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アリスと誘拐犯達

 街を抜け、先行する為に速度を上げた車の中に戻ったヤトは、突き刺さる視線に頬を染めながらも2人と向き合っていた。


「あの、ヤトさん?」

「……最後の条件はこれで果たしましたから、何が何でも約束は守って貰いますからね」


 24にもなってあのパフォーマンスは痛い女すぎる。

 ヤトはそんな風に考えており、出来れば触れて欲しくないと無言で威圧して見るが、当然ながらそれが許されるはずもない。


「と、言うか女だったのか」

「それはさすがに失礼ですよ、少尉。確かにヤトさんは格好いいですけど」


 むしろ男性であったなら、会ったその日に部屋に招くべきか葛藤し、次に会った時は実際に誘った自分は軽い女過ぎるではないか。そんなあり得ない思考をしながら、タルトはこの街で最初にして、現在唯一の友人と向き合う。その表情の中に、先程までの気まずさは存在しない。


「いい。女っぽくないのは自覚してる」

「そんな事ないですって」


 妹分へのお土産探しだと言いながらも2人で楽しんだ買い物。服選びだって、可愛いモノをチョイスしていた。実際に着たのは、タルトだけだったが。


「あー、そんな事よりもだな」

「そんな事とはなんですか!」

「タルト。いいから」

「むぅ」

「あー、本題に入るぞ?」


 先ほどまでの勘違いもあり、僅かにやりにくいと感じながら、ハッターは一先ず部下の頭へと手を置く。

 何か口を突っ込まれそうになったら、抑え込むために。


「一応確認しておくと、君がアリスの正体だと言う事で間違いないな?」

「その通りです。ですから、アイリスは関係ありません」

「むぅ。ジャーク候補生、どう思う?」


 頭上の手を忌々しそうに見ていたタルトは、発言を許されたと同時に、その手を振り払う。

 そして乱れてしまった髪に手櫛を通しながら、声だけは上官に対するそれで、己の判断を口にする。


「あの声は間違いなく、本物のアリスです」

「アイリスと言う少女ではなく?」


 アイリスの名前が出て、ヤトは少しだけどきりとする。

 十に満たない頃から聞いてきたアリスの声と言葉は、アイリスにとってある種の指標だった。それは現在ではからかいの意味も籠った口真似であり、度々想定以上に子供っぽくなる事を除け、声までかなり似た雰囲気を醸し出している。


 とは言え、聞き比べれば違う事は明白だ。それでも、強引に同じだと決めつけられてしまう可能性はある。それを回避する手段は幾つか準備しているヤトだが、そうならないに越した事は無いのは言うまでもない。


「しゃべり方や雰囲気は似ていますが、ラジオを通した声は間違いなくアリスでした」


 その言葉を聞き、ハッターが思い浮べたのは、アイリスと名乗った白い少女の姿だった。

 アリスと呼ばれ、少し怒ったような声色で再びアイリスと名を告げた少女。それにも関わらず、犯罪者の烙印たるアリスの名で呼びかけた自分。


 彼がそんな風に己の未熟と判断ミスを悔やんだのは、僅かな間の事。すぐさま、謝る為にも救出を急ぎ、詫びを入れようと心に決める。


 ちなみにアイリスが怒った理由が、目の前に居る自分を見ていない事への苛立ちであった事に対して、少尉の方は犯罪者と安易に断定し、その烙印を押しつけた事だと思っている。その差は大きいのだが、指摘出来る者はいない。


「ふむ、では改めてアリス嬢」

「ヤトです」


 すぐさま否定を返すヤト。

 白い兎を追いかけてこの国まで落ちてきた自分はアリスの様だと、安直にラジオネームに採用したギリギリ10代だった過去の己を、ヤトは全力で呪った。しかし残念な事に、隠ぺいにもなるからと声色共々今まで使い続けてきたのも己の判断であるが故に、それは現在の自分にまで跳ね返ってきてしまう。


「では、ヤト嬢」

「嬢も不要です。なんなら、シラネでも構いません」

「なら、シラネと呼ばせて貰おう」


 女性のファーストネームを呼ぶ事に照れてでもいるのだろうかと、目の前の大男に似合わない想像をしてしまったヤトは、思わず頬を緩めてしまう。


 そんな2人が醸し出す空気が気に食わないのは、口を挟めずにいるタルトだ。

 ヤトの態度は変わらないが、女性だと判ってハッターの方は少し態度が軟化した。その事実が、少しだけ気に入らなかった。それがタルト自身が女扱いされていないと感じていたせいなのか、大切な友人を取られた気がしたからなのかは、本人にも判って居ない。


「詳しい情報を確認したいのだが」

「判りました。ではまず、誘拐犯の潜む廃屋ですが――」

「いや、そうではなくだな」


 ハッターはがりがりと頭をかくと、言い辛い事でもあるのか、もごもごと口を動かす。

 彼は言いたい事ははっきりと口にするタイプだと思っていたヤトは、少し意外に思い、しかしすぐに気づく。彼がそう言った態度を取った原因に。


「あの子の体質について、と言うか、注意点について話しても?」

「あぁ、かまわん」


 ほっとした表情のハッターに、判りやすい人だとヤトがくすりと笑う。

 軍人として、犯罪者と取引を行うなどと、言語道断の行いだ。それゆえに罪悪感のあるハッターは、積極的にその条件を確認する事に戸惑ったのではないか。そんな風に想像すれば、ヤトの顔から笑みはひいてくれない。


「むぅ」

「救出はハッター少尉が?」

「あぁ、そのつもりだ」


 この取引は秘密裏に行う必要があると、ハッターは考えていた。ならば他の誰かにアイリスの身柄を押さえられるのは避けたい。可能であれば、姿すら確認させない事が望ましい。


「では、その旨あの子に伝えておきます」

「伝え、られるのか?」

「恐らくは」


 その方法をヤトが積極的に口にする事はなく、条件にないからとハッターが尋ねる事もない。

 ちなみに、それを聞いたタルトは、僅かに頬を膨らませながらも何らかの機器を仕込んでいるのだろうと予想していたが、正解は伝言を猫に預けるなんて言う、彼女には想像し得ない、そして普通にはあり得ない方法だ。


「本題に入っても?」

「頼む」

「日の出前なら、そのままで問題ありません。念の為、これを着せて貰えますか?」


 そう言って取り出したのは、アイリスが投げ捨て、どこかへ飛んで行ったはずの黒コートだった。

 それが日よけの為であると言う事は聞くまでも無く、ハッターは「うむ」とだけ言ってそれを受け取る。


 ハッターとタルトは、ヤトの言ったアルビノと言う病気を、完全に信じている訳ではない。

 それが、昼間は逃げられないはずと言う先入観を植え付けるだけの嘘や、単なる勘違い――田舎ではたまにある異質排斥の名残――である可能性の方が高いとすら考えていた。それにも関わらず、それを信じているかの様に振舞うのは、ヤトがそれに対してだけ妙に真剣で頑なである事と、アイリスの容貌が未だかつてないほどに異常である事を知っているからだ。


「もし日が出た後なら、窓の無い部屋か、地下室に一時避難させてください。あと――」


 思い付く限りの注意事項を口にするヤトの言葉を、ハッターとタルトは真剣に聞いては頷き、時には相槌や質問を行う。

 説明が終わる頃には目的の廃屋に到着し、3人は運転手を残して車外へと出る。その際、ハッターは運転手に指示を出しておくことも忘れない。


「あの、少尉。まさか3人で?」

「うむ。今は時間が惜しい。子供たちの安全が最優先だ」


 最低限、軍人としての訓練は受けているタルトだが、例え相手が素人でも20人相手に3人で挑むなんて事は、無謀以外の何者でもないと感じていた。それが恐らく組織的に活動している誘拐犯相手であれば、尚更だ。


「申し訳ないけど、戦闘能力には期待しないで欲しい」


 視線を向けられたヤトが、いつの間にか現れた猫に話しかけながらそう告げる。

 タルトはその光景に、意外とロマンチストなのかな、などと思いながらも、半分本気で涙目になりながら、ハッターに懇願する。


「しょ、少尉ー、無謀ですよ、絶対」

「たった20人相手に、情けない」

「なんか何丁か銃もあるそうなので気を付けてください」


 ヤトの追加情報に「やっぱり本隊の到着を」と今度は本気で涙を浮かべながら、タルトはハッターの軍服の裾を掴む。

 ハッターは相変わらずの態度で「ジャーク少佐の娘が、何を弱気な」と一笑に付すと、軍刀の位置を調整し、にやりと笑う。


「2手に別れましょう」

「うむ、そうだな。俺は正面で暴れて来よう」

「じゃ、じゃあ私も救出班に志願します!」


 無茶ぶりをしてくる上司よりも、慎重そうな友人と共にいる方が安全そうだと判断したタルトの言葉に、ハッターの反応は、お前の役割はそんな事じゃないだろうと言わんばかりの、冷ややかなものだった。

 軍人たる彼にとって、そしてタルトの上司でもある彼にとって、部下の教育はそこそこに重要な事だと位置づけられている。タルトには欠片も感じ取れていないが。


「通信兵が前線に出てどうする」

「へ?」

「俺が陽動、シラネが工作。それを繋ぎつつ、本隊の指揮をとる者が必要だろう? 適材適所と言うヤツだ」


 当然だと言った体でそう告げるハッターに、タルトは納得と共に、目の前の上司の評価を改めていた。

 しかしヤトの方は、それに異議がある様子だった。


「ハッター少尉には、救出をお願いしたはずです」

「む?」

「囮は任せて下さい」


 女に囮を任せ、こそこそと潜入するなど、男のする事ではない。

 ハッターがそう言葉にするよりも早く、ヤトは矢継ぎ早に言葉を続けて行く。


「内部で敵と遭遇した時、仲間を呼ばれる前に無力化出来るのは少尉だけです」

「それは、だが、しかしだな」

「暴れて目立つだけが陽動ではないんですよ、少尉」


 そう指摘され、正面玄関で大暴れすると宣言していたハッターは、はっとする。

 そして、様々な搦め手により翻弄されてきた己の過去を思い出せば、それ以上、何も口にする事が出来なかった。


「適材適所、なんでしょう?」

「ぐぬぅ」


 つい先ほど部下に告げたばかりの言葉を持ち出され、ハッターは唸り声をあげる。


 こうして役割分担が決まり、通信機を介して作戦の打ち合わせを始めた3人は、各々が適した位置に移動を開始していた。

 ハッターはまだ不満そうにしているが、女性2人の案に代わる妙案が浮かばない為、ほとんど発言していない。


「では、陽動を開始します」


 ヤトはそう報告すると、廃屋の正面玄関に向けて、陽動第一弾を投げ込む。

 それはアイリスにも持たせたものであり、夜の廃屋が一瞬だけ昼間の様に照らされる。


「な、なんだ今の光は!?」

「まさか追手が!?」


 ざわめく誘拐犯に対して、ヤトはもう一度先ほどと同じ物を同じ場所へ投げ込む。

 そして目を瞑ったまま、インカムに向けてぼそりと呟く。


「布告、お願いします」


 イエスともノーとも返事は無かったが、ヤトの指示はすぐに実行された事が判った。

 通信車の外部拡声器から大音量で発せられた、運転手の言葉によって。


『子供たちを返せっ、誘拐犯ども!』


 運転手が演技派なのか、もしくは本気で子供達を心配しているのか、その切羽詰まった声に誘拐犯たちは我を取り戻す。

 警告でも、投降の呼びかけでもない、ただの叫び。それによって、彼らは相手が軍や公安警察の様な組織だった相手ではないと誤認した。すなわち、自分たちの方が強い。恐れる事は無い、と。


 それはある意味で正しかった。

 如何に強大な武勇を誇るハッター少尉がいるとはいえ、20人以上の、しかも飛び道具を持った相手に勝てる道理はない。


「子供達を返せ!」


 出来る限り男っぽい声をと意識するヤトの、中性的な声色で叫ばれた同じ内容の言葉に、誘拐犯たちは安堵していた。大方、親か親類あたりが偶然ここを見つけたんだろう、と。ならば通報され、公安警察がやって来る前に排除し、ここを去らなければならない、と。


 こうして彼らはヤトの思惑通り、大半が廃屋を飛び出し、遠くに見えるヤトに向かって銃を突きだした。


「いたぞ!」

「殺せ!」

「いや、捕まえろ!」


 冷静な誰かが、通報されたのか聞き出さなければと呟くが、銃声でかき消される。

 ヤトの方は銃を向けられた瞬間に目くらましにと追加を投げ込みつつ、全速力で後退する。もう何度目かのそれを直視し、眼をやれれる者はいなかったが、足止めと牽制の役割は十分に果たしている。


 閃光があたりを埋め尽くす寸前、何発かの銃声が聞こえたが、念の為にとハッターから聞き出しておいたこの国の標準的な銃の射程よりも遠くにいたヤトに弾が当たる事はなかった。とは言え、射程外になれば銃弾が消滅する訳ではないので、そこには運の要素も多分に絡んではいたが。


「銃だ! 逃げろ! 公安警察に通報するんだ!」


 ヤトの叫んだ言葉から通報はまだされていないと考えたのだろう。建物の中から追撃しろ、絶対に逃がすなと怒号が響く。

 これにより建物に残っていた者達も、そのほとんどが廃屋から飛び出し、ヤトの任務はほぼ成功したと言える状態となった。


「本隊の到着は?」

『もうすぐです』


 尋ねながらも、この状態で本隊や通信車を発見されたら逃げ戻られてしまうと考え、ヤトは余裕を見て逃げる方向の調整をし始める。その上、同じ理由で追い付けないと思われない為に独力で2ケタにのぼる追手から、つかず離れずの距離を取りつつ逃げ続けなければならない。最低でも、この隙に潜入したハッター少尉が、救出か制圧を完了するまでは。


「少尉の方は?」

『子供たちがが捕まっている部屋を聞き出せたそうです』


 それは僥倖、と思いながらヤトは迫りくる銃声を何度も振り返りながら逃走する。

 足の速さにばらつきがあり、足並みをそろえる事をしない集団は縦長になっている。このままでは最後方が諦めて廃屋へと戻ってしまうのではと危惧したヤトが、スピードを少し緩めた時、それは起った。


「っつ!?」


 痛い、ではなく、熱い、と言う感覚が、ヤトの足を走り抜ける。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとは言ったモノで、どうやら運悪く――追手からすれば運良く――その一発がヤトの足を掠めたのだ。


「っ、やば」


 元々、アイリスの様に高い身体能力を備えている訳でもないヤトは、負傷した足では逃げ切れないと判断し、インカムに向かって応援要請を告げる。

 それに焦った様な声で応えるタルトの声を熱に浮つく頭で聞き流しながら、ヤトは涙をにじませ、歯を食いしばりながらも必死に走り続けた。本隊と誘拐犯がぶつかる直前に、ハッターによりアイリスが保護されたと言う報がタルトから届く瞬間まで。


 その日、サウス付近で頻発していた誘拐事件は解決を迎え、攫われた子供達は無事親元へと返された。


 ただ1人、白い少女を除いて。

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