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6、勇二と隼人

『逃げるのか。それもまたいいだろう。だがこの状況で逃げきれると思うか?』

 背の高い珪素生物シリンは、にやりと笑みを浮かべながら、その場から離れるユージたちを眺めていた。この倉庫内に珪素生物は二十体程度しかいない。だがそれはここに侵入してきたものに対して、油断をさせる行為であり、外にでればさらに大量の珪素生物が待ちかまえている手筈となっている。

 太陽の光に当たっているため、若干動きは遅くなるが、侵入者が外にでようとした場合には、この中に入ってくるよう指示してあった。たとえ二人がこの群衆から逃げきったとしても、結局は殺される運命にある。

『この娘を殺すのは、少年たちが死んだ後でいいだろう』

 呆然としているカオリを一瞥しながら、その珪素生物はほんの少しだけ彼女から離れた。



 ハヤトからどこに向かうか一切教えてくれず、ただ逃げまどう時間が続いていた。彼は顔を見上げて、大まかに自分たちがいる場所を把握しつつ、進んでいるようだ。

 よくもそんな器用なことをできるのだと、ユージは感嘆した。ユージにとって今は精一杯避けることしかできない。

 疲労が溜まってきたとはいえ、珪素生物シリンの動きがほぼ一定のパターンで繰り返されていることにようやく気づいていた。

 羽を生やした生物は、主に頭上からの攻撃。鋭い嘴をユージたちに向けて落下してくる。また斜め上から滑降するときもあるが、それは角度が変わっただけで対した違いはない。つまり真横からの攻撃はないのだ。

 四本足で迫ってくる生物は、鋭い爪を生やしたものはひたすら爪を振り続ける、爪は丸いが図体が大きいものに関しては突進を繰り返すというものだった。

 一方、ユージたちにとっては有り難いことに、珪素生物たちにはまったくまとまりがない。勝手にお互いでぶつかり、体勢を崩したり、傷つけあうこともあった。

 そのためハヤトは途中から自ら攻撃するのではなく、上手く避けて、相手側の自滅を誘う形にでている。

 そのおかげか既に六体ほどはお互いに粉々に砕かれて、黒い粒子となって消えていた。

 力は無い炭素生物カボンの少年たちだったが、現段階で消えた珪素生物の数だけ見れば、討伐部隊の一員としても悪くない成績である。

「ユージ、一気に行くぞ。お前は先に上がれ」

 羽を生やした珪素生物シリンがすべていなくなったのを確認したハヤトは、すぐ目の前にある螺旋階段に視線をやった。それは天井まで続いている。

 前後を入れ替えると、ユージは先に螺旋階段を駆け上り始めた。階段を踏む度に甲高い音が反響する。後ろからは階段の登り口で詰まって身動きが取れなかった珪素生物が、一体ずつ登り始めていた。登ってきた相手に対して後続にいたハヤトは鉄パイプを振り、その勢いで突き落としつつ、進んでいく。

 ユージは前方だけに注意をしていればいいため、幾分楽になった。だがちらりと背中越しからハヤトを見ると、彼の肩は激しく上下していた。右腕に巻かれた包帯からは赤い血が滲み出ている。声をかけたい衝動に駆られたが、彼が奮闘している姿を見て、それは飲み込んだ。

 そしてユージは一気に螺旋階段の中間地点である踊り場に出た。しかし段ボールが邪魔で、カオリたちの姿はここからでは確認できない。

「もう少し上がれ! 角度的にこれだと厳しい!」

 ハヤトに背中を押されて、ユージはさらに上る。いつしか手にはホルスターから取り出された銃を握りしめていた。人間の集中力によって、大きく左右されるこの銃。この土壇場の中で上手く引き金を引けるかだろうか。

 だが、後ろで必死にユージを守ってくれている少年を見ると――やるしかなかった。

 天井に最も近い踊り場まで辿り着くと、ユージは銃を構えて、遙か先にいる二本足で立っている珪素生物を睨み付けた。もはやユージたちには興味がないようで、倉庫の入り口の方を眺めている。

「その銃、追尾機能はあるのか!?」

「知らない!」

「おい、そこは重要だろう。何のために上に来たと思っている!」

 ひしゃげている鉄パイプを大きく振り回しながら、ハヤトは馴れた手つきで珪素生物シリンを突いた。それ物はバランスを崩して、背中から落下していく。同時にすぐ傍にまで寄ってきていた生物たちが、ドミノのように次々と崩れていった。

「ただの堅いだけが取り柄の生物が!」

 威勢良くハヤトは声を発するが、両手は擦り切れており、血がぽたりと階段の上に落ちる。手を広げて舌打ちをしつつ、ハヤトはユージに向かって叫んだ。

「その銃は人間の集中力を食うんだろう。なら最大限に集中して、焦点を絞れ! そうすれば目的の場所に当たるはずだ」

「目的の場所って!?」

「珪素生物も同じ俺たちと同じようなものだろう。つまり心臓の辺りだ。ただし同じ相手に二発連発、一発は皮膚を溶かす弾を、二発目は核を貫け!」

 ハヤトの言葉を意識して、ユージは速くなる鼓動を、深呼吸によって押さえつつ、寸胴の珪素生物に焦点を当てた。

 初めて試しに放ったあれ以降、使っていない。つまり最大で四発撃てる。しかし相手の状況を見ると、間髪置かずに最低でも二発連続で打たなければならない。

 ハヤトはそれ以上ユージに対して口を出さなかった。背中を向けて、黙々と目の前に来る雑魚の珪素生物を突き落としていく。

 不安はある。

 だが、ここでやらなければ、ハヤトの努力は水の泡と消え、カオリだけでなく、自分たちまでもこの世からいなくなるだろう。

 一点に集中。

 震えて歪んでいた焦点が、少しずつ落ち着きを見せ始める。相手は豆のように小さいが、震えが収まる頃には、不思議と外す気がしなかった。

 珪素生物シリンの特殊な皮膚を溶かし後に、その中心部にある核を打つイメージを思い浮かべる。

 音が止んだ。

 喧噪でうるさかったはずだが、ユージの耳に入ってくる音は遮断された。

 やがて一瞬の静寂の中、銃口から鮮やかな空の色――天色てんしょくが飛び出した。



 その瞬間をカオリは見ていた。高い場所から、何の力も持っていない少年が、銃口をこちらに向けているのを。周りにいる珪素生物シリンたちは気づいていない。

 果たしてあの少年が引き金を引いた瞬間、何が起こるのだろうか。ただ言えるのは、万が一倒せたとしても一体だけ。

 ちらりと手首に絡まっている鎖を見る。抵抗はしたが、頑丈であったため、現段階では手首が赤く染まるのみであった。

 しかしその努力のおかげで、片方だけは僅かにその上部の鎖にヒビが入ったようだ。古い鎖を使われたのがカオリにとって功を奏したようだ。周りを確認し、あるものに目を付けると、カオリは唇をほんの少しだけつり上げた。

 そしてすぐ傍にいた寸胴の珪素生物シリンに天色の二発の銃弾が当たり、一発目は皮膚の大部分を溶かし、もう二発目は炭素生物カボンでは心臓部分にあたる核を貫いたのだ。それは連鎖するかのように一気にその反応は起こっていった。



 銃弾が見事に当たり、二本足で立つ珪素生物シリンが黒い粉となってその場に落ちていくのを見ると、急にユージの肩に疲労がのしかかってきた。鼓動が速くなり、汗が異様に出てくる。まるで全力疾走をした後のような感覚だ。

「ユージ、撃てるようなら、次の二発でもう一体をやれ!」

「撃ちたいけど、動けない……」

 銃を再び握りしめ真正面に向けようとするが、腕は鉛のように重く、あがらなかった。よく見れば手は震えている。

 背の高い珪素生物は、ユージたちが一体の珪素生物を消したことに気づき、睨みをきかせながら、二人がいる螺旋階段へと歩き始めていた。

 動く相手を撃ち抜くのは難しい。しかし驚異が迫っているため、一刻も早く引き金を引いて、消失させる必要がある。

「おい、ユージ!」

 四本足の珪素生物を相手にしているハヤトに叱咤されて、ユージはどうにか銃を持ち上げて、荷物の間をすり抜けてくる二本足の相手に対して銃口を向けた。

 震えすぎていて焦点があわない。さらには周りの雑音が気になって、集中できないのだ。

 しかし撃たないことには何も始まらない。珪素生物の回復能力がどの程度かはわからないが、皮膚を溶かせば、多少は動きが鈍くなるはずだ。

 少し開けた場所に相手が出たところで、ユージは歯を食いしばりながら、一発だけ放った。

 もともと追尾機能もあったため、多少焦点を外していても、着弾し、上半身の皮膚は溶けた。その珪素生物は攻撃されたことに気づき、動きを止める。だが数十秒もしないうちに、細胞は増殖し、回復し始めたのだ。

 慌てて銃をあげ、連射をしようと思ったが、既に元通りに戻っている。

『なかなか強力なものを持っているようだ。だがそれは使い手による。宝の持ち腐れだな』

 その声は妙に近くに聞こえた。

 ユージは視線を上げると、すぐ上にまであの珪素生物が羽を生やして迫ってきていたのだ。

『夢の中でそのおもちゃは扱っていろ。――永遠に眠れ』

 動きが非常にゆっくりと見えた。堅い拳が目の前に迫ってくる。無理矢理に引き金を引き、相手を撃ったが、それは先ほどと同様に今度は下半身部を溶かすだけだった。打たれた腿からちらりと核が見える。

「ユージ!」

 ハヤトが階段から慌てて登ってくるのが視界に入る。

 しかしそれはあまりに無意味な行為であった。


 硬い拳が――顔に突き刺さる。


 そう――思った。


 しかし次の瞬間、別の気配が現れたことにより、珪素生物シリンはユージを殴るのをやめて、横に飛び退いた。珪素生物は現れた方向に鋭い睨みをきかせる。

『どうやって外した!』

「あまり私を舐めないでほしいわ。古い鎖なんて使わないで」

 細長い鉄パイプを握りながら、長い黒髪を棚引かせている人物。踊り場にある手すりの一部に足を付けていた。

 凛とした雰囲気の中に含まれている、怒りの感情。珪素生物シリン相手に、炭素生物カボンのセーラー服の少女は見下ろしていた。

『どうやって来た!?』

「羽を生やした珪素生物を少しだけ借りたわ。既にいなくなってしまっているけど」

 手すりから降り、鉄パイプを両手で持ちながら近づいてくる。

『俺を消すつもりか?』

「この前は油断したけど、私、強いわよ? ――相沢君!」

 その声と共にユージは後ろからハヤトに手を引かれた。驚くまもなく、ユージは踊り場から降ろされ、階段へと連れてこられる。

 それと同時くらいに、カオリが声を発しながら、珪素生物相手に突っ込んでいくのが目に入った。

「やあああああーーーー!!」

 鉄パイプの先端が天色に光る。それを珪素生物の胴に叩きつけると、一瞬で皮膚は融解した。

『何だと!?』

 たった一打であるにも関わらず融解したことに対して、珪素生物は驚きを隠せないようだ。しかも傷は深く、回復するまでの時間が長い。

 カオリは一打を放ち、珪素生物の横を通り過ぎると、すぐに反転し、中段に鉄パイプを構える。お互いにじりじりと見合っていたが、今度は先に動いたのは珪素生物だった。

 右手で拳を作り、カオリに向かって一直線に走る。しかし彼女はそれを軽々とステップを引いてかわし、今度はその右手の甲の部分を叩いて、抜けていく。勢いよく叩かれたその部分から手全体を融解し始めた。

「――カオリ先輩は関東大会で入賞し、剣道の全国大会に出場したこともある実力の持ち主だ。先輩が棒きれを握ったら、かなりの脅威になる」

 ハヤトが下から迫ってくる珪素生物シリンをたたき落としながら、解説をしていく。ユージも近くにあったポールを振り回して、牽制するのを手伝う。

 彼の言うとおり、カオリの動きには微塵の無駄もなく、剣道で打つ、面、胴、小手、そして時には突きまで繰り出していた。そして打たれたところは融解され、さらには元通りに戻るまでかなりの時間を有している。

「あのご老人に色々と仕込まれたんじゃないのか、珪素生物と戦う技術も。俺の考えだけど――先輩は珪素生物相手にも相当強い」

 ハヤトが言い切ると、カオリの甲高い声が鳴り響いた。

「やあああああーーーー!! 小手、めーーーーん!!」

 その威力は凄まじく、顔の部分にある堅い表皮が溶け、柔らかな皮膚が現れ始めていた。

炭素生物カボンにもここまでやるやつがいるとは……。だが俺には勝てない。核を貫かない限りな!』

 カオリは中段の構えを崩さず、ある一点を睨みつけていた。至る所の表皮が溶けているが、未だに核は見えない。

 だが彼女はまったく動じていなかった。

「――知っているわ。そんな当たり前のこと」

 深呼吸をし、一気に間合いを詰めた。珪素生物シリンは真っ向から挑んできたカオリに対して、爪を尖らせて対抗しようとする。だが彼女は直前でしゃがみ込んだ。爪は空を切り、彼女は突きを――珪素生物の右腿に向かって放っていた。それは深々と刺さり、見る見るうちに表皮は融解し、その先にある核まで刺さる。

『お前……!』

「彼の行動も無駄じゃなったわけ。――さようなら、父さんが作り出した哀れな生物たちよ」

 核に亀裂が入ると、全身が粉々になっていく。それは黒い粒子と変化し、その場に落ちていった。最後まで断末魔を叫びながら、珪素生物は消えていく。

『俺が負けるとは……! だが覚えておけ。お前たち炭素生物カボンの時代はもう終わるとな!』

 その言葉を最後として、人語を話す二本足の珪素生物は消え去った。不穏な言葉を残して。



 強敵であった珪素生物シリンが消え去るのを見届けたカオリは一呼吸を吐くと、ユージたちの方に振り向く。一方で倉庫の扉が大きく開け離れたのが見えた。そこから武器を持ったたくさんの人が突入してくる。

「カオリ!」

 市原の声が倉庫内に響く。討伐部隊がようやくきたようだ。誰もが肩で呼吸をしていたが、目立った外傷はない。

「外にも珪素生物がいたはずだけど、さすがみんな、一掃したようね。――さて、私たちもみんなと合流しましょうか」

 カオリはにこりとユージとハヤトに向かって微笑むと、一人階段を飛び降りて、珪素生物シリンがいる真っ直中に落ちていった。だが着地する前に、数体を一気に片づける。あまりに無駄のない行動に唖然としてしまった。

「すげえな……」

「ああ……」

 開け放たれた扉から、目映い太陽の光が射し込んでくる。陰鬱な雰囲気であった倉庫内が、一気に変わる瞬間であった。




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