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海賊放送と2人の関係

 無事に隠れ家へと逃げ帰った2人は、出発前に3分の1程入れて蓋をしておいた元・熱湯風呂に、追加の湯を流し込んでいた。


「それにしても、今日は大成功だったねー」

「まぁ、二度は通じないだろうけど」


 びしょ濡れで戻った2人は、そんな格好であるにも関わらずどちらもご機嫌だった。

 理由はもちろん、公安警察を出し抜けたからだ。ついでに、警備が薄い隙にかなりの量の機材も回収する事が出来た。雨の中で使える機材は貴重なのだ。


「おー、いい感じじゃない?」

「もう1杯くらい沸かさないと」


 湯加減こそ良い具合になって来たが、まだ水量が十分ではない。そう判断したヤトが、大鍋に水を注ぎいれていると、アイリスがその背中に飛びつき、抱き着く。

 まだ湿っぽい服を着たまま抱き着かれ、ヤトは呆れながらも水のほとんどが既に大鍋の中へ注ぎ終えていた事もあり、あえて苦言を呈する事なく、仕方ないなと言う表情で肩に顎を置いているアイリスへと振り返る。その結果、2人の顔はまつ毛が触れあいそうな程に接近する。


「2人で入ればいいじゃん」

「疲れるから嫌」


 アイリス程ではないにせよ、降りしきる雨の中を走り回ったヤトは、帰りに機材を回収し、担いで戻って来た事もありへとへとだ。アイリスが手伝いを申し出なければ、風呂を沸かす事を断念してしまいそうだった程に。


「ぶー。なんだよー、そのちみっこいの見られるのがはずいのかー」

「黙れつるぺた」


 やけにテンションの高いアイリスを睨みながら、そこまで小さくは無い、はずと思いながらヤトは下を見下ろす。そんな判りやすい行動をアイリスが見落とすはずもなく、にやりと笑うとヤトの肩から顔を乗り出し、同じく下向きにヤトの身体に視線を落とす。


「やっぱり気にしてた?」

「うっさい」

「それとも、私の裸を見るのが恥ずかしいとか?

 まさかヤトってそう言う趣味の人だったの!?」


 そう言いながら、アイリスはわざとらしく驚くとヤトからぱっと離れ、じりじり距離を取る。

 対して、色々な意味でアブノーマルな趣味はなく、ごく一般的な異性愛な感性を持つヤトは、溜息を吐きながら大鍋に追加の火をくべる。


「つまんなーい」

「アイリスの落ち着きが無さすぎるだけ。もう1人で髪も洗えるようになったんだから1人で――」

「それはそれ、これはこれなんだよう」

「はいはい。そろそろ適温だから、運んだ運んだ」


 ぶー、と不満を示すアイリスにバケツを渡すと、ヤト自身も同じく大き目のバケツで大鍋から湯を掬い、風呂場へと運ぶ。さすがに、2人ががりでもお湯に満たされた大鍋を風呂場まで運ぶのは難しい。

 湯を張り終えると、今日もまたアイリスが先に入る事となり、リビングで服を脱ぎ散らかし始めた彼女に、ヤトは疲れ切った表情でため息を吐く。


「アイリス、はしたない事はしない」

「えー、別にヤトしか見てないんだしいいじゃん。それに、脱衣所って狭いから、脱ぎにくいんだもん」


 普段ならまだしも、濡れて張り付いた服を狭い脱衣所で脱ぐのは面倒だ。それはヤトも同意するところではあるが、問題はそこではない。


「年頃の娘でしょうが。一応」

「一応とかひどーい。て、言うかヤトだって大差ないじゃん」


 そう言われ、普段からずぼらな自分を思い出し、ヤトは反論出来なくなる。

 仕方なく、せめて下着は中で脱ぐようにと譲歩したヤトは、あんなので嫁の貰い手があるのかと頭を悩ませる。


 現実的に考えれば、昼間は外に出られない人間を貰ってくれる相手などそうそういる訳もなく、何よりこんな生活ではお付き合いどころか出会いすらないのだが、ヤトはあえてそう行った事を考えずにいた。


 とは言え、それらは無視できる問題ではない。だからこそいつもこの手の思索の終着点は、ヤト自身が出来る限り長く面倒を見てやるしかない、と言うものに落ち着く事になる。恐らく、一生面倒を見る事が出来る可能性は高いだろうとも。無論、一生と言うのはアイリスの、だ。


「確実に婚期とか逃しそうだ」


 そんな風に呟きながら、ヤトは風呂上りのアイリスの為に、冷たいお茶と温かいココアの準備を始める。


 入れ替わるように入ったヤトが風呂から出ると、そのまま夜食の準備となり、新品のエプロンを使いたくて仕方のないアイリスは、今日も台所に立っていた。普段は手伝いなんてしない癖にと思いながら、ヤトは手抜きな料理を手早く作っていく。


 そして夜食中は今日の反省に費やされる事となる。


「ちゃんと作戦通りに進めれば、こうやって機材の回収が出来る事もある。判った?」

「むぅ。そんなのたまたまだって!」

「そんな事言って、前回は用水路に飛び込んでヘッドセットダメにした癖に」

「ああいえばこういう!」

「それはこっちの台詞」


 賑やかな食事を終えると、普段は授業が待っているのだが、ヤトが雨で体力を消耗したからと言う理由で中止となり、代わりに次回の脚本作りの時間に変更となる。


「今さらだけど、あれ、読んで平気だったの?」

「んー、まぁ、両方に牽制と言うか、中立の意思表示には丁度いいかと思って」


 今回の「教えてアリスちゃん」のコーナーで最後に呼んだお便り。差出人の名前は『ハート』のクイーン。

 『ハート』とはこの国で反政府活動を行っているレジスタンスであり、国内のテロリストの大半がそこに所属しているらしい、とヤトは頭の中から情報を引き出して行く。


 海賊放送、ワンダーラジオはサウス近辺でそれなりの影響力を保持している。その影響力を欲して『ハート』が接近してくる可能性はその存在を知った時から懸念していたヤトだが、今回のお便り募集に乗じてメッセージが送られて来た事でそれが事実であると確認された。ついでに、サウス近辺にも彼らの活動拠点がありそうだ、という言う事も。


 それは公安警察にもその事実がバレたと言う事を示す。それを知らせる事になった海賊放送に対して、ハートが報復行為に出る可能性は捨てきれないが、結局断れば報復の可能性があるのだからせめて牽制をしておこうと言うのがヤトの意図だ。実際に牽制として動くのは、公安警察の面々ではあるが。


「それより、次の脚本は出来たの?」

「えーん、そんな簡単に出来たら苦労しないよー」


 わざとらしく泣きまねをするアイリスに、ヤトはやれやれと呆れ顔でペンを取る。

 脚本自体は書かないが、ヤトもネタ出しくらいは手伝っている。後何回放送が出来るのだろうかと考えれば、2人でこうやって過ごす時間も貴重な物に感じ、様々な指摘をするヤトの声も熱心なものとなる。


「じゃあさー、新コーナーの募集とかしてもいい?」

「いいけど、何でも他人頼りだと後々泣きを見るとだけ言っとく」

「うぅぅ。とりあえず、お便りは来てるから教えてアリスちゃんは次回もやるとして、他は猫様の続報? あとは、クロケーに行って演奏を録音して来て、皆の歌で流すとか」


 こうして今日も、海賊放送の夜は楽しげに過ぎて行く。


 夜が明けると、元気に見えて疲れていたらしいアイリスとヤトは共に眠りにつき、2人が目を覚ましたのは太陽が沈みかけた頃だった。


「アイリス、そろそろ起きて」

「うーん、ごふぁーん」


 五分なんだかご飯なんだか、と思いながらもヤトは思いっきり布団を引っぺがし、アイリスをベッドの上に転がす。

 寝乱れたパジャマ替わりの厚手のキャミソールは、捲れてへそが見えている。当然、下着は丸見えになってしまっている格好に、しかしヤトは気にする事も無く声をかけ続ける。


「起きろー、着替えろー、ご飯が出来るぞー」

「うぅ、ヤトの人でなしぃ」

「はいはい」


 もそもそと起き出したアイリスがキャミソールを脱ぎ始めた事を確認したヤトは、やれやれと溜息を吐きながら部屋を出る。

 パンとスープだけと言う質素な食事の準備を始めたヤトは、明日は早起きして買い出しに出なければと考えながら、鍋に塩を振りかける。もちろん、昨日使った大鍋ではなく、調理用の小鍋だ。


「おふぁふぉー」

「顔洗ってきなー」


 返事はなかったが、風呂場に向かう扉が閉まったらしい音を聞き、ヤトはそれ以上何も言わず準備に戻る。


 顔を洗い終わった、しかしまだどこかしゃっきりしないアイリスを追い立てるように食事を終えたヤトは、昨日出来なかった分もと気合を入れて授業を開始する。

 当然の様にアイリスは抵抗したが、もちろん叶う事は無く、せめてもの悪あがきに夜食後に出かける約束を取り付けると授業が開始する。


 前半は国語と称した本読みとその読解、後半を通信機材の扱いについて学ぶことに費やしたアイリスは、ヤトを急かし、手早く済ませられる食事を作らせると、一瞬すら惜しいと言う勢いで食事を終え、即行で着替えを終える。


 そんなアイリスに急かされながら外出準備を終えたヤトは、街に向かって歩きながら、行先を決めていない事を思います。


「どこ行く?」

「んー、街の外に行くには遅いよね?」

「一応言っておくけど、バーとかはダメ」

「けち~」


 そう言った類の店の取材は、既に成人を迎えているヤト1人で行く事になっている。

 ヤトは現在、24歳。この地方にやって来る事になってしまったのが19歳の頃で、アイリスを見つけて追いかけた事が原因で山で遭難すると言う状況に陥ると言う、衝撃的な出会いを果たした。当時のアイリスは10歳前後で、その髪と肌が原因で家に閉じ込められて育ち、最終的に口減らしとして捨てられたのだと、ヤトは当時のアイリスから聞いた断片的な言葉から推測していた。


「チャシャのところにでも行く?」

「んー、なんとなく、今日はいない気がする」


 アイリスのこう言った勘は良く当たるので、ヤトはそれを疑う事なく別の案を考え始める。逃亡ルートの選択の時にも生かしてほしいもんだ、と思いながら。


 夜に開いている店はバーかそれに連なるガラの悪い場所しかしかない為、アイリスのお出かけ先は常に限定的だ。

 まず、チャシャの住む空き地。街中の散歩。川岸。時間があるならば、少し遠出して郊外の畑を見に行く事もある。


 元々娯楽の少ないこの街で、夜に外出して行える娯楽はほぼ皆無であり、かと言って室内の娯楽は軒並みやりつくしている。サウスの街の住人なら、ラジオを聞くかその話題で盛り上がれるが、当事者であるアイリスにとって、それは息抜きにならない。


「ただの散歩もつまんないしなー」

「じゃあ、チャシャを探して見る?」


 ヤトの提案に、アイリスは最初こそキョトンとしていたが、すぐににんまりと笑みを浮かべ、ヤトに向けて親指を立ててみせる。


「それ、いい。かくれんぼとか追いかけっことか、一回やって見たかったし」

「じゃあ、そうしよっか」


 はしゃいで先行するアイリスを微笑ましく見つめながら、ヤトは置いていかれない様に少しだけ歩みを早める。

 その後、チャシャはあっさり発見され、そのまま他の猫達を探そうと言う流れになり、街中をぞろぞろ猫を引き連れて歩く少女問う構図が完成する事となる。


 それを目撃した不幸な酔っ払いは、慌てて仲間に報告した結果、ほら吹きのレッテルを張られる事となるが、ヤトとアイリスの知るところではない。

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