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20/21

海賊放送その後の話

 初の海賊放送捕縛任務に見事失敗したアイリスは、続けて自分も被害者の1人である誘拐事件の調書を取る手伝いをさせられていた。


 同席するのは、公安警察の署員2名。彼女の役割は、話を聞き出す子供達の警戒を緩める事と言う、なんとも大雑把なものだった。

 もっとも、同席した時点で子供達はその容貌に対する好奇心が先行し、結果的に警戒が緩んでいるので、その時点で半分任務を達成した様なものだ。更に言えば、じゃんけんで勝利してこの仕事を勝ち取ったと言う署員2人がやたらと気合いが入っている為、調査は順調以上の調子で進んでいた。


「ありがとう。戻って良いよ」

「ありがとうございます」

「あ、この子で最後だからアイリスちゃんも戻っていいよ」

「うん、ありがとー」


 当初、一応程度にヤトから習っていた敬語を使っていたアイリスだが、子供が警戒するから、などと様々な理由を並べられ、かなり年上の2人にも普段の言葉遣いで話しかける様になっていた。

 それに対して、2人が内心でガッツポーズを決めている事など、知る由もない。


「少尉ー、戻ったよー」

「あのな、俺はお前の上司なんだと何回言えば」

「はいはい。少尉様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


 備え付けのソファーに飛び込みながらの返答に、ハッターは渋い顔をしながら、教育がなっとらん、と保護者の顔を思い浮べ、忌々しげな表情を浮かべる。


「どうだった?」

「んー、何が?」

「任務だ」


 任務と言うのは調書を取る時に同席する事、だけではなく、公安警察の動向を確認する事も含まれている。

 それは誘拐事件の真相についての調査、と言う名目の内情を探る訓練であり、同時にアイリス自身がどう思われているのか、自分の耳で確認して来いと言う意味も含んでいる。


「皆いい人だったけど? 優しくしてくれたし」

「……お前が海賊放送の一味だと言うのは、公然の秘密なんだがな」


 スパイだと疑われる。無下に扱われた。

 ハッターがそんな答えを期待していた訳ではなない。しょっちゅう手を貸して貰っている署員達の心根が悪い訳がないと、彼は思っているのだから。彼が一番気になったのは、敵同士であった公安警察に受け入れられると言う状況を、アイリスがすんなりと受け入れている事の方だ。


「お菓子くれるし、ご飯は美味しいし」

「餌付けされてますね」

「おぉ、ジャーク候補生、戻ったか」

「はい」


 部屋に入って来たタルトは、ソファーに寝そべっているアイリスを一瞥すると苦笑し、そのソファーの前におかれているテーブルへと手に持っていたモノを並べ始める。

 それを認めたハッターが立ち上がり、アイリスの正面に座る。するとアイリスはしぶしぶと言った様子で起き上がり、同じくソファーに腰かけると、僅かに左へ移動する。


「ありがとう、アイリスちゃん」

「ん」


 アイリスの開けたスペースに腰を下ろしたタルトは、笑いかけた表情をすぐに引き締め、1枚の紙を指差す。

 そこに書かれているのは、海賊放送に関する基本的な情報だ。


「では、アイリス嬢。海賊放送について、知る限りの情報を教えてもらうぞ」

「おっけー。でも、えっちぃ質問は答えないよ?」

「誰がするかっ!」


 これまで軍人かつ少尉であるハッターは、その気がなくとも相手を振り回し、署員を巻き込んで行た。本人が気付けば、もしくはきちんと断る事が出来る人間であればその限りではないが、基本的には誰も逆らえない状態だった。

 しかし、ここに来て天敵が現れた。皮肉にも、この署内で最も立場の低い天敵が。


「ちなみに、ヤトはホントありえないくらいちっちゃいよ」

「そんな事は聞いていない! と、言うか何の話だ!」

「そりゃあ、お――」

「アイリスちゃん、ストップ。ヤトさんが恨めしいのは判るけど、それはちょっと」

「はーい」


 その恩恵を最も得ているタルトは、いつの間にかアイリスを諌めると言う役割を得ていた。


「こほん。ではまず、シラネの素性からだ」

「素性?」

「どこの出身で、なんでここに来たのか、だな」


 ハッターが尋ね、アイリスが答える。タルトの役割は書記であり、もし不足があれば補足を入れるようにも命ぜられている。

 そんな基本的な流れで、調書の作成は続いてく。


「ヤトは、ニホンジンだって言ってた」

「ニホンジン?」

「コウガッカのホウソウブ、とも言ってたかも」

「コウガッカの、ホウソウブ?」

「ちなみに私は、人兎の里出身」

「ジントノ、サト?」


 聞きなれぬ地名に、ハッターはもちろんタルトの頭にも大量のクエッションマークが浮かぶ。

 しかしその詳細を尋ねても、アイリスは判らないの一点張りだった。


「隠している訳ではなさそうですよ、少尉」

「だーかーらー、私がここに来たのはちっちゃい時だったから覚えてないって言ってるじゃん」

「むぅ、ならば何故この国に、いや、この街にやって来た」

「知らない。いつの間にか」


 それはアイリスからすれば嘘偽りのない返答だ。それを理解したハッターは、やはりヤトの方を捕まえて聞き出すしかないのかと考えていた。

 そもそも、こんな簡単に身柄を引き渡すと言う事は、重要な事は知らせていない事を意味するのだと、薄々感じ取っていたので、これ以上の尋問は無駄だと判断していた。


 実のところ、ヤトは聞かれれば答えていたが、この世界で生き残るために重要な事は優先して教え込んでいた事もあり、過去の事は後回しになっていた。そう言う意味では、アイリスがそれらに興味がなかったが故に知らないと言うのが正答だ。


「では、海賊放送はあの技術をどこで学んだ?」

「どこって、ヤトからだけど?」


 当然と言う口ぶりのアイリスに、ハッターは頭を抱える。

 目の前の少女は全てを包み隠さず語っているにも関わらず、重要な情報はまったく手に入らないのだから、それも仕方のない事だ。


「そうではなくだな、シラネが学んだのはどこか知りたいんだ」

「知らなーい」


 脱力感に囚われたハッターは、溜息を吐いて姿勢を崩す。

 その姿に苦笑しながら、タルトは彼に視線を送る。そして首肯により許可を得ると、手元の紙を横へ避け、別の書類を手に取る。


 この話題がもうかなり手詰まりなのは明白だ。だから、もう1つの用件を先に済ませる為に、タルトは説明を開始する。


「誘拐事件ですが、犯人グループのほんとんどは、雇われた者達だったそうです」

「すると、主犯から動機を聞き出せば解決か」

「えぇ、恐らくは」


 公安警察も似たような結論に達しているのだと告げるタルトの言葉を聞き流しながら、こちらは犯人の身柄を押さえている公安警察に任せるしかないなと考えたハッターは、今後について考えていた。

 どうやって海賊放送を追うのか、その方法を。


「それと、公園警察は明日の朝にでも国に対して南部諸国への抗議を打診するそうです」

「ん、何故だ?」

「構成員のほぼ全てが、南部諸国人だったからです」


 思考を中断したハッターは、あの夜の事を思い出す。

 そして、確かにそうだった様な気がすると考えていると、正面から予想もしない爆弾発言をみまわれる事となる。


「あれってブリアって国の仕業だったんだっけ?」

「は?」

「へ?」


 首を傾げ、いつの間にか取り出していたお菓子を頬張っているアイリスに視線が集中する。

 聞き間違いかとハッターが尋ね返すが、返答は同じだった。


「何故、そう思う?」

「ヤトがハートの人と話してるのを聞いたんだけど」

「り、理由は?」

「えっとね、確か。

 ブリアが鉄を主産業にしてるから、だったかな?」


 それを聞いた瞬間、ハッターの頭にはある構図が思い浮かんでいた。

 ブリアは、この国と国境を接していない。ならば戦争に出すのはお金か、兵隊だ。だから鉄製品、主に武具などの売り上げがそれ以上の利益を生み出すのであれば、戦争はむしろ歓迎するところだ。


 タルトはそこまで思い浮かばず、アイリスに更に理由を尋ねて知らないと返されている。そんな姿を横目にみながら、ハッターは気づく。


「むぅ、そうしたものか」

「どーしたの?」

「少尉、何か問題でも?」


 アイリスの言葉通り、ブリアが、しかも単独で仕掛けてきたと言うのであれば、国から南部諸国に抗議した事を切っ掛けに戦争が始まる、と言う可能性があるとハッターは考えていた。下手をすれば、こちらの国内組織――例えばハート――などと手を組み、逆の事を南部諸国で行っていたりすれば。


「アイリス嬢」

「ん?」

「主犯格は捕まった奴らで全てか?」

「うーうん。ヤトは、別にいるって言ってたはずだけど」


 それを聞き、ハッターは立ち上がる。恐らく、自分の想像は正しいだろうと、半ば確信しながら。

 こうなれば確認を兼ねて軍の方で真の主犯格を逮捕してしまおうと。そして、真相を聞き出そうと。


「出るぞ、ジャーク候補生」

「はい!」

「あ、私も私も」

「アイリス嬢は留守番だ」

「嫌ですよーだ」


 残念な事に、ハッターとタルトはアイリスの生活時間と、ついでに海賊放送の捕縛の為に最近は昼夜逆転の生活を送っている。今回の調書取りに関しても、公安警察は便宜を図ってくれた。

 すなわち、今はぎりぎりアイリスが外に出る事が出来る、夜の時間帯なのだ。


「えっと、じゃあ私と後方支援担当と言う事でどうでしょう?」

「ジャーク候補生は、アイリス嬢に甘いな」

「すいません」


 ため息を吐きながらも、ハッターは何を言っても時間の無駄だろうと諦め、同行を許可する。


 現在この街に滞在する音楽家達の出身はブリア。そして今回の主犯も、ブリアの工作員らしい。この間に繋がりが無いと考えるのは、むしろ不自然だ。ならばむしろ、相手はそれ狙ってやっているのではと、そんな風に推測を重ねながら装備品を準備するハッター。それに倣い、同じく装備を背負うタルト。そんな中、出動経験の少ないアイリスは、首を傾げていた。


「んーと、私は何を持ってけばいいの?」

「む。ジャーク候補生、任せた」

「了解しました」

「と言うか、何処に行くの?」


 その疑問に対し、ハッターは端的に彼らの滞在している借家の位置を口にする。続いて目的を聞かれ、音楽家達への事情聴取だと告げる頃には、彼の準備は万端になっていた。


「でも、行ってももう誰もいないんじゃないかな?」

「……は?」


 意味が判らず、ハッターは肩から掛けた鞄をずり落としながら、アイリスを振り返る。

 その視線を、説明を求めるモノだと把握したアイリスは、子供達を助ける為に誘拐犯を追いかける最中に聞かされ、それじゃあ手遅れになっちゃう! と反論したヤトの作戦を思い出しながら、指折り口にしていく。


「えっとね、ハートの人たちが捕まえてるはずなの」

「何故きゃっつらが!?」

「えっとね、戦争にならない為に、今回だけ手を組んだらしいよ?」


 ハッターは反射的に、考えていた今回の件に関する考察内容に、その指摘を組み込んで考える。

 南部諸国からのテロ、しかも鉄を売りたい国の諜報員によるものが行われたと知れれば、間違いなく国は損害賠償を請求する。それは素直に支払うならば問題は無い。だが、ブリアの諜報員と言う素性が虚偽である可能性もある。そんな事をする心当たりが、ハッターには合った。そう、どの国にも一定数は存在する、戦争をしたくて仕方のない人間、その派閥だ。


「な、ならば何故ハートが出てくる! やはり海賊放送は――」

「戦争は嫌。ハートの人もそう言ったから、手を組んだだけ、だと思う」


 言いきらなかったのは、それはヤトならそう答えるだろうとアイリスが思った事だからだ。

 レジスタンス『ハート』は国から見れば悪質なテロリストだ。それは正しい事ではあるが、彼らの掲げる間違いをただし、国民を助けると言う思想を元に活動している者もいる。それは理由さえあれば海賊放送が手を組む事に支障はない相手もいる、と言う事になる。


「だが、犯罪者共は法により捌かれるべきだ」

「法で捌けば、黒幕の思い通り戦争が起こると判って居ても、ですか?」


 その反論に、ハッターは目を見開いて驚く。

 何故ならばその声は、アイリスのモノではなく、タルトのモノであったからだ。しかし驚きはしても、ハッターを説得出来る様な言葉ではない。


「それはそれだ。

 そうならない様に内部で努力をすれば良い」


 ハッターの言葉に、タルトは反抗的な言葉を吐いた事への気まずさで俯く。

 そうやって沈黙してしまった2人を、しかしまったく気にする事なく口を開いたのは、アイリスだった。


「それはそれとして、ちょっと提案があるんだけど。

 捕まえに行かない?」


 反射的に、今さら行ってどうするのか、と考えたハッターだが、すぐに何か手がかりを見つけられるかもしれないと考え直し、鞄を背負い直す。

 そして元々話す事自体がそこまで得手では無いハッターは、行動で示すべく、立ち上がる。


「なんかヤト、街に来てるみたいだし」

「は?」

「へ?」


 間抜けな声を上げる軍人2人に、アイリスがポシェットから機械を1つとりだす。

 そこからは、規則的な電子音が流れ出している。


「緊急時にお互いの位置を知らせる為の、緊急用発信機なんだけど……」


 一定範囲に入れば電子音をキャッチできるそれは、誘拐事件でも役に立った代物だ。

 ヤトが外し忘れたのかな、と考えているアイリスだが、その姿を見ながらハッターは様々な可能性を考えていた。そして、密偵である可能性も考え、先程とは真逆の指示を出す。


「アイリス嬢は俺と共に先行。ジャーク候補生は後方支援に回れ」

「え? いいの?」

「ヤト嬢も君相手に手荒な真似はせんだろうからな」


 密偵であれば自分が対処する。そうでなければ、自分が守ればよい。だからどちらにしても目の届く範囲に居させるべきだとハッターは判断していた。

 その発言に頷くタルト。その横では、アイリスがふふーん、とばかりに笑みを浮かべている。


「っていうか、私の方が強いし。ヤトなんか捕まえてとっちめてやる!」


 そんな得意げな笑顔のまま告げられた言葉に、ハッターは自分の心配は杞憂なのではと思いながらも、気は抜かずに行くようにと己を戒める。

 例え現在のアイリスにその気がまったくなくとも、ヤトが説得しようと試みれば、どう転ぶか判らない。そうならないように、年端もいかない少女が犯罪行為に手を染める事にならないように、注意を怠る訳にはいかないのだ、と。


「では、出発だ」

「おー」

「了解」


 そうして出発した軍の御一行は、あっさりとダミーアンテナに引っかかり、通信機ごしにヤトに呆れられる事になる。


『あっさり引っ掛かりすぎ。10点』

「10点……。補習?」

『受けたい?』

「嫌!」

「アイリス嬢、遊んでないで追うぞ」

『ハッター少尉もご機嫌麗しゅう。そしてさようなら』

「逃がさんぞ!」

『あ、タルト。今度また買い物行こうね』

「はい、是非。って、行ける訳ないじゃないですか!」

『こっそり行けば平気でしょ』

「あ、ズルイ。私も私も!」

「犯罪者となれ合うな!」


 こんな風に、今日も平和なサウス夜は更けて行くのだった。

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