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公安警察と臨時生放送

 海賊放送が中断されてから数時間後、未だ再開の気配の無い海賊放送探しを同じく中断した公安警察は、誘拐事件の捜索に乗り出していた。


 理由は署と指揮車に投げ込まれた投書による通報内容であり、ついでに海賊放送の片割れからもたらされた情報でもある。

 その結果、軍人である2人は、借りていた人員を返却する事になり、一時的に与えられた部屋へと戻っていた。


「ハッター少尉、どうしましょうか?」

「むぅ」


 ここ最近、サウスの街では誘拐事件が起こっている。

 そして今夜、更に数人の子供が行方不明になった事で騒ぎ出した住民たちは、幾つかのグループに分かれていた。そして真夜中であるにも関わらず、各自集まり活動を開始している。


 1つ目は、公安警察に詰め寄っているグループ。

 彼らは主に南部諸国人で構成されており、署員に多少暴力的に詰め寄った同族が捕えられた事を切っ掛けに行動を開始した。捕縛と誘拐を同一視し、軍と公安警察による陰謀だと、だから解決する気が無いのだろう、などと叫び声をあげている。


 2つ目は、そんな南部諸国人に対し、距離を取っている、主にこの国の人間で構成されているグループ。

 これが切っ掛けで戦争が始まらないか、そうでなくとも暴力沙汰になるのではと怯えている。一部、この誘拐自体が南部諸国人による自作自演で、戦争を誘発しようとしていると考えているような者もいるが、少数派であり、誘拐に直接的な被害が無い者が多い事もあり、基本的には誘拐事件に関しては傍観者的立場を取っている。


 最後に、子供達を探そうと考え、実際に動き出しているグループ。

 このグループは人種と言う境界ではなく、子供達との接点の大きい者や、単純に大きな善性を持つ人間が参加している。


 軍人であるハッターとタルトは、そんな混沌とした街中で2人で捜査に出かける事に踏み切れずにいた。


「こんな事なら、あの時ついて行くべきだったな」

「それは、否定しませんけど」


 海賊放送の少女の言葉を信じ、共に追っていれば。

 そんな風に考えていたハッターは、ふとあの少女はどうしたのだろうと思い浮かぶ。単独で追うような無謀は普通に考えればありえない。だからこそ敵対している軍人と接触までしたのだろう。普通であればそう考えられるのだが、正体をあっさり晒す短絡的な少女であればやりかねない、とハッターは感じていた。


「何か良い手はないか、ジャーク候補生」

「無茶言わないで下さいよ、ハッター少尉」


 公安警察は今、街中で起っている騒ぎを収めようと奔走している。軍人である2人は、南部諸国の人間と接触すると問題が悪化する可能性があると待機しているのだが、どうやらハッターは落ち着かないようだ。タルトはそんな風に上司の態度を分析しながら、溜息を1つ吐いてから、散々迷っていた気乗りしない提案を口にする。


「海賊放送に呼びかけてみますか?」

「ん? どういう事だ」

「ですから、こちらから電波を発信するんです。情報を求む、と」


 犯罪者に情報を求める。それは先程タルトが否定したモノだ。

 その当人から出た、ハッターにとっては意外な提案に、彼は少しだけ悩んでから、にやりと笑う。


「俺は機械に詳しくなくてな。部下が話しかけるマイクがどこに繋がっているかなぞ、まったく知らんなぁ」

「まさかそれって、責任は取らないって事じゃないで――」

「とは言え、任せたのは俺だ。責任はちゃんととってやる。好きにやれ」

「……別に、私は待機でもいいんですけど」


 そう言いながらも、タルトはしぶしぶ歩き出す。

 そんな彼女にハッターがどうしたと尋ねれば、出力の問題があるので通信車へ移動すると返答される。


 数分後、通信車件指揮車までやって来ると、タルトは通信機を手に取り、まずは適当な電波に声を乗せる。

 それを数度繰り返していると、予想外にも早く返答は戻って来た。


『こちら海賊放送。要件はなんだ』

「おぉ、繋がったのか?」

「はい、少尉。あの、こちらは公安警察です」

『公安警察? 軍、の間違いだろう?』


 相手の身元が判らない以上、軍人である事をあえて口にする必要は無い。そう考えての言葉だったのだが、あっさりと見破られてしまい、もしやどこかで会ったことがあり、声を覚えられていたのだろうかとタルトは警戒を強める。

 それがまさか、自分の思慮の無さが原因だとが、指摘されるまで気づかずに。


『傍受できると言う事は、傍受されていると考えるべきだ。違うか?』

「あ」


 その指摘に、タルトはようやく知らない訳がないのだと言う事実に気付く。そして、自分がどれだけ間抜けな気のまわし方をしたのかも。


『まぁいい。要件を聞こう』

「う、えっと。先程、貴方の相棒である少女と、うちの少尉が接触した事はご存じですか?」

『一応な』

「その時の用件を聞かせて頂けませんか?」


 それが虫の良い話であると、タルトは承知の上で口にした。

 街の住人を助ける為なら、協力してくれるだろうと言う打算を持って。


 天気・ニュース・娯楽。どれも海賊放送の利益に直結する訳ではない内容であり、それでも放送を行っている理由は、住人の為なのだろうと、タルトは考えていた。特に天気などは、農業や酪農を営む者たちにとっては、既になくてはならないモノだと言う話も、街中で聞いていた。


『いいだろう』

「では、今すぐ――」

『ただし、条件がある』

「――に、って、え?」


 驚き、一瞬だけ呆けてから、それは普通に考えれば当然の事だと、遅れて気付いたタルトは思わず赤面してしまう。

 一度蹴った話を、こちらの都合で引き寄せるのだ。そうでなくとも、情報を寄越せと言うならば、対価を支払うのが当然だ。もちろん、例外はあるが今はそうではない。


『どうした?』

「いえ、あの、すいません。それで、条件と言うのは?」

『実は、知り合いの娘が攫われた。救出して欲しい』


 スピーカーから流れた言葉に最初に反応したのは、タルトではなくハッターだった。

 そして彼の懸念は、現実のモノとなる。


『救出対象は、そちらの少尉さんと接触した、海賊放送ごっこをしている白い娘だ』

「やはりかっ」


 通信の邪魔にならぬよう、今まで静かにしていたハッターが反射的に叫び声を上げる。

 感情的になり易そうだった少女。それをあんな風に突き放せば、単独で追い掛けて行っても不思議はない。


 ハッターがそんな、焦燥と悔恨の入り混じった感情に苛まれている中、マイクを持つタルトは彼とは別の事が気になっていた。


「ごっこ、ですか?」

『えぇ、あの娘は偽物です』

「なんだとっ」

『彼女は何と名乗りましたか?』


 ハッターがタルトにぎりぎり聞こえる声量で、アイリス、と口の中で呟く。

 しかしそれはどちらか――恐らくアリスの方が――偽名なのだと考えているハッターにとって、単なる詭弁だとしか聞こえなかった。


『もしくは、海賊放送の一味だと、自白したのですか?』

「貴様!」

『彼女の保護と身の安全の保障。それがこちらの出す最低条件です』


 海賊放送の片割れを助け、引き渡す事を条件に協力する。条件をそう解釈したハッターは、どうすべきか悩んでいた。

 しかし彼の解釈は間違っていた。通信機から流れ出る声はそこで止まらず、まだ続いている。


『こちらが差し出すのは、人さらいのアジトの情報。案内が必要なら、こちらから出向く用意がある。必要なら顔も名前も明かす』


 情報さえ聞いてしまえば、タルトとハッターにとって海賊放送は用済みであり、約束を違える可能性が在る。それ故に同行は予想の範囲だったのだが、名と顔を明かすと言う条件は絶対に必要と言う訳ではない。軍側からの申し入れであるのだから、尚更だ。

 だからこそ、まだ要求内容が存在するのだと、タルトは考えた。先ほど聞いたのが『最低』条件であったと言う事も踏まえて。


『なんなら、本物のアリスの情報も出す』

「それで、そちらの要求はなんですか?」

『基本的にはさっきの通り、アイリスの保護。

 ただし、彼女は海賊放送と関係ない者として扱う事。そして、太陽の光を浴びない様に扱う事。彼女は陽の光で悪化する病気を患っています』


 タルトとハッターが顔を見合わせ、互いに眉を潜める。

 そんな病気は聞いた事がないと言うのが1つ。そして、迅速な身柄の返却を求めて来ない事が1つ。


 海賊放送と関連しないとなれば拘束が出来ない、なんて思っているのであれば、それは間違いであり、体調が思わしくない様に見えるので、事件の調査の為、など、様々な理由で少女を1人足止めするくらいの事は、造作もない。


『何なら、雇って貰っても良い。海賊放送の真似事をするだけあって、そこそこ機械には詳しい』


 そんな追い打ちの言葉に、タルトは更に状況が判らなくなる。

 しかしハッターの方は何かに気付いたようで、にやりと笑うとタルトからマイクを奪い取り、僅かに口の端を釣り上げながら語りかける。


「俺は、子供を前線に出す様なヤツは好かん」

『……返す言葉もない』

「子供に罪は無い、とは言わん。だがな、更生出来るならそうさせるのが大人の義務だ。違うか?」

「同感です」


 背後の扉が開くと同時に、ハッターへの返答が肉声で返って来る。

 それに対して振り返ったハッターは苦々しい表情を、そしてタルトは、驚愕の表情を浮かべる。


 注目の集まった海賊放送の一味――ヤト――は、先程の身元を隠ぺいする様な口調から、何時も通りに近い言葉遣いで、ハッターへと語りかける。


「どうも、ハッター少尉。顔を合わせるのはお久しぶりですね」

「顔を合わせるのは初めてのはずだがな」


 1人で放送を行っていた頃、ヤトはハッターと接触した事が何度かある。

 しかしそれはフードを被った黒コート姿の人影としてであり、ハッターの言う通り、顔は合わせていないどころか、ここまで接近した事すらほとんどない。


「そうですね。ではまず、自己紹介を。

 白嶺夜兎です」

「ハッター・ヘルメスだ」


 簡潔に自己紹介を交わしながら、ハッターは警備が厳しくなっているはずの公安警察のガレージへと安々と侵入して来た事に驚きを感じながらも、表情には出さない様に務める。

 ヤトの方は、ハッターを直視しながらも視界の端にタルトを認め、少しばつが悪そうに口元を不器用に歪める。


「な、な、な、なんで!」

「ごめん、タルト。ハッター少尉、何人か人手が欲しいのですが、どのくらいかかりますか?」

「すぐ集めよう。と言うかお前ら、知り合いだったのか?」

「え、その、はい」

「情報収集の為に、何度か接触させて貰いました」


 それは暗に、タルトはヤトが海賊放送であると知らなかったと伝える言葉だ。

 それに気付いたハッターは、あえてそれ以上尋ねる事をせず、先にを促す。


「場所は?」

「街の北西。偶然、アンテナ近くで人さらいがあった」

「運の無い奴らだ。で、規模は?」

「20人か、もう少し多いくらいだと思う。こちらの準備は?」

「30分以内に手配しよう。ジャーク候補生、出発の準備をしておけ」

「は、はい」


 部屋を飛び出して行くハッター。取り残されたタルトは、命令を実行すべく辺りを見回すが、少し前まで出動中であった上に再出動に備えてそのままにしていた事もあり、特に準備する項目が見つからず、慌てる。

 それがハッターの気遣いであり、話を聞いて状況を把握し、落ち着けと言う事なのだと理解したのは、申し訳なさそうな顔をしているヤトと目が合ったからだ。


「えっと、その」

「何?」

「ヤトさんは、南部諸国の人なんですか?」


 タルトが本当に聞きたかったのは、海賊放送の一味だと言うのは本当なのか、とか、何で私に優しくしてくれたんですか、とか、そう言った内容だった。しかしいきなりそれを口に出来なかったのは、肯定される事であの友情が嘘であったと突きつけられる事を恐れたからだ。


「また、いきなりだね」

「いえ、その。今回、南部諸国の人は軍のせいだと思っているような噂を聞いたので」


 どう見ても取ってつけた内容に、ヤトはくすくすと笑う。

 そして、冗談めかして、それを口にする。


「白い兎を追いかけて、穴に落ちた間抜けな異邦人、ってところかな」

「えっと、つまり?」

「故郷は、南部諸国より、もっと遠いところ」


 そう告げるヤトの瞳が、どこか寂しそうである事に気付いたタルトは、マズイ質問をしてしまったと慌てる。

 そんな風に慌てて、焦って、急いで話題転換を計った結果、タルトは本題へと戻って来る事となる。


「私に近づいたのは、海賊放送だったからなんですか?」


 焦りから少しおかしな質問になってしまったと感じたタルトだったが、ヤトの方はそれを気にする事なく、今度は真剣な表情を作る。

 そして、腰を追って、頭を下げる。


「ごめん」

「じゃあ、やっぱり」

「最初は、そのつもりで近づいた。この前の捜査手伝いも、こっちの情報収集を兼ねてた」


 サウスに来て、初めて出来た友人であり、最も信用出来る人物。それが敵対組織からのスパイであったと知って、タルトの目には涙が滲み始める。

 ヤトはそれを見て、取り乱す事もなく、ただ真摯に謝罪の言葉を口にする。


「ごめん。

 でも、楽しかったのは本当だし、友達になりたいと思ったのは、本当」


 そんな言葉が慰めになるはずもなく、タルトはぷいと視線を逸らせると、車の中へと移動してしまう。

 そんなタルトに、ヤトはそれ以上の言葉をかける事なく、ただハッターの帰りをその場で待った。



 ハッターの宣言通り、30分以内に組織され、集合した救出隊は、しかしその迅速な行動とは裏腹に遅々とした歩みで街を縦断していた。


「むぅ、動かんな」


 通信車に乗っているのはハッターにタルト、そしてヤトの3人だけだ。とは言え、運転手は別にいるので、通信設備のある後部には3人しかいないと言うのが正しい。


 ハッターは何時も通りな態度だが、なんとなく気まずいタルトとヤトはどこか余所余所しい。


「賊は北西の海沿いの廃墟に潜んでいるんだったな?」

「その通りです」

「街を抜けさえすれば小一時間で到着出来るのだがな」


 3人の乗る車両は、徒歩で進む公安警察の列半ばに配置されている。

 そして列の前後は、民衆によって囲まれている、と言っても過言ではない状態に陥っていた。


「焦って出動したのが仇になりましたね」

「うむ、そうだな」


 タルトが指摘したのは、署から出る時にやや強引に押しのけた民衆――南部諸国の面々の事だった。

 攫われた子供達を早く助けなければらないと言う焦りと、日の出までにと急かすヤトの言葉を受け、そう決断したハッターだったが、それが裏目に出た事に渋い顔をしている。


 ハッターは足止めを食らい、無為に時間が経過する事でヤトが苛立っているのではないかと考えていたが、これが自分の焦りが招いた事態でもあると理解しているヤトは、ただ静かに俯いている。タルトは、その姿がまるで何か覚悟を決めているかのようだと、ちらちらと横目でヤトを見ながら考えていた。


「ハッター少尉」

「なんだね」

「約束は覚えていますよね?」


 ヤトの問いかけに、ハッターはゆっくりと頷く。

 本来であれば犯罪者との取引などいうモノは言語道断であり、軍人としてしてはならない行為だ。だがそれでも、ハッターはその約束を守るつもりだった。ただし、内容以外の事は、自分の都合よく進める腹積もりで。


「1つ目と2つ目はもう果たしました。3つ目もここで果たそうと思います」

「構わんが、いいのか?」


 迷いなく首肯するヤトに、ハッターは次に出る言葉を、こんな状況であるにも関わらず少し楽しみだと感じていた。


 1つ目と2つ目――アジトの情報とヤトの顔と名前――は果たされた。ならば3つ目であるアリスの正体は、何と答えるつもりなのか、と。


 ハッターは当初、その条件は後払いであると考えていた。そして支払わずに逃げるつもりなのだろうとも。そうでなければ、嘘の情報を口にするしかないのだから、と彼は考えていた。

 年端もいかぬ少女を守る為の嘘を糾弾するのは心苦しい。それでも軍事として為すべき事をこれ以上曲げる訳にはいない、そんな風に思っていた。その代りに、アイリスと言う名の少女は、約束通りただの孤児として保護する。それが彼の出来る最大限の譲歩だった。


「これ、借ります」

「え? あ、はい」


 ヤトは車外拡声器へと繋がるマイクを手に取ると、ヘッドセットのインカムの位置を調整しながら、のろのろと進む車の扉を開く。

 マイクのコードは、車外での使用も想定して長めに確保されている為問題なく、それを確認したヤトは車に手をかけ、屋根の上へと飛び乗る。


「さすが海賊放送の片割れだな。あのアイリスと言う少女ほどではないが」

「そうですね」


 まだ少し思うところのあるタルトだが、それでも仕事中だと己に言い聞かせると、ヤトの行動を見張る為にハッターと共に車外へと出る。

 車は微速ながら前進している。辺りを見回せば、人で壁が出来ており、周りを囲む公安警察の面々が、それを押しとどめている。


 不安と不満。そして軍や公安警察への疑心。

 それらがない交ぜになり、噴出した結果、既に人さらいどもと叫んでいる南部諸国人だけでなく、子供が攫われたのはお前らがしっかりしていないからだ、などの軍や公安警察への、そしてこの国への不平不満を口にするこの国の者達も集まっていた。


「ここまでとはな」

「……」


 返す言葉もなく、タルトが少し俯く。

 軍は基本的に民衆に嫌われている。ハッターはその性格ゆえ、タルトはヤトのおかげで街での評判こそ低くはなかったが、潜在的にこれだけの悪感情が埋もれているのだと再確認した2人は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。特にハッターのそれは、軍に執着していないタルトのそれよりも、心に大きな影となる。


「ハッター少尉、道が開いたらすぐに出発してください」

「何か秘策でもあるのか?」

「どうでしょう。分は良くないような気がしますが、なんとかします」

「わかった。貴様が乗車次第出発させよう」

「いえ、その必要はありません。こっちはここで、やれる事をやりますので」


 そう言って、ヤトは拡声器へと繋がるマイクと自前のインカムのスイッチを入れると、2つの集音器を人差し指で軽く叩き、開通を確認する。

 そして車の屋根の上と言う目立つ場所に立つ姿に何人かが視線を向けた事を確認すると、ヤトは大きく息を吸い込み、吐き出すと共に覚悟を決めて満面の笑みを浮かべた。


「『どーもー、サウスの皆さんお元気ですかー? ワンダーラジオ、臨時生放送の時間だよー』」


 大音量で響いた可愛らしい声に、ざわめきが少しだけ小さくなる。

 第一声である程度の効果を確認出来たヤトは、ごく近い下方向から痛いほど視線が向けられている事をあえて無視しながら、それ用の声で言葉を続けて行く。


「『海賊放送、ワンダーラジオ・臨時生放送をお送りするのは、何時も通りにメインパーソナリティのアリスちゃんでーす』」


 上を見上げて唖然とするハッターとタルト。民衆を押しとどめていた公安警察の面々も、気付いた順に空を切り取るシルエットを仰ぎ始める。


「『今日、って言うか、昨日の放送は中断しちゃってごめんね?』」


 ざわめきがかなり小さくなり始める。

 それでも何か叫んでいる、喚いている者は何名かいるが、既にそれは少数派となりつつある。


「『いきなり放送を始めたのは、実は皆にお願いがあるからなの』」


 最寄りの家の中から、ラジオが始まったと言う声が聞こえる。

 その声に、民衆が再び、ざわめき始める。先ほどとは、違う意味で。


「『皆、色々と思うところはある、って言うのは判ってるつもりだけど、でも、お願い。ここを、通して下さい』」


 本物だ、と誰かが呟くと、それを切っ掛けにわざめきが一段と大きくなる。


「『今、重要なのは責任を取らせる事でもないし、誰かを責める事でもない! 今大事なのは、攫われた子供達を助ける事のはずだよ!』」


 負けじと、ラジオと拡声器から聞こえる声も大きく、力強くなる。


「『必ず子供達を助け出すから。私が約束するから。だから』」


 ヤト――海賊放送のアリス――は、根拠のない言葉をさも真実であるかのように口にしながら、ぐるりと周りに視線を送ると、その意味に気付いた公安警察の一部が、動き出す。

 そして民衆の中からも、それに追随するように道を開けようとするものが、現れ始める。


「『だから、お願いっ』」


 いつの間にか車の中に乗り込んでいたハッターとタルトの指示により、車が動き出す準備を始めている。


「『助けて下さい』」


 僅かに普段に近い声色で心の底からの懇願を口にしたヤトは、そのまま深く深く頭を下げつつ、車から振り落とされない様に体勢を低くした。

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