて、ただ疲れが溜まっていただけ。また寝直すわ。けどその前に――高倉勇二君、あなたが使った銃を見せてくれる?」
ユージはホルスターに入った銃をカオリに差し出した。彼女はそれをホルスター越しから眺める。銃本体に触れようとしたが、老人と同様に跳ね返された。
「まさか君が次の継承者になるとは……。世の中わからないものね」
「これを前に使っていた人を知っているのか?」
「私の父よ。自分だけしか使えないはずのものを開発したと言っていたのに……」
カオリの父親とはつまり珪素生物を生みだし、殺されてしまった人間――。
その人が使っていた武器を、ただの一般の少年が使っているのを知れば、それは誰しも驚くことだろう。
銃を返すと、彼女は腕を組みながら壁に寄りかかった。
「それで、これからどうするつもり?」
「これから?」
「今回は私を助けるために来てくれたと聞いているわ、ありがとう。でももう、珪素生物に関わる必要はないんじゃない?」
カオリは手元に何かを握りしめながら、問いかけていた。そこに握られているものは、ユージたちを非日常から日常へと戻すもの。それを使うかどうか、考えあぐねているのだ。
たしかに恐ろしいことはたくさんあった。死を目前に迫られ、時が極端に遅くなった現象まで体験した。このまま非日常を過ごし続ければ、その回数は増えるばかりだろう。
日常に戻りたいという思いはある。だがおそらくユージがここで引いたとしても、ハヤトは留まり続けるだろう、妹を殺した犯人を捜し出すために――。
特別な武器を持てない彼は珪素生物を相手に、せいぜい牽制をかけることしかできない。しかしもし珪素生物を倒せる相方が傍にいたらどうだろうか――?
ハヤトには今までかなり世話になっている。そして今回も彼がいなかったら、ユージは間違いなく倉庫に侵入した途端に死んでいただろう。
その感謝の想いを、いや彼から受けた借りを、これから返すべきではないのだろうか。
ユージはホルスターの中に入った銃をしっかりと握りしめる。
そして顔をあげると、視線をまっすぐとカオリに向けた。
「これからも俺はこの銃を使い続ける。――傍にいるやつを助けるために」
ハヤトは目を丸くして、ユージを見つめる。カオリは視線をちらりとハヤトに向けつつ、ユージを見ると、にやりと微笑んだ。
「わかったわ。一緒に戦いましょう、私たちの未来のために」
雲が移動し、その合間から太陽の光が射し込んでくる。それはユージと銃を照らしだしていた。先が見えぬ暗い未来ではあるが、いつか辿りつくその場所は、このように光輝くものではないかと思っていた。
そしてまた、空から晴れ間が見えてくる。少し濃い水色――天色は一面に頭上に広がっていた。
やがて少年二人は新たな道を進み始める。
その天色を背景にして、二人で並びながら。
了
お読みいただき、ありがとうございました!
この小説は冒頭部に言った通り、麻葉紗綾さんのイラストを元にした、イラスト小説となっています。
少年のバディものが読みたいと言われ……、よくよく考えればそういうお話を書いたことがありませんでした。
テンポ重視の王道の展開となりましたが、執筆していてとても楽しかったです。紗綾さん、イラストを描いて頂き、どうもありがとうございました!
今後もよりよいものを執筆できるように頑張ります。