海賊放送は続いていく
軍により身柄を保護されたアイリスは、不機嫌な顔で機械を分解していた。
アイリスに与えられたのは、元々は仮眠室だったと言う窓の無い一室で、今はベッドと机のセットが1つずつ運び込まれている。
机の上には色々な差し入れが置かれており、その出所は言うまでもなく公安警察内部の人間達だ。
「えーっと、アイリスちゃん」
「何?」
引きつった笑みのタルトに、むすっとした顔と不機嫌な声を返すアイリス。
保護されてから数日が経過しているが、アイリスはずっとこんな様子である。無視しないのは、それだけ彼女が他人との会話に飢えている事の表れだ。
「えーっと、何してるの?」
「手入れ」
アイリスがドジを踏んだせいで軍へと取引を持ちかけ、救出を行った夜から、ヤトは姿を見せない。
現在、身元不明の少女と言う名目で保護されているアイリスの身柄は、軍預かりとなっている。最も当人は、何度かタルトが保護だと説明したにも関わらず、それを捕縛されたと勘違いしているのだが。
「アイリスちゃん、暇なら散歩にでも行かない?」
「いかない」
アイリスは外出を好み、散歩と称して夜の街を徘徊するのが好きだ。
アイリスでは無く妹分と言い、夜のともつけなかったが、タルトは買い物途中にヤトから散歩好きであると言う話を聞いていたので何度も誘っているのだが、何時もこんな調子だ。
タルトとて、ヤトの安否は気になっている。
公安警察の署員によって構成された本隊によって、誘拐犯が一網打尽にされた後、追われていたはずのヤトは、忽然と姿を消した。
ハッターは、取引が完遂したから去ったのだろうと言っていたが、タルトは納得していなかった。もちろん、放置されたアイリスも。
「あのね、アイリスちゃん」
「なーに、ジャークさん」
「えっとね」
保護者を失った少女に、タルトはどう接していいのか判らず、口ごもる。
例えハッターの言葉通りだったとしても、否、ハッターの言葉通りならばなおさら、この状況は酷すぎる。そんな風にかんがえながら、タルトは大事な妹分じゃなかったんですかと、姿なき相手に心の中で問いかける。
「久しぶりだな、アイリス嬢」
「ふーん、ようやくちゃんと呼んでくれる気になったんだ?」
無理やり署員に召集をかけた上、大っぴらに海賊放送との関わる姿を見られてしまったハッターは、色々と糾弾を受けたり始末書を書いたりと大忙しだった為、アイリス専用部屋になったここに来るのは初めてだ。
「一応、初対面と言う事になっているのだがなぁ」
「……ヤトが何か言ったの?」
「軍人たるもの、海賊放送と取引を行うなど言語道断。そんな事実はない」
「ふぅん」
胡乱気な瞳でハッターを見上げながら、アイリスは考えていた。
ここを抜け出す事は、さほど難しくない。でも、ヤトがどうなったのか判るまでは、自分に利用価値があると思わせておき、利用する方が良い、と。
ヤトにより、捕まった時、偶然に警察や軍と同席する事になった場合など、様々な想定で対処法を教え込まれているアイリスは、冷静でさえあればそれなりに頭が回る。感情的になりやすいので、そうは見えない事が多いのだが。
「ねぇねぇ、少尉さん」
「ん?」
わざとらしく、海賊放送として出会った時のような気軽な声色で声をかけたアイリスに、ハッターは思わずにやりとしている。釣られてアイリスも笑い、タルトはその様子に不満げだ。自分では無表情か不機嫌そうな顔しかさせられなかったのに、と。
「私をどうするつもりなのか、教えて欲しいな、なんて」
「うむ。見習いとして、ジャーク候補生の補佐にでもあてようかと思っている」
それを聞いて、アイリスはまず嫌そうな顔をしてタルトの顔を見る。しかし次の瞬間、それがおかしいと気付くと目を丸くして、すぐさまハッターに視線を戻す。
してやったり、とでも言いだしそうな表情のハッターを見て、アイリスはその意図に気付き、頬を膨らませる。
「冗談きついよー、少尉さん」
「いやいや、半分は本気だぞ?」
「半分って、どこで割っちゃう気なの?」
「軍の見習いにしようと言うのは本当だ。まだ任務は終わっていないからな。使える人手が欲しい」
それは、アイリスに少しでも真っ当と言える道を歩かせてやりたいと言う気遣いから来る提案だった。
昼間に出歩けない女が就ける職は限られており、年端もいかない、保護者も居ない少女となればなおさらだ。ならば己の言葉を真実とする為にも、何より暗黙の約束を果たす為にも、ハッターはアイリスに仕事を与えるべきだと考えた。
実は、ずっとここにこれなかった原因である山積みの書類仕事の中にはそれに関するモノも含まれていた。そして目途が立った為、こうしてやってきた。
「病気の事は聞いている。多少、機械が扱えるとも、な」
「んー、もしかしなくても私、捨てられたのかな?」
少し寂しそうにそれを口にした。タルトにはアイリスの反応がそんな風に見えていた。
だからそれは違うと、何か事情があるに違いないと、ヤトはそんな人じゃないとタルトが説明しようとした瞬間、室内に聞きなれた声が響き渡る。
『はーい、お久しぶりですねー。本日もやって参りました、海賊放送・ワンダーラジオのお時間です』
その声に、タルトは驚き、声も出なくなる。
その状態のまま、それでもなんとか思考は止めなかったタルトは、ヤトが無事だったと言う事が判り、喜ばしい事であると考えると同時に、目の前の少女、アイリスが見捨てられた事を示していると気づく。
どうしようと慌てるタルトが、縋るように視線を送ったハッターは、にやりと笑っている。それに対して僅かに怒りを覚えながらも、アイリスに視線を向けたタルトは、予想外な状況にまた驚く。少女もまた、凄絶な笑みを浮かべていたのだ。
『本日は、サウス南西部の山の中腹からお届けしております』
「あー、そっか。私が居ないならそう言う手も使えるのかー」
わざわざ場所を告げた事の意味に、アイリスは瞬時に気付く。
ヤトが拠点として隠れ家を維持していた大半の理由は、アイリスのアルビノと言う体質のせいだ。それ故に、この作戦において、アイリスの存在は足手まといになる事だろうと言う事は、アイリスにも容易に想像がついた。
「あの、あのねアイリスちゃん。ヤトさんは――」
「少尉さん!」
遅れてそれに気付いたタルトが必死にフォローの言葉を口にしようとするも、アイリス本人は聞いていないどころか、タルトが眼中にすらない様子だ。
こうなれば少尉なんとかして下さいと、言葉を吐く為に半分口を開いたままの表情でハッターに視線を送ったタルトは、もう一度驚く事となる。
「軍の見習い、やる」
「そうか」
「んで、あのバカ捕まえて文句言う!」
にひ、と笑うアイリスが、にやりとするハッターと笑いあう。
タルトの方も、そんなアイリスの顔を見ながら、心の中で、これじゃあどっちが保護者なんだかわりませんよヤトさん、と呟くと、同じく笑みを浮かべる。
「では、改めて自己紹介だ」
「うん」
元気よく答えたアイリスに向かって、ハッターとタルトが敬礼する。
アイリスもそれを真似て敬礼の様な格好をするが、子供が真似てごっこ遊びをしている様にしか見えず、タルトからは微笑ましそうな笑みが零れている。
「ハッター・ヘルメス。軍に所属する少尉だ」
「タルト・ジャーク候補生です。首都の士官学校出身です」
「アイリス・シラネ。
人間族と人兎族のハーフです、って、これ言っていいんだっけ?」
そんなやり取りの最中も流れ続けるラジオ放送は、既に天気とニュースを終えて『教えてアリスちゃん』のコーナーに差し掛かっていた。
『次は、ラジオネーム、パイスラッシュさんです』
『初めましてこんばんは。はい、こんばんは。』
『いつも兄弟と楽しくラジオ聞かせてもらってます』
『早速ですが質問です。アリスさんとラビさんはどんな関係なんですか? また、現在恋人はいますか? 気になって夜も眠れませんので是非とも回答をお願いします』
『恋人は、今はラジオ、と言うかリスナーの皆さんが恋人です。本当ですよ?』
『で、ラビとの関係ですが、海賊放送仲間で、大事な家族です』
『あと、例の新任士官候補生を見ました。噂通りイロイロと凄かったです!』
『うん。羨ましいよね、あれ』
ラジオが続く中、ハッターが出動を宣言し、間に合う訳がないとタルトが進言するが、しかし残念な事にアイリスと言う追加燃料を得たハッターは止まるどころかさらに加速し始める。
こうして今日も、海賊放送、ワンダーラジオと軍の追いかけっこは続いていく。
ワンダーラジオ、本編はこれにて終了です。
お付き合いいただき、ありがとうございます。




